両手でルサカの頬を包んで、額と額をつけて囁く。
「勿論、努力する。……大事にしていてくれれば、多分好きになれる」
一生を竜の巣で過ごすなら、愛せた方がいい。
それにタキアは優しい。大事にもしてくれる。
きっと愛せるはずだと、ルサカは思う。
「じゃあ、約束する」
ルサカの唇に唇を寄せる。
「他の人間を連れてこない。ルサカだけにする」
ルサカは寄せられた唇に、甘く吸い付く。
小さな音を立てて、甘く吸い、噛む。
ルサカが自分からタキアにキスをしたのは、これが初めてだった。
驚いたのか、ルサカの頬に触れていたタキアの指先が、小さく震えた。
「……ルサカ、もっと」
素直にねだられて、ルサカは少し笑う。
タキアのこういう素直で可愛いところは好きだった。
もしも自分が女性だったら、すぐにタキアに夢中になれたんじゃないのか、とルサカは思う。
ねだるタキアの唇にもう一度触れて、舌先を差し入れると、すぐにタキアの舌先が触れ、引き込まれる。
音を立てて口付けを繰り返しながら、タキアの手がシャツの中に滑り込んで、ルサカはふるっと身震いをする。
「あー。本当だ。こんな小さい子、番人にしたんだ。タキアって結構マニアックな趣味だったんだね」
いきなり頭上から、まるで鈴の音のような美声が響いた。
慌てて唇を引き離して、タキアは顔を上げた。
「……姉さん?!」
釣られてルサカも顔を上げる。
美声の主は、やはりタキアと同じように、燃えるような赤い巻き毛にすみれ色の瞳をした、タキアに良く似た美女だった。
文句なしの美人で、ルサカは見上げたまま見とれてしまっていた。
「なんかすっごく綺麗で可愛い子を番人にしたってリーンから聞いたから、独り立ちのお祝い持って、来ちゃった」
タキアも綺麗な顔をしているけれど、このタキアの姉も美しかった。
タキアをそのまま女性にしたような、柔らかな丸みのある身体に、女性らしいふんわりと長い巻き毛、大きな胸を強調した姿。年頃のルサカには刺激が強すぎた。その大きな胸に視線が釘付けだ。
「タキアの小さい番人さん、はじめまして。私はエルー。タキアのお姉ちゃんだよ」
「……ルサカ、どこ見てるの!見すぎだよ!」
タキアにがっつりと両手で目隠しされる。
「ねえ、本当にこの子だけにするの? 番人。……こんな小さい子じゃ、繁殖期に困るんじゃないの? そんなに交尾出来ないじゃない。タキア、我慢するの?」
「我慢くらい、するよ。……ルサカが一番大事なんだ」
「すっごい綺麗な子がいても?」
綺麗な子、にぐっとタキアが詰まる。目隠しされたまま、やっぱり多情で淫蕩な生き物なんだな、とルサカで改めて思う。
「……ルサカが多分、世界で一番、綺麗で可愛い!」
「一人だけなんて、竜と竜騎士みたいじゃない。今時そんなの流行らないのに」
ルサカはやっとの思いでタキアの目隠しを引き剥がす。
「ルサカ、うちにも遊びに来てね。先輩の番人がいるから。うちにも男の番人が二人いるよ。……何か相談とかあったら、するといい。優しいお兄ちゃんたちよ」
リーンの巣に行くよりは遥かに安全そうだ。
この綺麗なお姉さんは本当に優しそうに見える。
「……本当に綺麗な子ね。リーンが欲しがるの、わかるわ。私もこんな子欲しい。……ねえタキア、繁殖期に貸してよ。この子の卵産みたいから。こんな綺麗な子なら、人間でも竜でもどっちでもいいから子供欲しい」
「ダメに決まってるじゃないか! ルサカは僕の番人なんだから、絶対に貸さない!」
「いいじゃない。卵二個産むまで頑張るから。そしたら一個はタキアにあげるし」
「それでもダメ! 絶対ダメ!!」
ああ、やっぱり兄弟だ。
そしてやっぱりゆるゆるな竜のモラルなんだ。
ルサカの足元に、ふんふん言いながら寄ってきたヨルを見つめながら、この子はぼくを本当に守ってくれるかな、とか考える。
「ヨル、いいかい? 僕以外の竜は絶対だめだ。近寄ったら火を吐いて追い払うんだよ」
そんな事をよくよく言い含めながら、タキアはヨルに干し肉を千切って与えている。
「兄さんも姉さんも本当に信用ならない。……頑張ってくれよ。ヨル次第なんだからね」
しつこくヨルに言い聞かせるタキアの後ろ姿を眺めながら、ルサカは考えていた。
あれだけリーンもエルーもゆるゆるなのに、何故タキアだけ、こんなに固執してるんだろうか?
『竜の暮らす幸せ読本』にも、他の竜とも交尾するのは割と常識のように書かれていた。
エルーもリーンも当たり前のように言っていた。タキアは初めて番人を持って、物珍しさでルサカに夢中になっているだけなのかもしれない。
将来的に番人が増えるかもしれないけれど、今のところは阻止出来ているし、これ以上は先々考えればいいか、とルサカも思い始めていた。
気が済むまで言い聞かせて満足したのか、ヨルを抱いてルサカのところに寄って来る。
ルサカは寝椅子に座って、例の『特選キッチンカタログ』を見ていたのだが、その隣に座り、ヨルを足元に放す。
「……ルサカ、さっきのもう一回したい」
「さっきの? ……ああ、続きね。いいよ」
なんの色気もなくルサカはカタログをテーブルに投げ出して、座りなおす。
「そっちじゃなくて! ……いやそっちもしたいけど、あの……さっきルサカからキスしてくれたじゃないか……」
気恥ずかしいのか、タキアは目をあわさずに口篭もっている。
「……うん?」
「だって……初めてじゃないか、あんな風に自分からしてくれたの」
もう一度、ルサカからキスしてほしい、と言っているのか。
やっとわかった。
人間じゃないし歳も上だけれど、タキアは本当に子供のようだった。
子供のように素直で無垢で、思ったままに愛情を伝える。
今はまだ愛しているとは言えないけれど、タキアを好きだとルサカは思えていた。
拗ねたように軽く尖らせている唇に、音を立てて口付けると、タキアは嬉しそうに微笑む。
「……ルサカ、もっとしてよ」
ルサカのシャツの中に手をいれて、素肌から腰に触れ、引き寄せる。
もう一度ルサカが唇に触れると、タキアの舌先がすぐに滑り込んできた。
「は……、もっとだよ、ルサカ」
膝に抱いて、もどかしげにルサカのシャツのボタンを外し始める。
「……タキア。ひとつ聞きたい事があるんだけど」
軽く唇を離し、タキアの唇に触れながら問う。
「うん?」
タキアの吐息はもう熱くなっている。ボタンを外し終えると、すぐさま、ズボンにも手をかける。
「……タキアのお兄さんに触られてる時、わけがわからなかった。……さっき言ってたよね、ぼくは竜を拒めないって。……確かに、抵抗する気もおきなかった。でも、タキアとはこういう事してても、ちゃんと話せてるし、訳がわからないって事もない。……どういう事なの?」
タキアは脱がせる手を止めて、少し考え込んでいた。
「……言っちゃうと、兄さんと同じように、僕もルサカを好きにしようと思えば出来る。……ただ、そうしてないだけ」
「…………?」
訳が分からず、ルサカは緩く首を傾げる。
「言う事聞かせようと思えば、番人を人形みたいに好きに出来るって事……」
タキアのこんな顔を見た事がなかった。
「……なんでそんな、捨てられた子犬みたいな顔してるの」
そんな顔をするのは卑怯だ、とルサカは心の中で呟く。
タキアの顎に軽く噛み付くと、タキアが短い悲鳴を上げた。
「痛っ! ルサカ、痛いよそれ!」
「……別にタキアはぼくを人形みたいに扱ってないじゃないか。そんな顔するな」
「でも……知ってて番人にしたのは僕だし。……今まで黙ってたのは、知られたら嫌われるかと思って……」
それで捨てられた子犬のような顔になっていたのか。
ルサカは小さく笑ってしまった。
「怒ってない?」
「怒ってないよ。……人形みたいにしなかったじゃないか」
ほっとしたのか、タキアはふわっと微笑んだ。
ああ、これはすごく可愛いな、と自然にルサカは思えて、再びタキアの唇に口付ける。
幾度かタキアの唇を啄ばんで、それからふと思いつく。
「……ええと…交尾の時のは。あれは紅い花の影響……?」
タキアは一瞬、迷うような顔をみせた。それから、少しだけ、悪そうな顔でにやっと笑う。
「……しるしはね。『竜との交尾がすごく気持ちよくなる』のと『竜との交尾に耐えられる身体になる』だけだよ。言いなりにするような効果があるかっていうと、ないよ」
一瞬、意味がわからなかった。
じわじわと話の内容が理解出来てくると、ルサカの顔がみるみる赤くなっていく。
「繁殖期だけはどうしても竜に引き寄せられるかなあ。それは番人の本能だからしょうがない。でも、普段は別に釣られてないと思うよ。……意味わかる?」
再び、にやり、と意地の悪い笑顔を見せる。
ルサカの腰を抱いて唇を寄せて、囁く。
「でも……僕がいいなりにしてるって思いたいなら、そういう事にしておくよ?」