竜の棲み処

#38 迷子の迷子の

 例の巨大な白水晶は、古城の巣の天辺に置き去りにされたままだった。
 紫水晶と違って退色の心配がないので、タキアがずさんに置き去りにしているが、やはり野ざらしでは劣化が心配だ。
 時折ルサカは『本物の竜の巣』にこの白水晶を磨きにあがってきている。
 そろそろタキアにこの白水晶も巣に運び込もう、と言おうかな、とルサカも思い始めていた。
 今日も白水晶を磨きに『本物の竜の巣』にきていたが、今日はいつもと違っていた。
 ルサカは巨大な白水晶の影を覗き込む。
 間違いない。
 この真っ白な丸いものは、竜だ……。
 白水晶の影に、抱っこできるくらい小さな白い竜が、丸くなって眠っていた。
 一瞬死んでいるのかと思ったが、尻尾と耳が時折、ぴくぴくと動いている。
 こんな小さな竜なんて、初めてみた。ルサカは思わず跪いて覗き込む。
 可愛い。
 動物好きにはたまらない大きさに、可愛らしさ。ルサカははじめて見る子供の竜に興味津々だった。
 じっと見つめていると、小さな竜はぱちっと目を開けた。
 ルビーのように真っ赤な瞳だった。
 これは綺麗だ。
 真っ白なつやつやした鱗に、真っ赤な瞳。タキアも美しい紅い鱗を持っているけれど、この白い鱗はまた別の美しさがあった。
 タキアが太陽の美しさなら、この子は月の美しさとでもいおうか。
 まだ子供のせいか、身体を取り巻く焔はなかった。雪のように白く輝く鱗だけでも、とても綺麗だ。
 小さい竜は、じっとルサカを見上げる。
「……どこか痛いの? 大丈夫? ……迷子かな?」
 話しかけると、小さい竜はきゅ、と小さい声で鳴いた。
「タキアがいればなあ……竜のままだと、何を言ってるのかわからないや」
 小さい竜はルサカの膝に寄って、甘えるようにしがみついてきた。
「まだ赤ちゃんなのかなあ。……抱っことか嫌じゃない?」
 一応尋ねてから、抱き上げる。
 ちょうど人間の、四~五歳くらいの子供の大きさだろうか。
 意外と見た目より、軽い。
 大人しくルサカに抱き上げられて、小さな前足でしがみついてくる。
「うわー…可愛い」
 まさに小動物の愛らしさ。白く小さい竜は、ルサカを見上げて再びきゅ、と小さく鳴く。
「ぼくじゃ言葉が分からないんだ。ごめんね。……人になれないのかな。そういえば、竜の子供って、人になれるのかな」
 ルサカは空を振り仰ぐ。
 この子の親は一体、どこに行ったのか。辺りに竜の気配はなかった。
「きみ、迷子なの?」
 多分、人の言葉は理解しているはず。語りかけると、小さい竜は頷く素振りを見せる。
「そうかあ……。もうすぐここの巣の竜が帰ってくるから、一緒に探してもらおうね。……おなかすいてないかな。おいしい苺があるし、さっき焼いたケーキもあるよ」



「え。ええええ!? なに!? この子どこの子だよ……!」
 ルサカの膝に抱っこされたまま、器用に前足で苺を食べる白い竜を見て、いつものようにご機嫌で帰宅したタキアはひどく驚いていた。
「あー、なんか巣の天辺の、白水晶のところにいたんだよ。……迷子みたい。タキアなら、何言ってるか分かるよね」
「……分かるけど……」
 きゅ、と短く鳴き声をあげる白い竜と、タキアは一言二言、言葉を交わしている。
「こんな小さいと人間になれないの?」
「なれないね……。稀に人の姿で生まれて、あとから竜化する事もあるけど……。大抵は竜の姿で生まれて、ある程度大きく育ってから人へ変化をするようになるよ」
 白い竜は苺を食べ終えると、甘えるようにルサカの手に鼻先を摺り寄せる。
「めちゃめちゃ可愛いよね。……タキアもこんな頃があったのかなあ、見たかったなあ」
 白い竜の鼻先を撫でながら、ルサカはにこにこ笑顔でタキアを見上げる。
 そのタキアは実に不満げな顔だ。完全に、面白くない、という顔をしている。
 ルサカもそのタキアの不機嫌な表情に気付いていた。
 まさかこんな小さな子供の竜にやきもちを? いやいくらなんでも、それはないだろう。
 そんな事を考えながら、不機嫌に気付いていないふりで、タキアの話を聞く。
「……父親と移動中に、落ちて迷子になったらしいよ。……その父親が、このちびを落とした事に気付いていないかもしれない」
「え、そんなザツなの竜って? 自分の子供落として気付かないの?」
「これだけ小さいとね……背中に乗せて飛んでたら、転げ落ちても分からないよ。人間と違って子竜でも飛ぶから、重量も感じにくいし。……だから子供は籠にいれて運んだりするよ。閉じ込めちゃった方が、こんな風に迷子になったりしないから」
 ルサカの膝で甘えてじゃれる小さい竜を、タキアは容赦なく引き剥がして取り上げる。
「……ちび、調子に乗るなよ。ルサカは僕の番人だ」
 摘まみ上げて子竜に言い聞かせているが、これはちょっと子供相手に大人げない態度だ。
「こんな小さい子に乱暴するなよ……! かわいそうじゃないか!」
 ルサカは子竜を慌ててタキアから取り返して、しっかりと抱きかかえる。
「だって! こいつルサカの事が好きだって!」
 繁殖期直前なものだから、タキアの本能はひどく昂ぶっている。要するに、縄張り意識と執着が激しく高まっている状態。
 動物の繁殖期と一緒だ。他の雄への敵愾心に満ち溢れている。まさに他の竜への敵対意識が最高潮な時だ。
 それでもまさかこんなちびっこにまで、そんな攻撃的になるとは、ルサカも考えていなかった。
「こんな小さい子供、いじめてどうするんだよ……。て事は、この子は雄か」
「そうだよ……。ルサカが大好きって言ってる。僕のなのに、こいつちっとも聞いてない」
 これはまずい。
 タキアは露骨に苛立っている。
 時期が悪かった。繁殖期なんて、どんな動物も荒っぽくなってる。竜も例外ではない。
 普段穏やかなタキアも、血縁ではない、赤の他人の、しかも雄の竜が自分の巣にいるのは我慢ならないようだ。
 うまくタキアのストレスを発散させないと、この子竜が危険だ。
 子竜を片手で目隠ししながら、ルサカは爪先立ちで背伸びをして、タキアに口付ける。
 幾度か啄んで、少々あざとく、上目遣いに見上げて、微笑む。
「……ぼくが好きなのはタキアだけなのに、そんなに心配?」
 惑わされるように、タキアはそう囁くルサカの唇に軽く吸い付く。
 音を立てて何度か食んで、それからちゅっ、と音を立てて吸って、唇を離す。
「……本当は他の竜に優しくするところなんか、見たくない」
 これはもうほぼ繁殖期に入ったも同然かもしれない、とルサカは思った。
 ルサカへの執着が強すぎる。
『竜と過ごす夜の為に』にも、はっきりと発情が分かる時と、じわじわと高まっていく時と、二通りあると書いてあった。今まさに、タキアはじわじわと執着を強めているであろう事は、ルサカから見てもよく分かる。
 こんな繁殖の時期に迷子なんて、タイミングが悪いとルサカも思う。
 タキアが完全に発情して繁殖シーズンに入ってしまったら、教育上にもよろしくないし、タキアにかかりきりになってこのちびの面倒もみられない。
「早く、この子のお父さんを探さないとね。……何か方法はある?」
 もがく子竜の目を塞いだまま、ルサカはタキアの唇に再び口付ける。
「……仕方ないから、ルトリッツ全域を飛んで父親を探してみる。……さすがにいなくなったのに気付いてるだろうし、まあ飛びながら呼んでみる」
 そういえば竜は遠く離れていても意思の疎通が出来る事を忘れていた。
「君もお父さん呼んで探そうね」
 目隠ししていた手をはずして、子竜に話しかける。
「そういえばタキア、この子の名前は? 名前知らないと不便だ」
「……フェイだって」
 素早くタキアはルサカに口付ける。
 これは僕の番人だ、とフェイに見せ付ける為だろう。少々ルサカも呆れるが、この時期の竜は仕方ないのかもしれない。タキアのストレスも分かるだけに、ルサカも文句を言いにくかった。
 小さくため息をついて、タキアを促す。
 早くフェイの父親に迎えに来て貰わなければ、ややこしい事になりそうだ。
 タキアの機嫌をとりながら、この子竜の面倒も見るなんて、ルサカにはあまりに荷が重すぎる。



 ちょうどフェイをルサカのベッドで寝かしつけている時に、タキアが帰ってきた。
「……おかえり、タキア。……今寝付いたところだから、静かにね」
 例のこぢんまりとした『ルサカの巣』の扉を少し開けておきながら、ルサカは廊下に出る。
「どうだった? 見つかった?」
「この辺りにはいないようだよ。……一応、兄さんや姉さんにも頼んだけど。……困ったな。多分、そろそろ発情期に入るのに」
「多分、すごく探してるよね、きっと。……連絡あるといいね」
「そうでないと、僕も困る」
 苛立っているようだが、フェイがルサカに触れていなければ、苛々は多少マシなようだ。
 タキアの前でフェイを抱っこしたりしないようにしなければ。
 人のやきもち以上に、竜のやきもちは厄介だ。特に繁殖期直前の今の時期は、本能に直結しているだけに危険でもある。
「これで何歳くらいなの? 小さいけど」
「うーん……だいたい二十歳くらいだけど、人間からみたら十歳に満たないくらいかな……」
 腕を組んで真剣にタキアは考えているようだった。確かに人間に換算するのは難しそうだ。
「二十年も生きててこんなに小さいの?」
「そろそろ大きくなるよ。これくらいまではまだ子供だけど。三十年くらいかけて、成体になるかな」
 そう考えるとタキアがとても子供っぽいのも納得が行く。
 五十年で成体になって、更にそこからまだまだ成長が続くわけだ。
「……ルサカ、それより」
 抱き寄せて口付けながら、タキアは手を滑らせて腰を抱き寄せる。ルサカの唇に触れるタキアの吐息は、ほんのりと熱を帯びていた。
「あ。うん……ちょっと待ってて、枕元にランプが置きっぱなしだから、テーブルに移してくる。……先に、ベッドに」
 素直に寝室に向かったタキアを見送って、ルサカは部屋に戻り、ライティングデスクに飛びついて、例の小瓶を引っ張り出す。
 とうとう滋養飴を試す機会が。
 結局、繁殖期前に試せなかったけれど、せっかく買ったし高かったし。
 ルサカは一粒取り出して、飲み下す。



 これはもう、繁殖期に入っている。
 タキアの吐息は軽くキスしただけでも伝わるくらい、熱い。
 それにほんの少しキスしただけで、ルサカも身体が痺れるように熱かった。
 竜の発情に番人はつられる、と言うけれど、納得出来る。タキアのこの熱っぽい素肌に触れるだけで、ルサカも言葉に出来ない高揚を感じていた。
「ルサカ、ごめん。……ちょっと我慢出来そうにない」
 もどかしげにルサカのズボンに手をかけ、脱がせる。
 半年前の事を思い出す。あの時もタキアは、とにかく挿入したがって、がつがつしていた。
「いいよ……大丈夫」
 半年前と違うのは、タキアを欲しがっているのが、ルサカの身体だけではないところか。
 今は素直に、心から、タキアの繁殖期を一緒に過ごそうと思える。全く気持ちがないままだったあの時とは大きな違いだ。
 心も身体も、タキアが欲しいと思えた。
 タキアはもしかしたらあの時から、同じように思っていてくれたのかな、とふと考える。
 もうタキアの息は荒い。
 タキアは右手の指を軽く舐めると、ルサカの白い腿に手を這わせて、すぐに両足の奥に差し入れる。
「……ルサカ、好きだよ」
 タキアの首に両手を回してしがみついているルサカに口付けると、ルサカは少しだけ恥ずかしそうに、膝を開く。
 軽く舐めて濡らしただけの指先で、ルサカの閉ざされたそこを軽く撫でる。
「あ、あっ…!」
 それだけで、ルサカの口から信じられないくらい、甘い声が零れ落ちた。
 少し撫でられただけで、下腹の紅い花の奥深くに、電流が走ったようだった。
「やば……タキア、ごめ、がまん、できな……」
 こんな少し触られただけで、身体が震えそうなくらい、感じている。
 竜の発情につられた時って、こんなだったっけ、と、ルサカは甘く痺れる頭の片隅で考える。
「どうしたの、ルサカ。……これだけでそんなに気持ちいいの?」
 タキアの指が、少し強めに擦り、くすぐる。それだけでルサカの背筋が跳ねた。
「あ、あ! くぅ、んんっ……!」
「……すご……。こっち、触ってもいないのに、もうぬるぬる……」
 緩く開かれたルサカの両足の間の、ルサカのそれはこれだけで硬く張り詰めて、蜜を滴らせている。
「……これだけで? ……どうしたの、ルサカ。……すごく興奮してるね……」
 タキアも驚いている。
 ほんの少し触っただけで、ルサカはもう蕩けそうに感じているのが分かる。
「……わから、な……も、我慢できな……タキア、早く……」
 焦れたのか、足を絡め、促す。
 発情期のタキアよりも、ルサカの方が発情してみえる。それくらい、ルサカは蕩けきって興奮しきっていた。
「……大丈夫かな……。ルサカ、ゆっくりするから」
 ズボンをくつろげて、昂ぶったそれを引き出す。
 竜の生殖器は人のそれより、遥かに大きく、形も違う。完全に異形だ。
 けれどその大きな生殖器を、番人は苦もなく受け入れる。むしろ、竜の生殖器は、番人に狂おしいくらいに甘くたまらない快楽を齎す。
 その生殖器を、ゆっくりと、既に紅く染まったルサカの蕾に擦り付けると、ルサカはあられもない声をあげた。
「あ、ああっ…! あ、タキア、タキアっ…!」
 甘く蕩けて切った声をあげながら、淫らに腰を揺らし、誘う。
「だめだよ、ルサカ……。いきなりいれたら…ゆっくり、ね」
 すぐにもタキアを迎え入れようとするルサカの腰を押さえつけて、ゆっくりと傷付けないように、進める。
 硬く膨れ上がり、体液を滴らせる生殖器の先端を飲み込ませ、浅く出し入れしながら、竜の体液を馴染ませる。
 それだけでルサカはたまらないのか、下腹の紅い花の辺りを押さえながら、蕩けきった声をあげる。
「あ……あー……ん、んぅ……あ、あっ……」
 初めて交尾した時も、これくらい蕩けていた。
 それでも、あれは特別な状態で、竜のしるしがついてから一週間程度で終わる。
 竜の交尾の快楽を知って、中毒状態になっていたようなものだ。繁殖期とは無関係で、竜のしるしの副作用のようなものだ。
 それと同じくらい、ルサカはとりこになっているように見えた。
「えっちだね、ルサカ……。もうとろとろ」
 ルサカの細い腰を掴み、一息に根元まで突き入れると、ルサカの細い咽喉が仰け反り、短い悲鳴のような喘ぎ声が漏れた。
 ルサカの興奮し膨れ上がっていたそれは、弾け、下腹の紅い花を濡らす。
 そのきつい締め付けに、タキアは低く声を漏らす。
 ふとタキアは、思い出した。こんな状態になるようなものに、心当たりがあった。
「ルサカ……目をあけて」
 腰を掴んで引き寄せると、ルサカの中をタキアの硬く膨れ上がったそれが抉る。ルサカはたまらずに、再び高く甘い声を漏らした。
「……ルサカ、飲んじゃったんだね……あれを」
 震えながら甘い吐息を漏らすルサカの唇に触れながら囁く。
「珊瑚さんから聞かなかった……? それは、『増幅』の副作用があるって……」
 ルサカは蕩けたまま、薄く目を開ける。
 珊瑚の言いかけた、『ぞ』は『増幅』と言う言葉だったのか。
 何が増幅するんだろう。
 タキアはルサカの腰を掴み、ゆっくりと突き上げ始める。
 頭が真っ白になる。
 ルサカはもう、タキアの事しか考えられなかった。
 タキアとの、身体が融けてしまいそうなくらいに、甘美な交尾。それ以外、もう何も考えられなかった。



2016/03/17 up

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