竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

番外編:#08 愛されし子

「クアスの子供の頃かい? それはもう可愛い赤ちゃん竜だったよ」
 元騎士で顔に刀傷がある強面のルドガーだが、クアスやメレディアの話になると、途端にデレデレの溺愛お父さんの顔になる。
 久しぶりにクアスの両親が茨の湖に遊びに来ている。今日はメレディアとクアスはレダ王国のどこかに用事があり、朝から出掛けていて、暇なルドガーがユーニに料理を教えてくれる事になっていた。
「メレディアそっくりの、オパールみたいに七色に輝く鱗と、大きな瞳が可愛くてなあ。人形みたいに愛くるしかった!」
 目尻をデレッと下げた親馬鹿ぶりだが、ユーニはとても微笑ましく楽しくなっている。
「赤ちゃんの頃は、竜の姿のままなんですか?」
 ユーニは今日の料理で使う道具や材料を用意しながら、興味津々だ。クアスの小さい頃の話を聞けるのが嬉しくて仕方がない。
「ああ、そうなんだよ。竜の子は卵から竜の姿で生まれて、思春期がくるまで人になる事はまずない。稀にどうしても人の姿が必要な時、思春期前に人の姿になる事もあるが、クアスは随分大きくなるまで人にならなかったなあ」
 人と竜の間に生まれる竜の子の複雑な生態にも、ユーニは興味があった。卵から生まれると言っていたが、番人から生まれる時も卵なんだろうか。後で質問してみようと考えながら、ユーニはわくわくとルドガーの話の続きを待つ。
「俺が抱いて卵を孵したんだが、生まれた時は本当に可愛かった! 今ももちろん可愛いが、あの頃の可愛さは格別だ」
 そういえば『竜と暮らす幸せ読本』にも『抱卵は雄の番人の大事な仕事』と書かれていた。母竜は巣作りで忙しい。巣の管理を任される番人に育児と家事が任されるのだ。抱卵も自然、番人の仕事になる。
「今ではあんなすました顔をしているが、小さい頃は出掛けようとするメレディアの後を追って、きゅうきゅう鳴いて後を追っていたんだよ」
 赤ちゃん竜が泣いて母親にすがっている姿。想像するだけで胸がきゅーっとなるくらい、可愛い。ユーニもルドガーの意見に激しく同意する。どれだけ可愛い赤ちゃん竜だったんだろう。見たかった。ユーニもそう思わずにいられない。
「クアスがあまりに母親を恋しがって泣くから、一緒にメレディアが帰ってくるまでに、お菓子を作ろうってなだめたんだよ。そうやってよくふたりで菓子作りをしたもんだ」
 だからあんなにクアスは料理上手なんだと、ユーニは激しく納得する。ユーニの大好物である桃とカスタードのタルトも、元々はルドガーの得意料理だ。
「ルドガー様は、元々料理が得意だったんですか? それとも、番人になってから覚えたんですか? ぼくはクアス様のお屋敷に来るまで、作った事がなかったんです」
 そう尋ねると、ルドガーはほんの少し照れくさそうに目をそらした。
「あ、ああ……。騎士だった頃から菓子が好きで、菓子作りをしてたんだが……この見た目でそれはちょっとおかしいだろ? だから人にはなかなか言えなくて……」
 確かに見た目からは想像できないかもしれない。この獅子のような風貌の、強面の騎士が、あの数々の繊細で華麗で、かつ美味なるお菓子を作り出しているとは、意外性がありすぎる。
「メレディアだけが、笑わないでくれたんだ。俺の作る菓子は、どれもとてもおいしいと喜んでくれて……あんなに可愛らしくて綺麗で優しい、そしてめちゃくちゃ強い女性に出会った事はなかった」
 やはり強いんだ、と思わずユーニも納得する。少女のようなメレディアとこの獅子のようなルドガーが、どういう経緯で結ばれたのか、これで少しだが分かったような気がする。
 このふたりもやはり、お互いを理解し合い愛し合って、竜と番人として結ばれたのだろう。
「ま、まあ、俺とメレディアの話はさておき、クアスはそうやって一緒に菓子を作っていたから、それなりに色々作れるはずだ。小さい頃はさみしがりやで、どこに行くにもついてきたから、掃除も洗濯もあいつはできるはずだぞ。散々一緒にやってたからな。小さい頃から進んで手伝ってくれる、優しい子だったよ」
 今じゃ可愛くない口を利くし生意気な態度も取るけどな! とルドガーは楽しそうに笑っている。
 話を聞いているユーニも幸せな気持ちになっていた。
 クアスが優しいのは、こんなに大切に、愛されて育ったからだと思う。辛辣な事を言っても、わがままな事を言い出しても、クアスは思い遣りを忘れなかった。
 だからこそ、あの夜明けの湖で出会った時、貧しく身なりも汚らしいユーニを、見捨てなかった。ユーニの言葉を信じて、助けてくれた。
「はい、クアス様が優しいのは、メレディア様とルドガー様がこんなに愛しているからなんだと思います」
 ルドガーは目を細めて笑う。
「つい甘やかしてわがままに育ててしまったが、そう言ってもらえると嬉しいなあ……。どうか、傍にいて、力になってやってくれないかな。ああ見えてクアスは、とてもさみしがりやで、甘ったれなんだよ」



 夕方、メレディアと一緒に巣に帰ってきたクアスは、また小言を言われたのか若干ふてくされた態度だった。
 だが夕食のメニューがクアスの好物ばかりだったので、機嫌は随分回復していた。
 早々にゲストルームに両親が引き上げると、クアスとユーニは厨房で寝る前のお茶を飲んでいた。
「今日のほうれん草と白チーズのパイ、作ったのユーニだろ」
 クアスは自信満々に言い切る。確かにそうだ。これはクアスの好物で、ルドガーが作り方を教えてくれたものだ。
「なんで分かったんですか? やっぱりルドガー様の方が上手だからですか?」
「父さんは、必ず花の形に巻いて作るんだ。今日のは一般的な巻き方をしていたから。花の形に作るのは慣れないと難しいと思う」
「今日はルドガー様と一緒に、作り方を習いながら夕食を作ったんです。そうかあ、色々な巻き方があるんですね。花の形って、どんな風に巻くのかな、見てみたいです。想像がつかないです」
 ルドガーが作る料理は、菓子だけではなく惣菜も綺麗な形に作られていた。今日作ったものも十分整って綺麗なものばかりだったのに、まだこの上の作り方があるのかと思うと、ユーニは興味が尽きない。こういう細かい作業がユーニは大好きだ。
「花の形なら僕も作れる。今度教えるよ」
「本当ですか! すごく楽しみです……!」
 帰巣したばかりの時は機嫌が悪そうだったが、今のクアスはとても嬉しそうな笑顔で、ユーニも嬉しくなっていた。
「今日は料理を教えてもらいながら、クアス様の小さい頃のお話をききました。あんまり可愛くて、ぼくも小さいクアス様に会いたくなりました」
「ああ……、父さん……。ろくでもない事言ってたんだろうな」
 照れくさいのか、クアスはぷいっと目をそらす。
「進んでお手伝いをしてくれる優しい子だって言ってました。それから、よく一緒にお菓子を作ったりしたって。……ルドガー様が、とっても可愛い竜の赤ちゃんだったって言ってましたよ。ぼくも、そんな可愛いクアス様に会ってみたかったです」
「……僕も小さいユーニに会ってみたかったよ。きっと可愛かっただろうし、それに……」
 言いかけたままクアスは口を閉ざした。少し迷い、飲みかけのお茶のカップに口を付ける。
 クアスが言いかけて飲み込んだ言葉はどんな言葉だったのか、ユーニは気付かなかった。
「そういえば、僕もちょっとギネヴィア殿から小さいユーニの話を聞いたんだ。……後でその話をしてあげるけど、また今度だな」
「ギネヴィア殿って……女王騎士の。なんだろう、どんな話ですか?」
 クアスはにや、と人の悪い笑みを見せる。
「また今度って言っただろ」
「え、気になります……! どんな事を聞いたんだろう!」
「さ、寝よう。父さんが無駄に張り切ってたから、明日も早くから起こされるぞ。……ああ、大人しいと思ったら、クーが寝てるぞ」
 クアスはテーブルの隅で気持ちよさそうに目を閉じるクーを摘まみ上げ、ユーニの掌に載せる。
「また今度って、いつですか……!」
 ユーニにしては珍しく食い下がっている。クアスの意地悪についついひっかかってしまう。
「今度は今度だ。すぐだよ、だから待ってて」
「ぜ、絶対教えて下さいね……!」



2019/05/13 up

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201/06/19 リブレより
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