竜の棲み処

#40 寂しがりやの竜の為に

「……滋養飴の事は知っていたけど、ルサカに勧めなかったのはこの副作用のせいだよ」
 風呂からあがった後も、脱衣所でタキアはルサカを抱きしめたまま、離すつもりはなさそうだった。
 湯上りにシャツを一枚羽織ったまま、大人しくルサカはタキアにもたれ掛かっている。
「確かに効果はあるよ。……けど、この副作用はちょっと。……ルサカが嫌がるだろうとも思ったし、何より僕もちょっとね。……こんなの、もっと交尾したくなるじゃないか」
 それもそうだ。
 こんな効果だと知っていたら、よくない先入観で飲まなかったかもしれない。
 湯上りの火照った項や頬にタキアの唇が触れる。
 珊瑚が言いかけていた『ぞ』は『増幅』の『ぞ』の事で、簡単に言えばこの副作用は『知覚が増幅される』
 あらゆる知覚に影響がある。
 その中で特に、皮膚などの刺激への知覚が増幅され、『快』『不快』のうち『快』はより強く感じられるようになる。
 だから少し触られただけで、ルサカは融け落ちそうに感じていたし、それこそ発情したようになってしまっていた。
 確かに体力の消耗は減った。そのかわり、交尾への欲求が激しく高まってしまうデメリットがあった。
「……いいのか悪いのかよくわからないな。……でもメリットがあると言えばあるかな……。特に繁殖期以外なら」
 繁殖期にこんなもの使われたら、タキアにとってはまさに猫にマタタビのようなものだ。
 余計にルサカに執着するし交尾も激しくなる。欲求も増すばかりだ。
「……連続で使えないから、ずっとは無理だけど、繁殖期の最初だけでも体力を維持できるならぼくには十分メリットがあるよ。……まあ、あんな状態になるのはちょっと恥ずかしいけど」
 思い出すだけで恥ずかしい。
 狂ったようにタキアを求めて、足を絡め、離さなかった。
 何度もねだって交尾して、ふしだらにもほどがある。そんな真似をしたと思うと顔から火が出そうだ。
「予告もなくあんなだったから、ちょっと驚いたけど。……でも、一緒に繁殖期を楽しめるなら、その方が僕も嬉しいよ。……ただちょっと、我慢が難しくなるのがね……」
 あまりこうして抱き合ってキスを繰り返していると、また交尾してしまいそうだ。
 湯船の中で散々交尾してここでも、はさすがにルサカの身体の負担が大きい。
 名残惜しそうに唇を離して、抱いていたルサカの身体を解放する。
「……ルサカ、少し寝ておくといいよ。僕はちょっと国境まで行ってくる。ちびの父親を探さなきゃ、落ち着かないしね」



 タキアを見送ってから中庭に行くと、フェイはヨルと仲良く遊んでいた。
 ヨルは本当に賢い。
 タキアは『息が詰まるくらい高かった』と言っていたが、あまりある働きぶりだ。
 ルサカが中庭に入ると、フェイはすぐに飛んできた。文字通り、飛んでルサカにしがみついた。
 当たり前だが、小さくても竜だ。立派な羽がある。
 ルサカの頬に鼻先を押し付けて、きゅ、と短い鳴き声を連発している。
 竜が何を言っているのか全くわからないが、ルサカでもうっすらと察する事は出来る。
 多分これは、大好き、とか、好き、とか言っている。
「ごめんね、待たせたね。……おやつ食べる? ヨルもありがとう。本当にヨルは賢いね。すごいね」
 片手でフェイを抱きかかえつつ、足元でご褒美を待つヨルを撫でる。
 フェイは一生懸命鳴いてルサカに何か話しかけているが、残念ながらルサカには分からない。
 フェイとヨルを連れて厨房に戻って、フェイには保存しておいたとっておきの冬林檎を、ヨルにはおやつに鹿の骨を与えながら、ルサカは書庫から取ってきた竜言語で書かれた育児書っぽいものを引っ張り出す。
 タキアは少し寝ておけ、と言っていたけれど、フェイの面倒を見るのに分からない事が多すぎた。
 まずフェイに何を食べさせたらいいのか、人間の子供のように昼寝をさせたほうがいいのか、風呂にいれていいのか、本当に分からない事だらけだ。
 人間の子供だって育てた事がないのに、いきなり竜の子供だとか、難しすぎる。
 タキアはフェイの事になると不機嫌になるし、聞きにくくて仕方なかった。
「……フェイ、何か食べたいものがあったら、タキアに言っておいてね。ぼくじゃ分からないんだよ。……もしこれが食べたい、て言うのがあったら、持ってきてくれてもいいし、ぼくを呼んでくれてもいいから」
 フェイを膝に抱いて林檎を持たせて、ルサカは本のページを捲る。
 まさかこんなところで竜言語を頑張って覚えた事が役立つとは。勉強はしておくものだとつくづく思う。
 難しい言葉は厳しいが、そこそこには分かる。
 そういえば珊瑚に竜言語の辞書があるか聞いておけばよかった、と今更考える。
 繁殖期の間は珊瑚も呼べない。
「……フェイ、いい子だねー」
 フェイを時々撫でながら、ルサカは真剣に読みふける。
 ざっくり読んだところ、やはり昼寝をさせないといけないようだった。
 人間の子供以上に、よく寝かせる事とよく運動させる事が大事なようだ。
 竜の子供は成長が遅い。よく食べさせ、運動させ、眠らせる。そうやって成長を促すと書かれていた。
 今ルサカは体力を少しでも温存しなければならない。運動はヨルにみてもらって、昼寝をさせて、ついでに寝ておこう、とか色々考える。
 冬林檎を食べ終わったフェイは、ルサカの手にまた鼻先を押し付けて摺り寄せる。これは多分、構って欲しい、撫でて欲しい、と訴えていると思われる。
 ルサカは本を閉じて、フェイの鼻先を撫でてやりながら、ふと思い出す。
 ライアネルも、ルサカが子供の頃はよく撫でてくれたり、抱き上げてくれたりしていた。
 あれはとても心が落ち着いて、満たされたものだった。
 さみしがりやでスキンシップが大好きなのは、竜だけじゃない。
 人間だって、そんな温もりが精神安定になるのだ。
 今、振り返ると、ライアネルはルサカが考えていた以上に、愛情を注いで育ててくれたのだと思い知らされる。
 ライアネルと過ごした日々を思い返すと、少し胸が苦しくなる。
 あの頃は、こんなに早く、こんな遠くに離れてしまうなんて、思ってもみなかった。
 ルサカがそんな感傷に浸っていると、フェイは食べ終わって眠くなったのか、ルサカの手の甲に顎を乗せて、うとうとしていた。
「……おなかがいっぱいで眠いのかな。……一緒にお昼寝しようね」
 フェイを抱いて自分の部屋に戻り、真鍮のベッドにフェイを降ろす。
 フェイはしっかりとルサカの服を前足と後ろ足で器用に掴んで離そうとしない。
 夕べ、寝入ったところを置いていかれたのをしっかり覚えているのだろう。置いていかれないように、しがみついて離れない。
「あー……目が覚めてひとりぼっちで寂しかったの、覚えてるからか。……ごめんね」
 一緒に寝ていたらタキアがまた怒り出すかもしれない。
 フェイを自分のベッドに寝かしつけたら、タキアのベッドで寝ようと思っていたが、これは無理そうだし、何より、一生懸命ルサカを引きとめようとするフェイが、可哀想になってしまった。
 タキアが戻ってくる前に起きられるといいけれど、と思いつつ、フェイを抱いて一緒にベッドに入る。
 フェイは嬉しそうにルサカの胸元に鼻先をつけて、きゅ、きゅ、と何か話しかけている。
「ごめんよ、分かってあげられなくて。……ぼくもフェイと話したかったな。きみが何て話しかけてくれているか分かるなら、もっと楽しかったのにな」
 羽の下あたりを撫でてやると、フェイはおとなしく目を閉じる。
 考えてみたら、まだまだ赤ちゃんのようなものだ。
 大人のタキアであれだけ寂しがりやだし、更に父親とはぐれて、とても心細い思いをしている。
 タキアが怒り出しさえしなければ、出来るだけそばにいて、さみしくないように構ってやりたい。
 ライアネルもそうだった。
 両親を病で失って、途方に暮れたルサカを引き取って暫くの間は、休暇をとって屋敷にいてくれた。
 何気ない素振りで釣りに誘ってくれたり、勉強を教えてくれたり、市場巡りに連れて行ってくれたり。
 あれは、ルサカが寂しくように、心細くならないように、ルサカの心が少しでも癒やされるように、安らげるように、そう思って、そばにいてくれたのだと、今、気が付いた。
 思わず涙がこみ上げる。
 安らかな寝息を立て始めたフェイを抱きかかえながら、ルサカは目を閉じる。
 ライアネルに何も返していない。いつかこの気持ちを、感謝を、口にしたいけれど、何をどう伝えたらいいだろう。
 どんな言葉でも言い尽くせない気がしていた。



「………ルサカ、なにしてるの」
 何度か揺さぶられて、やっとルサカは目を覚ました。
「ふあ……おかえり、タキア……」
 眦を擦りながら、抱きかかえていたフェイを起こさないように離して、タキアに向き直る。
「なんで一緒に寝てるの!」
 一応は、フェイを起こさないように気を使っているのか、小声ではあった。
 けれどタキアの声は完全に怒気を含んでいる。
 やっぱりタキアが帰ってくる前に起きられなかったか、これはまずいな、とルサカも寝ぼけながら考える。
「……フェイが離してくれなくて。……子供でも爪は強いね」
 白々しくとも、分かっていない振りをするしかない。それしか逃げ場がない。
 よく眠っているフェイの前足は力が抜けていて簡単に離れられたが、寝る前はがっしりと掴んでいた。
 ベッドから這い出して、ルサカは軽くあくびをする。
「小さくても竜だって言っただろ! ……こんなの見たくないし、ルサカは僕の番人なのに!」
 苛立つタキアの声は段々大きくなっている。ルサカは慌ててタキアの口を掌で押さえる。
「……起きちゃうだろ! ……ごめん、もうしないから。……ぼくが悪かったよ」
 素直に詫びるしかない。
 これ以上、タキアを怒らせたら本当に良くない。フェイを巣から叩き出しかねない。
 今、タキアはこれ以上ないくらい、縄張り意識と執着が高まっている。
 自分の番人が、子供とはいえ他の竜と同じベッドで寝ているのは、恐らく耐え難いストレスなのだろう。
 もう子供だのなんだの言っていられないくらい、竜の本能が昂ぶっているのはルサカだって分かっている。
「……タキア、ごめん……。ぼくが悪かった。考えが足りなかった」
 タキアの首に両手を回して引き寄せて、口付ける。
 これくらいしか、タキアの機嫌をとる方法を思いつかなかった。
 タキアは寄せられたルサカの唇に、甘く噛み付くと、そのまま座っているルサカのズボンに手をかけた。
「……ちょっと、ダメだよタキア、フェイが寝てるのに、何するの!」
「いやだ、今ここでする。絶対する」
「タキア……!」
 無理矢理引き下ろそうとする手を掴んで止めようとするが、竜のタキアに敵うはずがない。無駄な抵抗だった。
 あっさりと下着も引き下ろされ、うつ伏せにベッドに押し付けられる。
 フェイの寝顔はすぐ目の前にあった。
「……タキア、ここじゃ嫌だ!」
 身体を捩ってなんとか止めようと必死に足掻く。
「そんな大声出してると、ちびが起きるよ」
 無理矢理足を開かされ、膝を入れられて閉じられない。タキアのしなやかな指先が無理矢理押し開き、硬く膨れ上がり、体液を滴らせるそれが押し当てられる。
「……タキア、やめ、あ、くぅ……っ!」
 無理矢理突き入れられて、思わず高い声が零れ落ちた。
 慌ててルサカは自分の口を片手で塞ぐ。そうでもしないと、声を止められる気がしなかった。
 タキアはそのままルサカの華奢な背中に覆いかぶさって、その柔らかな髪に頬を押し当てる。
 タキアのその吐息は甘く、熱かった。
「……タキア、あ、あぅ、く……!」
 タキアは動こうとしない。根元までルサカの中に納めきると、目を閉じルサカの身体を抱き、ただ息をつめる。
 ルサカの中のタキアのそれは、硬く、甘く、脈打ちながら燃えるような熱さで存在を主張する。
「……くぅ、……ふぁ、あ………っ……」
 殺しきれない甘い吐息が、ルサカの震える唇から零れ落ちる。
 下腹の紅い花の奥が狂おしく甘く痺れ、身体が融け落ちそうに思えた。
 タキアは荒い息をつきながら、ただルサカを強く抱きしめ続ける。
「タキア……も、やめ、あぅ、くぅ……!」
 フェイの寝顔が目の前にあった。
 真っ白な小さな竜は、安らかな寝息を立てて、よく眠っている。その無邪気な寝顔が、今はとてもルサカの胸に突き刺さり、罪悪感を齎した。
 ルサカは耐え切れずに、硬く目を閉じる。
 何もかも忘れてしまいそうな快楽に流されそうになりながら、唇を噛み締める。
 押さえきれない甘い吐息と声は、ルサカの意思とは裏腹に、唇を押さえる掌の隙間から漏れ、零れ落ちた。
 どうか、目を覚まさないで。
 ルサカは唇を震わせながら、必死に祈る。


2016/03/20 up

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