タキアは例の寝椅子に寝そべったまま、拗ねてふて腐れていた。
結局あの一回だけで、ルサカはあのメイドさんのエプロンドレスを着ていない。
「……だってあんなに汚したし、別に便利じゃなかったじゃないか……」
「便利だったよ! 下着脱がせただけで交尾出来て!」
さすが羞恥を知らない竜。はっきり言い切った。ルサカの方が羞恥に耐えられない。
「せっかく約束したのにひどい。ルサカのうそつき」
前もこうやって交尾させてくれない、ひどい、とぐずられた事があったような気がする。
「そう言われても。……洗濯が大変だし。アイロンも大変なんだよ、それ。タキアは洗濯もアイロンも出来ないからやってくれないでしょ」
「そうだけど……」
「手入れが面倒なのに大してメリットなかったし、もういいじゃないか……」
「でも似合ってた。やっぱりルサカには綺麗な服を着て欲しい。……そんな地味な服じゃ嫌だ!」
「地味とか言われても、これが普通なんだよ」
あの一回着ただけで、ルサカはメイドさんのエプロンドレスをなかった事にしていた。
結局そのまま繁殖期が終わったが、約束破った! とタキアは子供のようにぐずっていて、手に負えない。
「いやだ。そんなの可愛くない。……ルサカは何着ても綺麗だけど、もっと綺麗な服がいい。ルサカはちっとも分かってくれない」
譲らないのは交尾に関する事だけじゃなかった。
服の問題もまた掘り起こしてしまった。これもぐずり始めると長い。
タキアもすごく大人になった、とルサカは思っていたが、そうでもなかった。こういうところは本当に変わらない。
「……まあどうしても、というならタキアが着ればいいよ。……ちょっとサイズが小さいとは思うけど」
「僕が着たところで何もいい事がないじゃないか。本当にルサカはひどい!」
シメオンと話していた時のあの大人な態度は何だったのか。錯覚か。演技か。こうなると本当にただの駄々っ子だ。
本当に、交尾と服の問題は厄介だ。他では譲歩があるのに、タキアはこの二つに関しては本当にしつこいし、諦めない。
服もある意味交尾に関る要素でもあるから、こんなに情熱を持ってしつこくなるのか。
「ルサカがちびばっかり構って、せっかくの繁殖期なのに、なんだか落ち着かなかったし……」
その事を言われると、ルサカも詰まる。
タキアをないがしろにするつもりは毛頭なかったが、結果的にはそうなった。
とても忍耐を強いられながらもタキアが頑張って大人の対応をしていたのが分かっているだけに、ルサカもそれを言われると本当に申し訳なく感じる。
なんだかんだでフェイを置いていたし、最終的にはちょっとザツで乱暴だったけれど、面倒まで見ていて、あんなに子供っぽいと思っていたタキアが、大人な対応をするようになっていた。
タキアはこの半年で、ものすごく成長したと、ルサカも思っている。
出会った頃は、無邪気さと、その無邪気さゆえの残酷さがあった。
こんな人でないものとやっていけるのかとルサカも思っていたのに、こんなに歩み寄れたのがとても不思議にも思える。
だが、交尾と服に関しては、お互いが納得するところまでの歩み寄りが非常に難しい。
ルサカは読んでいた本を置いて、寝椅子に寝そべるタキアの傍にいく。
「……すごく感謝してるよ。……タキアにたくさん我慢させて、ごめんね。……フェイのお父さんを探してくれて、ありがとう。……結局、ぼくはタキアに甘えてばかりなんだなって思った」
ルサカの素直な気持ちだった。
いつだって、タキアはルサカの願いを聞き入れてくれていた。
ライアネルのもとに返してくれたあの時の事を、絶対に忘れない。
タキアの優しさに甘えてばかりだと、思い知らされる。
タキアはそれを聞くと、少し考えて、それがらルサカを引き寄せる。
「ごめん。……意地悪言った。ルサカのせいじゃないのにね。……ごめん」
軽くルサカの唇に口付けて、その頬を撫でる。
「……これから何度でも繁殖期は来るし、いつも傍にいるのに、わがまま言ったのは僕の方だ。……ごめん」
タキアはそのまま何度か音を立てて、薄く開かれたルサカの唇を啄む。
「……んっ…、ちょっと、タキア……あんまりしないで……」
このキスだけで、ルサカの唇が微かに震えている。
「……あれ。……ルサカ、滋養飴飲んでるの?」
繁殖期前と繁殖期にしか飲まない、とルサカは言っていた。もう繁殖期は終わって数日経っているし、飲む必要はなかったはずだ。
軽く唇を指先でなぞると、小さくルサカの肩が跳ねた。
「飲んでない。……でも、なんだか……」
そういえば砂棗の花の匂いが強くなっている事に、タキアは気付いた。
滋養飴を飲んだ時に似ている。
少しキスしただけで、ルサカはもう蕩けそうに甘い息を吐いていて、様子がおかしい。
「……飲んでるように見える。……どうしたんだろう」
膝に抱き寄せて、顔を覗き込むと、ルサカはもうとろん、と薄く唇を開いて荒い息だった。
なぜだろう。ルサカも漠然と不安になっている。
様子がおかしいのは、二人ともよく分かっていた。
「……ルサカ、ちょっと様子みようか。……してもいいけど、身体が心配だ。……眠らせてもいい?」
ルサカを操らない、と約束はしているが、今は非常事態だ。このままルサカと交尾しても構わないが、何かがおかしい。
「………うん。……このままだと、つらい……」
ルサカを抱きかかえたまま、軽く額を掌で押さえて、短く呪文を唱える。
数秒でルサカはタキアにもたれかかったまま、眠りに落ちていく。
ルサカが完全に眠りに落ちたのを確認して、抱き上げてルサカの部屋へ寝かしつけに向かう。
タキアも不安を感じていた。
本当にこの薬は安全なのか。
ルサカをいつもの真鍮のベッドに寝かせて、その寝顔を見つめる。
眠っていてもなお、吐息が甘く乱れていて、交尾の時のあの、切なげな表情そのものだった。
こうなったら、珊瑚に聞くしかない。
タキアは珊瑚を呼び出すために、ルサカの部屋を後にする。
ルサカが目を覚ました時に、タキアの姿は古城の巣のどこにもなかった。
巣の中を探したが、どこにもいない。
一応は、あの発情したような状態は収まった。けれど、いつまたあんな風になるかと思うと、ルサカは不安を覚える。
自分の部屋に戻って、ベッドの端に腰掛けて、指折り数える。
繁殖期が終わったと思われる最後の日から、五日ほど経っている。
最後の日に滋養飴を飲んだが、それから五日間は間が空いている。
それなのに、なぜ、今になって、滋養飴を飲んだ時のような状態になるのか。
やっぱり、成人していない番人が飲むには強すぎる薬だったのか、とルサカも不安に思い始めた。
そんな都合のいい、身体に害がない薬なんて、そうそうないんだ。きっと。
かつてないほど、不安に苛まれていた。早くタキアが帰ってこないかと、そればかり考える。
怖かった。傍にいて欲しかった。
ひとりでタキアを待つ事なんて、慣れていた。今までそれで寂しいと思った事はなかった。
それなのに、今はタキアが早く帰ってこないかと、そればかり考える。
ひとりにしないで欲しい。傍にいて欲しい。
目が覚めてからもうずっと、タキアの事ばかり考えている。
早く帰ってきて、いつものようにキスして欲しい。抱きしめて欲しい。
そこまで考えて、我に返る。
そんな事を考えながらタキアを待った事があっただろうか。
座っていたベッドに横になりながら、考え続ける。
そんな事考えながら待っていた事なんて、一度もない。
帰りが遅ければ心配する。おいしく料理が出来たから、早く食べてもらいたい。それくらいで、こんなに恋しいと思いながら待っていた事なんて、ない。
これは、交尾したい、と思っているんじゃないのか。
そうはっきり自覚する。
そうだ、だから息が荒い。なんだか身体が熱くなり始めている。
何もしていないのに、何故?
この感覚によく似たものを、ルサカは思い出す。
タキアと初めて交尾して、竜のしるしがついた直後だ。
あの時、タキアの留守の時に耐え切れずに自分で慰めた。あの感覚だ。
あれから自慰なんてした事もなかった。むしろ、する暇もないくらい、頻繁にタキアと抱き合っていた。
なぜこんな事に?
考えている間にも、どんどん身体の火照りは強くなる。
やっぱり滋養飴のせいか。あんなに頻繁に飲んではいけないものだったのか。
シーツを掴んでなんとかやりすごせないか、一瞬考えるが、自分でもこれは無理だ、と分かる。
もう耐え切れなかった。我慢なんて出来なかった。
ベッドにうつ伏せに寝そべったまま、着ていた服を緩める。そのまま唇を噛みながら、下着の中に手を差し入れる。
自分の手だと分かっているのに、それでも激しい興奮があった。
触れる前からルサカのそれはもう硬く膨れ上がっていた。少し撫でただけで、思わず声が漏れる。
「ふあ、あ……、あっ……」
それだけで爪先が跳ねる。確かにこれは『増幅』だ。
こんな軽く撫でただけでいきそうな位に感じるなんて、おかしい。
わかっていてももう止められなかった。ルサカはもう耐え切れずに先端から体液を溢れさせ始めたそれをきゅっと掴んで、擦り上げる。
「は、あ、あっ……んん、くぅ、ん……」
鼻に掛かった甘い声が零れ落ちる。これだけで、狂おしいほどに、下腹の紅い花の奥が甘く痺れ始める。
これがタキアのあの、しなやかで綺麗な指だったら。
タキアのあの指を思い出しただけで、背中が震える。
「……タキア、あ、ふぁ、あっ…!」
思わず名前を呼ぶ。それだけで甘く激しく身体の奥が痺れた。
一瞬迷ったが、もう誘惑に耐えられなかった。タキアがするように、自分の体液で濡れた指で、足の付け根の奥、硬く閉ざされたそこを軽く撫でる。
「は、あ……あ、んぅ、んっ……!」
幾度か撫でただけで、もう誘惑に抗う理性は消し飛んだ。そのまま、ゆっくりと自分の指を沈める。
タキアの、熱くて蕩けそう、と囁くあの切なげな声を思い出す。それだけで胸が苦しく、切なくなった。
初めて自分の指を迎え入れて、ルサカの唇は震えが止まらない。
自分の指なのに、狂おしく甘く感じられた。躊躇いは一瞬だった。ゆっくりと差し入れた指の腹で、もう熱を持ち淫らに融け始めた柔らかな襞を撫でる。
「ふあっ、ああっ…! あ、気持ちいい、タキアっ…タキア…!」
思わず夢中になって撫で、擦り、名前を呼ぶ。
そんなに締め付けたら、動けないよ。そんな事を囁く時のタキアの、あの切なげに眉根を寄せた綺麗な顔を思い出した瞬間に、ルサカは下着を濡らして達した。
「くぅ……っ…! ……は……ぁ……」
自分の指をきつく締め付ける中に、思わず吐息を漏らす。
乱れた息を整えながら、再び、ゆっくりと蕩け、収縮を繰り返す襞を撫でる。
柔らかに甘く撫でながら、細く甘い声を漏らす。
「……タキ、ア……ふ、あ……あ、んんっ……」
蕩けたそこから、濡れた音が聞こえる。くちくちと小さな水音を立てながら、ルサカは自分の指で、切なくなるほどタキアを求め続けるそこを慰め続ける。
「……タキア、早く、あ、あっ…! んくぅ、んんっ……!」
指を増やし、奥まで突き入れる。たまらずに高い声を上げ、タキアの名前を呼び続ける。
夢中になりすぎて、気付かなかった。
「ルサカ、起きてる?……珊瑚さんに聞いたんだけど……」
いきなりだった。隠す暇もなかった。ノックもなかった。
そんな事を話しながら、無造作に部屋の扉を開けて、タキアは遠慮なく入ってきた。
下着に手を差し入れたまま、ルサカは呆然とタキアを見上げる。
タキアも、大きな黄色い柑橘類をたくさんいれた籠を持ったまま、呆然としていた。
ベッドの上のルサカと目があう。そのまま二人は見つめ合ったまま、暫く固まっていた。
何が起きたか、ふたりとも、一瞬分からなかった。
「……ルサカ、ごめん。そんなに泣かないで。……本当にごめん。ノックもしないで入るなんて、僕が悪かった」
ルサカは毛布をかぶって真鍮のベッドの隅で丸まってずっと泣いている。
その姿をおろおろ見つめながら、タキアは途方に暮れていた。
まさかルサカがひとりえっちしてるなんて、思ってもみなかった。部屋の外まで砂棗の花の匂いがするのは、滋養飴の副作用のせいだと思っていた。
それに、しっかり竜の魔法で眠らせていたから、起きているかいないか、微妙なところだとも思っていた。
今までルサカがひとりでしている、なんてところを見た事は当然なかった。そんな気配も無かった。
だから全く予想外で、こんな事になるなんて思っていなかった。
こんなに泣きじゃくるルサカを見た事がない、というくらいに泣いていて、タキアもどうしていいか、分からない。
「僕は何も見ていなし聞いてないから! ………だから、泣かないでよ。……そんなにルサカに泣かれたら、どうしていいか分からなくなるよ……」
そう言われても、ショックが大きすぎてルサカも嗚咽を止められない。
本当に羞恥で死にそうだった。
よりによって、名前を呼びながらひとりえっちしてる現場を押さえられるなんて、恥ずかしすぎていっそこのまま死んでしまいたいくらいだった。
タキアは少し迷って、それからベッドに乗って、毛布に包まったまま嗚咽を漏らすルサカを、毛布ごと抱きしめる。
「……どうしたら、泣き止んでくれるかな……。ルサカが泣いているのを見るのは、すごくつらい」
抱きかかえて頬を寄せるが、まだルサカは震えている。
「……恥ずかしくないよ。僕の事が好きで、僕の名前を呼んでくれたんでしょ。……嬉しいよ」
毛布をかぶったままのルサカの頭に頬を摺り寄せて、囁く。
「何もしないで眠らせちゃったからね。……しても良かったけど、薬の副作用なんかじゃなく、ルサカに心から僕が欲しい、って思ってもらいたい。……だから、早くその副作用、治そう。そうすれば、ルサカもつらくなくなるよ」
その時、ただひたすら泣きじゃくっていたルサカが、初めて口を開いた。
「……治るの……?」
照れ屋で恥ずかしがりやのルサカが、この副作用に振り回されて、それを苦にしていたのは分かっていた。
今の自慰の現場を押さえられただけでなく、多分、この突然現れた説明にない副作用にも不安になっていたんだろう、とはタキアも思っていた。
「治るよ。……珊瑚さんは他の巣に行っていて来られなかったけど、丁寧な説明を送ってくれたよ。……だからちょっと出かけてたんだ」
抱いていたルサカを離して、タキアはベッドを降り、テーブルに置いた籠から、大きな黄色いオレンジのようなものをひとつ、取り上げる。
「大人の番人でも、小柄な人だとこういう事が稀にあるんだって。……薬が身体に残って溜まって、おかしな作用をしてしまう。……やっぱり、小柄な番人が常用するのは良くないって言ってた」
やっと毛布から顔を出したルサカは、泣きすぎて目元が赤くなっている。
ベッドに身を乗り出して、その赤くなった眦にタキアは軽く口付ける。
「これ、フィノイ地方にだけあるフィノイ・シトラスって呼ばれてる果物なんだけど、これはそういう悪いものを薄める効果があるって珊瑚さんが言っていたから。……これを取りに行ってたんだよ。……遅くなってごめん。ルサカ、不安だったよね。……怖い思いさせちゃったかな」
ルサカはじっとその大きなフィノイ・シトラスを見つめる。
泣き止んだと思っていたルサカの、新緑色の瞳から、再び、涙が溢れ出す。
「……ルサカ?! 大丈夫だから! ……何も心配しなくていいから…!」
慌ててタキアはルサカの涙を指先で拭う。
「違う。……タキア……タキア、大好きだよ。……ありがとう。……大好きだ」
タキアにしがみついて、再び、泣き出す。
しがみついたままタキアを見上げて、泣きながら、笑う。