棚からパンとハムとチーズとトマトを引っ張り出して、ルサカは乱暴に切り取る。
バターもつけずにパンにそれらを無造作に挟んで、噛み付く。
タキアも本能と理性のせめぎあいで大変なのは分かるが、ルサカだって板ばさみでしんどいし、辛い。
繁殖期だから仕方ないのは分かっている。
ルサカも、タキアを決してないがしろにするつもりはないが、フェイの寂しい気持ちも無視出来ない。
仕方ないと分かっていても、腹が立つ。
ルサカは厨房の椅子に三角座りしながら、パンをもしゃもしゃ齧る。
もうヤケ食いでもしないとやってられない。
ルサカだってタキアと過ごす繁殖期が嫌なわけではない。
ちょっぴり楽しみな気持ちだってあった。
タキアとの交尾ははっきりいって大好きだし、タキアも大好きだ。
二人で甘く蕩けるような時間を過ごすのが、嫌はなずがないし、楽しみじゃないはずがない。
前回の繁殖期は完全に非合意の強姦のようなものだった。
いや正直交尾を楽しんでいたのは認める。でも気持ちは無かった。
ある意味、今回が本当の蜜月のようなものなのに。
なのに、こんなに険悪になったり、顔色を窺ったり、しんどいばかりだ。
パンを齧りながら、また棚を物色する。
あとでタキアと食べようと思っていた鹿肉の塩焼きを見つけ、これも腹いせとばかりにパンに挟んで噛み付く。
腹が立つと余計に空腹になるのは何故なのか。
タキアはあの後、ルサカが何度キスしても拗ねたままで、食事もしないでふて寝してしまった。
タキアにとって人間の食事はおやつのようなもので、特に必要なものではない。それでもいつもルサカの食事に付き合ってくれていた。それも拒否してのふて寝。
今回は本当に拗ねてふて腐れていて、手がつけられない。
無理矢理犯された上に機嫌までとらなきゃならないとか、踏んだり蹴ったりじゃないか。
二つ目のパンを食べ終えて、またルサカは棚を漁る。
骨付きの鶏のもも肉の香草焼きを見つけて、引っ張り出し、そのまま齧る。
幸い、フェイは良く眠っていて起きなかった。
ルサカがあの無理矢理の交尾の後、風呂で身体を洗ってきたりして結構時間が経っていたが、起きる気配がまるでなかった。
その間にこの空腹を満たそうとルサカは厨房に篭もっている。
そういえば、今夜はどこで寝たらいいのか。
ふて寝しているタキアのベッドに潜り込む気もしないし、ルサカの真鍮のベッドでフェイと寝るのは論外だし、かといってルサカの部屋から離れているゲストルームで寝ると、フェイが起きてルサカを探して鳴いていても気付かないかもしれない。
本当にみんな、ぼくの気持ちも苦労も分かってくれない。
ぼくだって世間的にはまだ子供だし、タキアはぼくより長く生きてて大人なのに。
そこまで考えてから、思えばタキアは人間ではないし、どちらかといえばその生態は動物寄りだったと思いなおす。
結局、ぼくがなんとかするしかないんだ。
そもそもフェイを拾ったのもぼくだ。自分の行動の責任は負わなきゃならない。
齧っていたもも肉を放り出して、ルサカはため息をつく。
結局、ルサカは居間の、タキアの愛用の寝椅子に毛布に包まって寝た。
ここならフェイが起きて鳴き始めても気付くし、タキアに対してもカドが立たない。
こんな繁殖期で体力が消耗している時こそ、ベッドでゆっくり休みたかったが仕方ない。
ベッドがふたつあるゲストルームでフェイと休めばいいかな、とも考えたが、多分、同じ部屋というだけで、タキアは怒るだろう。
ああもう面倒くさいな! とかルサカも思っている。
仕方ないと分かっていれば腹が立たない訳ではない。
目が覚めたものの、ルサカはだらだらと毛布に包まっていた。
フェイがぐっすり寝たままで、少し気になっていた。
こんなに長く眠り続けるものなんだろうか。でも人間も、七、八時間くらい眠り続ける事は良くある事だし、心配するほどでもないのだろうか。
そんな事を考えていると、居間にタキアが顔を出した。
「……ルサカ、怒ってる?」
このセリフをよくタキアから聞いている気がする。
この言葉をいう時のタキアは、まるで叱られた子犬のような顔をしていて、ついついルサカは甘くなって許してしまう。
「怒ってはいないけど、呆れてる」
「怒ってないならいいや」
「呆れてるって言ってるのに」
タキアはルサカの寝ている寝椅子の端に腰掛ける。
「……何て言われても嫌なんだから仕方ない。……ちびを叩き出すのだけは我慢してるんだから、それで許してよ」
毛布の上から、ルサカの下腹、竜の紅い花のあたりを撫でる。
それだけで、タキアの高揚が伝わる。
ルサカは毛布の下の、ポケットから油紙を引っ張り出す。
「……ちょっと待ってて」
油紙を開き、中に一粒だけ包まれていた金平糖のようなもの……例の滋養飴を取り出して、口の中に入れる。
舌の下に押し込んで、溶けるのを待つ。薬の類はここから吸収させるのが一番早いのは、書庫の本で知った事だった。
これで二回連続だ。数日、間を空けなければならない。
体力が尽きる前にフェイの父親が見つかるといいんだけれど。
「あのちびも、小さいくせにませてる。……きみの事が大好きだって、しょっちゅう言ってるんだよ。抱っこされてる時はだいたいそんな事言ってる」
それはルサカもうっすら気付いていた。
子供で語彙が少なくて他に言葉をあまり知らないから、そんな事を言っているのだろうと思っていた。
「小さくても竜なんだよ。……綺麗なものが大好きなんだ。だからルサカの事も大好きだって言ってる」
毛布を引き剥がして、ルサカのシャツを捲りあげると、下腹の竜のしるしを晒す。
晒した竜のしるしに口付けながら、ルサカの下着に手をかける。
舌下から吸収された滋養飴は、早くも効果を見せ始め、ルサカの吐息は簡単に乱れ始めていた。
「……子供だから、そんな難しい事考えていないよ、きっと……」
ルサカの声は媚びたように甘くなっている。
タキアは下腹から唇を離して、ルサカを抱き起こす。
「……ルサカは甘い」
ルサカの足を開かせ、身体を挟んで閉じられないようにすると、ルサカの立ち上がり始めたそれに触れる。
「滋養飴、本当にすごいね。……ちょっと触っただけで、もうこんなの」
タキアのしなやかな指が、軽くルサカのそれを摘む。柔らかに先端の割れ目を撫でると、それだけでそこがひくひくと震え、体液が滲み、零れ落ちた。
「あ、あっ……! やば…、気持ちいい…っ……!」
ふるっと身震いし、思わず口走る。
「やめ、こんなの、あ、あぅっ…くぅ!」
俯くルサカの視界に、タキアの綺麗な指を汚して興奮を訴える自分のそれがある。
羞恥を覚えるのに、それから目を離す事が出来なかった。
「気持ち良さそう……すごく可愛いよ、ルサカ」
ルサカのそれをきゅっと握り、軽く擦りあげながら、空いた手で自分のズボンを寛げ、ルサカを求めて硬く膨れ上がっていたそれを引き出す。
その、怒張した異形のそれを見ただけで、思わずルサカは甘く吐息を漏らす。
「……タキア、は、やく…はや、くっ……」
興奮に声が上擦る。
羞恥も何もかもかなぐり捨てて、ねだらずにいられなかった。
「大丈夫かな……。……ルサカ、力抜いてて」
足を大きく開かせ、引き寄せる。
ゆっくりと、先端を含み込ませる。それだけでルサカは今にも達してしまいそうに背筋が震えた。
「ふう…う…あぁあ…あ、あぁぁ!」
異形のそれが、浅く出し入れされる。それを見つめながら、ルサカは蕩けきった甘い声を上げ、唇を震わせる。
「ルサカ、中、すごいよ。……まだ入れたばかりなのに、蕩けてる……」
少し出し入れしただけで、淫靡な水音が響き始める。
「タキア、もっと、ね、はや、く…っ……」
耐え切れずにルサカは甘く叫ぶ。
ふと、蕩けきったルサカの耳に、フェイの鳴き声が聞こえたような気がしていた。
結局、ケンカしたり険悪になったりしても、交尾してしまうとうやむやというか、まあいいか、という気持ちになってしまうのは、竜だけではない、番人もだ、とルサカは思った。
なんだかんだで、気持ちいい事は大好きだと認めざるを得ない。
気持ちいい事も好きだしタキアも好きなんだから、仕方ない、とルサカは自分に言い訳をする。
そして交尾は竜の精神安定に、絶大な効果がある。
苛々していたタキアも、心行くまで交尾出来たおかげで、また小康状態だ。
寝椅子の上でルサカを抱きかかえて、タキアは幸せそうに目を閉じている。
「……ちょっと休んだら、またちびの父親を探しに行ってくるよ」
「全く連絡ないようだけど……心当たりあるの?」
ルサカはタキアの燃えるような赤い髪に指を梳き入れて撫でる。撫でてはその後に口付けを繰り返すと、タキアは時折、嬉しそうに頬を摺り寄せる。
「ないけど、ちびの父親は錯乱してるかもしれないしな……。だとしたら呼びかけても反応がないというか反応できないっていうか」
ルサカもおぼろげには、伝え聞いている。
ルサカがいなくなった時、タキアが狂乱状態になってルトリッツを荒らしまわった事は記憶に新しい。
フェイの父親も、大事な子供がいなくなって、これくらい錯乱して暴れまわっている可能性がある。
「兄さんや姉さんにも、錯乱した竜の叫び声とか届いてないか聞いてるんだけどね。……もしかしたら、ものすごく冷静沈着に探しているかもしれないけど」
「どれくらいの距離を移動していてフェイを落としたのかわからないけど……移動のルートにルトリッツとこの城付近があったはずだよね。フェイを探しているなら、また通りかかると思うんだけど……」
「ちびに聞いたら、海渡ったとか言ってるし。この大陸は四方が海だよ。うちはどこだって聞いたら、雪山だとか言ってるし。どこの雪山なんだと……」
子供と建設的な会話は無理だとは分かっているが、もうちょっとフェイも何とか答えられなかったのか。
「そういえば、フェイがずっと眠ってるんだけど、大丈夫かな。……竜の子供って、そんなに長く寝るもの?」
フェイはもうかれこれ八時間を越えて眠り続けている。さすがに心配になっていた。
「ものすごく疲れたりするとそれくらい寝る事もあったかなあ……」
タキアも子供を育てた事があるわけではない。おまけに末っ子だった。
他の竜の子供なんて、エルーとリーンのところの甥っ子と姪っ子くらいしか知らないし、面倒も見た事がない。
自分の子供の頃を思い出すしかなかった。
「一応姉さんと兄さんに聞いておくよ。……とりあえず、また国境を一巡りしてくるから」
ルサカの唇に、音を立てて口付ける。
口付けて、その薄く開いたルサカの唇に甘く噛み付く。
「あー……だめだ、タキア。それ、ちょっと……」
「……ごめん。つい。……だって、ねえ……」
もう一度口付けて、今度は舌先を差し入れる。
「……タキア……止める気ないな……」
甘く吸い付き絡め取ろうとするタキアの唇を引き離して抗議するが、もうルサカの吐息は甘く熱くなりはじめている。
「繁殖期は仕方ないんだよ。……ルサカだって、砂棗の花の匂いぷんぷんさせてるし」
ルサカに圧し掛かりながら、ふとタキアは何か思いついたようだった。
「……ルサカ、あのメイドさんのエプロンドレス、覚えてる?」
唐突に何を言い出すのかと思えば、大分以前の話だ。
前に、『男物の服は綺麗な色もフワフワもキラキラもしていない! ルサカにはもっと綺麗な服を着て欲しい!』とタキアがぐずって、ルサカにメイドさんのエプロンドレスを押し付けようとした事があった。
今更何を言い出すんだろう、とルサカも不思議に思いながら、圧し掛かるタキアを見上げる。
「あれ、繁殖期にあれば便利だったのに。……いちいち服を脱がせなくても、下着脱がせるだけで交尾できていいよね」
本当に、竜は羞恥心がなさ過ぎる。
羞恥心もなければデリカシーもないし、もっと困るのが、これがいやらしい気持ちではなく、心底、その方が便利だという合理的な意見のつもりで言っている事だ。
こんなの、ルサカだってどんな顔したらいいのか、何を言ったらいいのか、激しく困る。
「フワフワしていて綺麗だし。やっぱり買おうよ。……ルサカ、なんでそんな顔してるの? ……何か変な事言った?」
変どころじゃない。困惑するレベルだ。
本当に、竜の考え方は分からない。あまりに無邪気に素直すぎる。
タキアがフェイの父親を探しに国境に飛び立ってから、ルサカはフェイの側についていた。
あれからフェイは目を覚ます気配もない。あまりにも長く眠り続けていて、さすがに不安だ。
ベッドの脇に椅子を置いて、本を読みながらフェイの様子を見るが、特に変わった素振りはない。
健やかに安らかに寝息を立てて、昏々と眠り続けている。
これが竜の子供は普通なのかそうではないのかすら、ルサカには分からない。
書庫から更に、竜言語の『家庭の医学』っぽい本を引っ張り出して読んでいるが、こちらは辞書がないと無理そうだった。
分からない言葉が多すぎて、あまりの難解さに頭痛がしてきた。
静かな寝息を立てるフェイの鼻先をそっと撫でながら、ルサカはベッドに寄りかかる。
「病気じゃないならいいんだけど……」
そうこうしているうちに、ルサカもうとうとし始める。
同じベッドで抱き合って寝ているわけじゃないし、ここならいいよね。
滋養飴があってもあれだけ交尾していたら、眠くもなるし気だるくもなる。疲れが全く無いわけではない。
ルサカはフェイの鼻先を撫でながら、ベッドに顔を埋めつつ目を閉じる。
「……ルサカ。……ルサカ、起きてよ」
ぺちぺちと額の辺りを叩かれる。
「……ふあ…あ……。タキア、おかえり……」
少々間抜けな声をあげながら、ルサカは眦を擦る。
「……ルサカ、大好き」
顔を上げると、何かが抱きついてきた。
なめらかな素肌の感触だった。
「………ん……?」
抱きついてきた何かを抱き返しながら、ルサカは目を擦る。
「ふあ……。まだ眠い。今日はちゃんとベッドで寝なきゃだな、疲れが残っちゃ……」
誰だ。
真っ白なおかっぱの、小さな男の子がルサカにしがみついていた。
一糸まとわぬ全裸だ。
「ルサカ。……おはよう」
とても綺麗な子供だった。その、真っ赤な瞳に、見覚えがあった。
真っ赤な虹彩に、猫のような瞳孔。真っ赤な竜眼だった。
子供は嬉しそうに微笑む。
微笑んで、当たり前のように、ルサカの唇に唇を寄せ、囁く。
「ルサカ、大好き。……大好きだよ」
その小さな幼い唇が、ルサカの唇に触れた。
誰?
頭の中が真っ白だった。
誰? この小さな子供は、誰なんだ?
いや、誰か分かっている。
分かっているけど、認めたくないんだ。
そうあっては、いけないと思っているんだ。
ルサカは固まったまま、されるがままに、唇を啄まれる。