王子様とぼく

#04 それは絶対に変わらない

『心が千々に乱れてつらいので、心頭滅却したいから久々に手合わせをしよう』とリュカルドが主張するので、雨漏りする修練場に久々に兄弟三人が揃った。
 床も傷んで雨漏りもする。が、家族全員が大切にしていた修練場なので、セニとニノンは毎日欠かさず掃除している。おかげで古いながらも清潔感に溢れている。
 養父ミステル・レトナはノイマールから遥か遠い東方の国から遣って来た騎士で、変わった剣術を身に着けていた。
 細身の片刃の長剣と短剣の対を使う。
 長剣をメインに、間合いをつめて短剣を片手で扱う。二つの剣で一組。
 セニが森で盗賊に追われていた時に使ったのがこの短剣だ。
 鞘ごと急所を狙って打ち込んだのだが、その技はこの流派の必殺技でもある。
 この国では製造されていない種類の武器なので、リュカルド、ニノン、セニはそれぞれ一組ずつ、ミステルが母国から持ち込んだものを与えられている。
 それぞれがミステルに指南され、それなりの使い手に育った。
 リュカルドは素質があったものの生来体が弱く、師範代ではあるが、誰かに教えられるほどのスタミナはない。
 今はニノンとセニに教えるので精一杯だ。
「真剣はやめておこう。僕が冷静さを欠いてるからセニにケガさせるかもしれない」
 病弱な事だけでなく、この極端に身内が弱点すぎる気性も軍人に向かなかった。
 練習用の模造剣一式をそれぞれ準備する。
「手加減しないでいいよ。本気で打ち込んでくるんだよ、セニ。そうでないと心頭滅却にならないから!」
 むしろ錯乱してる兄が心配だ。
 セニはゆっくりと位置につく。
「ふたりとも、準備いーい? はじめるよ~!」
 ニノンはといえば、久々の手合わせに大喜びで、やる気まんまんに腕まくりして判定用の笛を構えている。
「……構え。……開始!」

 この年頃は、少しの歳の差がものをいう。
 全員戦災孤児なので正確な年齢は不明だが、推定でリュカルド17歳、ニノン15歳、セニ13歳。
 身長は打ち込み、踏み込みの有利不利に直結する
 養父が亡くなった頃は兄弟の中で一番、未熟だったが、この一年、ニノンと鍛錬を欠かさなかったおかげでずいぶん成長した。
 背も伸びたし、体力も上がった。
 年の功でリュカルドが優勢だったが、その天下もそろそろ終わりそうだ。
 ギッ、と床がきしんだ瞬間、リュカルドのわき腹にセニの短剣が打ち込まれた。
「……一本!」
 ニノンがぴっ、と笛を吹く。
「……っ、やるようになったね、セニ」
 小さく咳き込みながら、リュカルドは唸る。
「リーチが短い分、短剣は得意なんだ。リュカルドよりは早く繰り出せる」
「あーあ……いつまでも小さくて可愛いセニでいいのに。……そのうちすぐ大きくなって、独り立ちしちゃうんだろうなあ……」
 娘を持った父親みたいな事を言っている。
「リュカルドだって、いつかお嫁さんもらうでしょ~!」
  造剣を片付けながら、ニノンが笑う。
「今日はもうおしまいね! まだ下宿に帰らないなら、明日は私とね! セニはいい、いつもやってるから!」
 そういえば忘れていたが、可愛い顔をして、ニノンもなかなか腕がいい。
 ただ大らかな性格から分かるように、集中力がたりないのと、女性ゆえにスタミナと筋力がない。
 短期戦ならなかなかの腕だが、女性で騎士を目指すには、体格に恵まれなかった。
 養母のジェラルディンはまた別の国の出身で、ミステルほど特殊ではないがまた別の流派で、女性には珍しい長身と体力に恵まれた、なかなかの使い手だった。
 ミステルとジェラルディンがどこで出会ったのかは謎だが(恐らくは職場恋愛であろうが)ジェラルディンもまた、多くは語らなかったが職業軍人だったと思われる。
「じゃ、ふたりともちゃんと汗拭いて着替えてね~。私はその間にご飯の支度してくるから」
 ささっ片付けるとニノンは台所へ走っていった。
「本当に何もなかったみたいだし……。明日は下宿に帰るよ。学費ムダにしないためにもあまり休んでいられないしね」
「……やっと信じてくれたの?」
「何かあったらあんな激しく動けないだろうしね」
 こういうところがなかなか生々しいが、鋭い。
「……いい話だし、何より生活が楽になるよ。……ぼくはこれ以上、リュカルドに無理をさせたくないんだ」
「無理なんてしてないよ」
「してる。それに……知りたいんだ」
 訝しげにセニを見つめる。
「……知りたいんだ。父さんと母さんに……何があったのか」
 養父は異国の傭兵だったにも関らずノイマール王に知遇され、そして爵位剥奪、王都を追放された。
 この処分がなにゆえに行われたのか、兄弟はおろか、この街の誰も知らない。
 ただ王の逆鱗に触れる失態があった、とだけ伝え聞いている。
 そんな処分を受けたにも関らず、ノイマールを去る事もせず住み続けた養父母は、一体どんな罪を侵したというのか。
「軍の中枢にいる人たちなら、知っているかもしれない。……多分、ルーヴも。……真相を知っているからこそ、追放騎士の養子のぼくを取り立ててくれたんじゃないかな」
「……本当に罪を侵した罪人の子なら、召抱えるはずがないね。確かに」
 きゅっと眉根を寄せて、リュカルドは考え込む。
「……まず、真相を知るには信頼を得なければいけない。……実績を積んで、軍の中枢により近くなれば、真実を知る事ができるはずだ」
 リュカルドはセニを見つめながら、微かに笑う。
「……ちょっと見ない間に、セニはすっかり大人になっちゃったな……。そんな事考えるくらい、子供じゃいられなくなっちゃったのかなあ……」
「……ためらいはあるよ。……父さんたちがぼくらに何も言わなかったのは、知られたくないからじゃないのかって」
「そういうところまで考えるのが大人になっちゃった、て言ってるんだよ」
 リュカルドは用意しておいたタオルをとって、手合わせでじっとりと滲んだ汗を拭き取る。
「……大人になるのはいい事じゃないの?」
 リュカルドがセニの分のタオルを手渡す。
「……どうかなあ……。ただ僕は、そうだね……ニノンも、セニも、子供のままでいて欲しいのかもしれない。エゴだね」
 その言葉に、セニは無性に胸が締め付けられた。
 たまらずに、リュカルドに抱きつく。
「……なんだろう、とても胸が痛いよ。……リュカルドだけが大人になって、背負わないで欲しいだけなんだ。ぼくも一緒に背負いたいんだ」
「わかってるよ。……本当に優しいね、セニは」
 まだ少し、背はリュカルドの方が大きい。セニの柔らかな栗色の髪に頬を寄せて、抱き返す。
「もう少し、うるさいお兄ちゃんでいさせてくれよ」
「……何年経っても幾つになっても、リュカルドはこのままでいいよ。……もうちょっと、心配性を直してほしいけれどね」
 お互い小さな声で笑いあって、それから離れた。



「えっ。明日帰るの? どうしたの急に?」
 あつあつに煮込まれた野菜たっぷりのトマトスープをよそいながら、ニノンが驚きの声をあげる。
 あれだけグズグズ言っていたリュカルドが、あっさり帰るとは……一体何があったのかと勘繰っている。
「ははーん。セニに負けた上に私に負けるわけにいかないもんだから、帰るのねー?」
「そんな訳ないだろ。学費を無駄にしたくないし、仕事もそう休めないからね。苦学生は大人しく帰って勉強します」
 器用にスープのコーンを避けながら、リュカルドが大人気なく反論する。
「でも様子は見に来るよ。仕事が入らなかった週末は絶対に帰ってくるから」
 ああ、やっぱり疑いは残ってるんだ……。
 避けられたコーンの行く先を眺めながら、セニは軽くため息をつく。
「ちょっとー! ちょっとリュカルド、そのコーンどうするのー! さっきから見てるからねバレてるからね! ちゃんと食べて! セニのお給料で買ったんだから、残したらだめ! そうでなくても、残したらだめ!」
 久し振りにニノンのお小言を聞いた。
 やっぱり兄弟揃って食事が出来るのは、嬉しい。
 こんな明るくて幸せな食卓、他にないと心から思う。

 いつかぼくたちは、全員ばらばらになってしまうのかな。
 いつかみんな、誰か愛する人と食卓を囲むために、離れ離れになってしまうんだろう。
 それまで、あと何回、こんな風に一緒に食べる事が出来るんだろう。

 ぼくたち家族は全員、血が繋がっていないけれど、本当に幸せな親子で、兄弟だ。
 何を知っても、どんな真実でも、それは絶対に変わらない。



2015/12/31 up

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