ルーヴは足早に廊下を歩く。
三日間で随分セニに触れたものだが、我ながら忍耐強いものだな。
触れるだけで済んでいる。
己の理性の強さに感心せざるを得ない。
セニは素直にこれが『契り』だと思っているようだが、大きな間違いだ。
手前で終わっている。
最初はあの花の花言葉通り契るつもりだったが、セニの全裸を見て怯んだ。
無理だろう。
セニは戦災孤児のため、正確な年齢はわからない。
本人は13歳だと言っているが、いざ身体に触れてみれば、精通もまだしていないような未熟な子供だった。
どう考えても成人男性と交わえるとは思えない。
無茶だろう、どうやっても。
今は無理だ。そのうちセニも成長する。
それまでは身体に快楽を教えながら、気長に待つのが無難であろう。
そもそもセニは将来、ルーヴの片腕となって将軍になる、というれっきとした目的がある。
まあ少々道を誤って愛し合うようになってしまったが、それは副産物で、最終目的は、セニを伝説に残るようなノイマールの将軍に育て上げる事だ。
今、無茶をしてセニの心と身体に傷を残し、その最終目的を果たせなくなるのは甚だ遺憾だ。
あの占い師は言っていた。
『至宝』だと。
一時の気の迷いや劣情で、むざむざ宝を無に返す事もない。
自分に言い聞かせる。
部屋に戻ると、セニは薄闇の閨ですやすやと安らかな寝息を立てて眠っていた。
薄明かりを灯して、セニの寝顔を見れば、まだまだ幼い。
大人びて見えるが、まだほんの子供だ。
吸い付くように滑らかで柔らかな頬を、そっとつついてみる。
やはり無茶は出来ない。
改めてそう強く思う。
セニは気配に気付いたのか、ゆるゆると重い瞼を開く。
「……仕事…終わった…の?」
眠たげに眦を擦りながら、起き上がる。
「……終わった。来い」
眠たげなセニを抱き寄せて、口付ける。
セニは素直にキスされながら、両手を伸ばしてルーヴの髪を撫でる。
「……お風呂入る? ……それとも、もう寝る?」
幾度もセニの唇を啄ばむ。セニも心地良さそうに、目を細める。
「……そうだな……」
深くなる口付けに、セニは微かに抗う仕草を見せる。
「……どうした」
唇を離すと、セニはルーヴの腕の中から這い出して、枕の下辺りに手を突っ込み、何かを探している。
「……これ……」
まだ半分眠っているのか、セニはだいぶ眠たげな口調だった。
枕の下からつまみ出したそれを、シーツの上に転がす。
薄明かりの中に、ころん、と転がる色とりどりの小瓶。
まさか。……まさか。
何故こんなものをセニが持っている?
セニの顔を覗き込むと、うつむき加減で眠たげに眦を擦っている。
「……ジェイラスさんに、頼んだ……」
ジェイラスに頼んだ。
頼んだ。
… … 頼 ん だ。
「……お前は知っているのか!」
急に声を荒げる。その声でしっかりと覚醒したのか、セニはぱちぱちと瞬く。
「……知らない」
正直に答えているようだ。
「こんなものは必要ない」
小瓶を集めて片付けようとすると、セニは慌ててルーヴの腕を掴む。
「待って! ……たしかにこれが何に使うものなのか、知らない」
取り上げられた小瓶をルーヴの手から奪い返して、両手に抱え込む。
「知らないけど、本当に契る時にいるものなんでしょう? それくらいは分かる、今までしていた事は、何かおかしいから」
子供だから何も知らないだろう、とセニを舐めていた。ルーヴは浅はかだったと思い知らされる。
セニは勘も鋭いが、観察眼もある。
何かがおかしい事に、とっくに気づいていたのだろう。
「三日間供に過ごす、なんて古い風習を大事にしてくれたのは、遊びじゃない、って示すためなんでしょう」
セニは鋭い。
ぼんやり過ごしているようで、恐ろしいほどに鋭い。
確かに将の才能はある。
どんな時でも冷静に観察している。
だが今は、この洞察力が呪わしい。
「だから、これを使う事をしよう。……多分、ルーヴは色んな事を我慢してくれている。……ぼくを大事してくれたように、ぼくもルーヴを大切にしたい。だから、同じように気持ちよくなって欲しい」
その言葉はとても子供とは思えないような、情熱的な愛の囁きだ。
本当にほんの数日前まで何もしらない子供だったんだろうか。
セニの真剣さに、ルーヴも真面目に考えざるを得ない。
何をどう説明したものか、真剣に逡巡する。
暫く黙り込んで考え、それからセニを抱いて座らせ、正面からその目を見つめる。
「……はっきり言うが、今、お前が言った事は、現時点では物理的に無理だ」
セニは訳がわからない、というように、緩く首を傾げる。
「お前の身体はまだ小さすぎる。まだ子供の過ぎる。お前の言うとおり、『契る』のは無理がある」
セニは大人しく素直に耳を傾けている。
その薄く開いた唇に軽く口付けて、続ける。
「だが、方法がない事もない。……お前の成長を待つか、或いは」
セニの手から、例の小瓶をひとつ取り上げる。
「これを使って、時間をかけて、交われる身体にする」
セニは簡単だ、とでも言いたいように頷く。
「じゃあ、これを使えばいい」
「一日二日で出来るような事ではない。それも、俺がいなければ出来ないだろう? 連続して続けなければならないからな」
少し考えて、それからセニは口を開く。
「……それ、自分で出来ないこと?」
知らない、という事は幸せな事だ。
ルーヴは思わずくすっと笑ってしまう。
「……出来ない事もないが、まあお前には無理だろうな」
「……出来るか出来ないか、やってみなければ、わからない」
セニは意外と負けず嫌いなのかもしれない。
出来ない、と言われたら試さずにいられないようだ。
「やってみて、出来そうなら……自分でする」
セニの無知ゆえの真剣さに、思わず吹き出してしまった。
「……まあ、どんなものか余程気になるようだな。……試してみるか?」
からかうように笑っても、セニは真面目に頷いている。
「そうだね。……その方がいいよ。出来そうなら、自分でするから」
セニの細い身体は、閨の薄明かりでも分かるくらいに、紅く染まっていた。
途切れ途切れに切なげな吐息を漏らしながら、蕩けたように目を閉じている。
「……セニ、目を開けろ」
促してセニの頬を軽く叩く。セニはゆるゆると目を開いて、不思議そうに瞬く。
「……使い方を教えてやる。よく見ておけ」
言うなり、セニの右の膝裏を掴んで、肩にかけて大きく開かされる。
「……なっ…!」
突然恥ずかしい体勢を取られて、じたばたともがく。
「暴れるな。……こうしなければ、お前の知りたい事はできない」
晒されたセニの白い内腿に音を立てて吸い付くと、セニはつま先まで震わせて甘い吐息を溢す。
「……は、恥ずかしいよ、こんなの……」
従順なセニでも、この体勢はたまらなく恥ずかしいだろう。が、ルーヴは足を下ろそうとはしない。
「……これから教える」
片手で例の小瓶を引き寄せ、桜色の粘ったジェルを指先にたっぷりと掬い上げる。
「冷たいかもしれないが、我慢しておけ」
言うなり、たっぷりとジェルを載せた指で、セニの両足の奥、小さな蕾に触れる。
「やっ…! な、なに ?そんなところ…いやだ!」
驚いて跳ね起きようとするが、ルーヴは担いでいた足ごと、セニに圧し掛かる。
「いやだ、そんなの、いやだ!」
あれほどきっぱり『しよう』と言っていたが、こんなところに触れられるとは思いも寄らなかったのだろう、セニは軽いパニック状態になっている。
「……しろ、と言ったのはお前だ」
その言葉に、セニはぐっと詰まる。観念して息をつめ、成り行きを見守っている。
セニは案外プライドが高い。
自分の言った言葉を翻すのが余程嫌なのか、息を殺して震えながら耐えている。
ルーヴは圧し掛かったままセニの唇を、舌先だけで軽く舐める。
「こうして使う」
ゆっくりとジェルを塗り付けるように、蕾に触れる。
「ひ、んっ……!」
ひんやりとしたジェルの感触に、思わずセニは悲鳴のような声を漏らす。
「お前は……ここで、俺と交わる」
触れられる刺激に震え始めた蕾の周辺の柔らかな襞を、ジェルを載せた指先でゆっくりと撫でる。
「お前の体は、俺を向かえいれるには、未熟で小さすぎる。……これは、それを助けるものだ」
たっぷりと塗りつけ、そのまま優しくそこを撫で続ける。
「は……あ、あ…んんっ……」
セニは思いのほか、甘い声をあげている。
体温で温まったジェルが蕩け、淫らな音を立て始める頃には、背筋が震えるようになっていた。
「……そうだ、そうやって深く息をつけ」
綻び始めたそこに、ゆっくりと人差し指を押し入れる。少し押し込んだだけで、セニは咽喉を仰け反らせて声にならない声をあげる。
「息を殺すな。……深く呼吸しろ」
柔らかく狭いそこを傷つけないように、慎重に指を沈めていく。
「……は…っ……」
微かに震える唇から、切なげな吐息が零れ落ちた。
痛みはそれほどないようだ。意外な事に、セニは感じているようだった。
「ルーヴ……、いやだ……」
弱々しい声で拒もうとしているが、声は甘さを含んでいるように聞こえる。
「……怖がるな……。……そう悪いばかりじゃないだろう」
セニの反応を見ながら、ゆっくりと指の腹で柔らかな襞を撫でる。
「……あ、んぅっ!」
あからさまに蕩けた声を上げる。
「……恥ずかしがる事はない、声を殺すなよ」
探るように内壁を辿って、少し強めに擦りあげる。
「あぅ、あっ…! あ、んんっ、んっ!」
圧迫感があるのか、時折息苦しそうな声を漏らすが、声は甘くなっている。
指とはいえ、初めて挿入されてここまで感じるなら、それほど時間をかけなくとも、交わえるようになるかもしれない。
セニのまだ幼い性器は、ゆるゆると硬くなり始めている。
「……そんなにいいのか?」
興奮に声が上擦る。熱くなった囁きに、セニは微かに頷く。
熱く蕩け始めた内壁を、探るように撫でる。
一点に触れると、セニの背が仰け反った。
「あ、あっ…! あああ、くぅっ…!」
明らかに反応がいい。そこを軽く突くように擦ると、セニのそれは、とろりと体液を溢れさせ始めた。いつの間にか硬く張り詰めて、指を動かすたびに呼応するように、先端からは白い雫が溢れては零れ落ちた。
「セニ……」
囁いたその耳朶に、甘く噛み付く。噛み付いて唇で食みながら、張り詰めたセニのそれを掴み、きゅっと締め付け、擦りあげると、セニは高く甘い声で、一息に達した。
セニの柔らかな下腹に、勢いよく体液が飛び散る。
「……は…っ……」
セニは咽喉を仰け反らせたまま、爪先まで震えている。
ルーヴは指を引き抜くと、肩に担ぎ上げて開かせていた足を解放し、震えるセニを抱きかかえる。
「……悪くない反応だった」
くすくす笑いながら、囁く。
「……ふあ、あ…っ……」
蕩けたセニの口角から溢れた透明な体液に唇を寄せて、音を立てて舐めとると、セニは両手をまわしてルーヴの背を抱く。
目を閉じて呼吸を整えながら、セニは胸元に頬を摺り寄せる。
「……ルーヴ」
おずおずと口を開く。
「ルーヴの……熱くなってる」
「あんなお前を見て平静でいられるわけがないだろう」
笑いながら額に口付けると、セニは少し恥ずかしげに目を伏せ、それからおずおずと、セニの下腹に触れる、熱く硬くなったルーヴのそれを、おずおずと両手で触れる。
「……無理するな」
「ううん……。したいんだ。……ルーヴのようにはいかないけど……頑張るよ」
躊躇いがちに触れながら、両手で熱く脈打つそれを包む。
「……ルーヴ。……ルーヴ…好きだよ。……愛してる」
囁きながらルーヴの唇に口付けて、たどたどしくぎこちない愛撫を続ける。
「……セニ……」
セニの赤く尖った小さな舌に誘われるように、唇を開き、甘く吸う。
深く口付けながら、セニの掌を濡らして解放を遂げると、セニは少し恥ずかしそうに、嬉しそうに微笑んだ。
「そういえば、お前は結局、自分でするのか?」
朝を迎えても、ルーヴは寝台から出てくる気配はない。
着替えるセニの背中にそう問いかけると、チュニックの紐を結んでいたセニの手が、ピタリと止まる。
「……内緒だよ」
背中だけでも分かる。
あの、いつも冷静なセニが、うなじまで赤く染めている。
その羞恥で赤く染まった顔を見られないのは残念だ、とルーヴは忍び笑いを洩らす。
ルーヴが自分をからかっているのは分かっている。
セニは手早く身支度を整えると、ルーヴに歩み寄る。
「……また、一ヵ月後に。……それより早く会えたらいいな、と思ってる。……じゃあ、またね」
素早く屈んで、寝そべったままのルーヴの鼻先にキスすると、セニは走って部屋を出て行く。
ルーヴの笑い声が聞こえる。
からかわれるのは恥ずかしいけれど、悪い気はしない。
この三日間、楽しかったな。
セニは足取り軽く、家路を急ぐ。
そういえば、三日間家に帰らなかった理由を考えていなかった。
もしかしたらもうリュカルドが帰ってきているかもしれない。
どうしようか、まあ、適当に答えておけばいい。
家のドアを開けると、少し予想外だった。
目の下に真っ黒なクマを作ったリュカルドが、血走った目で居間の椅子に座っていた。
「……おはよう、おかえり。今週は随分早く帰ってきてたんだね」
セニはあくまで冷静に、何事もなかったかのように挨拶する。
「ニノンは?」
リュカルドのどす黒いクマには気付いているが、ここで迂闊に何か言うと、どう暴発するか分からない。出方をみるかのように、セニは探りを入れる。
「ニノンはまだ寝ているよ。……それよりセニ、三日間も外泊だなんて、どういう事なんだい。一応王家の別荘から使いの人が来たけど。特別な先生を呼んでいるから、みっちり勉強だなんて言ってたけど……本当だよね? ……嘘をついてないね?」
まあ特別な勉強といえばそうだ。
セニは微笑みながら頷く。
「……そうだよ。……他に何かあるの?」
滅多に見せないセニの微笑みに機嫌を良くしたのか、リュカルドも釣られるように微笑む。
「いいや、何もないよね。……でも心配していたんだよ。三日も留守にしているから。ニノンはあの調子だから気にもしないで寝てるけど、僕はそうはいかない。長男として、父さんの変わりに君たちを守らなきゃ」
だからと言ってこんなどす黒いクマを作るほど、思いつめなくとも。
家族にも言えないような事を三日間昼夜問わずしていたセニだが、こんな蒼白な顔をして待っているような兄に、本当の事を言えるはずがない。
嘘も方便だ。
後々様子を見ながら小出しにすればいい。
「心配するような事は何もないんだから、ちゃんと寝てほしいよ。リュカルドの体の方がぼくは心配だよ」
これは嘘じゃない。心の底からそう思う。
本当に余計な心配しないでちゃんと寝て欲しい、とセニは心底思う。
「……お腹空いたな。……王家の料理って、豪華だけど、何か違うよね。……やっぱりうちのご飯が一番おいしい」
その言葉に、リュカルドはうきうきと席を立つ。
「そうだよね。何か作ってあげるよ。何か食べたいものあるかい?」
「……何でもいいよ。リュカルドが作ってくれるなら、きっと、何でもおいしいから」
セニの言葉に、リュカルドのご機嫌度は更に上昇する。
「分かった、待ってて、セニ。……ああ、その間に着替えるといい。その服も三日間着たきりだったろう?」
まさかほとんど裸で過ごしました、とは言えない。
素直に着替えておこうと、チュニックの胸元の紐を解いて、手を伸ばす。
その時だった。
ごとん、と鈍い音が響く。
「……あれ。セニ、何か落とした……」
セニが落としたものを拾い上げて、リュカルドが固まる。
しまった。
セニは心の底から後悔した。
ルーヴに冷やかされないように、こっそり懐に入れて持ってきた、あの例の小瓶。
今、うっかり落としたのは、まさにそれだ。
「……リュカルド?」
リュカルドもまさか、それが何かしらないはずだ。いや、知らないでいてほしい。
その祈りは空しいものだと分かっているが、セニは切に願う。
「……セニ、ちょっとそこに座りなさい。お父さん、君に話がある」
誰がお父さんなんだ。
そんな事よりも、たった四歳年上のリュカルドはこれが何か知っているのか。
知らないでいてくれたら良かったのに。
セニはどう言い訳しようか、目をそらしながら考える。