竜の棲み処 異聞録

元大国の王女だけど何故かほうきウサギに生まれ変わって竜の巣でお仕事してます・前編

 ああ、すっごくいい天気だわ。
 今日はとってもあったかくて風も心地よくて、絶好のひなたぼっこ日和だわ。
 古城の屋上は遮るものが何もないから、全面空って感じ。はー、幸せだわあ。
 王女だった頃はこんなのんびりスローライフなんて、できなかったものね。
 お姫様なんて、綺麗に着飾って豪華な王宮で贅沢な料理やおいしいお菓子を食べて、毎日優雅に音楽や詩文を鑑賞してちやほやされて幸せいっぱいに暮らしてると思われてるんだろうなあ。
 全くもって誤解です。
 王宮は確かに豪華。そこだけはあってる。綺麗に着飾ってるのは公の場に出る時だけで、普段は質素な服を着て、優雅に音楽鑑賞どころか、国交がある国の言語を学んで政治経済も学んで地理も学ぶ。とにかく起きてる間暇な時間があれば勉強勉強勉強。優雅さも要求されて音楽も練習練習練習。大国の王女が馬鹿で政治の駒に使えないとか存在価値がないからだ。常に優秀でなければ使えない王女の烙印を押される。
 ちやほやなんてされた事もない。あるのは常に叱咤激励。もっと大国の王女にふさわしい教養をって強要されるわけですよ。ここシャレじゃないから。
 でも贅沢なご馳走食べてるんでしょ? とか言われそう。そんな甘くない。
 当然他国に嫁いで、王や王子や寵臣を金の力と身体の魅力でたらし込んでコントロールし、いざとなったら寝首をかくだけの技術と武術と体力と知識も要求される。当然たらし込めるだけの美貌だって必要だ。
 だからいつもダイエットだし美容にいいものしか食べさせてもらえないし、私なんか太りやすい体質だったから、お菓子なんて、大事なお茶会の時しか食べさせてもらえなかった……。
 ぬくぬくあったかい石の床にへばりついてのびーっとしてみる。毛皮があったって、冬は寒いの。だから春が来たら嬉しくて仕方ないの。ひなたぼっこ最高。
 ゴロゴロしながら空をもう一度、見上げる。
 一面抜けるような青い空だ。こんなのんびり空を見上げた事なんて、人間だった頃はなかった。いつもいつも、政務と勉強に追われて、ギスギスしてた。
 そんなに一生懸命、王女として国の為に身を粉にして頑張ってても、頑張れば頑張るほど。

 暗殺のリスクは高まる。

 まあそうですよねー。そんな使える優秀な王女、諸外国にとって色々面倒だったり、国内の反王女派だって黙っていない。
 そんなに頑張っておいしいものも我慢して一生懸命勉強して、それなのに、敵国との縁談がまとまりそうになったら、あっさりと暗殺されちゃったよ。
 いつだって暗殺には気をつけてたのに、一番仲良くてずっと一緒だった侍女に刺された時は、もういいや、このまま死のうって思ったね。
「ごめんなさい、姫様。母を人質に取られました。私はどうしても母を見捨てられなかったのです」
 泣きながらそう言われて、もういいやって。
 私頑張った。もういいやって。
 血の海に突っ伏して、思った。
 生まれ変われるなら、今度は甘やかされて大事にされる、ペットになりたいって。
 可愛がってもらえて、おいしいもの食べさせてもらえて、いい子にしていればご主人様に褒めてもらえる、ペット。のんきに毎日お昼寝して、時々ご主人様に撫でてもらって、そんな命の危険も無理なダイエットもない、いい子なら愛してもらえるペットに生まれ変わりたい。
 確かにそう願った。
 そうやって気がついてみたら、ふわっふわピンクの毛皮のうさぎに生まれ変わってて、ああ、こんなふさっと愛くるしいもふもふの生き物になれたら、きっとあとの人生(?)楽勝だわ! ってそう思ってた。
 だらしなく伸びてたら、首の辺りの襟巻きみたいにもふっとしたところを、いきなりがぶっと咥えられた。
 あああ! ちょっと痛い! もう見つかっちゃった!
 じたばたしながら見上げると、真っ黒い被毛の目の赤い、可愛いんだか怖いんだか微妙な犬は『めっ!』と言いたげな顔をして、私の首根っこを咥えたまま歩き出した。
 この黒い悪魔みたいな犬はヨルというの。こうして私たちがサボっていると捕まえて、仕事に戻そうとする。まだここに来たばっかりの私は、『慣れない新米』と判断されたのか、何かと世話を焼かれているというか監視されているというか。
 ヨルは屋上の階段を降りて回廊を通り、厨房に入ると、私をキッチンストーブの前にぽいっと放り出した。
『ほうきウサギなんだから、お掃除しなさい』 
 ヨルの目がそう言ってる。
 そう。私はピンクの可愛い毛皮を纏ったもっふもっふのウサギちゃんだけど、普通の愛玩用のウサギちゃんじゃなかった。
『ほうきウサギ』という、お仕事ウサギだった。
 その名の通り、まるでお掃除するかのごとく、家の中の埃やゴミや蜘蛛の巣や虫を好んで食べる、特殊なウサギちゃんだった。
 きっと私に前世の記憶がなければ、ナチュラルにほうきウサギとしてお仕事しながらスローライフを楽しめただろう。
 なまじ人の記憶があるせいで、このほうきウサギの食生活と仕事が辛すぎる。
 ヨルは厨房の床をふんふんしながら点検して、私を振り返り『ほら、ここ蜘蛛の巣あるよ』って目で訴えてる。
 ヨルはいい子なのよ。こうしてお仕事兼食事も、新入りの私を親切にサポートしてくれて。心配してくれてるのよ。
『ほらほら、ここだよ』と言わんばかりに、鼻面で蜘蛛の巣の前に追いやられる。
 でっかい蜘蛛付き蜘蛛の巣。昔、家庭教師のエバンスが『蜘蛛は益虫なので殺してはだめですよ』と言っていた事を思い出すけど、ここではこいつは食料なのよ……。
 こんな黒と黄色のまだらの、毛の生えた足のいっぱいある生き物……! 蜘蛛ですよ蜘蛛! こんなの食べられない、嫌! 気持ち悪い……!
 そう思ってた時代が私にもありました。
 今はこれがとてもおいしそうに見えるこの残酷さ。心の中では『だめ、こんなの……!』って思ってるのに、身体はこれを欲してるの。悲しいほどに。
 心の中の激しい拒絶を無視して、ほうきウサギたる私はパクッと蜘蛛の巣ごと蜘蛛に齧り付く。
 うん。おいしい。悲しいほど、おいしい。
 昔外国の大臣が来た時の晩餐会で出た、夢のように豪華なケーキを思い出したわ。あれはとってもとっても、おいしかった。そびえ立つクリームと果物のタワー。滴り落ちる蜂蜜と果物のソース。豪華で華やかでおいしいけど、あんなの貴賓オブ貴賓でも来ない限り、お目にかかる事はなかったわ。本当お父様は見栄っ張りだったなあ……。普段ケチなのにそういう時は派手に振る舞ってたなあ。
 この蜘蛛、あのケーキを思い出すくらいおいしいの。蜘蛛なのに! 蜘蛛なのに! デリシャス!! スウィートでエクセレントなの! 認めざるを得ない!
「ヨル、いつもありがとう。おやつの鹿の干し肉だよー」
 蜘蛛をむさぼり食う私の頭の上から、なんとも可愛くも色気のある少年の声が降ってきた。
「ほうきウサギもいつもありがとう。よしよし」
 華奢な白い手が私のもふもふの毛皮を撫でる。
 はー。いつ見ても綺麗な子だなあ。
 この子は私の直属の上司(?)、この古城の管理者のルサカというの。
 なんとも不思議な鮮やかさのみどりの瞳を持つ、エルフの王子様みたいな男の子。世の中には何の苦労もなくこんな美貌を持つ人がいるのだと知って、昼夜美容に励んでいた私には衝撃的だったわ……。私なんか必死にダイエットしてたけど、この子ものすごい大食らいなのにすらっと華奢なの……。
 この華奢で虫も殺さないような美少年が、でっかいライ麦パンにこれでもか! と肉や葉っぱやチーズを挟んでかぶりついてるのを初めて見た時は、びっくりしたわ。しかも食べ終わったら更にもう一個、肉を大量追加して挟んでかじってて、ものすごい食欲だなって。それでこんな細いとかおかしくない?
 必死に美肌と美髪に美粧とダイエットに心血を注いでいた私が養殖美人なら、この子は貴重な天然物の美人か。妬ましいけど、こればっかりは生まれ持ったものなので仕方ないのかもしれない。というか今生がほうきウサギなので、そこまで美容に執着する必要はないんだけどね。
 ただこの子、この美貌にして中身がなんともアレなんだけど。これだけの美少年なのに考えられないくらい親しみやすいのは、このなんとも所帯じみた性格のせい?
 蜘蛛を食べ終わって口の周りを前脚で掃除してたら、ひょいっとルサカに抱き上げられた。優しくゆっくりと毛並みを撫でられて、思わずうっとりしてしまう。
 美少年に抱かれながら撫で倒されてたっぷり愛でられるって、ものっすごい幸せなのでは。ペットとしては間違いなく上級生活では。明らかに前世の王女ライフより今の方が(食生活の価値観の隔たりはさておき)満ちたりで幸せだわ。
 あまりの気持ちよさに、猫みたいに鳴いちゃう。猫みたいなゴロゴロじゃなくって、プゥプゥというか、クゥクゥというか。変な音だけど、ルサカに撫でられてるとつい鳴いちゃうのよね。
「ルサカ、ちょっとこの本なんだけど……あれ。珍しいね、抱っこできるほうきウサギって」
 軽い足音を響かせながら厨房に入ってきたのは、長身の赤毛の青年。この人はタキアといって、この古城の主で、一番えらいらしいんだけど、どう見てもルサカに言う事聞かせられてる感がある。聞かされてるというより聞いちゃうというか。この人も綺麗な顔してるのよねぇ。ルサカと並ぶととっても絵になるの。
 そういえば昔、すごくかっこいい騎士が王宮にいて、その騎士と、その騎士に付いているちょっと小柄な見習い騎士が並んでいると、なんだかむやみにときめいたものだったわ。
 騎士と可愛い侍女が親しげに並んでるとなんだか無性にイラッとくるのに、見習い少年騎士が楽しそうにおしゃべりしてると、とってもとっても微笑ましくて、もっと一緒にいてよくてよ! って気持ちになってたのは何故なのかしら。
「うん。この子だけは、抱っこしても撫でても嫌がらないんだ。……ね、ふさこちゃん」
 ふさこ。認めたくないんだけど、ルサカが私につけてくれた名前は『ふさふさしてるから、ふさこちゃん』
 ルサカは絶望的に名前をつけるセンスがないと私は思ってる。確かにふさふさしてるけど、ウサギにつける名前ってなんか違うんじゃないのって言いたい。美少年なら耽美じゃないの? いやこの性格では耽美なんて無理というか遠すぎるね……。
「名前つけたんだ。前にほうきウサギ全部に名前つけたけど、区別つかないから諦めたって言ってたのに」
「この子は分かるんだ。抱っこ好きなのはふさこちゃんだけだから。増築してほうきウサギが足りなくなったから、珊瑚さんから数匹買ったんだけど、この子だけだったなー。抱っこ好きなの」
 ルサカからタキアへと手渡される抱っこリレー。他のほうきウサギたちはなんで抱っこが嫌いなのかしら。こんな美形に抱っこされて撫で倒されるって、ご褒美以外のなにものでもないのに。



2018/02/09 up

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