竜の棲み処

#21 どんな事をしても

 荒れ狂ったタキアは、一昼夜暴れ続けた。
 街を焼き、砦を破壊し、稲妻をはらんだ雷雲を呼び、狂ったようにルトリッツの空を飛び続けた。
 リーンはルトリッツにたどり着いてすぐにタキアを見つける事が出来たが、まさに手負いの獣のような状態だった。
 生まれてたった五十年程度のタキアよりも、千年生きたリーンの方が、竜としては格段に戦闘能力は高いし、魔力も高い。体躯も、比べるべくもない。
 それでも錯乱したタキアを捕らえるのに一晩かかった。
 自分を見失ったタキアは信じられないような力で暴れ続けた。
 結局、疲れ果て弱るまで、リーンとエルーの二人掛かりでも止める事が出来なかった。
 疲れ、傷つき、弱ったところを、無理矢理に人に変化させて、最後の体力を奪い、束縛する。
 竜を捕らえる方法なんてそれくらいしかない。
 人の姿になれば竜よりは遥かに魔力も戦闘能力も低い。このまま竜化を阻害してどこかに閉じ込める。
 とにかく竜化させないくらいしか、拘束する方法がない。
 無理矢理捕らえたタキアを背負って、タキアの古城の巣に戻った時は、もう翌々日の明け方になっていた。
「……くそ、舐めてたら痛い目みたな」
 リーンもかなりの深手を負った。
「タキアがあんなに強いとは予想外だった。……錯乱した竜なんて、竜同士でも止めるのは命がけだな」
 エルーは泣きながら、リーンの手当てをしている。
 リーンの腕や足、脇腹の皮膚は裂け、筋肉も断裂されている。幾ら竜でも、こんな大怪我は治癒するのに数日はかかる。
 エルーもリーンほどではないが、怪我を負った。
 兄姉もわからなくなるほど混乱し荒れ狂っていたタキアを捕まえるのは、二人掛かりでも苦戦した。
 やっと捕らえる事が出来たものの、エルーもリーンも疲弊しきって、このタキアの古城の巣まで飛んでくるのが精一杯だった。
 人に変化させたタキアの手当てと監視の為になんとか人化するのに、最後の体力を使い果たした。
「……手当てが終わったら、カインとアベルを連れてくるわ。……あの二人ならタキアの監視も出来る。……私たちは傷を治して、ルサカを探さないと」
 手当てを終えたタキアは、古城の地下室に閉じ込められていた。
 竜化を阻止する首枷をつけられたタキアは、傷つき疲れ果てて、死んだように眠り続けていた。
「少し休め、エルー。……タキアも当分は起き上がれない。あいつも大怪我を負ってる」
 どうしようもなかった。
 リーンも本気で戦わなければ、タキアを止められなかった。それくらいに荒れ狂っていた。
 手当てを終えたリーンは、よくタキアが寝転がっている寝椅子に横になる。
 そのリーンに毛布をかけて、エルーはそのすぐそばのソファに、ぐったりと座り込んだ。
「……ルサカも探さなきゃ。……騎士団がすごい数で捜索してたけど、タキアが暴れたから、そっちの救助でも忙しそうだわ」
 エルーは背もたれにぐったりともたれかかり、目を閉じる。
「ルサカの家族は、ルトリッツ第六騎士団の副団長ライアネル・ヴァンダイクって人だって聞いた事があるわ。……繋ぎをつけられれば、騎士団からも情報をもらえるかしらね」
「どうかな……。これだけタキアが暴れた後だと、信用してもらえるかどうか。……昔、この地方で同じように番人を奪われた竜が暴れた事があったって聞いた事があるしな」
 傷がひどく痛む。弟とルサカを思うと二人とも激しく胸が痛んで、目を閉じても眠れる気がしなかった。



 帰れないなら、食い扶持分くらいは、きっちり働く。
 そういえばタキアの巣に連れてこられた最初のうちも、同じ事を考えて、埃だらけの古城を掃除していたな、とルサカは思い返す。
 じっとしているのが苦手な性分なのもある。
 この薄氷の屋敷は、リリアとノアという二人の番人がいるので、隅々まで掃除が行き届き、きちんと管理されていて、ルサカがやれる事はそうなかった。
 せいぜい二人の手伝いをするくらい。
 リリアもノアも、ルサカはひどく疲れているし傷ついているから、無理せず休んで欲しい、と言い張ってあまり手伝いもさせてくれないし、ルサカは時間を持て余していた。
 レオーネは特に出かける用事もないのか、書斎に篭もって本を読んでいるようだった。
 タキアたち兄弟とは、随分雰囲気が違う。
 大らかで庶民的な雰囲気なのは、タキアたち三人の兄弟の性格なのかもしれない。
 竜がみんな、あんな風に明るく大らかな訳ではなさそうだ。
 ノアが小さなティーワゴンにお茶の用意をして書斎に運んで行くと、リリアがキッチンのテーブルにお茶の用意を始める。
 リリアと、ノアと、ルサカの三人分の茶器を並べる。
 ルサカは何も手伝わせてもらえずに、ぼんやりと椅子に座ってそれを眺めていた。
 こうして座っているだけだと、余計な事ばかり考える。
 タキアやライアネルたちがどれだけ心配しているだろう、と思うと、こんなのん気にお茶を楽しむ気にもなれない。
 ルサカの焦燥に気付いているのか、リリアもノアも心配をしていた。
「ルサカ、私たちもレオーネ様にお願いするわ。おうちに帰してあげて下さいって。……ルサカは主の竜が大好きなのね。それはレオーネ様も分かっているんだと思うのだけれど……」
 薔薇色の頬をした美しいリリアは、緩く首を傾げてため息をつく。
「レオーネ様は、番人を大切にしない竜が許せないのよ。……私や、ノアみたいな子を見てしまったから」
 リリアやノアがどんな経緯で人の手に渡ったのか、ルサカは知る由もない。
 この二人が心や身体に負った深い傷を考えると、とても聞き出す気にはなれなかった。
「私たちがレオーネ様のお屋敷に来てから、何度か他の番人の悲鳴を聞いたけれど……どこに連れ去られたか分からなかったり、見つけた時は……もう助ける事が出来なかった事もあったから。……レオーネ様もとても深く傷ついてらっしゃるのよ……」
 ノアはまだ戻ってくる気配はなかった。レオーネのお茶に付き合っているようだった。
 リリアはルサカと自分の分だけ、お茶を注ぎ始める。
「レオーネ様はルサカに意地悪をしているんじゃないの……それだけは分かってあげてね。ルサカを無事助けられた事を一番喜んでいるのは、レオーネ様なんだもの」
 ルサカも、それは分かっていた。
 ルサカの身を案じるからこそ、レオーネはタキアの過失を許せないのだ。
 けれどタキアも、ルサカを帰す事をずっと拒んでいた。
 それを、ライアネルとルサカの懇願で捻じ曲げて、帰してくれたのだ。咎があるというなら、それはルサカの方だ。
 決してタキアの過失ではない。
「……そうだ、何か書くものはないかな。ペンとか。……必要なんだ」
 リリアの美しい顔が少し曇る。
「……ごめんなさい。レオーネ様の書斎にしかペンはないの。普段から、何か書きものする時は私たち、レオーネ様のところに行くから。……恥ずかしいけれど、私もノアも、あまり字が書けないから、レオーネ様に習っているところなのよ」
 番人は長命だ。リリアとノアがいつの時代から生きているのかわからないし、このレオーネの屋敷にいつ来たのかもルサカには分からない。
 もしかしたら、識字率の低い時代や国の出身なのかもしれない。
「……なんとか、タキア……一緒に暮らしていた竜なんだけれど、タキアに連絡を取りたいんだ。せめて、無事だという事だけでも。……そういえば、ここはどこなんだろう。ルトリッツの隣国なのかな……」
 リリアは少し、困ったように首を傾げた。
「ここは……なんて言えばいいのかしら。……どこでもないところよ。レオーネ様が作った森なの。……だからどこの国へも繋がるし、どこの国からも入れない、というか……」
 薄々、レオーネはタキアたち兄弟よりも、魔力が高いのではないかとは思っていた。
 タキアは人化している時は、大した魔法は使えないと言っていた。
 竜の時が百なら、人の時は十にも満たない能力になると。それでも人間よりは遥かに体力も魔力もあった。
 レオーネは、人の姿のまま、鉄の枷を凍らせて破壊していた。
 氷のブレスを吐くように、人の姿でも凍らせる事が出来るのだ。
 竜化したら、軽くタキアを上回る戦闘能力になるのではないか。
 だから、平地に巣を構える事が出来るし、リリアが言うような、不思議な森を作り出す事も出来るのかもしれない。
「この森を自由に出入り出来るのは、レオーネ様だけよ。……私もノアも、この森から出たい、と思った事がないから……それでいいとずっと思っていたわ」
 本当にレオーネの同意が無ければ、タキアのところに帰るどころか、この森からも出れないのか。
 今こうなって、誰より会いたいのはタキアだった。
 誰よりもタキアに無事である事を伝えたい。会いたい。一人にしないと約束したのに、こんな遠く離れてしまった。
「……一人にしないって約束したのに。ぼくのわがままのせいで、こんな事になってしまったんだ。……タキアがどれだけ心配してるか」
 泣き出しそうになるのを、ぐっと堪える。
 言葉にすると胸が張り裂けそうになる。これほど彼を愛していたのかと、遠く離れた今になって思い知らされた。
 タキアが今どうしているか、それを考えると胸が苦しくて、涙が溢れそうになる。
 会いたい。
 今すぐに、タキアの元へ帰りたかった。
 さみしがりやのタキアがどれほど悲しんでいるだろう、心配しているだろう。
 一人にしないと約束したのに。
 絶対に帰る。
 ルサカはぎ
ゅっと手を握りしめる。
 どんな事をしても、どんな手を使ってでも。
 絶対にタキアの元へ。



2016/02/16 up

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