竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

番外編:#02 竜の祝福・後編

「えーと、こっちは本。これはね、フレデリカから。フレデリカはね、私の番人で、クアスのお姉さんみたいなものよ。クアスが赤ちゃんの頃から、面倒見てくれてたの。……他にも何人か番人がいるんだけれど、皆で押しかけたらクアスが怒り出すし、ユーニちゃんも疲れてしまうから、今日はルディだけ連れてきたのよ」
 メレディアは嬉々として居間に運び込んだ大量の箱を開けながら、一つずつ説明する。
「フレデリカはね、自分で小説や詩を書いたりする才女なのよ。で、そのフレデリカが選んだ本だから、きっと面白いんじゃないかと思うの。あと、こっちはエミリアから。エミリアはとっても手先が器用で、ユーニちゃんにって、ほら」
 二つ目の箱を開けて、華やかな刺繍を施されたテーブルクロスやリネン類を広げる。
「ユーニちゃんとクアスにって、シーツやベッドカバーを作ってくれたの。もちろん、この刺繍もエミリアがね。この冬ずーっと頑張ってたのよ」
 番人達からの贈り物を嬉しそうにメレディアは披露しているが、ユーニはこんなに贈り物をもらってしまっていいのかと、オロオロしっぱなしだ。
「ユーニ、いちいち相手しなくていいから。面倒になったら、休憩したいって言えばいい。……母さんも、ほどほどにしておいてよ。ユーニが大人しいからって、自分のおしゃべりに延々付き合わせたり、着せ替え人形にして遊んだりしないように」
 クアスはルドガーと一緒に、ルドガーの手料理が詰まった箱を整頓しているようだが、ユーニが心配なのか、ちらちらと様子を見に来ている。
 メレディアもそう諭されて、あっという顔をしていた。
「……ごめんなさいね、ユーニちゃん。ユーニちゃんは大怪我をした後で、まだ体調が万全じゃないわね。……気がつかなくてごめんなさい」
「い、いえ! 大丈夫です、疲れてないです! それより、こんなにたくさん……ありがとうございます。すごく嬉しいのに、上手に気持ちをお伝えできなくて、ごめんなさい……」
 こういうユーニの奥ゆかしい態度は、メレディアの母性をたまらなく刺激するようだ。メレディアは筆舌にしがたく感動したようで、ユーニの謙虚な言葉を深く噛みしめているようだった。
「……本当に、こんないい子が、よくうちのわがままな馬鹿息子に……。神様がいるなら感謝いたします。うちの馬鹿息子に見る目を与えて下さってありがとうございます。こんないい子と出会わせて下さってありがとうございます」
 息子を溺愛しているように見えても、時々メレディアは辛辣だ。そこはさすがクアスと親子だ、とてもよく似ている、と妙なところでユーニは納得してしまう。
「母さん、聞こえてるからな」
「あらやだ、うふふ!」
 少女の面差しのメレディアは、普段からは考えられないような妖艶な笑みをクアスに向ける。
「だって、ねえ。あの頃、あんなにお馬鹿さんだったあなたが、今はこんなに。……うふふ」
 クアスは珍しく、言葉に詰まった。クアスのこんな顔を見るのは、ユーニは初めての事だ。
「昔の事なんか、忘れた! これ以上何か言うなら、巣からたたき出すからな。……ああ、タキアに余計な事言ったの、母さんだろ! あいつもう毎日のように遊びに来たいってうるさいんだ、母さんが余計な事ばっかりするから!」
 またメレディアは少女のあどけなさにいつの間にか、戻っている。女の人はこんなにくるくる変わるのか、とユーニは呆然と二人のやりとりを眺めていた。
「だって、タキアくん心配してたのよ。急にクアスから連絡なくなったって。クアスは恋してて忙しいから、しばらくそっとしておいてあげてねって言っただけだもん」
 可愛らしく小首を傾げながら微笑むメレディアはとても清楚で愛くるしいが、クアスは余計にイラッとしているようだ。
「それが余計な事だって言うんだよ……! ああもう、本当に母さんは余計な事ばかりして、もう帰れ!」



 そうクアスに邪険にされながらも、メレディアもルドガーも一向に帰る気配はない。
 隙さえあればメレディアはユーニに勉強を教えたりお茶を飲んだり、更にその隙をついてルドガーはユーニに料理を教えたり、一緒にお菓子を作ったりと、実に有意義に充実した日々を過ごしていた。
 クーもユーニについて回って、メレディアに撫で倒されたり、ルドガーにおやつをもらったりで大変に満ち足りた幸せな日々を送っている。
 充実していないのはクアスくらいだ。全くユーニと二人きりになれない。完全に邪魔されている状態だ。
『両親の深すぎる愛情が分散されて助かる』くらいに思っていたが、全くの誤算だった。
 クアスと違ってユーニは全く逆らわないし邪険にされる事もないし、何をしてもとても喜ぶので、メレディアもルドガーも、ユーニにべったりだ。
 ユーニもよく分かった。クアスが『竜はなかなか子供ができないせいで、身近な子供に愛情を注がずにいられないんだ』と言っていたが、竜も番人も、人間以上に子煩悩で愛情深いかもしれない。
「ユーニ、こっち」
 メレディアとルドガーが風呂に入っている隙に、クアスはやっとユーニを連れ出せた。自分の部屋に連れ込んで寝台に座らせて、隠しきれないイライラを見せる。
「もうそろそろ追い返すから、暫く我慢してやってよ」
 むしろ色々我慢を強いられているのはクアスの方ではないだろうか。さすがにクアスのストレスをユーニも察知している。
「ぼくは大丈夫です。メレディア様もルドガー様も、とても優しいです。まるでお父さんとお母さんみたいで、なんだか嬉しいです……」
 クアスのストレスが分かっていても、ついついメレディアとルドガーを庇ってしまう。
 クアスがもっと素直に両親の愛情を受け入れられれば、ユーニにべったりする事もないのだ。だからつい、一人息子に邪険にされる両親をつい、ユーニは庇いたくなってしまう。
「あいつら、ユーニが優しいからって調子に乗ってるんだよ……!」
「で、でも、きっとお二人はさみしいんです。本当はぼくより、クアス様と一緒にいたいんですよ。けど、クアス様が素っ気なくするから」
「ユーニだって、僕より母さん達を大事にしてるじゃないか! 僕のユーニなのに!」
 予想外のクアスの言葉に、ユーニは一瞬、意味が分からずぽかんとしてしまった。クアスも、慌てて自分の口を片手で塞いで、ありありと『しまった』という顔をしている。
 ふたりとも、耳まで赤く染めて暫くの間、黙り込んでしまった。
「あの、ええと……」
 ユーニは一生懸命、考える。不器用なユーニが自分の気持ちを言葉にするのは、そう簡単ではない。
「あの、メレディア様とルドガー様は、クアス様のお父さんとお母さんだから、大事なんです……。もちろん、一番大事なのはクアス様です……」
 首筋まで真っ赤になっているが、ユーニは口ごもりながらも、必死で訴える。
「い、一番好きなのも、クアス様です……」
 目の前に、蜂蜜色の一房がこぼれ落ち、唇に柔らかに、クアスの唇が触れた。軽く啄むと、そのなめらかな唇はすぐに離れてしまった。
「やっとキスできた。……母さん達がいるせいで、キスもできない」
 そう目の前で囁いた唇が、もう一度、ユーニの唇に触れ、頬に触れ、額に触れる。優しいキスの雨に、ユーニはうっとりと目を伏せる。
「……僕のユーニなのに、触れる事もできなかった」
 クアスの吐息はほんのりと、熱い。この吐息を感じた瞬間に、ユーニの吐息も温度が上がる。番人が竜の発情につられるというけれど、それは違うとユーニは思う。
 クアスが好きだから、クアスに触れられたら身体が震えるくらいに、嬉しい。身体中がクアスが好きだと訴えている。クアスと触れ合えるのが嬉しい。
 その熱くなった吐息を紡ぐ唇が、頬を、顎を、滑り落ち、辿っていき、そして再び、ユーニの唇を啄む。
 絹のシーツの上に引き倒されながら、ユーニは両手でクアスの背中を抱きしめる。



「……ユーニ、声」
 そう耳元で囁かれ、びくん、とユーニの背中が震える。
「あ、んん……っ……」
 声を殺そうとしても、堪えきれない。唇から止めどなく甘く蕩けた声がこぼれ落ちてしまう。
「母さん達に聞こえる」
 ぎし、と寝台が軋んだ音を立てる。繋がったままだった腰を押しつけられ、揺すり上げられて、たまらずにユーニは高い声を漏らす。
「あぁあ……! あ、や、やめ、あ、あっ!」
「…は…っ……聞こえるよ、そんな声出してたら」
 詰めた息を吐き出しながら、クアスは伏せたユーニの、皮膚の薄い背中に甘く噛みつく。声を出すなと言いながら、ユーニの中に深く沈み込んだクアスのそれは、熱く脈打ってユーニを責め立てる。
「あ、あ……! あぅ、んんぅ」
 柔らかく蕩けた中を、硬く張り詰めた竜の生殖器がゆっくりと擦り上げ、奥深くを貫く。この快楽に逆らえる番人なぞ、いない。ユーニは責められるままに、甘く鳴き続ける。
「……声。……誰にも聞かせたくないのに」
 薄く開いたユーニの唇に、クアスの指先が触れ、舌先を誘う。ユーニのなめらかな舌をクアスの指が撫で、擦る。舌先を犯される感触に、ユーニの咽頭が震え、甘い吐息を漏らす。
「ふぁ、あっ……ん…っ」
 飲み下しきれない透明な雫がユーニの開かれた唇とクアスの指先を伝い落ちた。その雫ですら感じるのか、過敏にユーニの身体は快楽を享受する。
「僕のユーニ……」
 クアスは甘く囁きながらユーニを抱きしめ、身体の奥深くを穿ち、突き上げる。下腹の、翡翠の花の奥深くが蕩けそうに甘く熱かった。激しく愛され、突き上げられて、ユーニはただ高く甘く啼き続けるだけだった。
 こんな快楽に、愛しさに、喜びに、耐えられるはずがなかった。溢れ、零れ落ちる声を殺す事も忘れて、ユーニは甘く喘ぎ続ける。



 メレディアとルドガーの存在をすっかり忘れて、夜明けまでたっぷり愛し合い睦み合ったふたりは、当然ながら、朝起きられなかった。目が覚めたのは昼近くになってからだ。
「おはよう、クアス、ユーニ。勝手に厨房を使ったけど、朝食はできてるぞ」
 ふたりが厨房に入ると、ルドガーは持参のエプロンを着けて洗い物を、メレディアはお茶を飲みながら、ダーダネルス百貨店のカタログを広げていた。
「おはよう、クアス、ユーニちゃん。……朝食っていうよりも、昼食かしらね。さ、たくさん食べて。特にユーニちゃんはいっぱい食べて栄養とらないとね」
 メレディアもルドガーも、にこにこ笑顔だ。もうこの顔が『仲がよくて微笑ましいですね』と言っている。
 ユーニは羞恥のあまり、クアスの背中に張り付いたまま、もじもじするしかない。
「恥ずかしがらないでもいいのよ、仲良しなのはとってもいい事だわ。……さ、ルドガーが腕によりをかけて作ったのよー。今日はご馳走よ」
 テーブルいっぱいにサラダやケーキやパイ、サンドイッチや山盛りの肉料理が並べられていて、ユーニは羞恥と空腹を天秤にかける。とにかく交尾の後は空腹になる。恥ずかしがり屋のユーニですら、空腹に負けて羞恥をかなぐり捨てそうなくらいだ。さすがにメレディアもルドガーもそれをよく分かっている。明らかに、ユーニの為のご馳走だ。
「母さんも父さんも、もう何十年も暮らしてるから忘れてるだろうけど……。人間には羞恥があるんだよ。ユーニをいじめるな」
「いじめてないわよー! だってほら、朝まで頑張ってたみたいだから、きっとお腹空いてるって思って、あれ、ユーニちゃん、顔が真っ赤よ? 熱が出たのかしら、クアスが無茶をするから。大丈夫かしら」
「もう、帰れ。父さんはまだしも母さんは帰れ。 ユーニを見ろ、卒倒しそうじゃないか!」
「だ、大丈夫です、大丈夫……」
 クラクラしながらも、ユーニはなんとか割って入る。
「庇わなくていい、もう、母さん……!」
 ユーニはクアスにしがみつきながら、思わず笑ってしまう。
 恥ずかしいけれど、とても嬉しい。ここにいてもいいんだと、祝福してもらえるのだと思うと、ユーニは嬉しくて仕方がない。
 小さな声で、ありがとうございます。メレディア様も、ルドガー様も、大好きです。クアス様も、もちろん大好きです、とユーニは呟く。



2018/01/07 up

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