タキアには発情期があるが、ルサカにはない。
竜の発情に番人が釣られる事はよくある事だけれど、平常時は特にそういう事もない。
人間に発情期はない。番人もない。
人間はある意味一年中交尾出来るし繁殖出来るし、いつだって発情できるのだから、発情しっぱなしの生き物だとも言える。
そして今、そんなものすごく交尾がしたい。と思っているのはルサカの方だった。
タキアの傷はほとんど塞がり、傷跡が少々残っている程度にはなっていた。
さすがにあれほどの大怪我をすると、傷の治癒に全ての体力を使うのか、タキアは大半寝て過ごしていたし、交尾したいとも言い出さない。
傷を治すのに全体力を消耗しているようだった。
今までルサカが自分から交尾をしたい、と言うまでもなくタキアから誘われるので、全く問題はなかった。
なので、こんなにルサカが、交尾したい! と思う事なんてなかった。
タキアが昼寝している間に、ルサカは書庫に閉じこもって、『竜と暮らす幸せ読本』と官能小説っぽいものを引っ張り出して読みふけっている。
たかだが十四年程度しか生きていないルサカに、『さり気ない交尾の誘い方』が分かるはずもなかった。
ので先人たちの知恵を拝借しようと、書物に頼る事にしたわけだ。
『竜と暮らす幸せ読本』は多分、竜と暮らしはじめたばかりの初心者番人向けの、マニュアル本みたいなものではないかと思われる。
なので、大雑把に竜の生態と番人の仕事の話しか書いていないので、実技的(?)な要素はまるで期待出来ない。
かといって、書庫にさり気なく数冊あった官能小説は、もっと実用性がなかった。
たいした人生経験がないルサカにも、これは現実的じゃない設定だと分かるレベル。
世の中には、本が解決してくれないような悩み事もある。
ルサカは十四歳にして悟った。
大抵の悩みは先人達も悩んできた事だ。なので書物である程度は解決できる。
恐らくこんな交尾の問題も、ダーダネルス百貨店が取り扱っているような書物なら解決できるだろうが、その入手方法が問題だ。
これはもしかして、以前にタキアが『僕に内緒で欲しいものとかもあるだろうから』と言ってくれた、珊瑚を呼び出すためのあの珊瑚色の紙の出番じゃないだろうか。
けれど、どう書いたらいいのか。
『交尾のテクニック的な本が欲しい』と直球で珊瑚に頼むのは、人間のモラルと羞恥がまだまだあるルサカには、あまりにも敷居が高い。
珊瑚も竜の巣専門の外商部員だ。そんな相談にも慣れているであろうが、ルサカは慣れていない。
思えばタキアだって、大抵、『交尾したい!』と直球で要求してくるのだから、ルサカも直球でも問題ない気がするが、それが出来ないからこうして書庫に篭もっているわけだ。
タキアは多分、もう傷は問題ないはず。
あとは消耗した体力がどれくらい戻っているかどうかだ。
交尾する体力と気力があるのかどうか。
それを本人に直接尋ねるのはやはり憚られるので、自然に誘いたい。
タキアに気力と体力が戻っているならそのまま交尾するだろうし、とルサカは考えているのだが、その『自然に』が難易度が高すぎる。
あまり収穫を得られずに、ルサカは書庫を後にする。
『交尾が大好きで何が悪いのかわからない』と大らかにタキアは言っていたが、そう大らかに開き直れないのが羞恥のある人間だ。
思えばタキアにも羞恥らしいものはある。
何かして欲しいとかねだる時は、羞恥を覚えるのか、目を逸らして拗ねたような態度をとる事がある。
ただ交尾に関してはおよそ羞恥知らずというか、そこが人間と竜の違いだろうか。
今はそんな清々しい竜の習性が、心底羨ましいルサカだった。
タキアの部屋を覗くと、目が覚めたタキアはベッドの上でゴロゴロしていた。
「ルサカ、おいでおいで」
ベッドの上に起き上がって、毛布の掛かった自分の腿の辺りを叩く。
ルサカは素直にベッドに上がって、タキアの膝の間に、向かい合わせに乗る。
「……調子はどう?傷はだいぶ良くなったよね。もうすぐ傷跡も消えるかな」
ここで素直にタキアに甘えて誘えばいいのに、ルサカはなかなかそれが出来ない。
せいぜい自分からキスするくらいで、どう甘えたらいいのか、わからないのだ。
「もう大丈夫。明日からはまた財宝集めしようかなあ。……ほら、この間暴れまわって荒らしちゃったから暫く自粛しようって思ってた。迷惑かけちゃったからね。そろそろ再開しようかな」
これで竜を怒らせるととんでもない事になる、というのは周知されただろう。
騎士団にライアネルが捜索の届けを出したおかげで、タキアが暴れまわったのは、竜の番人を攫った不届き者がいたからだと認知された。
おかげで竜を怒らせないようにしよう、という風潮はいっそう高まった。
タキアはルサカを抱きしめて、いつものようにそのココア色の髪に頬を摺り寄せる。
また匂いを嗅いでいるのだろうな、というのはルサカも分かる。
けれどこの体勢はチャンスじゃないだろうか。今ならさり気なく誘えるかもしれない。
ルサカはおずおずとタキアの背中に両手を回して、その首筋に唇を寄せる。
軽く吸い付くと、くすり、とタキアの小さな笑いが聞こえた。
「……ルサカ、ずーっとえっちな事考えてなかった?」
図星過ぎて言葉が出ない。
なぜ分かったのか、とルサカは露骨にうろたえてしまう。
「すごく匂いが強くなってる」
あの、例の砂棗の花に似た匂いの事を言っている。
タキアは少し意地の悪い笑いをみせながら、ルサカの髪から顔をあげて、目を覗き込む。
「だいたい、交尾してる時とか、交尾したいんだろうなって時に、強く香ってるんだけど……今日みたいにこんな濃いのは初めて」
まさかそんな分かりやすくバレバレにタキアに興奮を伝えていたとは、全く思っていなかった。
あまりの羞恥にルサカは言葉が出てこない。
「番人の身体が強く香るのは、きっと竜を誘うためなんだろうな……」
薄く開かれたルサカの唇に、軽く口付ける。
「交尾しようか。傷が治ったらたくさんしようって、ルサカが言ってたもんね」
くすくす笑いながら、ルサカの唇を甘く吸う。
「匂いの事なんか知らなかった……」
もう今更どんな顔をしたらいいのかわからない。ここから逃げ出したいくらいの羞恥だ。
タキアがどうもいいタイミングで交尾したがると思っていたら、こういう事だったのかとやっと理解が行く。
もう本当にいたたまれない。
「気にする事ないのに。……僕だって、ルサカのこんな匂い嗅いだら我慢出来ないしね」
ルサカの服のボタンを外しながら、素肌に唇を寄せる。
軽く鎖骨の上の薄い皮膚を吸われただけで、思わず声が漏れてしまう。
その吐息を聞きながら、ルサカを膝立ちにさせると器用に下着ごとズボンを引き降ろして脱がせる。
もう硬く熱くなっているルサカのそれを軽く握って、擦りあげると、それだけでルサカの背中がびくん、と跳ねた。
「タキア…っ…だめだ、腰が砕けそう……」
もう声が蕩けている。
「うん。……もうぬるぬるしてきた」
タキアの指が柔らかく擦りあげると、もう濡れた音が響いた。
蜜口を撫で、擦ると、とろり、とそこから体液が溢れた。
その溢れた体液を絡め、辿り、奥の閉ざされた蕾に触れる。
「タキア……あ、あっ…!」
軽く触れただけで耐え切れないのか、ルサカはタキアの首に両手を回してしがみつく。
「いっちゃいそう?……いいよ、我慢しないで。……たくさんしようって約束してたしね」
ゆっくりとくすぐるようにそこを撫でながら、ゆっくりと指を挿し入れる。
「くぅ…、う、はっ……あ、んんっ…」
少し指を入れただけで、ルサカは焦れたのか腰を揺らす。
「ルサカ、今日は本当にすごくしたいんだね……。まだ弄ってないのに、中も熱くなってる」
大した抵抗もなく、タキアの指を根元まで飲み込む。
「もっ…! ……言うな…! そうだよ、タキアとしたかったんだ……っ…!」
素直に認める。早くタキアが欲しくて、気が狂いそうだった。
「うん、僕も。……ルサカとしたかった」
震える背中を空いた手で撫で、抱きながらタキアも頬を摺り寄せる。
ルサカの中の指を軽く動かしただけで、ルサカの息が簡単に上がっていく。
中が甘く蕩け始め、指を動かすたびに濡れた音を立てるようになる頃には、ルサカは膝立ちもつらいのか、身体が小さく震え始めていた。
「……ルサカ、顔、見せて」
促して、タキアの首筋にすがり付いていた顔をあげさせると、ルサカは眦に涙を滲ませて、緩く開いた唇から、甘く蕩けた吐息を漏らしていた。
「……唇、真っ赤になってる……。可愛い、ルサカ」
その赤く染まった唇に舌先を寄せると、甘えるようにルサカがその舌先に吸い付いた。
深く口付けながら、中に沈めた指を増やす。
耐えられないのか、ルサカは焦れたように腰を揺らし、誘う。
「……もうちょっと、かな。……ルサカ、ほら」
ぐっと奥に押し込み、よく知る、ルサカが最も感じる柔らかな襞を強く擦りあげると、高く甘い声をあげて、達した。
きゅっと絡みつき締め付ける中から指を引き抜いて、崩れ落ちそうなルサカを抱きかかえて口付けると、ルサカは荒い息のままタキアを見上げると、目を細めて、少し恥ずかしそうに笑う。
可愛い。
釣られて思わずタキアもその唇を寄せ、ルサカをベッドに引き倒す。
膝を割り身体を挟んで足を広げさせると、ルサカは少しもじもじと膝を揺らしたが、素直に身体を任せていた。
目が合うと、ルサカは少し恥ずかしそうに目を伏せるが、タキアの首に両手を回してしがみつく。
その仕草と、ルサカの気持ち良さそうな顔をもう少し、見ていたかった。
もう一度、指先で探って中に指を入れると、びくっ、とルサカの膝が跳ねた。
「……タキア…?」
少し困惑したように見上げる。
「もうちょっと。……可愛い顔、みせて」
赤く染まった眦に唇を寄せて、指を奥まで進ませる。再び、ルサカの甘く蕩けた声を引き出そうと、絡みつく柔らかな襞を撫で始めると、ルサカはタキアの肩口に頬を寄せて、緩く首を振る。
「やっ……! タキア、それ、いやだ……っ…」
切れ切れに喘ぎながら、抗議する。
いやだ、とは言ってはいるが、その声は甘く蕩けているし、中も同じように蕩け、タキアの指を熱く締め付けている。
ルサカのもっと甘く誘う声を引き出そうと執拗に指で捏ね、かき回す。
「タキア、やめ…っ! も……っ…くぅ、あっ、ああっ……!」
感じる場所をじっくりと愛されて、ルサカは耐え切れずに再び達した。
達して荒く乱れた吐息を漏らす唇に、タキアが唇を寄せて軽く舐めると、ルサカは薄く目を開いてタキアを見上げた。
見上げたまま、ルサカの眦から涙が溢れ、零れ落ちた。
「……う、くぅ……」
ルサカが交尾の時に泣き出すなんて、初めて交尾した時くらいで、それ以外にルサカが泣くなんて、家を恋しがって隠れて泣いていた時くらいだ。
目の前でルサカが泣き出して、タキアは慌てて指を引き抜いてなだめる。
「……ルサカ、どうしたの、なんで泣くの……」
おろおろしながら泣き出したルサカを抱きしめて、撫でる。
ルサカは泣くのを堪えられないのか、タキアの肩口に顔を押し付けたまま、小さな嗚咽を漏らしている。
「……いやだって、言ったのに……」
嗚咽を堪えようとしているのか、ルサカの背中が小さく震えている。
「指でばっかり、して、ぼくばっかり、タキアが欲しいみたいで、いやなのに、タキアはわかってくれない……」
しゃくりあげながら切れ切れに小さな声だし、何だか要領を得ないが、なんとかタキアに伝わった。
タキアが欲しいのに、指でばっかりするから自分ばかり欲しがってていやなのに、タキアがわかってくれない。
と言いたいのだと、なんとか理解できた。
「ごめん、だってルサカが可愛いから……もっと見ていたくて」
ルサカの涙は本当に堪える。
泣かせたのが自分だと思うともっと堪える。
髪を撫でたり、唇を寄せて涙を吸い取ったり、なんとかルサカを慰めようと必死だ。
泣いたのが恥ずかしいのか、ルサカは少し落ち着いてきたものの、タキアにしがみついたままだった。
「ルサカ、ごめん……。怒ってるかなあ……」
タキアがとても狼狽しているのは、ルサカにも伝わっている。
ルサカも泣いた事が恥ずかしいだけで、怒っているわけではないのだが、何をどう言っていいかわからずに、もじもじと口篭もっていた。
「……怒ってないよ……」
かろうじて、声を絞り出す。
「……意地悪するつもりじゃなくて……その、ルサカの気持ち良さそうな顔が可愛いから、もっと見ていたくて」
正直すぎるタキアの言葉に、ルサカの方が羞恥を覚える。
「もういいよ、恥ずかしいからそれ以上言わないでいいよ……!」
慌ててタキアの口を塞ぐように、唇を寄せる。
「もういいから! ……その、それより……」
少し躊躇ってから、ルサカは足を絡めて促す。
「……ルサカ、もう本当に可愛いな……。それ、わざとなのかなってくらい」
ぎゅっと抱きしめて、思わずタキアは笑ってしまう。
「ぼくだって、恥ずかしいんだよ……」
そう言いながら、ルサカも小さく笑う。
砂棗の花の匂いのルサカの髪に顔を埋めながら、二人は笑いあって、抱き合う。