竜の棲み処

#03 毛繕い的な何か

 本当に、ペットと同じ扱いなんだと思う。
 ルサカは寝椅子の上でタキアに抱かれながら、ひたすら唇を舐められたり吸われたり食まれてたりしている。
 タキアは財宝集めという名の強奪を終えて帰ってくると、こうしてルサカを抱えて、撫でたりキスしたりと、スキンシップに勤しむ。
 最初の頃は抵抗したが、どうせ逃げ場もない上に相手は人外。
 走る速度も尋常じゃなく速ければ、力も尋常じゃなく強い。
 何度か逃走を図ったが、どうやっても逃げ切れないと悟り、最近は大人しくされるがままになっている。
「……ルサカ、今日は僕がいない間、なにしてたの」
 ちゅっ、と音を立ててルサカの耳朶を舐りながら、タキアは尋ねる。
「えと……ほうきウサギを追いかけて、モップがけを……」
 竜のスキンシップは濃厚だった。
 とにかく長い時間、ルサカはこうしてキスされたり舐められたり食まれたり噛まれたりしている。
 最初はくすぐったいだけだったが、最近はなんだかむずむずするようになってきて、あまりにも落ち着かないしいたたまれない。
「いつも働いてばかりだね。……そうだ、二階に書庫があるよ。扉が錆び付いてるからちょっと重いかもなあ。あとで壊しておくから、たまにはそこで本を読んだらいいよ」
 話す間もタキアはルサカのなめらかな頬や、唇や、耳朶を舐めたり吸ったり、と忙しい。
 ルサカはこれが何かに似ているような気がしてならなかった。
 これはもしかしたら、犬や猫の毛繕いのようなものじゃないのか?
 そういえばルサカも、ご近所のお屋敷で飼われている大きな犬に、べろべろ舐めまわされた事がある。
 これはもしかしたら、竜の毛繕い的なものなのかな。
 犬や猫も、好きな相手を舐め倒したりするし、これはもしかしたらそうなのかもしれない。
「ルサカ、いい匂いがするね。……人間はみんなこんな匂いがするのかな」
 首筋に軽く吸い付かれて、ルサカは思わず声をあげてしまった。
「あ、あっ……! …ちょ、タキア、そんなに舐めたり吸ったりしないでよ……!」
 背筋を何かが這い上がるような感覚に、慌ててタキアを押しのける。
「これは聞いてた仕事内容と違うよ! ……『家事、財産管理、交尾』っていってたじゃないか。これはどれでもない!」
 タキアは心底驚いた顔をしている。
「え。これは交尾の準備だよ」
 真顔で言われた。これは冗談ではない、本気の表情だ。
「……え?」
 毛繕いじゃないの? ともう少しで言葉にしてしまいそうだった。
「ルサカ、誰かと交尾した事ある?」
「あるわけない!」
 思わず大声で断言してしまう。
「……だよねー」
 タキアはそれを聞いてニコニコしている。
「もうすぐ発情期なんだ。年に二回、春と秋の繁殖期ってやつ。……それまでに、ルサカが僕に慣れておくようにと思って」
 なんという気遣い。
 ルサカは頭が真っ白になっていた。
 そんな気遣いで行われているとは、微塵も思っていなかった。
 本当に交尾する気なんだ、と思い知らされる。
「……ルサカ、怖がらないで」
 真っ青になったルサカの額に、音を立てて口付けて、抱きしめる。
「大丈夫、痛くないし。……二人でたくさん楽しもう。楽しみだね」



 もうすぐって、いつなんだろう。
 ルサカは蒼白になりながら、珊瑚に貰った『竜と暮らす幸せ読本』のページをめくる。
 逃げたいけど、この断崖絶壁をどうやって下山すればいいのか。
 足場すらないこの絶壁から逃げる方法は、どう考えてもなさそうだ。
『竜との交尾』の項目を見つけ、真剣に読みふける。

『竜との交尾は全く心配いりません。
主に交尾が盛んなのは年二回、春と秋の発情期(繁殖期)ですが、それ以外にも頻繁に交尾を行う事があります。特に若い竜の場合、繁殖期外の交尾が非常に活発な傾向があります。
同性であっても異性であっても、竜は人間との交尾の仕方を良く知っています。
心置きなく、主の竜との交尾を楽しんでください』

 何の解決にもヒントにもなってない。
 ルサカは絶望しつつも更に読み進む。

『あなたが雄で主が雌の場合、交尾後の卵を任される事になります。抱卵は人間の雄の大事な仕事です。主との交尾も大切ですが、生まれた卵の世話もまた重要なのです』

 いやいや同性だし! 雄同士だし!

『あなたと主が同性だった場合、当然ですが卵は出来ません。この場合、主をいかに楽しませるかが最重要になります』

 ルサカは更に絶望感を味わいながら、本を閉じ、書庫の床に座り込む。
 どうあっても交尾から逃げられる気がしない。
 諦めてタキアと交尾するしかないのかもしれない。
 ルサカは溢れた涙を拭う。
 せめて初めてだけでも、好きな人としたかった。
 まさか初めてが同性でしかも人外とか、そんなひどい話があるだろうか。
 せめて好きな人と。
 いやせめて人間……。
 ふとそこで、最初に攫われた時の馬車の中で聞いた『幼い男の子が大好きな変態の旦那』の話を思い出す。
 あれに比べたら、ちょっとおかしいというか人の常識が通じないけれど、竜の方がマシかもしれない、とも思いなおす。
 女性と見まごうほどにタキアは整った美しい顔立ちだし、女性だと思い込めばあるいは。
 いやまだ成人もしていないのに交尾とか。なぜそんな。そもそも恋愛もした事がない。
 恋のときめきも甘酸っぱさも知らないうちに、竜に犯されるとかなんてひどい話だろうか。
 いやもしかして自分が犯す方なのか?
 そっちだとちょっとというか大分無理かもしれない。多分、いくら女性だと思いこもうとしてもだめなんじゃないか。
 向こうもそう思ってやっぱり犯そうとか思われそうだとか色々思い巡らす。
 考えれば考えるほど悲惨で、ルサカは考える事を諦めた。
 ルサカは抱えた膝に額を押し当て、深いため息をつく。



 ルサカの行方は一向に分からなかった。
 朝、家政婦のマギーに買い物に行くと言って家を出た後、市場に行き、馴染みの店で食材を購入したところまでは、調査で判明した。
 その後、あるハーブを探して市場の店を巡り、結局購入できずに帰っていった、そこから先の足取りが不明だった。
「……最近、盗賊も多いですしね。子供が攫われる事件も頻発しています」
 書記官のジルドアは書類の束をめくりながら唸る。
「それに最近はファイアドラゴンが国境近くの山に巣を作ったようで、頻繁に村や街も襲われてるじゃないですか。……人攫いも盗賊も竜も全部あやしくて、手のつけようがありません」
 ライアネルはがっくりと肩を落とす。
「目立つ子だからなあ……。どれも考えられる」
「ルサカくん、中身は平凡だけど見た目は非凡ですからねえ。……ちょっとあんな可愛い子いないですよ。育ったらどんだけ危険なイケメンになるんだってレベルですからね」
 ジルドアは更に腕を組んで唸る。
「そりゃあ、綺麗なものが大好きな竜だって、高く売れそうな子供を捜してる人攫いだって、見かけたら掻っ攫いたくなるんじゃないですかねえ」
 ライアネルも唸りながら天井を見上げる。
 そうだ。確かにルサカは尋常じゃない容姿をしていた。
 ルサカを見ていると、エルフの末裔ではないかと思えてくる。
 ココア色の髪は艶やかで、新緑色の瞳はまるでこの世のものとは思えない美しさだったし、肌はきめ細かく、健康的な白さ。確かに浮き世離れしたものがあった。
 だが中身はほんっとうに地味そのもので、その人目を引く容姿から想像が出来ないが、家事や花壇・畑の手入れ、読書という、人と余り関らずかつ出掛けないですむ地味なものが趣味な、完全なインドア派だった。
 これは将来めちゃめちゃ女の子にモテるだろうなあ、とライアネルも思ってはいたのだ。
 考えてみれば綺麗な男の子が好きなのは何も女性だけではなかった。
「最近治安が悪化していたが、市場と家の往復くらいしかしないもんだから、俺も油断していた」
 ライアネルも自分の油断を後悔している。
「他でも子供の誘拐の被害が出てますし、調査は国を挙げて行われてます。……こう手がかりがないんじゃ、残念だけれど、探しようが……」
 その通りだ。
 ライアネルも深いため息をつく。
「休みの日に私も捜索はしているが……確かに手がかりがなさ過ぎる」
「売られたって話も聞かないですしね。あんな綺麗な男の子が売りに出されたら、噂くらい流れてくると思うんですよね……。……残る可能性としては、竜でしょうかね」
 竜は美しいものを好む。
 とにかく財宝でも人でも何でも、竜が綺麗だと思ったものはなんでも奪い去る習性がある。
「竜だったら、取り返すのは無理だろうし、騎士団からも拒否されるでしょうねえ……。今は巣作りに腐心して暴れまわっていますが、取るもの取ったら国の守護神になりますからね」
 竜の困るところはそこだ。
 確かに財宝欲しさに村や街を襲うが、ある程度巣作りが落ち着いて、かつ、定期的に竜に貢ぎ物を捧げておけば、国を護ってくれるのだ。
 他国が攻め入れば、竜は自分の巣と領地を護るために戦う。
 国土に巣を持ち、かつきちんと貢ぎ物を献上しておけば、竜はこれ以上ない強い味方なのだ。
 おまけに天候も操る。
 竜の種類にも寄るが、雨を降らせたり、長雨を止めたり。
 更に人間との関わりが深まり、相互理解が行き届くと、災害救助までするのだ。
 その竜に人が攫われても、国はあまり刺激したくないのが本音だ。
「大昔にこの地方に竜が棲み付いた時、ものすごく国が栄えたそうですからね。……だから、騎士団の上の方の人たちも、竜の暴れっぷりにはお咎めなしです。確かに金目のものを持ってかれてますけど、人を怪我させたりしないようにしてますしね、あの竜」
 竜も無益な殺生は好まない。
 財宝さえ奪えればそれでよしなものだから、鳴いて吼えて炎の息を吐いて、人を追い払ってから、お目当てのものを持ち去る。
 それゆえに『国を護ってくれるししょうがないかな』みたいな空気が生まれている。
「人ひとりよりも国の繁栄、という事か……」
 ライアネルは思わず呟く。
 ライアネルの落ち込みぶりに、ジルドアは慌てる。
「で、でも竜に攫われたなら、竜に大事にされるっていうし、それほど悪くないかもしれませんよ! いやまだわかりませんけどね! ひょっこり無事に帰ってくるかもしれないし!」
 必死なジルドアの言葉を聞き流しながら、ライアネルは窓の外を見る。
 一生竜の巣に閉じ込められて、人間の世界に戻れないなんて、死んだも同然じゃないか。
 狭い空間で、ただ竜のためだけに生きる。
 大勢の人々の為に、竜の生贄になったようなものだ。

 まだ、竜に攫われたと決まったわけじゃない。
 唯一の家族の自分まで諦めたら、ルサカは家に帰れなくなってしまう。
 諦めずに探し続けよう。
 空は抜けるように青かった。
 きっとどこかで生きている。助けを求めているに違いない。
 必ず助け出してやる。
 ライアネルはそっと心に誓う。



 ルサカが書庫で膝を抱えてぼうっとしていると、ドン、と鈍い振動と揺れがおきた。
 タキアが財宝集めから帰ってきたようだ。
 最近は、ルサカを驚かさないように静かに帰巣するようにしていたようだったが、今日は久々に揺れた。
 かなり早い帰巣だが、今日はいいものが拾えたというか強奪できたのだろう。
 タキアは帰宅後、余程疲れていない限り、すぐに人の姿になって降りてくる。
 財宝集めの後は、ルサカとお茶を飲むと決まっているので、ルサカは急いでお茶の支度をしようと書庫を出た時、タキアが慌てた様子で廊下を走ってきた。
「……ルサカ! ただいまっ!」
 飛びついて、ルサカを軽々と抱き上げる。
「おかえり、タキア……って、何?! どうしたの急に!」
「早くベッドへ行こう」
 軽く鼻先にキスされる。
「え? ええ?!」
 タキアは悪戯っぽく微笑みながら、ルサカの目を見つめる。
 タキアの身体も、吐息も、ほんのりと熱を帯びていた。
「発情期だよ。……交尾しよう、僕と」


2016/01/26 up

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