酒の匂いがする舌先に口の中を探られて、リュシオンは息苦しさに小さく呻く。覆い被さるグレイアスを押しのけようと両手を突っ張るが、敵うはずがなかった。
普段、グレイアスがどれだけ穏やかに触れていたのか、嫌でも思い知らされる。今、触れてくる手はひどく荒々しかった。
あっけなく組み伏せられ、いつものように足を開かされて、抵抗もむなしく、両足の奥の固く閉ざされた場所に、指が突き入れられた。
「あぅ、く……! 痛っ……!」
思わず小さく叫ぶ。香やあの得体のしれない塗り薬のようなものがないと、こんな風に痛むのかと初めて知った。
「ああ、いつもの薬がないな。……今日はこのまま寝るつもりだったので、用意をしていない」
そう言いながら、やめるつもりはなさそうだった。突き入れられた指は、無遠慮にまだ硬く狭い場所を探る。
「やめ、くぅ……っ!」
いつものようにすぐに蕩けるような事はなかった。痛みで身体が強ばってしまう。クラーツが『女のように濡れない』と言っていた。だからあんな薬が必要だった。
不意に指が引き抜かれ、安堵したのもつかの間、またすぐに指が入り込んできた。
今度は何かで濡れた指先だった。テーブルの上にあった、魚料理の為に小瓶に詰められておかれていた葡萄種のオイルかもしれない。先ほどはきつく感じられた指が、ぬる、と抵抗なく滑り込んだ。
「んんっ……!」
その感触に、思わず吐息が漏れる。あの塗り薬のような、溶け落ちそうな快楽はなかった。代わりに、硬く太い指の感触が中の粘膜を通し、肉や骨に生々しく伝わっていた。
「痛みはないようだな。……薬ほどは感じないだろうが、これで傷つく事はないだろう」
ゆっくりと指を出し入れされて、思わず背筋が震えてしまう。
あの薬と香のような、一瞬で身体が熱を持ち興奮するような事にはならなかった。あれは本当に、心と身体の負担を減らしていたんだと、リュシオンは今思い知らされていた。
今まで以上に、この男に犯されていると強く感じられた。
ぬぷ、と淫らな音が響いた。いつもより長い時間をかけて指で弄られて、ひどく羞恥を煽られていた。
「いやだ、そんな風に、中を、や、あ、あっ……!」
指で擦られる粘膜がじわじわと蕩け、快楽を感じるようになっていくのが、はっきりと分かる。あれほどはっきり異物だと感じていた指が、いつものように甘く感じられるように変化していく。それが恐ろしいほど身体の中から浸食されるように感じられた。
「あぁあ…! や、やめ、中、触らな、あ、あっ……!」
情けないくらいに、淫らに溶けた声がリュシオンの唇から零れ落ちた。いつものように一瞬で高揚せず、じわじわと追い詰められていくのは、まるで堕ちていくような感覚だった。
「いいのか? ……そうか、ここか」
グレイアスの指が最も感じる場所を探り、撫で、強く擦り上げてくる。たまらずに背を反らせて、リュシオンは高く喘ぐ。
「ジーナもこんな風にお前が愛されていると、知っているだろうにな」
そう囁かれて、リュシオンは小さく呻く。
ジーナに知られているなんて、よく分かっている。今更隠しようもないとも思っている。彼女もそれが彼の仕事だと分かっていて、リュシオンに仕えている。
今何故そう言い聞かせられているのか、リュシオンは分かっていなかった。
指を抜き去られ、両の膝頭を掴まれて胸につくほど押し広げられて、リュシオンは羞恥のあまり小さく震える。
「深く息をつけ。いつもの薬がない分、今日は苦しいだろう」
ぐっと大きく硬いものが、押し込まれた。いつもならこじ開けられる圧迫感を感じても、痛みはそれほどは感じなかった。
「い、あ、あぁあ……! 痛、痛いっ……!」
身体を裂かれるような痛みだった。いつも以上に大きく硬く、熱い。生々しい異物が身体の中に突き入れられたと感じる。
逃げを打つ腰を強く掴まれ、ぐっと奥まで押し込まれて、リュシオンは殺しきれない悲鳴を洩らした。
今までも圧迫感と微かな痛みはあった。こんな重い痛みときつさを感じた事はなかった。
「やめ、あ、あぅ、くぅ……!」
容赦なく揺すり上げられる刺激に、たまらずに叫ぶ。快楽よりも痛みと圧迫感が勝った。
「いつものようにすぐには無理だが、じきによくなる」
リュシオンの中に沈めた肉の楔をゆっくりと出し入れしながら、グレイアスが囁く。
硬く張り詰めたそれに柔らかな粘膜を擦られる生々しい感触に、リュシオンは唇を噛み、耐える。
いつものように中の襞が溶けるまでに、長い時間がかかった。実際はそれほどでもなかったのかもしれない。リュシオンにとっては、息苦しく辛く、ひどく長い時間に感じられていた。
繋がった場所から濡れた肉の擦れる粘った音が聞こえるようになって、ようやくいつものように快楽を感じるようになった。
リュシオンの吐息が甘くなり始めると、グレイアスは容赦なく、奥深くに押し入り、抉るように突き上げ始めた。
「まだ、ジーナを抱きたいと思うのか?」
熱く高ぶったもので敏感な奥を貫かれ、零れ落ちそうな声を必死に噛み殺していたリュシオンの耳に、思いがけない言葉が飛び込んできた。
「あ、んん、くぅ……っ!」
驚きのあまり、噛みしめていた唇が解けた。中を擦られ、奥を穿たれる快楽に蕩けた声が、止めようがないほどに溢れた。
「な、あ、あっ……! や、奥、擦らな、あ、あっ……!」
激しく突き上げられ、答えようにも声は言葉にならなかった。ただただ、犯される快楽に蕩けた声だけが溢れ続けた。
根元まで突き入れられた肉の楔が、身体の奥深くで大きく跳ね、熱い体液を吐き出す。その滾った熱に息を詰まらせながら、リュシオンの触れられてもいない性器からも、白く濁った体液が溢れた。
息を整えようと深く吐息をつくと、リュシオンの中のグレイアスのそれが、再び硬く膨れ上がりはじめていた。
「いやだ、もう、やめ、あ、あっ……!」
拒もうとしても、無駄だった。再びリュシオンの中をゆっくりと擦り上げ、奥を突き始めたそれに、甘く喘いでしまう。
こんな風に激しくされた事は初めてだった。奥まで貫かれたまま抱きすくめられ、揺さぶられて、リュシオンは掠れた声を漏らす。
中に吐き出された精液のせいで、突き上げられる度に、淫らな肉の擦れる音が部屋中に響いていた。いつものように朦朧とはしていない。この男に犯されながら甘く喘ぎ、自分の身体の中がこんな淫らな音を立てていると、思い知らされる。耐えられなかった。
リュシオンの固く閉じた瞳から堪えきれない涙が溢れ、頬を伝い落ちた。
どんなに心が拒否しても、身体はこの男に犯される事を喜んでいる。浅ましく惨めで愚かで、無力だと思い知らされる。震える唇を噛みしめようとしても、止めようがないほど媚びた甘い声が零れ落ちていた。
目が覚めた時には、寝台の上でシーツに包まり横たわっていた。カーテンの隙間から見上げる空は、白々と明け始めてる。
いつグレイアスが帰ったのか、覚えていなかった。
気怠い身体を起こし、力の入らない両足を見下ろす。内腿も両足の奥も、べったりと精液で濡れそぼり、夕べの行為を生々しく思い出させていた。
こんなに溢れ出し腿やシーツを汚すほど性行為をしたのは、これが初めてだった。
いつもグレイアスはリュシオンの中で一回果てれば、それで終わりだった。こんな風に何度も中に吐き出されたのは初めてで、いつも以上に、身体には生々しい感触が残っていた。
まだ身体の中にグレイアスのあの大きく硬い肉の楔が入っているかのような、ひどい違和感があった。
普段グレイアスは、リュシオンの身体を傷付けないように注意を払いながら抱いていたのだと、思い知らされていた。
本性はあんな荒々しい『男』なのだ。普段肉欲を感じさせないだけで、ひとたび牙を剥けば、あんなにも激しく獣のような欲望を持っている。
こんな生々しい性行為の後の身体でも、ジーナがいなければ湯浴みもできない。自分が男に抱かれていると知られている女と恋になんて落ちるはずがない。ましてや、ジーナにとって大事なのは、リュシオンではない。主であり命の恩人のグレイアスだ。
何故、自分がジーナに好意を持っていて、抱きたいと思っている、とグレイアスに思われたのか。
ジーナに贈る菫の絵は、リュシオンの罪滅ぼしであって、決して好意を寄せているからではない。グレイアスにそうは言えないが、彼はそれで誤解したのではないか。
リュシオンがジーナに好意を持っていると、誤解をしている。
嫉妬している?
リュシオンは両足を汚す精液を拭き取りながら、小さく笑う。
嫉妬ではない。自分のペットが、性のはけ口にする為に飼っているペットが、一人前の男のように、少女に恋する事が許せないだけだろう。
ジーナを遠ざけられるのは、色々と不都合だ。
もっと警戒心の強い、注意深い女中をつけられたら、今までのように立ち回るのは難しくなる。疑う事を知らないおっとりしたジーナだからこそ、錆びた扉の事も気付かれていないのだ。
不本意ではあるが、今まで通りジーナに側仕えでいてもらうには、グレイアスに媚びるしかない。それくらいの打算はリュシオンも持ち合わせている。
どんな事をしてでも、このままジーナにいてもらわなければならない。
拭い終えて寝台から降り、数歩歩く。
ほんの数歩歩いただけで、まざまざと身体の中に男を迎え入れた記憶が蘇る。あまりに生々しく身体の中に刻み込まれたグレイアスの感触と名残に、足が震え、崩れ落ちてしまいそうだった。
薬は確かに心と身体の負担を減らすものだ。
自分の身体がこんな風に変わっていくなんて、正気では耐えられなかった。