組んだ膝の上にヨルを乗せて、リーンは興味深そうに頷く。
「ぼくは色々不本意だし、心配だしで、リーンさんみたいにのん気に構えられないです」
クアスの再襲撃がいつあるか、いつタキアが本気の争いをするのか、ルサカは気が気ではなかった。
「竜なら生きてる間に何度かある事さ。勝ったり負けたり、そんな事を繰り返しながら強くなっていくんだ。だからルサカはそんなに心配しないでいいよ」
リーンは至ってのん気だ。
可愛い弟が心配じゃないのか! と思わずルサカは叫びたくなる。それくらいにリーンは余裕そうだった。
「タキアがクアスに万が一負けたら、ぼくはクアスに連れて行かれるんじゃないのか、もしかして」
「もしかしなくてもそうだよ。だから僕は絶対負けない」
タキアはルサカが淹れてくれたお茶を飲みながら、きっぱり言い放つ。
絶対負けないと言っているが、勝負なんて水物だ。勝敗なんて分からない。
「まあ、万が一タキアが負けたら、俺がそのクアスを倒してルサカを取り戻せばいい。子供のケンカに親が出るのもどうかと思うけど、俺だってルサカが他の竜に持っていかれるのは面白くないし、ライアネルに殺されそうだしな」
ヨルはリーンに撫で倒されて気持ち良さそうに伸びている。なんだかんだでヨルはリーンに完全にたぶらかされている。
竜が犬を可愛がるってすごい光景だよな、とルサカは内心思いながら、リーンの膝ででれっと伸びるヨルを眺める。
「俺が取り返すまでに何回か交尾しなきゃならないだろうけど、そこはルサカ、がんばれよ」
何をがんばれって言うんだ、ひどい事言ってるな、と一瞬ルサカは思ったが、考えてみたら竜にとって繁殖期外の交尾なんてスキンシップや接待みたいなものだった。
ルサカにとってはそんな気軽なものではないが、竜はそんなの気にしない。
「それが嫌だから絶対負けないよ! ルサカが嫌な目にあうのも辛い目にあうのも絶対嫌だし、誰かにルサカを触られるのも嫌だから! 交尾なんか絶対に許さない! 勝つよ! 絶対追い払うから!」
タキアはぷりぷり怒りながら、読みかけの魔術書を開いて読み始める。
最近こうしてよくリーンがふらっと立ち寄るが、どうもこれはライアネルのところに行った帰りに寄っているようだ。
ルサカが尋ねると上手くはぐらかされるが、どう見てもそう。
ついでに弟の様子を見に来ているのだろうが、頻繁すぎてバレバレだ。尤も、リーンも隠す気は全くなさそうだけれど。
真剣に読みふけるタキアを横目で見ながら、ルサカはこそこそとリーンに尋ねる。
「……ケガをしたりしないかすごく心配なんだけど、……タキアってリーンさんから見たら、どうなの?」
リーンはそのルサカの言葉を聞いて、なんだか意味深な笑みを浮かべる。
「死ぬまでやり合うわけじゃないし、ケガはそれなりにするけど、心配するほどでもないよ。……その、どうなのって?」
ちょっぴり意地の悪い顔で、ルサカの目を覗き込む。
時々タキアもこんな、分かっていて聞く意地悪をするけれど、その時の顔にそっくりだ。
リーンもエルーも、タキアによく似ている。顔だけではなく、こういう表情もそっくり。
「……強いのかって事です……」
ルサカもしぶしぶ口を開く。
ルサカだってタキア以外の竜と交尾なんてしたくない。クアスに連れて行かれたら、間違いなく、番人の三つの仕事をやらなければならない。
『ここの主より、もっと大事にする。好きなだけ、贅沢もさせてあげる』なんて言っていたが、こんな事言っていたらもう交尾する気まんまんなんだとルサカにだって分かる。
そもそも一目で他の巣の番人が欲しいなんて、交尾目的以外ない。
本当に竜は厄介だ。淫蕩な上に、綺麗なら男でも女でもいいなんて、本当に無節操すぎる。
「うーん……どうだろう。ま、向こうも巣立ったばかりだしどっちも竜騎士を持っていないし、いい勝負じゃないかな。……タキアを絶対勝たせるなら、今すぐ竜騎士を持てば済む事だけど」
誰かとルサカを共有したくないタキアは、竜騎士なんか持てないのではないか。
それとも、その大事な宝物を共有したいと思えるくらい、惚れこんだ騎士に出会ったら違うのか、とルサカは考える。
フロランもレオーネに絶大な信頼を寄せていたのかな。ルサカはふと思う。
「ま、負けた時は俺がいるし。なんとかなるから大丈夫だよ」
本当にリーンはのん気だ。
いや、のん気というより、これは成人した竜の当然やるべき事なだけで、そんなに気をもむ事ではない、という態度なのかもしれない。
リーンは竜として当然の事を弟がやろうとしているのを、干渉せずに見守っているだけだ。
「俺が取り返したら、ルサカは俺のものになるけどね。当たり前だけど」
いい笑顔でお茶を飲みながらそんな事をほざく。
タキアは素早く本から顔を上げて叫ぶ。
「だから絶対負けないってば! ……兄さんも、邪魔するならさっさと帰ってよ。ルサカもそんなの相手にしないでいいから!」
タキアにばかり頼っていられない。
いざとなったら自分の身は自分で守るし、万が一連れて行かれたら、黙って交尾なんてさせるもんか。絶対一矢報いてやる。
そう固く誓いながら、ルサカは書庫の中二階で真剣に魔術書を読む。
本当に、必死さは大事だ。必死な上やる気に満ち溢れているせいか、ここのところものすごく上達している。
あとの難関は、少ない魔力のやりくりか。ルサカはぶつぶつ呟きながら、書棚に寄りかかり三角座りをして読み耽っていた。
タキアはタキアで、書庫の一階の椅子に座って魔術書やら色々な本を読んでいる。
そもそもこんなに書庫に篭もるタキアをルサカは見た事がなかった。タキアが書庫に入るなんて、ルサカを探している時くらいではないかというくらい、寄り付かない。
この半年ちょっとでたまに本を読んでいる姿を見るが、一番よく読んでいる本はダーダネルス百貨店のカタログだろう、というくらいだったのに、さすがに今回ばかりは本気なようだ。
ルサカはふと、読んでいた魔術書から顔をあげ立ち上がると、手すりから身を乗り出して階下のタキアに呼びかける。
「タキア。……クアスは何か言ってきてるの?」
その声に、タキアは中二階のルサカを振り仰ぐ。
「……平たく言うと、諦めないから決着つけよう、とは言われてるよ」
決着も何も、向こうが勝手にやらかしたんじゃないか、とルサカは小声で毒づく。
「こうなったら近々やりあうしかない。……ルサカは心配しないでいいから。僕がこの一帯の主としても、ルサカの主としても、示しをつけなきゃね」
ちょっとかっこいいじゃないか、とルサカも思ってしまった。
甘ったれで天真爛漫で子供っぽいと思っていたけれど、タキアが時折見せるその意思は、一人の男としてのプライドを感じさせる。
たった十四年しか生きていないルサカとは、やはり言葉の重さが違う。
ルサカは数冊の魔術書を抱えて階段を降り、一番下の段に座り込んで、真剣に魔術書を読むタキアの俯き気味の項を見つめる。
こんなにタキアを好きになるなんて、半年前は思っても見なかった。
考え方も、常識も、倫理観も全く違う。
そんな人でないものと、こんなに心を許しあえるなんて、考えてみたらとても不思議な事だ。
ルサカの視線に気付いたのか、タキアが魔術書から顔を上げて、振り返る。
「……ルサカ、おいでおいで」
ルサカを手招く。
素直にルサカがタキアの傍に歩み寄ると、タキアはそのままルサカを引き寄せ、膝の上に座らせる。
「ちょっと休憩」
両手でルサカの頬を包んで、引き寄せる。
その薄く開いた唇に口付けて、舌先で誘う。促されてルサカが舌先を差し出すと、甘く音を立てて吸い付かれた。
タキアは捕らえたルサカの舌先を、甘く食む。静かな書庫に、その唇を貪る濡れた音が響く。
「……ん、タキア……そんなにすると……」
タキアのキスはとても甘い。ルサカはそれだけで身体が痺れるような、融けるような錯覚を覚える。
「……そんなにすると、何?」
一度唇を引き離して、今度はルサカの唇に甘く噛み付く。噛み付いては甘く吸われ、ルサカは思わず吐息を漏らす。
ルサカは一瞬ためらうような仕草をして、それからタキアの項に手を伸ばす。
「……融けちゃうよ……」
顔を背けたまま、ぼそっと呟く。
その言葉を聞いてタキアは小さく笑う。笑いながらその唇は、ルサカの細い顎を辿り、咽喉を伝い降りる。
もどかしげにルサカのシャツのボタンを外しながら、更に唇はそのルサカの皮膚の薄い鎖骨に触れる。
「……クアスに言ってやりたいね。……ルサカは今、僕の膝の上で蕩けそうな顔してるって」
焦れたのか、服の上からルサカの胸の、小さな突起に唇で触れる。その感触だけで、ルサカの肩がびくん、と震えた。
「……タキア、知ってたけど……えっちだね」
目の前の赤い髪に指を梳き入れながら頬を寄せて、切なげに息をつく。
「……ルサカがそうさせてるの」
タキアはボタンを外し終えると、シャツをくつろげてルサカの胸元に唇を寄せる。音を立てて口付け、素肌を辿りながら、小さな胸の突起に舌先で触れる。
タキアの赤く小さな舌先が優しく淫らに触れる様を、伏せた眼差しでルサカは見つめる。
丁寧に舌先で舐め、つつき、含む。あまりに優しく甘く触れられて、震える声が抑えきれない。
「ルサカ、こっちももう。……ルサカこそえっちだよね」
胸元への愛撫を続けながら、タキアのしなやかな指はルサカの腿を這い上がって下腹に触れる。
言われるまでもなく、ルサカも分かっている。
ボタンを外し、下着の中に滑り込んだタキアの指は、もう硬く張り詰め始めたルサカのそれを柔らかく握り、引き出す。
タキアは膝の上のルサカを見上げて、悪戯っぽく笑う。
「……どうして欲しい? ……舐めて欲しい? それとも、自分で触る?」
どっちにしろ恥ずかしい言葉をルサカに言わせたいのだろう、という二択だ。以前はルサカの羞恥を理解出来なかったくせに、今ではその羞恥心を楽しむようになってしまった。
タキアは意外と黒い。
「……本当に、タキアはやらしい」
ルサカにそう責められながらもタキアは小さく笑って、膝の上のルサカを目の前のテーブルに載せ、下着ごとズボンを足から引き抜いて、床に放り出す。
「だから、ルサカがそうさせてるの」
膝を掴んで開かせ、ルサカのなめらかな内腿に口付ける。
書庫の天井を見上げながら、こんなところで交尾するなんて、なんだか背徳的だ、とルサカは思う。
たくさんの古書に見おろされながら交尾なんて、すごくふしだらだ。
終わった後もタキアは名残惜しいのか、ルサカの下腹の紅い花に口付けを繰り返したり、花を白く汚す体液を舐め取ったりしている。
「……タキア、まだ起きちゃだめ?」
「もうちょっと」
丁寧に紅い花の花弁を舐めて、それからそこに唇を押し当てたまま、目を閉じる。
「……もうおわり、だめだよタキア」
テーブルの上なんて身体が痛いのに、と文句を言いながらルサカは身体を起こし脱げかけのままだったシャツを着なおして、ボタンを留める。
「ルサカのケチ……」
まだ触り足りないのか、タキアは軽く拗ねていた。
「ケチじゃない。テーブルの上って硬いから痛いんだよ……」
テーブルから降りて、タキアに放り出されたズボンと下着を拾い上げる。
タキアはちょっぴり拗ね態度で椅子に座ったまま、そのルサカの扇情的な白い足を眺めていた。
ルサカは全く気付いていないが、ルサカの足はなかなかやらしい、とタキアは常日頃思っている。
そのタキアの視線に気付いていないのか、ルサカはふと顔をあげてタキアを振り返る。
「……そうだ、茨の檻の強度を試したいから、あとで中庭に出て、ちょっと何か攻撃してみてよ。どれくらい耐えられるのか試してみたい」
「……ああ、うん」
タキアは聞いているのかいないのか、何か考え込んでいるのか、じっとルサカの足を見つめたままだ。
ルサカはこのまま風呂に行くか、下着とズボンを穿くかちょっと迷っていた。
「ちゃんと聞いてる? なんだか生返事じゃないか」
タキアは何かずっと考え込んでいたが、やっと今、思い当たったようだ。はっとしたように口を開く。
「ルサカ、僕に隠してない?」
「……何を?」
着るか着ないか迷った末に、ちゃんと着ておいた方が床を不要に汚さないだろう、と判断したルサカは身支度を調えはじめる。
「あんなに交尾したのに、めちゃめちゃ元気じゃないか」
ルサカは露骨にしまった、という顔をしてしまってから、慌てて取り繕う。
「……ええと…そんな事ないよ……」
思い切り目をそらしてそんな事言っても、全く説得力がない。
「ちょっとルサカ、いつから? 今思い返したら、結構前から顔色悪くなかった気がする……! いつからなんだよ、身体強化の常時維持! 僕に黙ってるとか、ひどくない?」
手を掴まれて引き寄せられて、ルサカはじたばたともがく。
「……さっき! さっき成功したの!」
「嘘ばっかり! 正直に言わないと、僕だって考えがあるよ! 身体強化があったって腰が立たなくなるくらい交尾するよ! 何で黙ってるの、意地悪じゃないかそんなの!」
「タキアがぼくにする意地悪なんかより、よっぽど可愛いしそれにさっきだから! さっき成功したの!」
「まだ言い張るのか、もう怒った! もっと交尾する! 容赦しないよ今日は!」
思えばタキアに力で勝てるはずがなかった。
床に押さえ込まれて足首を掴まれ、思い切り開かされながら、ルサカは思った。
タキアを舐めてた。言っちゃなんだがタキアなんて単純で可愛いもんだから、なんて、すごく舐めてた。
騙せると思ってたよ!