竜の棲み処 異聞録

【季節物:ハロウィン】タキアのおつかい

※『竜の棲み処』の世界にハロウィンはありませんが、せっかくなので季節物を書きました。



 秋深まり、標高の高い山にある古城は、一段と冷えるようになった。
 栗やかぼちゃがおいしい季節だ。タキアが持ち帰る貢物にも、秋を感じる野菜や果物がぐっと増えた。
 という事は、あのイベントが来る。ハロウィンだ。
 タキアは遥か遠い西の砂漠から来たはずなので、そんな風習を知らないだろうと思っていたら、どこかで聞きかじったのかよく知っていて、去年はしつこくつきまとわれて大変だった。
 仕事にならない勢いで、「お菓子ちょうだい! でないといたずらするから!」と騒ぎたてられ、ルサカは朝からお菓子を量産しなければならなくなった。
 いくら菓子を与えても、さっさと食べてまた「お菓子ちょうだい! でないといたずらするから!」を連発されて、いくらお菓子を作っても追いつかなかった。
 だいたいタキアはお菓子が欲しいわけではないのだ。ひたすらルサカに構って欲しいだけなのだ。『お菓子ちょうだい!』は、ルサカにひたすらまとわりつくいい大義名分になっていた。
 だが今年は違うぞ。
 ルサカは昨年の失敗を踏まえ、今年は事前に計画を立てて待ち構えていた。
 今年はタキアを振り回してやる。絶対にだ!
 ルサカの意気込みを知らず、タキアはいつものように怠惰に惰眠を貪っていた。幸せそうな寝顔を見せるタキアのベッドに、ルサカは容赦なく飛び乗った。
「おはよう! タキア!」
 勢いよく寝具を引き剥がすと、さすがにタキアも目が覚めた。慌てて飛び起きる。
「うわ!? なに!? なにがあったの!?」
 眦を子供のように擦りながら、タキアはあわあわと辺りを見回す。
「お菓子くれなきゃ、いたずらするぞ!」
 ルサカは寝ぼけ眼のタキアの目の前に、右手を出し出す。
「今日はハロウィンだよ、タキア。お菓子は? くれないと、いたずらするよ」
 ルサカは得意げに胸を張り、にや、と少々人の悪い笑みを見せた。
「ぼくのいたずらはちょっとすごいよ? だからお菓子をくれないと、後悔するよ?」
 去年の仕返しにタキアを慌てさせて困らせたいだけで、実は全くいたずらの内容を考えていない。まさに『はったり』だ。
 寝起きのタキアは少々呆然としていたが、ルサカの言っている内容を把握したのか、我に返ったようだった。
「……何も用意してなかった。今年も僕がもらう側だとばかり」
 腕を組み、深刻に考え込んでいる。ルサカは今まさに『してやったり』の気持ちだ。
「ハロウィンはね、子供がお菓子をもらうイベントなの。どっちが子供かっていったら、年下のぼくだよね。だからタキアがぼくにお菓子をくれるのが正しいイベントじゃないか」
 中身だけならタキアが子供だけどね! と内心ルサカは思っているが、ここは自分が子供だと主張しておく。
「あっ、そうなんだ。言った方がお菓子もらえるんだとばかり。……そうか、子供かぁ。じゃあ、ヨルにもあげなきゃ」
 タキアはベッドから降り、テーブルに歩み寄った。
「ちょっと待ってて、ルサカ。今、珊瑚さんに、急いでお菓子を持ってきてもらえるよう頼むから」
 それはまずい。珊瑚に頼んだら、ここぞとばかりにダーダネルス百貨店おすすめのお菓子を大量に持ち込まれてしまう。ルサカは去年、お菓子作りとタキアに絡まれる一日だったのに、それはあまりに不公平だ。楽すぎる。タキアはただ注文するだけだ。
「あ、だめです。それは反則です」
 ルサカはここで勝手にルールを決めた。ルサカが困ったくらいにタキアも困らせたいと思ったのだ。
「珊瑚さんに頼むのは楽すぎるので、タキアは街にでて、ぼくとヨルにお菓子を買ってきて下さい」



 ちょっと難しいお使いをさせてしまったかもしれない。
 大急ぎで飛び立っていった竜のタキアを見送りつつ、ルサカは少々、不安になっていた。
 正直、タキアは人間にあまり慣れていない。
 ルサカと一緒に暮らすようになって、なんとなく人間の事を理解するようになったが、たいだい発想と言動は斜め上の人外そのものだ。その人外の倫理観と斜め上の発想が可愛いとも思えるようになったルサカだが、時々困る事は今でもある。
 貢物の持ち帰りや略奪行為を竜の姿でやっているのはよく知っているが、人の姿になって、人の街で買い物をしたという話を聞いた事がない。
 できるのか?
 送り出したものの、だいぶ不安になっていた。
 タキアが心配というよりも、街の人に迷惑をかけないか、そっちが心配だった。
 お金を払ってお菓子を買う、という、子供もできるお使いが、タキアにできるのか。
 自分が頼んだ事なのに、今まさに、ルサカは母の気持ちでタキアのお使いを心配していた。主にタキアではなく、街の人への心配だが。
「ヨル、タキアはちゃんと買い物できると思う?」
 足元にお行儀良くお座りしていたヨルにそう尋ねると、ヨルも一瞬、黙り込んでいた。黙り込んでいたが、『いやいやボスは大丈夫ですよ!』とでも言うかのように、慌てて、わん! 一声吠えた。ヨルでさえ心配している。
「お店の人に『これ下さい、いくらですか』って聞くんだよ、ってちゃんと手順を説明した方がよかったかなあ。まさか店の棚ごととか、店ごと強奪とか、してこないよね。買ってきて、って頼んだし……」
 少々タキアを見くびりすぎのような気がするが、普段が普段だし、竜が人間の店で買い物しているのか、聞いた事もなかった。
 タキアを育てたのは姉エルーの事実上の夫である、番人になる前は王国に仕える魔法騎士だった生真面目なカインとアベルなのに、全員で甘やかしていた。そんな甘やかし放題だった人達が、ダーダネルス百貨店でなんでも買えるのに、わざわざ可愛いタキアに買い物なんて行かせるだろうか。
 いやいやタキアをみくびりすぎだ。いやでも、まさか……と、ルサカの不安はぐるぐる巡って、つきない。



 ルサカの不安をよそに、タキアは午前中のうちに元気に帰ってきた。帰ってきたタキアは、バスケットを幾つも抱えて、目映いくらいのキラキラ笑顔だった。
「ただいま、ルサカ。ヨルも待っててくれたんだね。ちゃんとヨルの分もあるよ」
 とりあえずは、棚ごと、店ごとの強奪はしていないようだ。ルサカはほっと胸をなで下ろす。
「ルサカ、はい」
 にこにこ笑顔でタキアは焼き印の入った小さな箱をルサカに差し出した。
 この焼き印には見覚えがあった。『銀の森の野うさぎ亭』の焼き印だ。
 ルサカがライアネルの屋敷で暮らしていた頃、大好物だったお菓子は、この『銀の森の野うさぎ亭』のキルシュトルテだ。
 まさか。
 ルサカはかけられていたリボンを外し、箱を開く。
 間違いない。キルシュトルテだ。大好きだった『銀の森の野うさぎ亭』のキルシュトルテだ。
「どうしたの、ルサカ。嬉しくない? もしかして、もう好きじゃないケーキだった?」
 押し黙ったままキルシュトルテを見つめるルサカに不安になったのか、タキアは慌てて声をかけた。
「……いや、これ、大好きなんだ……。大好きなお店の、大好きなケーキで、なんで、タキアが知って……」
 そう問われて、タキアは明らかに、「あ、まずい!」という顔をした。ルサカは見逃さなかった。
「そ、それは……内緒だよ」
 タキアは嘘が下手だ。下手というより、嘘がつけない。馬鹿正直でそういうところは真面目すぎるからだ。だが、意外と意志は強い。そこだけは男気があるとルサカも思っていた。
「どうして? ぼくに言えないような事?」
 ルサカは知らない。
 ライアネルとの決闘で大怪我を負ったタキアが、ルサカに黙ってライアネルの屋敷を訪れ、再び決闘を申し入れた事を、タキアはライアネルにも口止めしていた。
 あれ以来、ライアネルに何度か決闘を申し込みに通っているのだが、タキアはその事をルサカに言えるはずがなかった。今も硬く秘密にしていた。
 行く度にライアネルとお茶を飲んでなにかとルサカの話をしているが、そのお茶も緊張感が漲っている。ライアネルにしてみれば、随分歩み寄りを見せているつもりなのだが、タキアはまだまだ自分がこの屋敷に入れるような立場ではないと思っているので、いたたまれないのだ。堂々とライアネルに対面できるのは、ライアネルに勝って、ルサカの竜にふさわしいと認められた時だけだと思っている。
 タキアは考え込みながら困ったようにもじもじしているが、それでも口を割らなかった。
「何も悪い事はしていないよ。どうしてこれを買ってきたのかは、いつか教えるから。今はまだ教えられないんだ」
 以前にリーンが、ライアネルの屋敷でジルドアから預かったと、このキルシュトルテを持ってきた事があった。リーンが持ち帰ったルトリッツ騎士団国の食品は色々あった。リーンから聞いたのではないかとルサカは思ったが、それならそう言えばいい。
 タキアは何かを隠している。
 そう直感したが、ルサカは問い詰めるのをやめた。「今は教えられない」と言うなら、その言葉を信じて、いつか話してもらえばいい。
 今はタキアがきっと、ルサカが喜ぶと思ってこのキルシュトルテを持ち帰ったのだ。タキアの真心を素直に喜ぶべきだと、そう思えた。そういう信頼がふたりの間に生まれていた。
 タキアは困った顔のまま、ルサカを見つめている。
 ルサカはキルシュトルテを見て、それからタキアを見上げる。
「ありがとう、タキア。このケーキは子供の頃から大好きなケーキなんだ。以前リーンさんがジルドアさんからって持ってきてくれたけど、また食べられるなんて、とても嬉しい」
 やっとほっとしたのか、タキアは再び笑顔を見せた。
「よかった。お菓子はまだあるから、何度でも『お菓子ちょうだい』を言って。……でも、ルサカのいたずらも気になるな。どんなすごいいたずらなのか見たい」
「え」
 それは困る。いたずらなんてひとつも考えていなかった。
「そ、それは。……せっかくタキアがお菓子をたくさん買ってきてくれたんだから、お菓子をもらいたいよ。だからちゃんとお菓子ちょうだい! されたら渡してくれなきゃ!」
 慌てて取り繕うが、タキアはにっこにこだ。
「だって、ルサカのいたずらですごいやつなんて見た事ないから、やっぱり見てみたいよ。お菓子はあげるけど、いたずらも見せてよ」
 ルサカのいたずらなんて、タキアの編み込みに花やリボンをつけて送り出すくらいだった。そんな壮大ないたずらなんて、全く考えていない。ルサカは話題を変えようと必死になる。
「そ、それより、タキア、ちゃんと人間のお店で買い物できるんだね」
「実際に買うのは今回が初めてだったけど、買い方くらい知ってるよ! ダーダネルス百貨店でなんでも買えるから、人間の店に行かないだけだよ」
「でもすごく嬉しいな。これからは、銀の森の野うさぎ亭のお菓子が食べたかったら、タキアにお願いできる」
 そう笑顔を見せると、タキアはルサカの笑顔が嬉しいのか、すぐにいたずらの話題を忘れてくれた。タキアの可愛いところは、こういうところもだ。
「なんでも買ってくるよ。ルサカが嬉しいなら、僕も嬉しいから。他に何か好きなものはある? 他の店も、地図を書いてくれれば行ってくるから」
「ありがとう。タキアは優しいね。……じゃあ、せっかくだからこのキルシュトルテ、もうお昼の時間だけど、先に食べちゃってもいいかな」
「もちろん! ああ、ヨルも食べたいのかな。大丈夫、ヨルの分もあるよ」
 タキアの気がそれているうちに、急いで『すごいいたずら』を考えなければ。
 お茶の用意をしながら、ルサカは必死で壮大ないたずらを考える。


2020/10/31 up

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