竜の棲み処 異聞録

#11 竜と過ごす夜の為に・再 前編

 竜は綺麗なものが大好きで、綺麗な人間も大好きで、スキンシップが大好きで、交尾が大好きな、非常に淫蕩な生き物だ。
 ひらたくいえば、人間によく似ているが人間より遙かにさみしがりやで人間より遙かに繁殖活動に熱意を持っていて、好奇心も強くて積極性が高く行動的。そんな複雑でちょっぴり厄介な生き物。
 多分この繁殖意欲の強さ……はっきり言えば性欲の強さは、繁殖力の弱さからだ。なかなか子供が出来ないからこそ、繁殖行為に熱心になるよう本能が働きかけているのかもしれない。
 タキアと二年一緒に暮らして、四回の繁殖期を一緒に過ごしたが、繁殖期以外もそれはもう繁殖行為に熱心だし、そういう習性なのだというのは、ルサカも十分に理解しているつもりだった。
 タキアの兄姉もだいたいそんな感じの意欲を見せているし、この古城の巣に来たばかりの頃に珊瑚から貰った『竜と暮らす幸せ読本』にもそう書いてあった。
 ただ、疑問に思う事もある。
 タキアは昨日から『すごくいいものが欲しいから鉱脈を探してくる』と言っていて、今朝も起きるなり地図を広げてうきうきと楽しそうだった。
 竜も強奪や貢ぎ物ばかり当て込んでいるわけではない。たまにこうして未開の鉱脈を探して、キラキラしていて美しい、竜の蒐集欲を満たすような鉱物を掘りに行く事がある。
 持ち主が存在する山だと、持ち主には迷惑な話かもしれない。山を荒らされるのが難点だが、人が見つけ出せないような鉱脈を探し出してくれるというメリットがなくもない。ただ、一番いい鉱物は持って行かれてしまうけれど。坑道を掘る手間賃だと思えば妥当かもしれない。
 迷惑なんだかいい事したんだかよく分からない行動も竜の特徴か。基本、竜は自分の欲求に従って行動する。
 人の姿に変化したしてよく似ているせいで錯覚するが、彼らはあくまで竜だ。その生態は動物寄りだ。人間とは根本から考え方も価値観も生態も違う。人の常識やモラルやルールは通用しない。
 少々脱線したが話を戻して、ルサカも疑問に思う事はあるのだ。
 タキアのこの激しい繁殖意欲は、竜としては普通なのか過剰なのかそれともこれでも控えめなのか。
 二年も一緒にいるし、四回も一緒に繁殖期を過ごしたし、いつでも交尾しようと思えば出来るし、むしろこれだけ一緒にいてそろそろ飽きてきてもおかしくはない。それなのに何故こんなに常に情熱的なのか。
 むしろ年々より情熱的に激しく求愛してくるようになった気がする。
 今、ルサカが何故こんな混乱した事を考えているかというと、『鉱脈を探してくる』と言っていたタキアを、巣の屋上まで見送ろうと階段までついてきたら、何故か壁に押し付けられて抱きしめられていて、出掛けるというのにタキアの息が荒いからだ。
 背の高いタキアに抱き込まれると、ルサカは完全に逃げ場がない。
 タキアの背中にまわした両手で軽く叩いて抗議してみるが、全くタキアは気にしていない。そもそもやめる気が全くないようだ。
 ルサカの頬や額、こめかみに押し付けられていた唇は、ルサカの細い顎を伝って首筋にまで辿り着いている。
「……タキア、出掛けるんじゃなかったの?」
「うん。……もうちょっとだけ」
 絶対ちょっとじゃ済まない。ものすごくタキアの吐息は熱いし、ルサカの腰を抱いていた手は、もうシャツの中に滑り込んでいる。
 唐突にこんな風になるのはごく稀にある事だけれど、何故今日は朝からこんな急に。こういう時、すごく困る。
 ルサカはシャツの中に入り込んで胸元まで這い上がって来たタキアの手に思わず吐息を漏らしながら考える。
 人間のモラルでいうと、朝から何をしてるんだっていう感覚だ。
 言うなれば出勤前のような。仕事に行く前にふしだら極まりないという気持ちになる。
 ルサカも今日は午前中に家事を終えて、午後からレオーネの屋敷に出向き、もうずっと続けている竜言語魔法の講義を受けようと思っていたのだ。
 こういう行為は夜にひっそりと慎ましくすべきじゃないのか、というのが人間の感覚だが、竜はどうなのだろう。
 竜と人間は意識もモラルも激しく違う。
 人間の感覚なら『さっさと行って来い』と叩き出すところだけれど、竜はどうなんだ。
 本当に困る。これは堕落なのか、それとも普通なのか。よろしくない傾向なのか、それともこれが竜と番人なら常識的なのか。
 他の巣の竜と番人がどう過ごしているかなんて、知る機会はない。
 だからこれが普通の事なのか、耽溺しすぎな状態なのかすら判断が出来ない。
 自分の人間としてのモラルを押し付けるのも何か違うような気がするし、かといって竜のモラルを押し付けられるのも違うような気がする。
 そんな事を考えながら迷っているうちに、完全にルサカは逃げるタイミングも拒むタイミングも逃した。
「ちょっと、タキア……せめてベッドに」
 壁に押し付けられたまま、下着ごとズボンを引き下ろされ、慌ててルサカは膝を閉じて身を捩るが、こうなったらもう色々と無理だろうとは分かっている。
「ごめん、もうちょっと余裕がない。……優しくするから」
 切なげに囁くタキアに、壁に押し付けられて背中から抱きしめられる。
 ベッドにも行かず階段で立ったまま済ませようなんて、この時点であんまり優しくないような気がしているルサカだが、なんだかんだでタキアの言いなりに、好きなようにさせてしまう。
 タキアをこうして甘やかしているような気がしないでもない。
 だって、拒む理由もない。せいぜい、出掛けなくていいの? くらいしか言う事がない。
 そう言い訳しながら、素直にタキアの愛撫を受け入れる。
 背中から回されたタキアの両手は器用にルサカのシャツの中を泳いで、下腹の紅い花の辺りを撫でながら、片手でルサカの性器を撫でる。
 やんわりと撫で、握り込まれて、ひくん、とルサカの背中が震える。
「すごくいい匂い。……ずっとこうしていたい……」
 そんな事を囁きながら、伏せたルサカの項に唇を押し当てる。
 こんな可愛い事を言っているが、ルサカのなめらかな尻臀に押し当てられているタキアのそれは、凶悪なくらいに硬く張り詰めて、脈打っている。
 こういう時に可愛い事言って甘えて、本当にタキアは甘え上手だ。拒めないじゃないか。そう思いながら、ルサカは優しく撫で擦るタキアの指に、甘く融けたため息をつく。
 下腹の紅い花を撫でていたタキアの指が、薄く蜜を滲ませ始めた鈴口に触れ、柔らかくその割れ目を撫でる。撫で、促すように擦られて、ルサカは耐えきれずに高い声を漏らした。
「タキア、あ、あっ……んっ……」
 ルサカの項に口付けを繰り返しながら、タキアはルサカの快楽を引き出そうと更に執拗に指を絡める。ルサカは責められるままに、素直に甘く啼きながらタキアの指を濡らす。
 その濡れた指を、背骨の終わりの辺りから滑らせ、タキアを受け入れるのに慣れた場所まで辿る。辿った指は無遠慮にそのまだ閉じた場所を撫で、ゆっくりと押し入る。
「んんぅっ……!」
 あまりに甘く優しく、淫らに浅いところを撫でられて、ルサカは耐えきれずにねだるように腰を揺らしてしまう。
「ルサカ、痛くない? ……大丈夫かな」
「ん、だ、大丈夫……ふあ……あ……っ……」
 指はゆっくりと熱くなり始めたルサカの内壁をなぞり、擦りながら、奥まで差し入れられる。
 背筋が震えるくらいに、タキアの指が甘く感じられる。迎え入れたその指は、あまりにルサカの身体を知りすぎていて、溶け落ちそうに甘い刺激を簡単に与えてくる。
 すぐに指は増やされ、淫らに粘った水音を立て始める。もどかしげに尻臀に押し付けられているタキアの異形の生殖器は、熱を持ち脈打っていて、ルサカを狂おしく急き立てる。
「タキア、も……ふああ……っ!」
 早く、とルサカがねだる前に、もどかしげに指が抜き去られ、滾ったタキアの硬く張り詰めた尖端を押し付けられた。指で開かれた淫らな蕾は、その尖端を苦もなく飲み込む。
「やっ……! あ、ああっ、タキア……っ……!」
 思わず名前を呼ぶ。石の壁に熱を持った頬を押し付け、ルサカはか細く甘い吐息を漏らしながら、両手で壁にすがりつく。
 耳朶に触れるタキアの唇が、切なげな吐息を漏らす。その吐息すら、たまらなく愛しく思えて、ルサカはふるっと身震いしながら、甘く高い声をあげた。
「あ、あっ、タキア……! んんぅ……」
「ルサカ、……こんなの、もう……っ……」
 切なげに息を詰めたタキアは、両手でルサカの細い腰を掴んで、奥深くまで一息に突き入れる。
「くぅ……! タキア、も、だめ、は、あっ……あああっ……!」
 硬く熱を持ち滾ったそれに敏感な奥を抉られ、ルサカは耐えきれずに一息に達した。
 崩れ落ちそうな身体を石壁にすがりついて支える。その震える項にタキアの唇が柔らかく触れる。甘く噛み、食み、口付けられて、ルサカの身体は再び熱を持ち、深く沈められたタキアの異形の生殖器をきつく抱き締める。
「ルサカ、好きだよ。……大好きだ。……僕のルサカ……」
 何度身体を繋げても、何度愛を囁き合っても、タキアは必ず、ルサカにこの言葉を囁く。
 ルサカはその言葉を聞きながら、目を伏せ、小さく、ぼくも、と震える声で返す。
 呆れるほど抱き合っても、きっとこの気持ちは変わらない。



 でも、そろそろ交尾に飽きてもいいんじゃないかと思う。
 たっぷりと朝から抱き合い、睦み合った後に、すっかり心も身体も満たされたタキアはご機嫌で、予定通りに鉱脈探しに元気に出掛けていった。
 ひとり残ったルサカはといえば、きちんと身支度を調えて、朝食の後片付けをしている。
 竜の魔法を覚えて本当に良かったと、心から思う。
 以前のひ弱な身体で朝からこんな激しくしていたら、翌日まで寝込んでいた。今では竜の魔法のおかげで、さほど疲労せずにいられるし、交尾しすぎて死ぬような心配も、それほどはない。
 繁殖期も以前よりは格段に過ごしやすくなった。滋養飴がなくとも、きちんと睡眠と食事と休息をとれば命の心配はない。竜の魔法の威力は本当にすごい。そもそも竜の為の魔法だ。人間の魔法とは根本から強度が違った。
 そのせいで、こんな風にだらしなく朝から交尾したりと淫蕩な生活になっているとも言える。制限がないというのも考え物だ。節度までなくなっている。
 そのうちタキアも飽きるだろうし自分も飽きてくるだろう、とルサカも思っていたが、一向にそんな事はないし、タキアはますます甘えてねだるようになったし、これはこれでどうしたものかとルサカも考えてはいる。
 朝食の片付けを終えて、ルサカは居間の掃除に向かう。
 居間の日当たりのいい敷物の上に、今朝タキアが見ていた地図が広げられたままだった。ルサカはその投げ出されている地図を拾い上げ、丁寧にたたむ。
 ルトリッツ騎士団国の周辺国を含む大きな地図と、詳細な地域別の地図。
 この地域別の地図はルサカが地理の勉強をするために、珊瑚から買ったものだ。今朝、タキアが詳しい地図が見たいといって、ルサカの部屋から持ち出していた。
 綺麗にたたんで所定の位置に戻すべく、ルサカは厨房そばの自分の部屋に向かう。
「あれ。いないと思ったら、ここにいたんだ」
 朝食の時から見かけなかったヨルは、ルサカの部屋にいた。
「こんなところで何してるの?」
 ヨルにしては珍しく、悪戯をしている。
 部屋の中央に何かを引っ張り出して、囓ったり引っ張ったりと、実に楽しそうに悪戯していた。
「あー、こら、噛んじゃダメだよ。何を噛んで……」
 ヨルが囓っているそれを取り上げようとして、ルサカは固まる。
 すっかりその存在を忘れていた。
 もうずいぶん前にしっかり布で包んでベッドの下に突っ込んでおいた、あれだ。
 滋養飴と一緒に買った、『竜と過ごす夜の為に』
 すっかり忘れていた、あの竜との交尾のノウハウ本と、それを包んだ布だった。ヨルに囓られ引っ張られて、包みは解かれていた。
「こんなものなんで引っ張り出してるんだよ……! もう、だめだよヨル!」
 ヨルから布ごと件のわいせつな本を慌てて取り上げる。
「なんでこんなの引っ張り出すんだよ……。ぼくだってすっかり存在忘れてたくらいなのに」
 あまりに刺激的かつ、実践するには色々あれすぎて、あのままベッドの下に放り込んで忘れていた。
 朝、タキアが地図を取りにルサカの部屋に入って、ドアを閉め忘れたんだろう。それでヨルが入り込んで悪戯をしていたと思われる。
「こんなのすっかり忘れてたよ……。ベッドの下じゃだめか、ヨルが悪戯する」
 ルサカは本をしっかりと布に包み直す。
 この本をどこにしまうか。中庭で燃やしてしまってもいいけれど、結構なお値段だったし、これから先の長い人生で、もしかしたら必要になる事もあるかもしれない。
 要するに、ルサカは貧乏性だ。高かったものだからもったいなくて捨てられない。
 しっかり包んだ本を、どこに隠すか再び考え込む。
 考え込んで、とりあえずは、という事で、真鍮の寝台とマットレスの間に突っ込んで、奥まで追いやる。
 結局こういうところに落ち着く。適切な隠し場所を思いつくまでは、ここでいいだろう。
 寝台に乗って転がってみて、異物感がないか確認してみる。あまり分厚い本ではないし、寝転がっても気にならなかった。
「ヨル、なんで悪戯するの、だめだよ。しまってあるものを噛んだり引っ張り出したりするのはだめだからね」
 ベッドの下でのんきに伸びをするヨルにお説教をしながら、ルサカは寝台を降りる。
 なんとか家事を終わらせて、レオーネの屋敷に行く都合をつけなければ。
 ヨルを抱きあげて、ルサカは特に深く考えずに、部屋を後にした。


2016/10/23 up

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