王子様とぼく

#11 人はそれを耽溺という

 細い顎を微かに震わせながら、セニは恥ずかしげに身を竦ませている。
 今日は毎月の、勉強の仕上がり具合を披露する日だったはずだが、気が付けばこうしてセニを勉強用の戦略地図の上に引き倒して、触ってしまっている。
 セニが配備してみせる自軍に見立てたチェスの駒の位置よりも、セニの伏せた項が気になって仕方がない。
 開かせたセニの内腿に口付けながら、ルーヴもさすがにこのままでは良くないと思っている。
 ルーヴの葛藤を知ってか知らずか、セニははだけた上着を両手で引っ張りながら、隠そうと必死だ。
 そういう無駄な抵抗が、ルーヴの目に余計に扇情的に映っている事に、セニは気付いていない。ルーヴの肩に担ぎ上げられた足を、なんとか閉じようと足掻いている。
「ルーヴ…まだ、途中だよ……」
 机に散らばったチェスの駒を落とさないように、セニは体を竦ませたままだ。
 どう考えても良くない傾向だ。
 ルーヴも自覚はあるが、どうにも歯止めが利かない。
 責める口調のセニを無視して、抵抗する両足を更に大きく広げさせ、晒された両足の奥の蕾に、指先を押し当てる。
 一瞬膝がびくん、と震えたが、そのまま軽く指の先を押し込むと、セニは短い悲鳴を上げた。
「……痛むか?」
 セニの悲鳴に驚いて、慌てて指を抜く。身を乗り出して伸し掛かりながらセニの額に口付けると、セニは眉根を寄せたまま、緩く首を振った。
「……ううん。違うよ……驚いただけだから」
 促すように両手を首に回して、耳元に唇を寄せる。
 明らかに嘘だ。
 例のジェルを掠め取って持ち帰ったようだったが、やはり自分では無理だったか。
 セニは案外、プライドが高い。
 マイペースで無頓着なように見せかけて、変なところで誇り高い。
 有言実行がモットーなのはこの数ヶ月で理解したが、さすがにこれは出来なかったのだろう。
『一度決めた事はやり遂げる』主義のセニでも、羞恥心には勝てなかったか。
 ルーヴに勘付かれたと思ったのか、セニは慌てて口を開く。
「……痛くないよ。嘘はついていない」
 セニを抱いたまま、口付けるだけのルーヴを促す。
 セニの可愛いところはここだろう。
 マイペースで表情に乏しい。言葉数も少ない。
 その少ない言葉で、不思議なほど深い愛情を見せる。
 普段あまり感情を露わにしないセニの言葉は、どれもこれも愛しさに溢れ、情が深い。
 セニの熱を持った頬に、幾度も口付ける。
「……お前は妙に気を回すな」
 くすくすと笑いを漏らす。
「俺は何も遠慮なぞしておらん。……したいようにしているだけだ」
 セニは気まずそうに黙り込んでいる。
 ルーヴはそのまま体を起こして、肩に担ぎ上げていた右の膝を引き寄せ、甘く噛み付く。
 そのまま寄せた唇で、その白い内腿を伝う。
「は……、あ……っ…」
 軽く吸い付きながら辿る唇の感触に、セニの声が震える。
 辿りついた足の付け根の柔らかな皮膚に強く吸い付くと、セニは耐え切れずに高く甘い声で鳴いた。
「……その声を聞きたい」
 快楽に力の抜け始めた足を胸に付きそうなほど押し曲げて、セニの薄く色付いた蕾に音を立てて口付ける。
「あっ…! や、やめ…っ…」
 ルーヴの唇の感触に、セニは抗う仕草を見せるが、蕩け始めた身体に力は残っていない。
 舌先と唇で柔らかく啄ばむと、セニは背筋を震わせて感じているようだった。
 溶かすように舌先で柔らかな襞を辿る。湿った音を響かせながら、潤み、色づきながら蕩け始めたそこにゆっくりと人差し指を差し入れる。
「んくぅ、んっ…!」
 痛みよりも快楽が勝るのか、セニは甘くなった吐息を漏らす。
 唇を引き離して、熱くなり始めた内壁を撫でるように、差し入れた指を奥まで這わす。
「……ルーヴ、ルーヴ…っ…」
 甘く震える声で名を呼ぶ。身体を起こしてその唇に舌先を這わせながら、セニの中に沈めた指で、絡みつく襞をゆっくりと探るように撫でる。
 誘うように差し出された舌先を絡め、甘く食み、沈めた指で中を深く探る。
「……あ、ふあ、あっ…っ!」
 奥まで沈めると、セニの唇から高い声が漏れる。
「……どうした、痛むのか」
 薄く滲んだ涙が眦から零れ落ちる。その零れた涙に唇を寄せ舐め取ると、セニは小さな声で囁く。
「……ち、が……っ…。……い、から…」
 切れ切れに喘ぐ。
 羞恥に眦を赤く染めながら、恥ずかしげに応える。
「……気持ち、いい、から……。……ルーヴの、指……」
 その囁く声は、細く切なげで、耳に心地よく響く。
 ルーヴは薄く笑みをもらしながら、セニの傾げた項に唇を寄せる。
「……ここ、か?」
 柔らかく指の腹で掻いた瞬間、セニの爪先が跳ねる。
「あぅ、あっ…! あ、あっ、くぅ…っ…!」
 返事を聞くまでもない。堪らない、とばかりにセニの仰け反った咽喉が鳴る。
「……セニ……」
 首筋に甘く歯を立てる。唇の痕を残さないように緩く吸い上げながら、ゆっくりと二本目の指を含ませる。
 二本目の指を迎え入れると、セニの足が緊張に強張る。
「……息をつめるな」
 セニの狭く柔らかな内壁を傷付けないように、注意を払う、
皮膚の薄い鎖骨に音を立てて口付けながら、馴染ませる為に緩く小刻みに擦りあげる。
 時間をかけてゆっくり馴染ませ、徐々に強く指を動かすと、くちくちと粘った水音が響く。
 その淫靡な音が響く頃には、セニの唇からも甘く切なげな吐息が零れ始めていた。
 感じ始めたのを確認して、ルーヴはそろえた指で捏ねるようにそこをかき混ぜる。
「んぅ、ん、あ、あっ…! ふあ、あっ…!」
 途端に甘い声が溢れる。
「やっ……! ルーヴ、も…っ…!」
 身体の奥から湧き上がる熱に全身を震わせながら、甘く名を呼ぶ。そのセニを片手で抱き寄せ口付けながら、追い立てるように激しさを増しながら、突き上げる。
 セニの投げ出された腕に弾かれて飛んだチェスの駒が、テーブルの上を転がる。
「は、あっ、んん、くぅ…っ…!」
 セニの熱く硬く張り詰めたそれから溢れた体液が伝い落ち、蕩けた蕾に飲み込まれた指を濡らす。



 あまりに可愛い事を言うので、ついつい苛めてしまった。
 膝の上に抱かれたまま、セニはまだ肩で息をしている。
 あまりに素直に可愛い事を言って甘く誘うので、ついセニのそれを縛めて解放出来ないようにして、しつこく指だけで苛めてしまった。
 セニは震える甘い声で鳴いたまま、息もつけない快楽に翻弄されて、最後には泣き出してしまった。
 セニが泣いたのを初めて見た。
 むしろ泣くとはルーブも思いもよらなかった。
 荒い呼吸のセニの眦は、まだ赤く、涙を滲ませている。
 泣いた事が恥ずかしいのか、セニは目を伏せたまま口を利かない。
 甘えた仕草でルーヴの首に両手を回してしがみついているセニは、普段の冷静沈着な姿からは想像出来ない可愛さで、ルーヴも思わず強く抱いた背中を撫でてあやしている。
 まだ、ほんの子供なのだ。
 セニの言動はあまりに大人びすぎて、抱き合うその時も子供とは思えないような言葉でルーヴを惑わす。
 つい忘れてしまうが、大人に見えるだけで、本当に子供なのだ。
 こうして後になって思い知らされる。
 このままでは色々と問題が起きる予感がする。
 現にこうして『勉強』を忘れてセニに触れてしまっている。
 さすがに危機感を覚える。
 セニに溺れるのはいとも簡単だ。
 このまま連れ去って閉じ込めてしまいたい衝動すら沸く事がある。
 むしろ、今まで欲しいものはそうして奪ってきていた。
 だが逆に言えば、セニの教育が疎かになるという事でもある。
 未だにセニを犯さない自制心には自分でも驚いているが、単に挿入がないだけでそれ以上の事をしているような気がしないでもない。
 正直この生殺しが続けば、この自制心もどこまで持つか分からない。
 それよりも、そうなった後にこれまで通り毅然とした態度でセニと接する事が出来るかが問題だ。
 今既にバランスを失いつつもある。
 セニを愛人にするつもりはない。
 セニを愛おしいと思う気持ちに偽りはないが、それはあくまで副産物だ。
 彼は、この国の将軍になる。
 それも、伝説に残るような将軍に。
 その目的のためには、今こんな事で色々なものを潰してしまうわけにはいかないのだ。
 やっと息の整い始めたセニの背中を軽く叩いて、顔を上げさせる。
 乱れた切なげな吐息と、潤んだ瞳に、滑らかな白い肌。子供とは思えないほど、こんな時のセニの表情は蠱惑的で、魔物のようにすら思える。
 だからこそ、今、これからの為にも節度を持たなければならない。
 ルーヴの乾いた唇が、セニの目の前で囁く。
「……暫くお前に会うのはやめておこう」



 月一回の謁見が無くなる。
 そうなると誰が勉強の成果を確認するんだろうか。
 とぼとぼと家路を歩きながら、セニはぼんやりと考える。
 確認がないとしても、今まで通り真面目に勉強する意思は変わらないけれど、それにしても、何故急にそんな事を言い出したのか。
 ルーヴが自分に飽きた、のではない、という事は、今日の事でも分かっているが、何故そういう事になったのか、さっぱり見当がつかない。
 うまく言葉に出来ないが、何か胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになっていた。
 思えばルーヴも一国の王子で、今は休戦中とはいえ戦時下で、当たり前だが多忙だ。
 月に一回も相当無理をしてスケジュールを空けているのは、一泊出来るような余裕が無い事でも分かる。
 現に今もセニと一緒に別荘を出たのは、今日中に王都に帰る為だ。
 月に一回の謁見に無理をさせているのはよく分かっている。
 以前から王都での仕官を勧められてはいたが、セニはそれをずっと拒んでいた。
 ニノンを置き去りにしてはいけない。
 かといって、ニノンを王都に一緒に連れて行って暮らすのもどうなのか。
 リュカルドの下宿で一緒に暮らす事も考える。
 それも結局、答えが出ない。
 王都にも、下宿があるルーベルクにも、当然知り合いはいない。
 そんな知り合いもいない街にニノンが移り住んで、幸せになれるだろうか。
 もしかしたら、他所の街に移り住めば、追放騎士の子と謗られずに暮らせるかもしれない。
 この街は決してセニたち兄弟に、優しくはなかった。
 けれど、この街にすがりたい理由があった。
 この家には、この街には、思い出がある。
 養父母たちとの大切なかけがえのない思い出が。その大切な記憶が宿るこの家を引き払うと思うと、胸が潰れそうだった。
 いつかは巣立っていかなくてはならないと知っている。
 けれど今は、もう少しでいい。
 もう少しだけでも、ここにいたい。
 セニは足を止めて、暮れ始めた空を見上げる。


2016/01/06 up

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