竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

#03 誰よりも信じられる

「……これは、また……クアス様の番人候補ですか。……少々地味ですし小さい気がしますが、可愛らしいですね」
 山吹と名乗った来客は、ユーニよりも少し幼く見える。スーツ姿に尖った耳と尻尾、人間離れした鮮やかな山吹色の髪をした少年は、だいぶ苦しそうにそんな事を言う。
「無理に苦しいお世辞言わないでいいよ。色々あって成り行きで、こい……ユーニは拾っただけだ。別に番人にするわけじゃない」
 山吹に手渡された服飾カタログを眺めながら、クアスは面倒臭そうに応える。
「左様でございますか。……では下働きに?」
「まあそんな感じかな……。山吹さん、とりあえずユーニが着られそうな服と下着と靴、適当に見繕って。全然ないんだよね。僕のじゃ大きすぎるしさ」
「かしこまりました、お任せ下さい!」
 山吹は手にしていた巨大なトランクをいそいそと開き、ぱぱっと新品のシャツやズボン、靴や下着を並べていく。幾らこのトランクが巨大でも、どこにこんなに入っていた? という量だ。
「……とりあえずこれとこれ」
 クアスは手近の衣類と下着類を拾いあげ、ユーニに手渡す。
「代金なら心配しないでいい。これくらいたいした金額じゃないし」
 何か言わなければ、こんな高そうな服、申し訳なくて着られないと伝えようとユーニが口を開くと、クアスにじろっと睨まれ、さっさと白木造りのパーティションの向こうに追いやられる。
 戸惑いながらもユーニは、またもや生まれて初めての、新品おろしたてのシャツに袖を通す。
「……じゃあこれだけ貰おう。それから、この前言ってたリフォームと家具も近日中に頼むよ。ここに営巣するって決めたから」
「毎度有り難うございます。既にお代はメレディア様に頂いております」
「……母さんまたか……。もうどうしてほっといてくれないかな……」
 身支度を調え、パーティションの影から出てくると、やはりあのトランクからどうやってこの量を、というくらいの品物が並べられていた。衣類に雑貨に食料品に……。驚きの量だ。
「あとはほうきウサギですかね。……ご実家でもお使い頂いているので、今更ご説明は不用ですよね」
「うん、この館に見合うくらいの数、お願いしておくよ」
「それではこちらの書類にサインを……。リフォームなどの契約書ですね。数が多いのでお手数かと思いますがよろしくお願い致します」
 クアスがせっせと書類にサインをしている間に、山吹はトランクから小さな冊子を一冊、取り出し、ユーニに手渡す。
「番人になられないそうですが、下働きでも竜のお屋敷にお仕えになるなら、きっとお役に立つかと。我がダーダネルス百貨店のロングセラー冊子です。お近付きのしるしにどうぞ」
 ここに置いてもらえるのかこれから自分がどうすべきなのか、思えばユーニは全く何も考えていなかった。
 戸惑いながらも受け取った本の表紙には『竜と暮らす幸せ読本』と書かれているが、残念な事にユーニは字が読めなかった。頂いても読めません、と言おうとしたが、それより先にクアスに山吹を取られてしまう。
「山吹さん、母さんから貰った代金は返しておいてよ。……自分の大事な巣なんだから、僕が払う。もう絶対受け取らないでよ。突っ返せないって言うなら、僕から返しておくから」
「メレディア様にもクアス様から受け取るなときつく言い渡されておりまして……困りましたね」
 クアスも山吹も忙しそうだ。ユーニは邪魔にならないように、部屋の隅の椅子に座り、先程渡された本を開く。
 びっしりと文字が書かれているが、全く読めない。今まで読み書きなんて、習った事がなかった。
 ページの隅に時々ある小さな挿絵を眺める。竜と人が寄り添っている絵だ。ユーニから見ても、幸せそうで、まるで夫婦のように仲睦まじく見える。
 竜の事なんて、ちっとも分からない。
 分からないけれど、クアスがとても優しくていい竜なのだけは、知っている。ついさっきまでは、怖い生き物だと思っていた。人間を食べてしまう魔物だと思っていた。
 けれどクアスはとても綺麗で強くて、優しい。出会ったばかりの、見ず知らずのみすぼらしく汚く、貧しいユーニにも優しくしてくれた。
 出会ったばかりだけれど、ユーニはクアスを誰よりも信じられていた。



「おま……ユーニ」
 いつもクアスは言い直している。『お前』や『こいつ』と言わないように気を遣ってくれているのだとユーニも察していた。クアスにならなんて呼ばれても嬉しいのに、と思っているが、なかなかそれを伝えられない。
 山吹が帰った後、せっせと買った物の整理をするクアスの手伝いをしていたが、その間クアスは何か色々考え事をしていたようで口数が少なくなっていた。
 片付けが一段落する頃になって、ようやくクアスはユーニに向き直り口を開いた。
「多分人間は竜の事なんか、ちっとも分かってないだろうから、軽く説明しておく」
 クアスの説明によると、クアスは巣立ったばかりの成人したての竜で、もう何年も営巣に相応しい理想の地を探し歩いていた。最近この国に立ち寄り、ルズベリー地方にあるこの茨の湖を見つけた。高い山々からの澄んだ雪解け水が流れ込む、緑豊かな湖がすっかり気に入り、ここを終の棲家にすべく、巣を作り、棲みつく事にしたそうだ。
 そしてこのお気に入りの茨の湖の、夜明けの儚くも美しいうつろいを楽しむべく散策していた時に、追われるユーニと鉢合わせた。
 いい竜の巣とは、宮殿のように豪華で、掃除が行き届き、財宝がたっぷり詰まっている。
 クアスだけではなく、どの竜もその立派な理想の巣を作る為に、生涯かけて巣作りをするのだと語る。
 それには人間の力がいる。竜は巣作りの為の財宝集めで忙しい。その忙しい竜の代わりに、竜の巣の財産を管理しながら、掃除や洗濯をこなし、美しい巣を作る手伝いをしてくれる誰かが必要だ。その為に人間を巣に連れて来て手伝って貰う必要があると語る。
 「……まあ、その人間は誰でもいい訳じゃないんだけど。行くところがないなら、掃除洗濯料理なんかの家事をやってくれるなら、ここにいていいよ。僕は巣作りで忙しいから誰かにやってもらえると助かるんだ。……どこか行きたいところがあるなら、まあ、止めない。……なんかあの村のおっさんたち、感じ悪かったしな。帰ったら折檻されないか?」
 ここにいてもいい。
 その言葉だけで、舞い上がりそうなくらいにユーニは嬉しくなっていた。
「衣食住は困らせないし、妥当に賃金も払うよ。いつかここを出て行きたくなった時にまとめて支払うのもありかな。ただ働きはさせないから安心していいよ。竜はそういうところケチケチしないから、信用するといい」
 掃除や洗濯なら、得意だ。村でいつもやっていた事だ。薪割りだってできる。料理は下働きで野菜の皮むきや、粉ひきくらいしかした事がないが、教えて貰えるなら、頑張れる。
 温かくて綺麗なお風呂に入れてくれて、おいしいものを食べさせてくれて、新品の清潔で綺麗な服も着せてくれて、名前まで付けてくれた。
 それだけでも嬉しいしありがたいのに、仕事と報酬、食べ物と住む場所も与えてくれるなんて。
 ユーニにとって、クアスは神様のような存在だ。
 もう舞い上がりそうなくらいに嬉しいユーニは、思わず笑顔で身を乗り出す。
「あ、ありがとうございます! 料理は下働きで皮むきや粉ひきくらいしかした事がないけど、他の事なら。料理だって、教えて貰えるなら、頑張ります!できる事はなんでもするので、置いて下さい!」
 クアスはまた、何とも微妙な、複雑な表情でユーニを眺めている。
 この表情は、なんとも説明しがたい。ユーニは不思議に思っているが、クアスが不愉快に思っていないなら、それでいいと思っていた。
「おいおい、色々な事を説明するよ……。とりあえず」
 クアスは足下をうろうろしていたピンクのもふっとしたウサギを摘まみ上げ、ユーニの目の前に突き出す。
「掃除を頼む。使う部屋だけでいいから。客間、僕の寝室、厨房、それから、おま……ユーニの部屋の掃除だ」


2017/08/24日 up

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