竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

番外編:#04 君が教えてくれた事・前編

「友達が来る事になった」
 それは嬉しい、楽しいイベントなのではないか。そうユーニは思うのだが、当のクアスはまた、なんとも形容しがたい表情だ。
 怒っているとも不機嫌とも微妙に違うのだが、嬉しそうには全く見えない。どちらかというと、困っているような表情か。
「何人くらいですか?」
 クアスの番人として、初の大仕事だ。巣を訪れるお客様の寝食を賄うのは、番人の重要な仕事だ。主の竜に決して恥をかかせてはならない。お客様を寛がせ、もてなさなければ。
 先日、クアスの両親がやってきたが、彼らは微妙にお客様ではなかった。むしろユーニが甘やかされて接待されていたような気がしていた。だからクアスの友達がやって来るなら、これが初めての正式な『来客』だ。
 村でもよそから大切なお客様が来る時は、村を挙げて準備に余念がなかった。ユーニは平静を装いながらも、もう既にものすごく緊張していた。
「竜が一頭、番人が一人、あと犬が一匹……」
 居間のテーブルのいつもの席に座りながら、クアスは何か言いにくいのか気まずいのか、寄ってきたクーを捕まえて両手でもふもふし始める。
「ええと、泊まっていかれるんですか? それなら、客室の用意もしなくちゃいけませんね」
「遠い大陸から来るから、一泊か二泊くらいしてから帰るんじゃないかな……」
 決して嫌々というわけでもなさそうだ。来客が疎ましいというわけでもなさそうで、ますますクアスの気持ちが分からない。けれど、ユーニがクアスの為にできる事なら、ユーニはなんでも頑張らなければと思う。
「クーの遊び相手にもう一羽、『読み聞かせフクロウ』を買うのはさすがに厳しい。友達が犬が欲しいなら、子犬が生まれたらあげると言っていたんだ。とりあえず、今友達が飼ってる犬にクーがどう接するか見るだけ見たい」
 竜が犬を飼う。なんだか不思議なような気がしたが、思えばクアスもクーというフクロウを飼っている。確かに彼らは竜だが、半分くらいは人の姿で生活しているし、人とそう変わりがない暮らしぶりでもある。不思議な事でもないと、ユーニは考え直す。
「犬、大好きです」
 村にも羊や牛を追う牧羊犬や、狩りを手伝う猟犬がいた。彼らはユーニにとても優しくて、寒い夜に家畜小屋でくっついて一緒に眠った事もあった。大抵の動物が好きだが、犬は特に大好きだ。
「犬、そんなに好きなんだ。クーとうまくやれるようなら、もらおうか」
 犬がいたら。ユーニはわくわくせずにいられない。クーと犬と、三人で、茨の森にも入れる。お手伝いもしてもらえる。一緒に駆けっこしたり、遊んだりもできる。ユーニはもう満面の笑顔にならずにいられない。
「はい! ……でも、飼えなくても、お客様の犬と少し一緒に遊ばせてもらえれば。一緒に遊べたら嬉しいです」
 そんな事を言われたら、クアスだって是が非でも犬を飼いたくなる。ユーニがこんなに喜ぶなら、犬の一匹や二匹くらい、喜んで飼う。
 ユーニは犬と遊べるかもしれない、というだけでとてもご機嫌だ。うきうきしながらお茶の用意をしていて、なんとなく気鬱そうに見えるクアスと、とても対照的だ。
 お茶をティーカップに注ぎ終えて、ユーニはこぼれんばかりの笑顔でクアスに話しかける。
「お友達は、どんな方なんですか? 同じ風竜ですか? 番人さんも、どんな人なんだろう」
「あー……。友達は、ファイアドラゴンだ。名前はタキアで、年齢はだいたい同じくらい。あいつの番人は……」
 途端に、クアスの口が重くなる。
 先日メレディアが来た時にクアスは『タキアに余計な事言ったの、母さんだろ!』と怒っていた。聞き覚えのある名前だ。
「番人は、ルサカだ。……見た目は少年でユーニと変わらないように見えるけど、もう四十年ちょっと生きてる。だから中身は大人だ」
 ルドガーやフレデリカ、エミリアのような長く生きた番人と比べれば、まだ年が近い。それに見た目は同じくらいの年頃なら、親しみを感じる。ユーニは初めて会う比較的年齢の近い先輩番人に、興味津々だった。
「違う種類の竜同士でも、友達になったりするんですね。……竜は意外とそうやって行き来があるんですね」
 クアスはなんとも渋い顔をしている。ぎゅっと眉根を寄せて、困っているような怒っているような、そして困り果てているような。なんとも言いがたい表情だ。
「すごく、言いたくない事だけど……誰かに聞かされるよりは僕から話しておいた方が誤解がないだろうから、言っておく」
 言いたくないならいいんです、とユーニは思うのだが、何か誤解を招くような事で先に説明をしておきたいのだろうか。ユーニは黙って頷く。
「どうせ母さんから聞いてるだろうけど、僕が三十年前に失恋したって。その相手が、ルサカだ……」
 友達の番人に恋をしたという事だろうか。ユーニは話を聞きながら考える。
 これほど美しくて賢くて優しいクアスに愛されて、それでもクアスを選ばなかった、クアスが忘れられないくらいに美しい人。
 ユーニはぼんやりと想像をする。どんな美しい人なのか、想像がまるでつかない。
「もう三十年も前のどうでもいい話で、昔の事だ。今でもルサカが好きなわけじゃないし、誰かに聞いてユーニに誤解されるのは嫌なんだ。だから隠さす言っておく」
 そんな事まで心配していてくれた。ユーニはそれだけで嬉しかった。誤解も何も、今、こんなにクアスに大事にされて愛されている。それだけで十分幸せだし、何よりクアスを信じている。何があってもそれは揺るがないのに、クアスが気に病んでいるなんて、かえって申し訳なくユーニは感じていた。
「タキアと知り合ったのは、三十年前にタキアの番人だったルサカを、僕が攫おうとしたからだ。それであいつと決闘になって、まあお互い大怪我したけどそれで決着がついて、今に至る。……簡単に言えば僕があいつに負けて、ルサカを諦めたって事だ」
 今の今まで、クアスは大人で、落ち着いていて、冷静で、優しい人だとユーニは思っていた。ユーニが死にかけた時に怒り狂って嵐を起こしていたけれど、それだってユーニが願えば、ちゃんとやめてくれた。
 こんな激しいというか、後先考えないというか、無茶な事をしていた頃があったのかと、違う意味でユーニは感心していた。どんな落ち着いて見える人にも、やんちゃな子供時代があるものなのか。
「前に言ったけど……欲しいものは、奪い取るものなんだよ。欲しかったら諦めない。それが竜の常識でもある」
 以前クアスが『欲しかったら奪えばいいと、ずっと思っていた。そういうものだと思っていた』と言っていた事を、ユーニは思い出していた。
「……でも、誰かを好きになるって、そういう事じゃなかった。それをユーニが僕に教えてくれた。……だから僕にとって、ユーニは世界で一番美しい、僕の『夜明け』だ」
 何を言われたのか、一瞬ユーニは分からなかった。クアスにも無鉄砲な時代があったのか、そんな無茶なクアスも見てみたかった、のんきにそんな事を考えていたせいで、油断していた。
 かあぁっ、とユーニの顔から首筋から、真っ赤に染まる。
 何て返せばいいのか、全く思いつかない。ユーニは真っ赤なままうつむいて、もごもご口ごもる。気の利いた事も言えない自分にも恥ずかしくなってくるが、クアスはそのユーニを見つめて、とても嬉しそうに笑う。
 ぼくも、クアス様が世界で一番美しい竜で、一番大好きです。
 口ごもりながら小さな声で伝えるのが、精一杯だった。


2018/01/18 up

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