竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

番外編:#01 竜の祝福・前編

「母さんが馬鹿みたいに山ほど買ったユーニの服が、まさか役に立つとは」
 クアスが物置から運び出してきた衣類の詰まった箱から次々と服や小物を引っ張り出しながら、ユーニはせっせと自分のクローゼットに整頓して詰め込んでいた。
 これはクアスが春の発情期にガルビア半島の実家に帰省した際に、メレディアが『ユーニちゃんにお洋服を』と大量に買って持たせた『ユーニへのお土産』だったものだ。あの時はバタバタしていたので、物置に放り込んでそのまま忘れていた。
 メレディアから『今から遊びに行くから、私が選んだ服でユーニちゃんはお出迎えしてね!』と予告があって、やっとふたりは衣装の箱を思い出し、慌てて整頓し始めたのだ。
「あの時は、ユーニはこれから成長期なんだから、こんな大量に買い込んだってすぐ着られなくなるって思ってたんだけどな……。母さんの予想通りというか思惑通りというか。結果的にそうなったって事か」
 文句を言いながらもクアスはせっせとユーニを手伝っている。綺麗なものが大好きな竜は、綺麗な服や小物で自分の番人を贅沢に華やかに飾るのが、当然、大好きだ。自分の番人が綺麗になるのが嫌なはずがなかった。故にクアスはまめまめしく、この大量の衣類の整頓を手伝っていた。
 メレディアがそんなところまで考えていたかどうか。単純に『着せ替えたくさんしたい』という、分かりやすい子煩悩な竜の母親の欲求そのままだったような気がしないでもない。
 靴に服に下着に小物に……箱を開けてみれば恐ろしい数だ。何が恐ろしいかというと、春夏物だけでこんな膨大な量だという事だ。多分メレディアの事だ、秋冬物も同じくらい買い込んで送りつけてくるだろう。
 ありがたい事ではあるが、整理整頓と置き場が大変なのは確かだ。
「僕が一人っ子なせいで、母さんはもうひとり息子ができたくらいに思ってるんだろうな……。母さんや父さんにしつこくされるかもしれないけど、ユーニ。まあ許してやってよ。竜はなかなか子供ができないせいで、身近な子供に愛情を注がずにいられないんだよ」
 正直に言えばクアスは、『ユーニのおかげで、今まで自分にべったりだった両親達の愛情を分散できる』と内心ありがたく思っている。恐らく当分の間、メレディアは夢中でユーニを構って、クアスの事はそっちのけになるだろう。そう考えるとベタベタ構われるユーニに悪いとは思いつつも、助かったと思わずにいられない。
「……こんなにたくさんあると、何を着たらいいのか分かりません……」
 大量の豪華な服に、ユーニは完全に目が回っていた。華やかで贅沢な服ならクアスの服で見慣れているが、これが自分の服となったら話は違う。似合うのか似合わないのか以前に、何をどうしたらいいのか、どう着ればいいのか、ユーニは戸惑うばかりで途方にくれるしかない。
 クアスと一緒に住むまでは、ボロ同然の着たきりで選択の余地以前だったし、クアスが買ってくれた服は高級そうではあったものの、着心地のいい素材で動きやすく仕事しやすい、実用的なものばかりだった。急に華やかで贅沢な服を与えられても、着こなせる気がしない。
「母さんのセンスは悪くない。むしろ服を選ぶのが大好きな人だから、ちゃんとユーニに似合うものを選んでる」
 クアスは衣装の箱とクローゼットを見渡して、幾つか小物と服と靴を選び、組み合わせてユーニの寝台に並べる。
「これとこれなんか、母さん好みだな。……面倒だろうけど、 年寄りに孝行すると思って我慢してやってよ。それに、僕も綺麗な服を着たユーニを見たい」
 メレディアは年寄りというほどの年齢ではないような気がしたが、少女のような外見でありながら、立派にクアスの母親だった。彼女が何歳なのか聞いたことはないが、もしかしたらそんなに高齢なのか。ますます謎が深まった。
 クアスに期待されると、ユーニも突如義務感が沸き上がる。クアスがそう言うなら、ちゃんと着こなさなければ。似合うように着なければ。期待を裏切らないように努力をしなければ。
 そういうところがユーニは律儀で生真面目で、馬鹿正直だ。



「レースとリボンの絹のブラウスに、紺地に銀糸の刺繍のチュニック……。派手なように思えたけど、意外にシックでいいな。清楚な雰囲気でユーニによく似合う。……母さんのセンスは本当に馬鹿にできないな」
 そうクアスに褒められても、ユーニはそわそわと落ち着かない。こんな派手でありながら羽毛のように軽く身体を優しく包んでいて、着心地はとてもいい。いいけれど、汚さないようにとか、本当に似合っているんだろうかとか、他の事ばかり気になって、全く寛げない。
「ま、まだメレディア様はいらっしゃらないんですか……」
 早くメレディアに見せて、いつもの服に着替えたい。そんな事ばかり考えているユーニの肩で、クーはのんびり丸まって寛いでいた。
「まあ、クーを見習ってもうちょっと落ち着いたらどうだ? ……ああ、来たみたいだな」
 クアスは中庭の窓を開け放ち、庭に歩み出る。小さく竜の言葉を呟き、茨の呪縛を解き放ったようだ。
「前から不思議だったんだけれど、どうやってメレディア様と連絡を?」
 何か手紙をやりとりしているようにも、言葉を交わしているようにも見えないが、よくクアスは『母さんから連絡があった』『父さんがレシピを教えてくれた』などと言っている。これがユーニにはとても不思議だった。
「……ああ。竜は離れている時は、言葉でないものでやりとりできるんだ。人間にどう説明したら分かりやすいかな……。言葉でないもので、遠く離れていても連絡が取れるとしか言いようがないな。……まあ、そういうものだと思って」
 クアスは空を振り仰ぎ、手を振ってメレディアを招いている。
 クアスによく似た、七彩の濃淡に彩られ輝く鱗に覆われた巨大な竜が、ゆっくりと舞い降りる。クアスと比べると、幾分丸みを帯び、柔らかな印象がある。そのみどりの風竜の背中から、大柄な男性が降り立った。
「立派な巣じゃないか。……クアス、元気だったか!」
「もちろん。やっと理想の営巣地に巡り会えたんだよ。……父さん、紹介するよ。この子がユーニだ」
 息子の為にパンケーキを作る、お菓子作りが趣味で、顔や身体に刀傷がある、元騎士の父親。何度聞いても想像が追いつかなかったクアスの父親が、今、ユーニの目の前にいる。
「クアスの父親で、ルドガーと言うんだ。……わがままな息子だけど、どうか仲良くしてやってくれ」
 例えるなら、獅子のようだ。大柄で、いかにも歴戦の戦士という風貌。金色の髪と青い瞳に、こめかみから頬にかけて、大きな刀傷。
 クアスが『母さんはその傷も色っぽくて素敵だって喜んでる』と言っていたけれど、納得だ。
 言葉にしようがないくらいに、かっこいい。
 情けないが、『かっこいい』しか浮かばない。ユーニの貧困な語彙力では追いつかなかった。竜は美しいものを好む、と言っていたけれど、なるほど、『美しい』にはこういう系統もある。
 あの少女のように可憐なメレディアと、この勇猛な獅子のような父親から、このちょっぴりひねて斜に構えた息子……。少々不思議なような、妙に納得のような。
 不思議な気持ちでユーニは目の前のルドガーを見上げる。
「は、はじめまして……。ユーニといいます。前にクアス様に助けてもらって、それからここに置いてもらっています……」
「クアスから聞いているよ。……色々苦労したようだけれど、これからはクアスがいる。親父の俺が言うのもなんだが、わがままに見えて、根は優しいいい子なんだ。きっと君を大事にするから、どうか、力になってやってくれ」
 大きな手はやはり武芸者らしく、無骨だ。無骨で男らしい逞しさだけれど、この手が数々の洗練された美しくもおいしいお菓子を生み出している……。差し出されたルドガーの手に深い感動を覚えながら握手し、ユーニは頷く。
「はい。今でもとても優しくしてもらっています。……ぼくこそ、頑張ってクアス様のお役に立ちたいです」
 ルドガーはユーニの手を握って破顔する。
「いい子見つけたなあ、クアス! さすが俺の息子だ、見る目がある! 俺もメレディアという世界一美しくて賢くかつ可愛らしく、素晴らしい女性に出会ったが、お前も」
「またのろけか。もうその話何度も聞いたからいいよ。……母さん! またこんなに荷物持ってきて!」
「だってルディが、クアスとユーニちゃんにたくさんおいしいもの食べさせたいって……。ユーニちゃん! 久しぶりね、とっても大変な事になったようだけれど……無事でよかった!」
 メレディアは抱えていた箱をクアスに押しつけて、ユーニに飛びつき、抱きしめる。
「ユーニちゃんが大怪我したって聞いて……。本当に無事でよかった。こんな小さい身体で番人になってしまったけれど、でも、クアスはきっとユーニちゃんをとても大事するから。……しなかったら、私が懲らしめるから! ……本当に……無事でよかったわ……」
 メレディアは美しいみどりの瞳に涙をためて、しっかりとユーニを抱きしめる。クアスから何があったのかを聞いているのだろう。
「きっとこれからはクアスが守るわ。……ユーニちゃんに辛い事も悲しい事も近づけないはずよ。……私達だって、ユーニちゃんを守るわ。……絶対に。絶対に」
 その言葉だけでも、ユーニは嬉しい。誰にも顧みられなかったひとりぼっちのユーニは、もうどこにもいない。
 柔らかなメレディアの肩に頬を押し当てて、ユーニは頷く。
 泣き出してしまいそうで、言葉なんて出てこなかった。



2018/01/07 up

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