王子様とぼく

#08 花言葉は『足を開け』

 ルーヴは案外古風な男だ。
 セニは唇に触れるルーヴの舌先に小さな吐息を漏らす。
 噂に聞く限りでは、しきたりも何もかも無視し、旧態依然の王家を批判しているような、古いルールやつまらない決まり事を嫌う男だった。
 だからこんな古臭い風習も、鼻で笑い飛ばして馬鹿にしているだろうと思っていた。
 案外そうでもない。
 ルーヴは触れていたセニの唇に、甘く噛み付く。それに釣られるように、セニは薄く唇を開く。
 開いた唇へ、ルーヴは舌先を忍び込ませる。
 三日間、一緒に過ごさなければならないとルーヴは言う。
 古いしきたりで、契りを結んで愛を示すには、三日間、供に過ごさねばならない、というものがある。
 まあ結婚する時の話で、セニは自分たちには関係がないと思っていた。
 だがルーヴは頑なに譲らない。
 三日間この王家の別荘で過ごし、三日を過ぎなければ家には帰さない、と断言する。
 深い口付けの合間に、ルーヴはセニの素肌を指先だけで辿る。
 正直を言えば、セニは家に帰りたかった。
 ルーヴと過ごすより家に帰りたい、という訳ではない。
 ちょっとした疑問があったために、週末帰ってくるであろうリュカルドに質問したい事があった。
 ルーヴの指先が、セニの胸の小さな突起に触れる。
 柔らかく摘まれて、セニの唇から切なげな吐息が零れ落ちる。
 質問したかったが、考えてみたら、そんな事を聞いたらリュカルドは泡を吹いて倒れるかもしれない。
 兄をまた心労で疲弊させるのも忍びない。
 止めておこう。
「……何を考えている」
 唇を離して、ルーヴは囁く。
「……ううん、何も……」
 促すように両手を伸ばして、ルーヴを抱き寄せる。
 そんなところがこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
 セニはルーヴの舌先が、自分の胸の突起に触れるのを見つめる。
 ぺろり、と舐めて、それから甘く噛まれる。
「……あっ…!」
 ちゅっと音を立てて、ルーヴの舌先が丹念に舐る。
「は……っ…あ、ん…っ…」
 最初はむず痒いような気がしていたが、昼も夜もこうして触られ続けているうちに、奇妙な感覚が沸くようになった。
 濡れた音を立てて、ルーヴがそれを舐めあげる。
 触れられるうちに、それがふっくりと硬く熱を持つのが、自分でも分かる。
 時折甘く歯を立てられると、背筋を得体のしれない何かが這い上がっていく。
「……んっ…ん」
 仰向けのまま、両手を伸ばしてシーツに爪を立て、縋り付く。
 セニの唇から、鼻にかかった甘い声が零れ落ちる。
 最初はその声が恥ずかしくて仕方なかったセニだったが、その声を漏らすとルーヴが殊更に喜ぶ事に気づいてからは、あまり抑えないようにしていた。
 まだ羞恥はある。
 けれどルーヴが喜ぶなら、あまり殺さないようにしよう、と思っている。
 どのみち、我慢したくとも溢れるほど零れ落ちて、どうしようもなくなる。
「……ようやく感じるようになったか」
 身体を起こしてセニの柔らかな耳たぶに甘く噛み付きながら、囁く。
「……う、ん…。……そこ、気持ちいい……」
 素直に頷く。
「……そうだな。触れてもいないのに、ここも随分と濡れている」
 快楽の雫を溢し始めたセニのそれを、幾分乱暴に掴む。
「あっ…! あ、は…っ……」
 きゅっと掴まれて、セニは背を仰け反らせて快楽に震える。
「やっ……」
 小さくいやいやをするように首を振ると、耳朶に触れるルーヴの唇から、忍び笑いがもれる。
「……いやらしいほど、濡れているな。……糸をひきそうだ」
 指先で溢れる蜜を先端に擦りつけるように嬲られる。
「は、あっ……、ん、んぅ…っ…!」
 くちくちと音が立つほどそこを指で擦られて、爪先が跳ね上がる。
 セニは自慰をした事がなかった。
 奥手なのか、それともあまりに身体が未発達だったからか、精通すらしていなかった。
 それを最初のあの時に、ルーヴの手に導かれて、初めて経験した。
 素直にそう伝えると、ルーヴは何ともいえない複雑な顔をしていた。
「……ふぁ、ん、んっ……ルーヴ…ルーヴ…」
 執拗に触れられ続けて、限界が近い。
 誘うように囁くと、快楽の涙を流し続けるセニのそれに、熱く張り詰めたルーヴのそれが重なり、こすり付けられる。
 熱く硬く脈打つ感触に、セニは息を詰まらせ、甘く鳴く。
「セニ……」
 耳元で囁かれる声は、優しく響く。
 セニは両手でルーヴの背中を抱きしめばがら、頬に口付けを繰り返す。
 ルーヴの指先が、セニの唇に触れる。柔らかに辿られて、セニは堪らずに達する。遅れてセニの滑らかな素肌に、ルーヴの熱い体液が散る。
 荒い息のまま、ルーヴはセニに口付けを繰り返す。






 やっぱりおかしい気がする。
 ルーヴは午後の政務を果たすために、身支度を整えると部屋を出て行ってしまった。
 今日で三日目だが、セニはほぼ一日中、全裸で過ごしているようなものだ。
 ルーヴが勤めを果たす間に、余韻に浸りながら、うとうとまどろむ。
 目が覚めてそろそろ風呂に入って着替えようか、と思うと、ルーヴが戻ってくる。
 そのまま風呂場で、また身体に触れられる。
 そういう循環が続いているので、服を着ている暇がない。
 気だるかったが、セニは寝台から這い出して、続き部屋の風呂に浸かりに行く。
 湯は常に満たされている。
 恐らくセニが眠っている間に、誰かが支度をしているのだろう。
 ありがたく思いながら、べたべたと湿った身体に湯を浴びる。
 ……やっぱりおかしい。
 素肌に散ったルーヴの唇の形の捺印を見つめながら、真剣に考え込む。
 確か、ジェイラスが一番最初に。夜伽だと話を持ちかけてきた時に言っていた。
『足を開いておけば、すぐに終わる。』
 ……別に足を開かなくても、終わっている。
 あれは何かの比喩なのだろうか。
 セニは首を傾げながら。身体を洗い始める。
 何がおかしいのか。
 何かが変なのだ。
 丁寧に隅々まで洗って、泡を洗い流す。
 ……何がおかしいのか。
 ぽたぽた雫をたらしながら、まだ真剣に考え続ける。
 そもそもルーヴはあれで気持ちがいいのだろうか。
 セニは気持ちがいい。
 たくさん触れられて、身体中にキスされて、確かに気持ちがいい。
 でもそれはルーヴが一方的に触れているだけで、ルーヴに対して、自分はキスくらいしかしていない。
 それでルーヴは気持ちがいいのだろうか。
 ……わからない。
 触っているだけで、楽しいものなのだろうか。
 考えていても、さっぱり分からない。




 小一時間ほど風呂場で考え事をしながらくつろいで戻ると、清掃が終わった部屋のテーブルの花瓶に、ジェイラスが花を差し替えているところだった。
「よう、セニ」
 鼻歌を歌いながら機嫌よく生けているその花は、また例の『花言葉は足を開け』のあの白い花だ。
「……ジェイラスさん、好きだね、その花」
「あー、これはな、今付き合ってる娘の家の商品なんだよ。行くとついつい買っちまってなあ」
 生けた花を両手で形よく整える。
「俺の部屋に飾ってもしょうがないし、ルーヴ様の部屋に無理矢理飾ってる。いい顔されなかったが、最近は何も言われなくなったなー」
 だからこの別荘のいたるところでこの花を見かけたのか。
 セニの家に夜伽話の手土産で持ってきたのも、あまりものというか、買ったからついでにってつもりだったのだろう。
「……まさかあの降格減棒になった痛恨のミスが現実になるとは。……結局、この花の通りになっちまったな、セニ」
 この別荘でこんな事していたら、従者全員に知れ渡るのは当たり前だが、さすがに羞恥を覚える。
 身分の高い人とこんな関係になると、恐ろしいほど色々な人に知られてしまうのだと思い知らされる。
 庶民の世界では秘め事だが、ここでは全く秘められていない。
 実際、事後にこの部屋から出るとすぐに誰かが清掃をしている。
 全く秘められていない。確実に中の様子を伺われていて、痒い所に手が届くようになっているのだ。
「俺の言った通りだろ。足を開いておけばすぐに終わるって」
 だが今はこの誰もが知っている関係というのがありがたい。
 いいタイミングでジェイラスが話をふってくれた。
 セニは注意深く言葉を捜しながら、頷く。
「……そうだね」
「そりゃお前も大変だろうけどな。ルーヴ様でかそうだもんなー」
 今ほどジェイラスのあけすけな性格に感謝したことはない。内心でセニは思う。
「そうなの? よく、わからない」
「まだお前も子供だもんな。それにしてもお前、よく歩けるな。しんどくないか? なんなら何か役に立つアイテムも手配しとくぞ。ルーヴ様は用意していないみたいだし、そっち方面の手配は割りと俺がやってるしな」
 でかそうだもんなー。
 お前もよく歩けるな。
 なんだか核心にとても近づいている気がする。
 セニは普段見せないようなお愛想をジェイラスに見せる。
「うん、じゃあ、お願いします。……ぼくのところに持ってきてもらえる?」
「ああ、分かった。適当に届けるよ。……そうだな、夕方までに何とかしてやる。ここも田舎だからいいものが手に入るかわからんが、大丈夫、心当たりはある。任せておけ」
 笑顔で請け負って、ジェイラスは部屋を出て行った。

 何かよくわからないが、ジェイラスの言っていた『役にたつアイテム』で、ルーヴから疑問の答えを引っ張り出せるかもしれない。
 思えば、この花の花言葉も『足を開け』だ。
 足を開く。
 それはこの疑問を解く最大のキーワードではないのか。
 花瓶に生けた白い花の花弁を毟り取る。
 今ほどジェイラスの大らかで大雑把な気性に感謝した事はない。






 約束通り、ジェイラスはルーヴの政務が終わる前、夕方にまた部屋にやって来た。
「急だったから大したものは用意できなかったが、これだけあれば十分だろ」
 小さな袋から、小瓶を取り出して、テーブルに置く。
 セニの目には、ジャムのようなものに見える。
 薄赤い、ジャムのようにどろどろした物体。
 小瓶を取り上げて、セニは不思議そうに眺める。
「使い方はルーヴ様が知っているから、お前は心配しなくていい。……俺もそんなもんの使い方説明できるほど大らかじゃねぇしな。ルーヴ様に聞け、案外喜ぶかもしれないから」
 ジェイラスは更に小瓶を取り出す。
 薄桜色、薄黄緑。
 さっきの薄赤いジャムのようなものと同じで、どろどろしていて、おいしそうなお菓子の類にも見えなくもない。
 ……これは一体何なのか。
 小瓶には、何のラベルも貼られていない。幾ら眺めてみたところで、さっぱり分からない。
「しっかしルーヴ様もなんだな。これくらい使ってやればいいのに。お前も大変だな」
 ぽんぽん、と頭を軽く叩かれる。
「ま、これで今夜からは楽になるって。頑張れよ!」
 ぽん、と背中を叩くと、ジェイラスはまた機嫌よく鼻歌を歌いながら出て行く。
 ……これが『足を開け』の謎を解いてくれるんだろうか、本当に。
 セニは半信半疑ながら、小瓶を並べて眺めてみる。
 ぼんやり眺めているうちに、また睡魔が訪れる。
 小さなあくびを漏らしながら。セニはまた少し眠って、ルーヴの帰りを待つ事にする。
 足取りも軽く寝台へ向かって、ころん、と糊の利いたシーツに寝転ぶ。
 今日で最後の三日目か。
 セニはうとうとしながら、三日も泊まり込んだ事を兄が知った時の、うまい言い訳はないものかと思案する。


2016/01/02 up

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