竜の棲み処 異聞録

#08 竜もたまにはデートする 後編

 結局、ろくに食事も取らずに寝てしまった。
 寝床の準備をする隙さえなく、ルサカは素肌に毛布を巻き付けて、タキアの前足の間に抱かれて寝るしかなかった。
 夕食も、タキアの悪戯の合間に、持ってきたパンとチーズを少し囓ったくらい。
 結局タキアは人の姿になる事なく、温泉を楽しむ合間にルサカの身体も楽しむ、というわがままな過ごし方をしていた。
 目が覚めたルサカは、タキアの前足の間から這い出して、浅瀬の温泉に浸かる。
 初めて、あんな事した。
 思い出すだけでなんだかとても恥ずかしい。
 竜のタキアと、交尾まがいの事をするのは別に初めてではなかった。
 なかったが、竜のタキアの生殖器を押し付けられたのは、初めてだった。
 当たり前だが、こんな巨大な竜の生殖器は、大きい。
 その気になった状態なら、軽くルサカの身体くらいにはなる。そんなのと交尾出来るはずがない。
 だからこそ、竜が人に変化するようになったわけだ。
 今まで竜のタキアは、ルサカを舐め倒す事はあっても、そんな事をした事はなかった。
 タキアは夕べ初めて、うつ伏せのルサカの柔らかな尻から背中にその高ぶった生殖器を押し当て、淫靡に擦り付けて交尾の真似事をしていた。
 本当に、そんな事をしたのは初めてだった。
 驚いたものの、ルサカも決して嫌ではなかった。
 タキアがあまりに切なげに鳴くので、ついつい、抱いて舐めたりもしてしまった。
 これもタキアの一部であって、そう思えば愛しさでいっぱいになる。嫌悪感は全くない。
 ないが、あまりにも生々しく激しく脈打っているのが身体中に感じられて、余計に、狂おしくタキアが欲しくなってしまって、恥ずかしくなっていた。
 竜のタキアも好きだけれど、やはり、抱き合えて、ちゃんと繋がって愛し合える、人のタキアの方がいいかなあ、とかルサカは顎まで湯に浸かりながら考える。
 だいたい、竜のタキアとだと、タキアがやりたい放題で、ちっとも公平じゃないじゃないか。
 人のタキアでもまあ、概ね好き勝手されているけど、ぼくだってキスしたり、抱きしめたり、足を絡めたりは出来るのに。
 そんな事を考えていたら、背後から不意に両肩を掴まれて、思わずルサカは叫び声をあげてしまった。
「ご、ごめん……。そんなびっくりするとは、思わなかった」
 一日ちょっとぶりくらいに、人のタキアの声を聞いた。
「まだ寝てると思ってた……。驚いた、いつの間に人になってたの」
「起きたらルサカがいないから、追ってきたんだよ」
 そのままルサカを抱いてタキアは温泉につかる。
 ルサカはおとなしくタキアに身を委ねて、目を閉じる。
 朝日に照らされた温泉の滝は、また殊の外、綺麗だ。
 滝壺に注ぎ込んで舞い上がるしぶきが、日に照らされてきらきらと光る。
 こんな風にのんびりと、自然の中で過ごせるなんて、夢のようだった。一生古城の巣だけで暮らしていくんだとばかり、思っていた。
「タキア、一緒に散歩に行こうよ。……浜辺、綺麗だったよ。流木とか色々流れ着いてて面白いし、森の中は変わった植物がたくさんあるよ」
 タキアは上気したルサカの頬に唇を押し当てながら、頷く。
「うん。たっぷり休んだし、温泉にも浸かったし、今日はルサカとたくさん遊ぶ。……まあ、夕べも遊んだといえば遊んだけど」
 くすくす笑いながら、ルサカの腰に手を回して擦り寄せる。
「……夕べ、したじゃないか」
 硬く滾ったそれを足の付け根に押し付けられて、ルサカは小さく身震いする。
「交尾はしてないよ。……交尾の真似事をしただけ」
 唇を寄せて、囁く。
 一年前の、出会ったばかりの頃からしたら、随分タキアは大人になったし、なんだかえっちな誘い方をするようになった。
 あんな色気もへったくれもなく、交尾! 交尾!! と騒いでいたのに。
 飽きるほど抱き合っているのに、いつでもドキドキさせられているな、とルサカは思う。
「やっぱり、人の姿になった方がいいな。……ルサカとキス出来るし……」
 甘く唇に噛み付かれて、ルサカの唇からほんのりと熱を帯びた吐息がこぼれ落ちる。
「……ルサカと一緒に気持ちよくなれるし、ね」
 タキアの指に優しく両足の奥を撫でられて、ルサカの背中がびくん、と跳ねた。



 竜の魔法を覚えていなかったら、身体が持たなかった。
 今までなら、こんなにえっちな事をしていたら、ルサカは声も出せないほど疲弊して、身動き一つ出来なかっただろう。
 おかげで、よく分かった事がある。
 タキアは『これでも我慢しているんだ』とよく言っていたけれど、ルサカは全く信じていなかった。
 こんなに遠慮無く交尾しまくってて何が我慢だ! と思っていたが、こうなってみて、よく分かった。
 タキアはすごく、我慢していた。
 遠慮する理由がなくなったら、ほんの少し遠慮はするけれど、激しく求めてくるようになった。
 繁殖期はさておき、普段は本当に我慢していたんだ、と思い知らされる。
 容赦なく、突き上げてくるようになった。
 今もこうして、上半身を岩場にうつ伏せに押し付けられ、後ろから挿入されて、遠慮無く揺さぶられている。
「あ、あっ……! タキア、も、だめ、あ、あぅ!」
 責められるままにルサカは快楽を貪り、何度目かの解放を遂げた。
 そのルサカの中にタキアも同じように、何度目か分からない吐精をする。
 繋がったそこから溢れた体液は、ルサカのなめらかな腿を伝い落ちて、湯の中に散った。
 甘えるように背中に覆い被さって頬を擦り寄せるタキアに、ルサカは身体を捩って口付ける。
 以前なら、こんなに激しく愛されてた後は、身動きもとれずにただ横たわるだけだった。本当に言葉一つ発せないくらいに、動けないくらいに疲弊していた。
 今はこうして、終わった後に抱き合ってタキアに口付けたり、髪を撫でたり出来るようになって、それが一番、ルサカは嬉しかった。
 終わった後もこんな風にいつまでも睦み合っているせいで、また交尾してしまったりとキリがなくなってしまっているのがちょっとだめなところか。
 こんなにいつも一緒にいても離れがたいと思えるとか、どれだけ自分はタキアが好きなんだろう、とルサカは時々、考える。
 竜に惹かれる番人のさがなのかな、と思う事もある。
 けれど他の竜には全く心が動かされない。
「ルサカ、好きだよ。……大好きだ」
 綺麗で不思議な、すみれ色の竜の眼が、目の前で瞬く。
 やっぱり、世界で一番、美しくて、愛しくて切なくなる竜は、タキアだけだとルサカは心の底から思う。



「……クアスが来るって」
「え、いつ来るの?! すぐ?!」
 全裸で湯に浸かっていたルサカは、慌てて温泉から這い出す。
「もう近くまで来てる。……誰か連れてきてるみたいで、もしかしたら、クアスの番人かな」
 タキアはまだのんびり温泉に浸かって、ルサカにさっき作って貰ったレモン水を飲んでいた。
 何故そんな悠長にしていられるのか。
 ルサカは火照って汗がなかなか引かない。これで服を着たら、すぐに汗だくになってしまう。
「あれ。もう巣作り始めたの? まだ探してるってこの前言ってたような」
 岩場に座って汗が引くのを待ちながらタキアを振り返ると、タキアは本当にのんびりと、緊張感なくレモン水を飲んでいて、温泉から出る気はなさそうだった。
「巣を持ったって話は聞いてないな。……クアスは僕以上に綺麗な物好きだからなあ。なかなかこれだっていう営巣地に出会えないのかもね。……番人にしても、ルサカ以上でないと嫌だとか言ってたけど、見つかったのかな。正直ルサカほどってなかなかいないと思うんだけど」
 そういえば、竜にはろくに羞恥心がなかった。
 クアスに見られたところでそれほど気にならないのだろうけれど、ルサカは気になる。
 多分タキアは自分の全裸を見られてもほぼ気にしないだろう。ルサカの裸だけは死守するだろうけれど、自分のは別にどうでもいい、と思っているのは間違いない。
 タキアほどではないが、ルサカもタキアの裸を誰かに見られるのは心穏やかではないのだが、その気持ちを理解するにはタキアはあまりに竜のモラルすぎる。
 多分理解出来ない。
「僕もちょっとだけ先輩だし、あんまり小さいうちに番人にしちゃだめだとは言ってるんだけど、クアスは人の話聞かないからなあ。……どうだろ」
 そっちの先輩か、と思いながら、やっと汗がひいたルサカは服を着始める。
「タキア、クアスはどれくらいで着くの。そろそろ?」
「じゃないかなあ。ガルビア半島からここまでそんな遠くないだろうし」
「じゃあタキアも、早く温泉から上がって着替えなよ」
 タキアは温泉の浅瀬でまだのんびり寛いでいた。
「えー。……別に裸見られたところで減る物じゃないし。まだダラダラしてたい」
 訳が分からない事を言っている。
「タキアが着ないなら、ぼくも裸でいるよ」
「何言ってるのルサカ! クアスに裸見せるなんて絶対だめ! だめ!!!」
「それと同じだから。ぼくも誰かにタキアの裸を見られたくないんだよきっと。だから支度してよ」
「どうせ温泉入る時は裸じゃないか。ルサカが入る時はクアスは隔離するけど」
 竜のモラルのなさはややこしい。
 全員両刀で、執着心が強くて、ヤキモチ焼きなのに、何故か竜同士だとそういう羞恥や倫理が働かない。
 むしろ他の竜は、交尾に関して言えば全てライバルくらいに思っているから、やたらに敵愾心を持ちやすいんだろうか。
 竜同士でも当然、雌雄見境なく交尾するのに、この辺りの竜の感覚がややこしすぎて、ルサカも未だに理解が及ばない。
「タキアが服着てくれないなら、ぼくも着ない」
「わかったよ、もう。なんでルサカはそんな小さい事気にするかなあ」
 タキアは渋々温泉から上がり、身体を拭き始める。
 ルサカの裸は死守しても自分はどうでもいいというこの違いの方が、ルサカにとっては訳が分からないが、多分、それと同じくらい、タキアもルサカが何故気にするのか分からないだろう。
 ぼくもやきもちを焼くんだよ、とルサカが素直に言えれば、もうちょっとタキアも分かってくれるかもしれないけれど、なかなかルサカは素直になれない。



 やっと温泉から上がったタキアを連れて、浜辺までやってくると、ルサカは荷物を下ろす。
「せっかくこんな綺麗なところに来たのに、まだろくに遊んでないしね。タキアは昨日、温泉に浸かってただけで、ぼくと遊んでくれてないじゃないか」
 ルサカは流木に座ると、持ってきた釣り道具を引っ張り出して用意を始める。
「遊んだといえば遊んだけど」
 タキアは悪びれない。むしろ、にこにこ笑っていて、ルサカの方が羞恥を覚える。
「それは遊んだって言わないから! ……遊びって言うのは、こういう事」
 ルサカは手際良く釣り竿を組み立てる。
 ライアネルやジルドアと時々、川釣りはしていたけれど、海は初めてだ。釣れるか分からないけれど、ルサカはわくわくしていた。
「それなに?」
 タキアは釣りを知らないのか、興味津々にルサカの手元を覗き込んでいる。
「釣りの道具だよ。……この間、珊瑚さんに聞いたら簡単な道具一式ならあるって言うから、買っちゃった」
 ルサカはちゃんと釣り竿を二本、用意していた。
「釣った魚を食べるのも、釣りの醍醐味だよ。……ライアネル様とジルドアさんと、よく一緒に行ってたんだ。もっぱら山の渓流で川魚ばっかりだったけど。……まあぼくはあんまり上手じゃないんだけど、なかなか楽しいよ。……タキアも一緒にやろうよ」
 考えてみたら竜が釣りをするとか、なかなかシュールな光景だ。
 犬を可愛がったり、釣りしたり、料理したり、本を読んだり。考えてみたら、人とそんなに変わらない。
 タキアが竜だという事実は、ルサカにとって割とどうでもいい事になるつつある。
 人でも竜でもタキアはタキアだ。
「さて、クアスが来るまでに、どれくらい釣れるかな。……食べられる魚が釣れるといいなー」
「そういえば、人が渓流や海辺でこんなの持ってぼーっと座ってるの見かけた事あるなあ。……これは魚を捕ってたのか」
 タキアはルサカから釣り竿を受け取って、興味津々に眺めている。
「みんなで食べる夕食分くらいは釣りたいね。……あの岩場辺りがいいかな」



 さすが無人島、魚たちは人の脅威にさらされる事無く自由に生きていた。おかげで警戒心が薄くて、釣り放題だ。
 初心者のタキアも飽きる事なく楽しく釣れていたし、クアスを待つ間のいい暇つぶしになっていた。
 釣りはじめて割とすぐに、鮮やかなエメラルドグリーンの影が現れ、浜辺から少し離れた草地に降り立った。すぐにその巨大な影は旋風に包まれ、人影に変わる。
 久し振りに会ったクアスは、あの決闘の時の大火傷も綺麗に治っていた。
 そして驚いた事に、十歳くらいの、とても綺麗な男の子と女の子を連れていた。
 綺麗なプラチナブロンドに青い瞳の、すごく可愛いらしい子供たち。竜でもないし、番人でもない。人間の子供だった。
「まさかこんな小さい子攫ってきたの? 番人にするつもり? さすがに僕もちょっと引くんだけど、本気なの?」
 タキアも激しく狼狽している。
 これはルサカでも分かる。この子たちは人間だ。番人でも竜でもないと、はっきり分かる。
「ルサカを番人にした僕が言うのもなんだけど、これは小さすぎだろう」
 たった十四歳のルサカを番人にしておいて、どの口が言うかとも思えるが、そういう後先考えない失敗をしているからこそ、の心配なのかもしれない。
「お前と一緒にするな。……この子たちはいとこで、母さんの兄さんとこの子だ。……ちゃんと親は竜と番人だ。……ちびたち、ちゃんと挨拶するんだぞ」
 クアスはぽん、と二人の頭を軽くたたく。
 二人の子供は声をそろえて明るく『こんにちは!』と挨拶する。
 ぼくはカナンだよ、とか、わたしはシェリだよ、とか、口々に自己紹介をしていて、本当に可愛らしい。
 クアスに似ず、礼儀正しく、愛くるしい。
 いやクアスだってまだまだ子供っぽくて可愛くはあるが。
「遊びに連れて行けってうるさいから、連れて来た。……ああ、あんまり遠くに行くなよ」
「……ああ。うちのヨル……飼い犬なんだけど、ヨルは子供好きで面倒見がいいから、一緒に遊ばせるといいよ。……ヨル、ちびっこたちと遊んでおいで」
 子供たちは黒い犬だー! と歓声を上げながら、大喜びでヨルと一緒に駆け出していく。
「双子なんだけど、どっちも人間なんだ。……僕のいとこなんてあの子たちだけなんだけど、あの子らはいつか人の世界に帰るからね。……こうしてたまに一緒に遊んで、思い出に残りたいんだよ」
 子供たちのはしゃぎまわる嬉しそうな声が聞こえる。
「僕の事を、覚えていてくれるといいな……」
 そういえば、タキアにも人の兄弟がいたという話を思い出す。
 タキアが生まれるずっと前に彼らは人の世で天寿を全うしたと言っていた。
 竜として生まれなかった子供たちは、番人たちに人の世で生きていけるように教育され、返される。
 どこか別の巣の竜に見初められて、そのまま番人になる事もあるが、大半が人の世に返されて、生きていく。
 思えばとても不思議だ。
 竜の巣で一生を過ごす事も可能なのに、人として生きていく道を当然のように用意されているなんて、考えてみたら執着心の強い竜らしくはない。
 ほんの少し一緒に過ごしただけで、竜を知るのは難しいのかもしれない。
 百年を、五百年を、千年を、この不思議な生き物と越えていけたら、いつかその複雑な心の内が分かるようになるのかもしれない。
「……まあ、本音を言えば、タキアの邪魔しに来たんだけどね。……いつも二人でいちゃいちゃしてるんだろうし、たまには邪魔されてみるといいよ」
「ああ、そういう事ね。すごく納得した。……効果ある邪魔の仕方だなあ。ルサカは子供好きで面倒見がいいからね……もう僕はこれでろくに構って貰えなくなった」
 タキアはやれやれ、と大げさにため息をつく。
「ルサカ、僕はクアスと釣りしてくるから、ちびっこたちと遊んでくるといいよ。大丈夫、拗ねてないから」
 笑ってルサカを見送ると、タキアは釣り竿をクアスに手渡す。
「……僕らはいつも二人きりだからね。たまにこうして、他の巣の竜や番人や、人に会わせてやりたいから、本音を言えば感謝してるよ」
 渡された釣り竿を手に、クアスはこれはなんだろう、という顔をしている。やはり釣りの経験は無いようだ。
「そんなにルサカが大事か、タキア。……そりゃ僕が勝てないわけだ」
「そうだよ。竜の一番大切な宝物奪おうとするとか、クアスは本当に命知らずだ。……覚えておくといいよ、そういう時は絶対勝てないって」
 タキアは満面の笑みを見せる。
 こんなに番人を深く愛する竜なんて、滅多にいない。
 たったひとりを愛する竜なんて、異端だ。
 竜の価値観で言えば、巨大な巣を持ち、たくさんの番人を置き、たくさんの竜の子に恵まれる事こそが、竜の幸せだ。
 そんな幸せが陳腐に思えるくらいに、彼らが幸せそうに見えるのは、クアスの錯覚ではないだろう。
 羨ましい、なんて思っている事は、絶対彼らには伝えない。


2016/06/08 up

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