王子様とぼく

#25 領主館の朝

 時々、身体を作り変えられてしまったのではないか、と錯覚してしまう。
 それくらいに、セニは変わったと思えた。
 天蓋付きのベッドで寝息を立てているルーヴの顔を、枕元に肘をつきながらじっと見つめる。
 初めての時は、それはもう、痛かった。
 身体に焼けた杭を打ち込まれたんじゃないか、というくらいの痛みで、当たり前といえば当たり前だが、出血もした。
 身体は未成熟で幼かった。それに暫く何もしていなかったものだから、無理をしたわけだ。
 あの時は仕方なかった。
 今ではあまり痛みはない。
 騎士叙任式の時のような無茶をされると、まあ、痛む事は痛むが我慢できないほどでもない。
 ルーヴは二人で楽しみたいのだと言っていた。
 そうでなければする意味がないとも言っていた。
 その割には、たまに駄々っ子のように暴れて無理をするが、彼の性格からしたらだいぶん我慢している方か。
 我侭で気分屋で暴君と言われている王子様にしたら、大変な忍耐をしている。
 セニは指先で、よくルーヴがするように、彼の唇をなぞる。
 よく寝ていて、起きる気配はない。
 普段は精力的に地方を廻り、国境を巡り、領地で采配を揮い、王城に戻れば膨大な雑務をこなし、よく働いている。
 疲れもするだろうし、常に寝不足でもあるだろう。
 王都にルーヴもセニも滞在している時は、時間に余裕さえあれば、共に過ごしている。
 それは王都に軟禁されている間の、心の支えにも安らぎにもなっていた。
 リュカルドやニノンを置き去りに、自分だけが安らぎを得ていいのか、罪悪感を覚える事もあった。
 けれど、会いたいと思う気持ちはもう止められなかった。
 ルーヴがよくするように、唇をその瞼に押し当てる。
 瞼に、額に、こめかみに、唇の端に。
 よくルーヴは、セニが眠るまでこんな風にキスをしていた。
 とても心地よくて幸せな気持ちになれて、セニはそのルーヴの仕草が大好きだった。
「……ルーヴ、朝だよ。おはよう」
 幾度か唇に触れて、キスを繰り返すと、ようやく重い瞼が震えて、開いた。
「……もう朝か」
 気だるげに起き上がるルーヴの頬に、セニは音を立てて口付ける。
「アレクシスさんが迎えに来るよ。……早く支度しないと」
 そういうセニはもうすっかり身支度が出来ていた。
 深い藍色のサーコートは大人びて見え、セニの落ち着いた髪色と瞳によく似合う。
 昨夜アレクシスはマデリア国境の第四軍の野営地に泊まったが、朝、一度帰ってくると言っていた。
 ルーヴが言うにはそれはルーヴとセニを迎えに来るためで、アレクシスはあれで気を使っていたのだ。
 なかなかこの関係に気付かなかったが、気付けばこうして色々配慮をしてくれている。
 それはセニのためではない。アレクシスにしてみれば、あくまでルーヴが最優先事項なのだ。
 更にルーヴが機嫌よくしていれば物事は円滑に進む。
「メイドさんを呼んで支度する?」
 覗き込むセニの細い顎を捕らえる。音を立てて口付け、舌を差し入れようとすると、セニは慌てて身体をひいた。
「……だめだよ。ほら、早く支度しないと」
 ルーヴの手を両手でひいてせかすが、王子様は一向に起き出す気配はない。
 なんとかベッドから引き摺り出して寝椅子にまでひっぱり出したが、ルーヴは変わらずダラダラしている。
「王子様が遅刻したらだめじゃないか。……仕方ないな」
 セニはぱたぱたと走って出て行ってしまった。
 どうやら業を煮やしてメイドを呼びに行ったらしい。メイドたちがぞろぞろやってきて、有無を言わさず支度を手伝い始める。
 諦めてされるがままになっていたルーヴの支度が終わった頃に、片付けて出て行くメイドたちと入れ替わるように、セニは再び戻ってきた。
「……もうすぐアレクシスさんが来るよ。ルーヴがだらだらしてるから、朝食は食べてる暇ないかな」
 一応、軽い朝食をメイドたちは用意していったようで、テーブルには淹れ立てのお茶と軽食と綺麗にカットされた果物が並べられている。
「食事は会議中にでも摂る」
 さっきまでダラダラと椅子に座っていたが、ようやく動く気になったのか立ち上がり、歩き出すが、慌ててセニが止める。
「ルーヴ、襟が」
 サーコートの中のシルクの詰め襟が少々歪んでいた。
 手を伸ばし真剣な眼差しで整えるセニの唇に釣られたのか、ルーヴが素早く口付ける。
「ルーヴ、ふざけてないでもう行かないと」
 唇を引き離して急き立てるが、ルーヴは全く気にしていない。
 壁にセニを追い込んで、再び唇を寄せる。
「も……だめ、だよっ……!」
 抵抗しても簡単に覆いかぶさられ、封じ込められる。
 次第に深くなる口付けに抗って、ルーヴの胸を軽く叩くが、その手はもう震え始めていた。
「……は…っ…セニ……」
 深く息をつきながら、貪るように深く深く舌を忍び込ませて、セニの腰を掴んで引き寄せると、セニは困り果てた吐息を洩らした。
「……も、ルー……ヴ…っ…」
 飲み下しきれない透明な体液がセニの口角から溢れ、零れ落ちた。
 その雫はセニの咽喉を伝い落ちる。セニの唇を甘く吸い続けていた唇を引き離してその雫を唇で辿ると、セニは弱々しく両手で突き放そうする。
 その両手をとって、ルーヴはセニの白い咽喉に歯を立てる。
「……このまま行けるものか」
 セニの腰を抱き寄せ、押し付ける。セニの下腹に、熱くなりはじめたルーヴが押し付けられて、やっとセニは気付いた。
 困り果てたように息を吐く。
 このままでは間違いなく、間に合わない。
 王子様がこう自堕落では、配下の者に対して、あまりに示しがつかない。
 少しだけ考え込む。
 それからセニは意を決して、口を開いた。
「分かった。……ちょっと待って」
 抱き寄せられていた身体を離して、セニは膝をついて屈み込むと、責めるような眼差しでルーヴを見上げた。
「……ルーヴにしてもらった事しかないから、多分上手じゃないよ。……でも、我慢してね」
 一瞬、躊躇うような仕草を見せて、それからセニはおずおずと、ルーヴの熱くなったそれを服越しに撫でる。
 ルーヴの方が驚いている。呆気に取られていると、セニは再び顔を上げた。
「……あんまり見ないでね。……ぼくだって、恥ずかしいんだ」
 眦を赤く染めて、すぐに顔を伏せる。
 恐る恐る、昂ぶったそれを引き出して、セニはそっと目を伏せ、唇を寄せる。ちゅっと音をたてて口付け、それを両手で柔らかく包む。
 確かにそれをセニにさせた事はない。
 驚きの余り、ルーヴは言葉がない。
 セニは指を絡めて撫で上げながら、幾度か口付けを繰り返し、先端をゆっくりと口に含む。
「……は…っ…」
 その熱く滑らかな舌先に辿られて、ルーヴも思わず吐息を洩らす。
 指を絡めながら擦り上げ、熱く甘い舌先でそれを舐る。
 その指は羞恥なのか、微かに震えている。それでも必死に快楽を与えようとするセニの髪に手を伸ばし、優しく梳き入れると、セニはそれをゆっくりと唇から抜き出し、不安そうに見上げる。
「……上手に出来なくて、ごめん……」
 ルーヴがそのまま促すように、セニの頬を撫でると、少し恥ずかしそうに微笑んで、セニは再び唇を寄せた。
 跪いたまま、セニは咽喉奥に迎え入れるように咥え、舐る。
 空いた手で柔らかに根元を撫でながら解放を促すと、咽喉奥で熱く昂ぶったそれが、弾けた。
「……っ、げほっ…!」
 咽ながら何とかセニはそれを飲み下し、唇を引き離す。
「ん、んっ……」
 白い咽喉が小さく動く。飲み下しきれずに唇から零れた体液を指先で拭い、舐め取りながら、セニはふう、と深く息をついた。
「……驚いた」
 荒い息のまま、咽るセニを引き起こし抱きしめながら、ルーヴはセニの濡れた唇を、猫のようにぺろり、と舐める。
「……ぼくだって、恥ずかしいよ。こんなの。……でも、早く行かないと」
 セニの心遣いは分かっている。だが、その可愛い仕草と大胆な気遣いに、ルーヴが尚更、収まりが付かなくなっている事に、セニは気付いていない。
「……ルーヴ…?」
 耳元のルーヴの吐息の熱さと荒さに気付いて、慌てて身体を離そうとした時には、もう遅かった。壁に背中を押し付けられて、押さえつけられる。
「本当に可愛いな、セニ。……余計に収まりがつかなくなった」
 セニの傾げた首に、笑いながら噛み付く。
「……ルーヴ、ダメだよ! アレクシスさんが迎えに…!」
 手早く下着ごとクロップドパンツを引き降ろされて、慌てて逃れようとセニが足掻くが、ルーヴから逃れられるはずもない。
「……俺のを舐めている間に、感じていたのか?」
 熱くなり始めていたセニのそれをきゅっと掴まれて、セニは咽喉を仰け反らせる。
「だ、だって……仕方ないよ……。す、好きな人に、あんな事したら……」
 羞恥で耳まで赤い。口ごもりながらルーヴを責める。
「……俺もだ。……お前にあんな事されたら……お前を抱かずにいられるはずがないだろう?」
 立ったままのセニの足を膝頭で押さえつけ、セニの体液で濡れた指先で、両足の奥の秘められた場所を撫でる。
「あっ…! だ、だめだよ、あっ…ああっ、んぅっ…!」
 明け方近くまでルーヴを散々迎え入れたそこは、難なくルーヴの指を飲み込んだ。
「お前の中も、俺が欲しい、と言っているな」
 ゆっくりと指で中を押し広げるように、犯す。幾度が擦りあげただけで、セニの柔らかな襞は、甘く融け始めている。
「ルーヴ、ルーヴっ…! も、あ、あっ…!」
 急激に煽られて、セニは泣き声のような喘ぎ声を洩らした。
 ルーヴが指を突き動かすたびに、くちゅくちゅと濡れた音が派手に響き、セニの滑らかな腿を、昨夜ルーヴが残した体液とセニの体液が混ざり合ったものが伝い落ちた。
 堪え切れないのか、セニは弱々しくルーヴの首に両手を回して、切なげに息を乱す。
「……は……っ…セニ……」
 セニの口角から透明な雫が零れ落ちる。その零れた雫を舐め取りながら、ルーヴはセニの膝裏を掴んで、足を開かせた。
「……ん…っ…」
 不思議そうにセニはルーヴを見上げる。
 セニの中を淫らに掻き混ぜ続けていた指が抜き去られて、熱く高ぶったそれが押し当てられた。
 その熱く硬く脈打つ感触に、セニはようやく我に返った。
「やっ…! まって、ルーヴ、だめっ……」
 両膝裏を掴まれ、開かされ、壁に押し付けられる。そのまま一息に貫かれて、その衝撃にセニの爪先がびくん、と跳ね上がった。
「っ……熱いな、お前の中は……」
 奥深くまで貫かれて、セニはその熱さと大きさに震える。
 ルーヴは根元までセニの中に収めきると、両手でセニの腰を抱いて、ゆっくりと突き上げ始めた。
 ルーヴに腰を抱かれて、セニは足がつかない。
 足がつかない分、支えきれない自分の重みで、いつも以上に奥深くまで、ルーヴのそれを咥え込まされている。
 いつも以上に深いその侵入が齎す快楽に眩みながら、セニは必死にルーヴにしがみつく。
「あ、ああっ…あ、んぅ、は、あっ…!」
 背中を壁に押し付けられて逃げ場がないセニを、ルーヴは激しく追い詰め、突き上げる。
 繋がったそこから溢れる先走りと夕べの名残が泡立つほどに突き上げられて、セニは甘く切なげな悲鳴を上げ続けた。
「……あ、くぅ…! ふ、あっ…ああっ……ルーヴ、も…だ…っ…」
 快楽に蕩けたセニの内壁は、突き上げられるたびに淫らに濡れた音を立て、ルーヴの熱く硬く脈打つそれを抱きしめ、惑わす。
 きつく抱きしめるその熱く蕩けた襞を、熱く滾ったルーヴが激しく擦り上げるたびに、セニはあられもない声をあげる。
「くっ……そんなに、締め付けるな……。食い千切られそうだ」
 熱をもった荒い息がセニの耳元を掠める。
 それすらも甘美な刺激になるのか、きゅうきゅうと音が聞こえそうなほど、セニの中は激しくルーヴを締め付ける。
「あっ! あぅ、んっ……!」
 突き上げられるたびに、セニの両足は人形のように跳ねる、
熱くなったセニの身体に、ルーヴが纏う絹のサーコートが心地よい冷たさに感じられた。
 激しく出し入れされていたそれが、再び奥深くまで押し込まれ、掴まれた腰を揺すられる。
 冷たい絹の感触とは裏腹に、セニの中のルーヴは、燃えるような熱さと激しさで存在を主張する。
 その激しさに、セニは泣き声のような喘ぎ声を溢し続けた。



「……遅い」
 領主館のエントランスで、アレクシスは苛々と吐き捨てる。
「まだおいでになられないのか、ルーヴ様は」
 まさかとは思うが、二人そろって寝過ごしているのか。
「お迎えに向かった方が良さそうだ。……全く困ったものだ」
 恐らくはセニの部屋にいるだろう。それかゲストルームか。
 まあ間違いなくセニの部屋で過ごしていただろう、と見当をつけて、アレクシスは歩き出す。
 ルーヴ様にも困ったものだ。
 以前は厳しく時間を守られる方だったのに、セニに関るとどうにも自堕落になる。
 こういうのを傾国とか耽溺とか酒色にふけるというのではないか。
 足早に歩きながら、アレクシスはふと気付く。
 今までこんな事はなかった。
 誰も近づけず、誰かに心を許そうとする事もなかった。
 特定の女も持たず、ただ戦場に篭もり続けるだけだった。
 それが、セニと出会ってからどうだろう。
 アレクシスは気付いた事実に、思わず声を洩らす。
 ルーヴ様がお気付きかどうかは分からない。
 だが、もしかしたら。
 一瞬足を止めて、逡巡する。
 今は考え事よりも、ルーヴを迎えに行くのが先決だ。
 アレクシスは急ぎセニの部屋へ向かう。
「ルーヴ様、もうお時間はとっくに……」
 ノックをしようとして、気付く。
 泣き声が聞こえる。細い泣き声。
 これはセニの声だ。ケンカでもしているのか。
 早朝から困ったものだ。そんなケンカごとき、夕べのうちに済ませておいて欲しいものだ。
 ドアに手をかけるが、更に洩れた声に、思わず硬直する。
『……あ、あっ……! ルーヴ、やめ、あ、くぅっ…!』
 ……泣き声ではなかった。
 まあこれもある意味啼き声ではあるには違いない。
 ケンカもだが、それも夕べのうちに済ませておいて欲しいものだな。
 一瞬硬直したアレクシスだったが、素早く踵を返して歩き出す。
「ブランドール様、ルーヴ様はどうなさいましたか」
 エントランスに戻ると、何も知らない兵士達に尋ねられる。
 困り果てながら、アレクシスは渋々、口を開いた。
「ルーヴ様は……ご気分がすぐれないそうだ。……少し休んでから参られるそうだ」


2016/01/21 up

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