竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

【季節物:ハロウィン】ユーニのいたずら

※『竜の棲み処』の世界にハロウィンはありませんが、せっかくなので季節物を書きました。



 秋深まり、茨の森は実りの時期を迎え、ユーニは大忙しだった。
 忙しいが、忘れてはいない。去年はせっかくクアスが用意してくれていたのに、そういう行事があると知らずに、「お菓子いっぱいですね! 今日は何のお祝いですか?」と言ってしまった。
 貧しい村でひっそり育ったユーニは知らなかったが、世の中には『お菓子をくれないなら、いたずらしてもいい日』があったのだ。
 去年クアスはお菓子をたくさん用意して待ち構えていたのに、何も知らないユーニは『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』を言わなかった。いつもと同じように過ごしていて、焦れたクアスにお菓子を突き出されて、何かのお祝いだと勘違いしてしまって、恥ずかしいし申し訳ない事をしてしまった。
 クアスが説明してくれたので、今年はちゃんとお約束通りにイベントができる。
「クアス様、おはようございます! お菓子をくれないと、いたずらしますよ!」
 朝食をとりに厨房に入ってきたクアスにいきなり色々混ざった挨拶をするのがユーニらしい。とにかく言わねば! と思っていた。
 まず、朝食を食べてからでもいいような気がしたが、ちゃんとクアスはユーニの為にお菓子を用意していた。
「おはよう。ちゃんと用意してあるから、ちょっと待ってて」
 テーブルにつこうとしていたクアスは踵を返し、厨房を出て行き、すぐに戻ってきた。
「まずは一個目だ。まだ用意してあるから、顔を合わせる度に『お菓子ちょうだい!』をするんだ」
 丸い包みを手渡され、ユーニはさっそく、開けてみた。綺麗な葡萄色の生地に包まれていたのは、小さな丸いラタンの籠で、いっぱいにクッキーが詰め込まれていた。バターの香ばしい匂いと、甘いドライフルーツの香りに、ユーニは思わず笑顔になってしまう。
「ありがとうございます、クアス様! どれもとてもおいしそう! 午後のお茶の時に、食べてもいいですか?」
「もちろん。それはユーニのだから、いつでも好きなだけ食べるといい。……ああ、ただし、食事の前はだめだ。きちんと食事をとって、間食に食べるんだ」
 こういうところは決してユーニを甘やかさない。番人になった今でも、クアスはユーニの健康には厳しく目を光らせている。
「はい! クーとニアにもあげるからね。あ、ニアはだめかな。甘いお菓子は犬にあげちゃいけないっていうから」
「大丈夫、ニアの分は別に作っておいた。こっちだ」
 クアスは懐から小さな包みを取り出し、テーブルに置いた。一緒にクアスと料理をする事もあるが、クアスはしばしばユーニが知らないうちに、こうして何か作っている事がある。ユーニはそれを、魔法みたいだと思っていた。
「このクッキーもクアス様の手作りですか?」
 クアスはお茶を飲みながら、ゆっくり頷く。ユーニは大喜びだ。
「わぁ! クアス様のクッキー大好きです! 大事に食べます!」
「まだたくさんあるから、遠慮なくどんどん食べるんだ。それから、必ず、顔を合わせる度に言うんだ。せっかくたくさん用意したんだから、こういうイベントはちゃんと楽しまないと」
「はい! 楽しみにしてます! クーもお菓子ちょうだいするんだよ? せっかくクアス様が用意してくれたんだから」
 いつもの定位置、ユーニの肩の上にいたクーは、くぅくぅ鳴いて、早速クアスの手許まで飛んで行き、クアスを見上げて「くぅ!」と一声鳴いた。
「クーの分もほら。ちゃんとあるから」
 再び懐から小さな包みを取り出し、クーの目の前に置くと、クーはさっそく突こうとして、くちばしをクアスに摘ままれてしまった。
「クー、お前も食事をしてからだ。これはおやつ」
 クーはむーむー鳴きながらじたばたしている。くちばしを離してもらうと、おとなしくユーニの手許に戻り、朝食をとる事にしたようだ。
「えへへ、すごく楽しみです! どんなお菓子があるのかなあ。本当に顔を合わせる度に言いますよ!」
 大喜びのユーニに、クアスも笑みを見せる。
「もちろん。僕も楽しみにしてる」



 クアスはいつものように、付近の見回りをするために、竜に姿を変えると飛び立っていった。
 その間に、ユーニはやる事がある。
 いたずらの仕込みである。
 クアスがお菓子をたくさん用意してくれたなら、ユーニもいたずらを用意しておかなければならない。
 クアスの事だ。きっとイベントを楽しむために、『お菓子ちょうだい!』をしても、もらえない事があるはずだ。
 ユーニにしては珍しく、裏を読んだ作戦だ。疑う事を知らないのんびりのユーニでも、イベントを楽しむための作戦は別だ。
「……いい? クーもニアも、協力してね。いたずらをちゃんとしないと。みんなでやったら、きっとクアス様もびっくりするからね」
 ユーニは自分の部屋のテーブルにつき、せっせと色とりどりの紙を切ったり組み立てたりと、大忙しだ。
 この紙は、クアスからのプレゼントが包まれていた紙だ。綺麗な包み紙を、ユーニは捨てずに大事にとっていた。こうして何かを作る時にとても便利だからだ。
 ユーニは器用に折りたたみ切り込みを入れ、ヘビのおもちゃを作る。更にカエルのおもちゃも組み立てる。こういうのを考えるのが、ユーニは得意だった。
 作ったおもちゃは見た目も綺麗で、以前、紙の鳩を作った時、クアスだけではなく、メレディアやルドガーにもとても褒めてもらえた。
「……これだけ作ればいいかな。あとは上手に隠してこなきゃ」
 たくさん作ったヘビやカエルの紙おもちゃを抱え、クーとニアを連れていたずらのセットを終え、ユーニは大満足だった。
 これでいつクアスが帰ってきてもいい。クアスはユーニのいたずらに、きっとびっくりしながら笑ってくれるはずだ。
 ユーニはわくわくしながらクアスの帰りを待っていた。



 大誤算だった。
 帰ってきたクアスに『お菓子ちょうだい!』をして、書庫に入って読書を終えて出てきたクアスにも『お菓子ちょうだい!』をして、お茶を飲みに居間に来たクアスにも『お菓子ちょうだい!』をしたが、全部お菓子をもらえた。
 こんなはずではなかった。一回くらい、お菓子はありません! があると思ったのに。それともこれからか?
 ユーニは疑いなくお菓子をもらえない事が一回くらいはあるはずだと思っていたが、クアスは全くそんな事を考えていなかった。
 何回でもユーニにお菓子をあげるために、クアス手作りのお菓子籠、山吹から買ったダーダネルス百貨店のお菓子箱、メレディアからのお菓子箱、ルドガーからのお菓子籠、フレデリカからのお菓子袋、エミリアからのお菓……以下略、というくらいに、お菓子は山盛り用意されていた。
 クアスだけではない。メレディアもルドガーも、フレデリカたち他の番人も、ユーニに激甘だった。皆全力でユーニを可愛がりたかった。おかげでクアスは「今日一日では全部渡しきれないな」と思っていたくらいだ。
 せっかくいたずらを用意したユーニは、山盛りのお菓子を抱えながら、少々困った顔でクアスに問うた。
「あのう、クアス様……。あの、お菓子もらえない事はないんですか?」
「ないな」
 きっぱりとクアスは言い切った。なにしろ渡しきれないくらいにある。
「あの、一回くらい、もらえない事があってもいいと思うんですよ」
「そんな事したら、母さんや父さんだけでなく、フレデリカたちにもなじられるだろ」
「それはぼくが黙っていれば、わからないじゃないですか」
「まあそうだけれど、僕は渡したいんだ。ユーニがお菓子ちょうだいっていったら、渡したいに決まってるじゃないか」
 なんという事だ。
 せっかくクーとニアに手伝ってもらったのに、ふたりに申し訳ない。ふたりも楽しみにしてくれていたのに。
 だがユーニはここでもポジティブに考えた。
 これはクアスの作戦ではないだろうか。
 お菓子をあげないことはない、と油断させて、ユーニはいたずらなんて用意していないだろう、とからかうつもりに違いない。
 そう思い直したユーニは、前向きにポジティブに、いたずらを諦めずに『お菓子くれないといたずらしますよ!』を連発していた。
 その度に渡されるお菓子を運びながら、次こそは! と諦めず『お菓子ちょうだい!』を繰り返していたが、とうとう、お菓子をもらえなかった事はなかった……。



 最初は嬉しそうだったのに、だんだんユーニの元気がなくなっていったのは、何故だろうか。
 クアスは自分の寝室に向かいながら、真剣に考え込んでいた。
 何が悪かったんだろうか。最初は確かに嬉しそうで、楽しそうだったのに。
 寝室のドアを開け、椅子に座って考える。
 甘いお菓子ばかりで、もっと違うものがよかったのか。確かにクッキーやケーキ、飴やゼリーなど、甘い菓子ばかりだった。もう少し変化をつけて、甘くないお菓子を……いや、甘くないお菓子なんてない。でも酸っぱいお菓子なら……。
 そんな事を考えながら、ベッドに歩み寄り、寝具をめくりあげようとした瞬間、寝具の中から何かが飛び出し、クアスの胸元にどん、とぶつかってきた。
「……っ!? なんだ!?」
 くー!! という怒ったような声と、きゅん、という少々情けない声。
 飛びついてきたのは、クーとニアだった。めくりあげたシーツから、色とりどりの紙でできた、ヘビやカエルのおもちゃもばらばらと零れ落ちる。
 なかなかの力作のおもちゃだ。ユーニはこういうものを作るのがうまいな、とクアスは心から感心する。
 そういえば、お茶の時間にもクーとニアはいなかった。ユーニに尋ねると、「外に遊びに行ってます!」と言っていたので、気にしていなかった。
「……まさか、ずっとここで、僕を驚かせる為に待ってたのか?」
 クーはむーむー言いながら、クアスの胸元にしがみついているし、ニアも待ちくたびれたのかきゅんきゅん甘えて鼻を鳴らしている。
 すぐにユーニの『お菓子をもらえない事はないんですか?』と、だんだん元気がなくなってきた理由が分かった。
「……ああ、そうか。悪かったな、ふたりとも。待ちくたびれて、疲れただろう」
 クーとニアを撫で、抱き上げて、クアスは寝室を後にする。
「ユーニにも、悪いことをしたな。せめて、ものすごく驚いた、と今からでも言ってやらないとね」
『お菓子をあげない』のも、ユーニの楽しみだ。来年はちゃんと、何回かに一回は、『お菓子をあげない』をしてやらなければ。
 せっかくのハロウィンを、全力で楽しまなければね。
 反省しつつ、案の定、今日だけでは渡しきれなかったお菓子の事もクアスは思い出していた。
 明日もハロウィンをやるというのも、いい手かもしれないね。


2020/10/31 up

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