竜の棲み処

#37 思い通りにはいかないもの

 体力を極力使わずにタキアを満足させる方法があるんじゃないだろうか。
 書庫に数冊さり気なく置かれていた官能小説でもそのような記述があったが、ルサカはなにしろ十四年しか生きていない。
 たいした予備知識がないせいか、本を読んでもいまいちどんな事をしているのか理解が及ばない描写が多々あった。
 交尾は散々タキアとしているが、タキアだってそれほど経験があった訳ではなかった。
 ふたりともそういう意味では初心者だ。
 そこでルサカがこっそり珊瑚に頼んだのが、例の『竜と過ごす夜の為に』というタイトルの本だ。
 ざっくり簡単に内容を説明すると『番人が主の竜の為に学ぶ交尾の技術指南書』で、もっと簡単に言えば、交尾のノウハウ本。
 竜と交尾するならこんな事をすると喜ばれますよ、というのを図解しながら詳しく説明してくれている。
 朝からタキアが『いいもの欲しいから鉱脈探してくる!』と飛び出していってから、ルサカは熱心にこの本を読みふけっていた。
 タキアがいる時には絶対読めない。いない時にこうして熟読しておきたい。
 そういうわけで朝から一心不乱に読みふけり、通り一遍読み終えたルサカは、軽く放心状態になっていた。

 世の中には、知らない事がたくさんあるんだ。

 これだけタキアと交尾しているのに、知らない事がこんなにあった。たくさん書かれていた。
 タキアはすごくえっちでそういうところは大人だとばかり思っていたが、この本の内容に比べたら全くもって普通だったと思い知らされる。
 珊瑚は『もう一冊、そんな感じの本があるがルサカにはちょっとまだ早い』と言っていた。
 一体どんな内容だったんだ。
 ちょっと早いということは、将来的には必要になるという事か。
『竜と過ごす夜の為に』を読んだ結果、これを実践するかどうかはさておき、実践すれば少ない体力消費で、繁殖期のタキアを満足させられそうだという方法は幾つかあった。
 あったが、これをルサカが出来るかというと、それはまた別問題だ。
 こういう時に羞恥知らずの竜がうらやましくなる。羞恥心さえなければ躊躇いなく実行できるのに。
 読み終わった『竜と過ごす夜の為に』を厳重に保管するべく、ルサカは真鍮のベッドの下に、しっかりと布で包んでしまいこむ。
 思春期の少年がエロ本を隠す定位置そのものだが、ルサカが思いついた隠し場所なんてこれくらいだった。
 首尾よく隠してから、自分の身体の匂いを嗅いでみる。
 タキアがよく言う『砂棗の花の匂い』は、ルサカは全く感じられない。
 ちょっとした興奮状態の今なら、恐らく香りが強くなっているだろうと思って嗅いでみているが、やはり全く分からない。
 やはり、竜にだけ感じられる香りなのか。
 タキアが帰ってくるまでに風呂にはいって流せば匂いが薄くなるだろうか、と自分の手の匂いを嗅いでみて、それから思いついた。
 このまま強く砂棗の花の匂いをさせておけば、タキアは交尾したがるかもしれない。
 繁殖期前に、例の『滋養飴』の効能を試すチャンスではないか。
 ライティングデスクの引き出しの奥深くにしまっていた、例の金平糖のような『滋養飴』の瓶を取り出し、一粒をハンカチに包んでポケットに忍ばせる。
 タキアが帰って来たらこれを飲んでおけば、試せるかもしれない。
 瓶を再び引き出しの奥深くにしまった丁度その時、古城の巣の外から、竜の鳴き声が響き渡った。
 タキアの声だった。たまにこうして鳴いてルサカを呼ぶ事がある。
 何かすごくいいものを見つけた時や、巣の中にすぐに運び込めないような大物を持ち帰った時、こうしてルサカを古城の天辺の『本物の竜の巣』に呼び寄せる。
 今朝言っていた『いいもの』を持って帰れたのだろう。
 ルサカは急いで『本物の竜の巣』に向かう。



 なるほど、これはすごい。
 竜の姿のままタキアは得意満面で、巨大な白水晶の塊と、恐らくそのまま抉り取ってきたと思われる、岩の塊のような巨大な紫水晶のドームを見せる。
 なんというドヤ顔。タキアはものすごく自慢げで嬉しそうだ。
 そういえば、絵本や物語の竜の巣には、こんな水晶などの巨大な鉱物が描いてあって、そのキラキラ輝く鉱物に囲まれて竜は眠っていたりした事を思い出す。
 巨大な白水晶を撫でながら、やっぱり竜はキラキラしたヒカリモノが大好きなんだな、とルサカは思わず呟く。
 竜の姿だと、意思の疎通がちょっと面倒だ。タキアが何を言いたいのかだいたい分かるが、言葉で会話する事は出来ない。
「……タキア、人の姿になれないくらい疲れたの?」
 尋ねると、小さくきゅい、というような鳴き声で答える。
 そういう訳ではないらしい。
 もしかしたら、この水晶を古城に運び込めるよう分割するために、まだ竜の姿のままなのかもしれない。
「この大きい塊で見せたかったの?」
 そう聞くと、タキアは嬉しそうに頷く。
 ……可愛い。
 この大きな塊の水晶をルサカに見せたかったなんて、タキアは本当に可愛い、と思わずルサカも笑ってしまう。
 確かにこの巨大な紫水晶のドームは、分割するのが惜しいくらい、見事な大きさと美しさだった。
 けれど紫水晶は日の光に弱い。すぐに退色してしまうから、古城の巣に運び込んでおかねばならない。
 ルサカは紫水晶のドームに近寄って、仰ぎ見る。
 その澄んだ輝きは、言葉に言い表せないくらいに美しい。
 巨大な紫の石英は、日の光を浴びて、ルサカを紫色に照らす。
 ルサカもこんな、研磨前の掘り出されたばかりの水晶なんて、本の挿絵でしか見た事がなかった。
 本物の、切り出したばかりの紫水晶なんて、きっとタキアと暮らさなかったら見る機会はなかっただろう。
 あまりの美しさに、言葉をなくして見上げていると、タキアの舌先がルサカの頬に触れ、子犬か何かのようにぺろぺろと舐め始める。
「……ちょっと、タキア…くすぐったい」
 当たり前だが、竜のタキアは大きい。
 その舌先だけでもルサカの顔より大きいし、そんなに舐められたら、服もびしゃびしゃに濡れてしまう。
「タキア……ちょっと、だめだってば」
 もしかしたら、ルサカの強い砂棗の花の香りに反応しているのかもしれない。
 執拗に、タキアはルサカを舐める。
 薄く青白い焔を纏った紅い鱗の鼻先としつこい舌先に押されて、ルサカは紫水晶のドームの前にしりもちをつく。
「だめだってば……! あー…もう、服がびしょ濡れだよ……」
 そのしつこい鼻先にしがみついても、タキアは舐めるのを止めない。
 しぶしぶルサカは鼻先から手を離すと、びしゃびしゃに湿った服を捲り上げ、軽く絞る。濡れたシャツが肌に張り付くのは気持ちのいいものではない。
 その、捲りあげて晒された素肌にも、タキアの舌先が触れる。
「……あ、あっ……! タキア、やめ…!」
 ルサカもやっと気付いた。
 タキアはただ舐めているだけではなかった。そういうつもりで、舐めている。
 ルサカの首の下辺りを鼻先で押さえて、器用に舌先でルサカの素肌を楽しむ。その吐息は、交尾の時のように、熱くなっていた。
「タキア、も……っ……」
 ルサカの声も、震え、甘くなり始めていた。ルサカはタキアの前足の爪にしがみついて、身震いする。
 その間もタキアは器用に服を捲り上げ、濡れた音を立てながら、ルサカの素肌に舌を這わせる。
 ルサカが蕩け始めた頃を見計らったのか、ルサカが乱れた甘い吐息を洩らし始めると、服を脱ぐように舌先で促す。
 少しだけ、ルサカは躊躇う仕草を見せるが、割合と素直にズボンに手をかけ、足から引き抜く。
 タキアは遠慮なくその素足の間に舌先を割り込ませ、足を開かせると、優しく丁寧に、舐めあげ始める。
「くぅ…ぅ…あっ、あぁっ…!」
 タキアの前足の爪にしがみついたまま、ルサカはあられもない声をあげた。
 もっとその淫らな声を引き出そうと、タキアは桜色に染まった素肌を、執拗に責める。
 舌先でつつき、舐め、擦り、舐る。
「だめ、タキア…! あ、あっ……!」
 その優しくも執拗な愛撫に耐え切れずに、ルサカはタキアの爪にしがみついたまま、達した。
 下腹の紅い花に飛び散った体液に、再びタキアが舌先を寄せ、舐め取る。舐め取りながら、再び足の間に滑らせ、柔らかく、淫らに、舐め始める。
 あまりに責められすぎて、ルサカは息が続かない。荒く肩で息をつきながら、小さく身震いをして、ほんの少し、責めるようにタキアの鼻先を軽く叩き、甘く喘ぐ。
「……も、タキア……やめ、あ、くぅ、う、んんっ…!」



「……ごめんなさい、調子に乗りました……」
 湯船にルサカを抱いて浸かりながら、タキアは神妙に反省しているように見えた。
 結局、竜の姿のままのタキアに、ルサカは散々舐め倒されてしまった。
 さすがに竜のままでは交尾出来ないが、淫靡に舐められすぎてルサカはぐったりしていた。
 まさかあんなにえっちに舐められるとは思っていなかった。なので、例の『滋養飴』も試せなかったし、舐められすぎて滋養飴は溶けてハンカチのシミになっていた。
「だって……ちょっと舐めたら、ルサカが可愛い顔するから……。それに、いい匂いぷんぷんさせて出迎えてくるし……」
「すぐぼくのせいにするのはやめてもらおうか!」
 タキアのほっぺたをつまんでぐにっと引っ張る。
「痛っ! ……でもルサカだって、気持ち良さそうだった! 三回もいってたし!」
「……タキアがしつこくするからだろ…!」
 滋養飴、高かったのに。ムダにしてしまって本当にもったいなかった。飲んでから行けばよかった。
 膨れたルサカのほっぺたに、タキアはちゅっと口付ける。
「紫水晶に照らされたルサカが綺麗だったから……きっと、素肌のルサカならもっと綺麗だと思って……」
 舐めて服を濡らして、脱ぐように仕向けようとしていたわけか。
 タキアは可愛い振りをして、結構な策士だ。こと交尾に関してはぬかりがない。普段は子供のように無邪気で可愛いところのあるタキアでも、交尾だけは別問題だ。交尾は竜にとってとても重要な事だけに、情熱の持ち方が違うのだろう。
「もういいから……! ……で、あの水晶どうするの? しまわないと、紫水晶はすぐに色があせてしまうよ」
「運び込める大きさに分割したから、あとで廊下とかに飾ろうかなあと……それより、ルサカ」
 温泉で桜色に温まったルサカの丸い肩に、軽く噛み付く。
「一回だけ。……一回だけしよう」
「だめに決まってるだろ……!」
 慌てて身体を引き離そうともがくと、タキアが必死にしがみついてくる。
「だって、あんな可愛くてやらしいルサカ見たら、交尾したい!」
「ダメだったら、もうあんなしてたのに、ぼくの体力がもたないだろ!」
 今ここで交尾してしまったら、薬を買った意味が全くないじゃないか。
 せっかく薬を買ったのに、飲むタイミングが全くはかれない。
「しつこく舐めたタキアが悪い! ……今日はもうしないから!」
 しつこく追いすがるタキアを振り払って湯船から出ようとするが、タキアも諦めない。
「イヤだ! 交尾したい! したい!!」
 もうこうなると駄々っ子と一緒だ。おもちゃを買ってもらえなくてダダをこねる子供のようにみえるが、言っている内容がひどい。
 結局、薬を飲むタイミングが全くはかれないし、体力の温存も出来てないじゃないか。
 うまくいくと思っていたのに、思い通りにならない事ばかりだ。
 ルサカは追いすがるタキアを引き離しながら、思わず小さくため息をついた。



2016/03/14 up

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