ルシルの街からここまで、ひたすら駆けたのだろう。
ひどく疲れている上に、身体は冷え切って蒼白だった。
ルシルの街から徒歩なら、この野営地までどんなに急いでも一日以上はかかる。
道は山道で、悪路だ。それをセニは馬もなしに駆け、山を越えた。
無茶な子供だ。身体は疲労で限界だったはずだ。
アレクシスはラーン国境とルシルに送る手紙を書きおえて、寝台を振り返ると、微かな寝息を立てて、セニは昏々と眠り続けている。
こうしてセニを見ていると、子供なのか大人なのか、その扱いに迷う。
変に大人びているのに、今こうしてみていると、子供そのものの寝顔だ。
考えてみれば、セニに無頓着に接する事が出来るジェイラスは、かなりの社交性ではないか。
妙な感心をしながら席を立つ。
早馬を出して書類を届けさせようと歩き出すと、天幕の外がいやに騒がしい。
「第四軍を動かしてこのザマか!」
天幕に荒らしく入ってきた意外な人物に、アレクシスは驚きのあまり、手にしていた書類を取り落とした。
「……ルーヴ様!」
「くだらぬ、ここお責任者は誰だ。山賊相手に第四軍を呼び寄せるなぞ、無様な話だ」
何故、ここにルーヴが?
ラーン国境に駐屯していたはずで、幾ら何でも知らせがラーン国境に着くには早すぎる。
「何故、こちらに?」
「王都に戻る途中、第四軍移動の知らせがあった。第二軍だけではラーン国境が手薄になるが、イルトガが侵攻したなら仕方ないと俺の軍を動かしてみれば……バカな誤報だ」
ルーヴは乱暴に椅子を引き寄せ座り込む。
「とんだ無駄足な上に、ラーン国境に急ぎ戻ろうすればこの霧だ。全く話にならな……」
その時、ようやくルーヴは気付いた。
「……何故、ここにセニがいる……?」
心底驚いている。ルーヴは呆然と、眠るセニを見つめている。
「霧の中で出会いました」
ルーヴは寝台に歩み寄って、まだ信じられないのか、見たこともない表情でセニを見下ろしていた。
「……ルシルに一時帰宅の許可を出していた。まさか、ルシルから一人で山を越えたというのか」
「傷だらけの両手でしがみ付かれました。……ルーヴ様の名を呼び、泣きながら、すがり付いてきました」
ルーヴは眠り続けるセニの頬に触れる。頬は温もりを取り戻しつつあったが、まだひんやりとした感触が残っている。
「彼は私とルーヴ様の声が似ている、と以前から言っておりました。……濃い霧の中だったので、声でルーヴ様と私を取り違えたのでしょう」
ルーヴの返事はなかった。
無言のまま、冷えたセニの頬に触れている。
アレクシスはそのまま静かに天幕を後にした。
セニに、そんな激しさがあった。
ルーヴは驚きを隠せなかった。
あまり表情が豊かでなく、マイペースで、少ない言葉で愛情を伝えるだけの物静かなセニに、霧の山道を越えるような激しさがある。
濃霧の中をルーヴを探しながら彷徨う激しさが、セニの中にある。
今までセニの何を見ていたのだろう。
冷えた頬を撫でながら、セニの閉じた瞳を見つめる。
あまりにも知りすぎたセニは、どこか悲しげな、寂しげな子供になってしまっていた。
セニの閉じられた瞼が、微かに震える。
「………誰……?」
眠たげに瞼を押し開いて、瞬く。
「まだ……夢をみているのかな。……ルーヴがここにいるはずがないのに」
眦を擦るセニを抱き寄せると、セニは目を細めて、ルーヴの肩先に頬を押し当てる。
「……少し、背が伸びたようだな」
セニの背中に手を回して、抱きしめる。
「うん……。……会わない間に、十四歳になった……」
ルーヴの髪に指先を梳き入れて、セニは囁く。
「本物みたい。……夢なら覚めないで。……もう少しだけ、こうしていて」
セニは細い両手を伸ばして、ルーヴを抱き寄せる。
これほどセニを愛おしく、大切に思えた事はなかった。
胸を焼き尽くしそうな切なさに、ルーヴは言葉がなかった。
幾度も触れたはずの唇は、まるで今、初めて触れたような錯覚すら覚える。
柔らかな唇を甘く噛むと、セニは切なげな吐息を漏らした。
「ルーヴ……ルーヴ」
他の言葉を知らないように、ただひたすらに名前を呼び続ける唇に、指先で触れる。
セニは誘うように、膝を開く。
セニの体液で濡れた指先を、その開かれた両足の奥へ差し入れると、背筋を震わせて甘い声で啼いた。
「は……っ、ルーヴ……ルーヴ…っ…」
硬く閉ざされたそこを、優しく指先で辿る。指先で撫でるように、ゆっくりと解かす。
潤み始めたそこに人差し指を押し入れると、思いの他、あっさりと飲み込まれる。
「あ、あっ…! あ、ふああ、あっ…っ」
声は甘く蕩けたように響く。痛みを感じないのか、爪先は焦れたように揺れる。
柔らかな内壁を辿りながら、奥まで含ませる。
「ルーヴ……っ、も…っ…!」
焦れて先を促す。
ルーヴの耳朶に唇を寄せ、口付けを繰り返しながら、甘く溶けた声で囁く。
皮膚の薄い背中片手で抱きながら、指を増やす。
甘く蕩けた襞は、絡みつくようにルーヴの指を抱きしめ、誘い、惑わす。
「ルーヴ…ルーヴ、聞いて……」
両手で抱き寄せたルーヴの髪に、頬を押し当て、埋める。
「お願い……。あなたが欲しい。……痛くて、いい。苦しくて、いい。……あなたが欲しい…!」
セニの切なる願いに、胸が苦しくなる。
ルーヴはセニの額に幾度も口付けて、それから背を抱いていた片手を離す。
「ずっと子供だとばかり思っていた」
乱れて切なげな吐息を洩らす唇に、指先で触れる。
濡れた唇を柔らかく辿りながら、唇が触れそうなくらいに顔を寄せて、囁く。
「……お前の中に、こんな激しさがるとは、思いもしなかった」
触れていた指先をセニの薄く開いた唇に差し入れ、絹のように柔らかく熱を帯びた舌先を撫でる。
「……もう子供扱いはしない。……辛ければ、この指に歯を立てろ。噛み千切っても構わない」
セニの内から指を抜きさって、膝を割り、セニを求めて昂ぶっていたそれを押し当てる。
指よりも熱く硬く張り詰めたそれの感触に、セニのしなやかな背がひくん、と跳ねた。
セニは頷いて、先を促す。
空いた片手でセニの細い腰を引き寄せ、熱く潤んだそこへ、ゆっくりと沈む。
瞬間、セニの爪先が激痛に攣れる。
セニの白い咽喉が仰け反り、悲鳴を押し殺そうと息を詰める。
きつく締め付ける未熟な身体を、こじ開けるようにルーヴのそれが押し込まれる。
「は、っ……」
ルーヴは詰めた息を吐く。
セニの中は熱く甘く絡み、蕩け、きつく締め付け、狂おしく快楽を齎す。
すぐにも突き上げ動き出したい衝動を抑え込みながら、傷付けないように、慎重に、時間をかけて進む。
「セニ……。歯を立てろ。……堪えるな」
セニは緩く首を振って、拒む。
硬く閉じた眦から、涙が溢れ、零れ落ちた。その零れる涙に唇を寄せながら、ルーヴはセニの中に全てを沈み込ませる。
「……セニ……」
セニの唇から、指を引き抜く。
濡れた指先で、痛みに凍えたセニの唇をなぞると、セニは涙に濡れた瞳を開いた。
「……ルーヴ……。……やっと、会えた……。ルーヴに、ずっと触れたかった。ルーヴを、抱きしめたかった」
細く幼い両手を伸ばしてルーヴの背中を抱いて、セニは微笑む。
「愛してる。……あなたを、愛している。……誰よりも、この世の何よりも、あなたを愛しているよ」
セニの素直な言葉に、胸が詰まる。
セニに伝えたい思いを、切なさに胸を焼き尽くされて、ルーヴは何一つ言葉にする事が出来なかった。
「セニ……」
震えるセニの唇に、唇を寄せる。
セニの舌先に触れ、甘く食み、吸う。
こんな喜びを、知らなかった。こんな切なさを、知らなかった。
戦場をただ駆け抜け続けて生きてきた。
それ以外に信じるものも、求めるものもなかった。
誰かを愛するという喜びが、誰かと愛し合う事が、これほどまでに安らかな気持ちに導く事を、今まで、知らなかった。
ただひたすらに、セニが愛しかった。
「………どうした?」
ルーヴの胸の上に頬を載せて目を閉じていたセニが、もぞもぞと足を動かしている。
「……っ! ……なんでもない……」
セニは慌てたようにぴたりと足を閉じ、首を振る。
ルーヴはそのセニの仕草で、ようやく気付いた。
「……悪かったな……」
ぼそっと呟いて、セニの膝を割って内腿に触れる。
「……あっ!」
慌てて足を閉じようとしたが、もう遅い。
ルーヴはセニの腿を伝い落ちたものに気付いてしまった。
「……思っていたよりも、ひどいな。……ひどく痛むか?」
腿を伝い落ちる体液と血を掌で拭うと、セニはふるっと背筋を震わせた。
「やっ……。ち、がう…っ……」
セニはその内腿を撫でるルーヴの手を慌てて掴んで、止める。
「違う……」
真っ赤な顔で俯いて、首を振る。
「痛いけど……違う……」
「痛むんだろう? ……手当てしてやる」
セニは少し考えて、ルーヴの胸元に軽く噛み付いた。
「……っ! 何をする!」
「……違うよ……」
耳まで赤く染めて、セニは目をそらす。
「……痛いけど……それだけじゃない」
ルーヴはやっと分かった。
くすくす笑いながら、顔を背けているセニの耳朶を、指先で摘み、撫でる。
「………感じたのか?」
「……っ! だから、言いたくなかったんだ!」
拗ねたセニの唇に唇を寄せて、舌先で舐め、ルーヴは笑う。
「……心配するな。……また、してやる」