薄氷異聞

#04 豊穣の竜 後編

「ノア、交尾しよう。……もうなんだか我慢できないわ。今すぐやろう」
 居間の絨毯の上に引き倒されて、アルヴァに覆い被さられる。こう抱き込まれると逃げようがない。
「……いいけど、多分だめだよ」
「なんで」
 アルヴァの器用な指先は、素早くノアのシャツのボタンを外し滑り込んでくる。だがノアは、アルヴァではなく、その後を見上げていた。
「だって」
 アルヴァの頬を、背後から両手でがっしりと掴んでクラリサが引き起こす。
「交尾するなとは言わないから、ご飯食べちゃってよ。片付かないじゃない。あとね、幾らなんでもノアが可哀想。もっと雰囲気とか、情緒とか、考えられないの?」
 渋々と、アルヴァは抱いていたノアの身体を離して起き上がる。
「ノアも怒っていいのよ。もっとその気になれるように誘えって、言ってやってもいいのよ。……本当にアルヴァは時々いい男だけど、だいたい残念な美形よね」
 叱られて子供のように膨れながら、アルヴァは大人しく、夕食の用意されたテーブルにつく。ノアも脱がされかかった服を整えて、同じようにいつもの自分の席につく。
「だいたい、交尾なんてしてたら傷が治らないわよ。……少し安静にしたらどうなの」
 幾ら上手に隠しても、クラリサはすぐに気付いてしまう。アルヴァの傷の深さを心配すればこそ止めるだろう。
「はいはい、分かったよ。……ノア、あとで俺の部屋に来いよ」
 こそこそ話していてもクラリサの耳に届いている。クラリサは呆れたように小さくため息をつく。
「もう、無理しないでね。……アルヴァに何かあったら、私たち……」
 クラリサの語尾がほんの少し、涙声に聞こえる。
 こうなるとアルヴァも弱い。クラリサやノアに泣かれるのは、アルヴァにとってはとても辛い事だ。
「分かったから、泣くなよ、クラリサ……。大丈夫、無理はしない。ちょっとえっちな事するだけだ」
「ほんっとうに懲りないわね、アルヴァ」
 ノアもそのやりとりに思わず笑ってしまう。アルヴァのそんなのんきなところも愛しく思えるのは事実だ。



 結局、ノアはアルヴァの言いなりになってしまう。
 それが竜に惹かれる番人のさがなのか、それともアルヴァが大好きだからか。その両方だろうとは、ノアも思っている。
「……ノア、もう興奮してるのか? ……ものすごく匂いが濃くなってる」
 背中から抱きしめるアルヴァの、硬く熱くなったものを押し付けられていたら、ノアだって煽られてしまう。
 交尾が嫌いな番人なんていない。ましてや、大好きな自分の主となら、尚更だ。
「アルヴァもね。……当たってるよ」
 せめてもの強がりだ。甘く震える声で、ノアも言い返す。
「当たってるんじゃなくて、押し付けてるの」
 ノアをうつ伏せに押し倒しながら、アルヴァはすぐにノアのズボンに手をかける。もどかしげに下腹のボタンを外して、下着の中に手を差し入れ、すぐに柔らかな足の付け根を辿り、その奥に触れる。
「ちょっと、アルヴァ……っ……」
 慌てて手を伸ばして止めようとするが、すぐにアルヴァに背後から耳朶を噛まれた。甘く食み、吸い付かれると、力が抜けてしまう。
「今すぐノアの中に入りたい。……気持ち良さそうなノアを見たい」
 そんな切なげな声で囁かれたら、言う事を聞いてしまうし、下腹の、金色の花の奥がすぐに熱くなってしまう。
 アルヴァの指は探り当てた両足の奥を撫で、擦る。もうそれだけで、ノアの肩が跳ね、すぐに身体が震え始めてしまう。
「もう指が入りそう。……ほら、ノア」
 ゆっくりと指を沈められて、ノアは背筋を這い上がるような快楽に吐息を漏らす。
「アルヴァ、も……っ……」
 言われるまでもない。こんな風に囁かれ、弄られていたら一瞬でノアは溶け落ちてしまう。もう身体はアルヴァが欲しくて仕方ないくらいに、熱くなっている。
 ノアの背中に覆い被さったまま、アルヴァは少々乱暴にノアのズボンを下着ごと引き下ろし、自分の服も寛げ、昂ぶったそれを引き出す。
「ノアがえっちな匂いさせてるから、我慢するのが大変だよ。……いつからそんなやらしくなったかな、ノア」
 アルヴァはノアが恥ずかしくなるような事ばかり、口にする。その口調は少々からかうような素振りだけれど、ノアが可愛くて仕方ないのだというのも伝わる。おかげで、ノアは余計に羞恥を感じる。
 ノアの中に沈められたアルヴァの指は、そんな言葉を囁きながらも容赦がない。ノアの感じるところをじっくりと撫で、擦り、急き立てていく。
「く、は……っ……アルヴァ、も……」
 ノアはあまり声を上げない。羞恥が勝ってつい息を殺してしまうが、それも最初のうちだけだ。
「もう、なに? ……もう、こっちがいい?」
 あっさりと指を抜き去られ、代わりに押し当てられたアルヴァのそれに、ひくん、とノアの爪先が跳ねる。
 熱く硬く脈打つ異形のこの生殖器の感触に、ノアの呼吸は更に熱く荒くなっていく。番人の身体は残酷なくらいに、これに反応せずにいられない。まして、何より愛した主の竜のものなら、尚更だ。
「もう……、アルヴァ、く、……っ」
 寡黙で控えめなノアも、こんな時は別だ。焦れて腰を揺すり、押し付けてしまう。小さな笑い声が、ノアの耳に触れる。
「……ノア、顔見せて」
 うつ伏せのノアを抱き起こし、片方の膝頭を掴みながら、アルヴァは再びのし掛かる。
 荒く乱れた息を紡ぐ赤く染まったノアの唇に唇を寄せ、甘く噛み付きながら、アルヴァの指で開かれたそこに、熱くなったそれを押し当てる。
 硬く膨れ上がった異形のそれが押し入れられた瞬間に、ノアの唇から甘い悲鳴が零れ落ちた。
「あぁあ……っ! アルヴァ、く、あぁっ!」
 どんなに声を殺そうと思っても、耐えられない。ゆっくりと柔らかな肉の襞を浸食するように、熱く脈打つ竜の生殖器が突き入れられる。
 重い圧迫感と、それを凌ぐ身体を蝕むような快楽が、思考を麻痺させていく。
「ああぁ! ……アルヴァ、アルヴァ……!」
 夢中で覆い被さるアルヴァの背中にしがみつく。
「痛っ…! ノア、痛い」
 傷口に触れてしまったのか、アルヴァの短い悲鳴でノアは我に返る。
「ごめ、でも、あっ…ああっ!」
 痛い、と言いながらアルヴァは容赦ない。慌てるノアの腰を掴んで、更に引き寄せ、奥深くを抉る。
「アルヴァ、やめ……っ! あぁあ!」
 アルヴァの背中から手を離そうとしても、こんな風に突き上げられていたら、縋らずにいられない。激しく揺すり上げられて、ノアは甘い悲鳴を上げ続ける。
「ノア。……ノア、可愛い。……綺麗で可愛い、俺のノア……」
 囁きながらノアの細い首筋に歯を立てるアルヴァに、ノアは必死でしがみついた。



「……結局、安静になんてしてないんだから」
 屋敷の庭先で、ノアとクラリサは並んで洗濯物を干していた。
 暫く天気の悪い日が続いていたので、寝具の洗濯物がたまっているし、怪我もしているというのに、結局アルヴァはちっとも自重なんかしない。
 毎日のようにクラリサもノアもベッドに引き込んで、愛でるのを忘れない。そんな事をしているものだから、怪我が治るのも遅くなってしまった。
 シーツのしわを伸ばして干しながら、ノアも思い出して赤面する。
 アルヴァの怪我を心配しながら、つい、背中にしがみついてしまっていた。
 だって、あんな風にされたら、しがみつかずにいられない。
 心の中で申し訳ないと思いつつ、言い訳してしまう。
「クラリサ、風が冷たくなってきた。……後は僕がやるから、身体を冷やしたらだめだよ」
「大丈夫よ。……大事にしないで、動いていた方がいいって、医学書にも書いてあったわ」
 ノアは字が読めないが、クラリサは元王女だ。貧しいとはいえ一国の王女だったので、しっかりと字は読める。
 よくノアはクラリサに本を読んで貰ったり、たまに字を教えて貰ったりもしていた。
「だからって、アルヴァを追いかけ回したりしたらだめだよ」
 そうノアに諭されても、クラリサは声を上げて楽しそうに笑うだけで、懲りていなさそうだ。
「アルヴァ、早く帰ってこないかな。……ねえ、おかしいわよね。私たちずっと一緒にいるのに、アルヴァともっと一緒にいたいって思っちゃうんだもの。……これからもずっと一緒にいられるのにね」
 ノアも笑って頷いてしまう。
 不思議だ。
 クラリサもノアも、竜に命を捧げるつもりだった。
 竜は底知れない魔物で、気まぐれで国に豊穣をもたらしたり、気まぐれで破壊したりもする、強大な力を持つ、恐ろしい生き物だと思っていた。
 それがこんなに陽気で、優しい、人とそう変わらない生き物だったなんて、今でも信じられない。
「……早くあの竜が、この国を諦めてくれたらいいのにね」
 クラリサは遠い空を見上げ、呟く。
 静かな晴天だった。抜けるような青空で、吹き抜ける風も心地よい。
 それなのに、ノアは今、何故か急に不安になっていた。
 何か、言葉に出来ない胸騒ぎを感じる。
 身重のクラリサに心配をかけたくないが、ノアも全身の血の気が引いていくような、言い知れない不安を感じていた。
「……ノア。……ノア! ……あれ、なに……?」
 不意にクラリサに袖口を掴まれ、ノアは慌てて空を振り仰ぐ。
 西の空に、不気味な暗雲が広がっていた。
 重く分厚い、巨大な雷雲だ。嵐の前兆であんな雷雲を見た事があるが、こんなにも巨大で荒々しく、そして禍々しさを感じさせる巨大な雷雲を見た事がなかった。
「落ち着いて、クラリサ。……大丈夫。あれは、雷雲だよ。……嵐が来るだけだ」
 クラリサもなにか不吉なものを感じ取っているのだろう。震える彼女の肩を抱いて、ノアは落ち着かせるように抱きしめる。
 雷雲は稲妻を抱きながら、不気味な生き物のように増殖していく。
「前にクラリサが本で読んでくれたじゃないか。……昔の人は、あんな雷雲を『竜の巣』って呼んでたって」
 クラリサだけではない。ノアも、不安に苛まれている。
 西の空を覆い尽くすように暗雲は膨れ上がっていく。その雲の波間を、青白い稲妻が生き物のように駆け巡る。
「……アルヴァ……」
 思わずその名前を呟く。
 何もないはずだ。
 アルヴァはいつものように、帰ってくるはずだ。
 震えるクラリサと抱き合いながら、祈る。願う。
 どうか無事で。
 他の言葉なんて、浮かばなかった。


2017/04/24 up

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