騎士の贖罪

#12 過去と犠牲

 グレイアスがジーナを選んだのは、この少女が憎めない可愛らしい性格をしているからだ。リュシオンも彼女に酷い真似はできないだろうと踏んだのだろう。
 他の大人達なら逃げ出す為にリュシオンは躊躇せず攻撃できたかもしれない。ジーナのようなのんびりした少女に手を上げられないだろうと考えて選んだなら、その通りだ。
 リュシオンよりも年下で、同じように滅ぼされた国の、身寄りのない少女で、大人しく、優しく、献身的だ。そんな少女に暴力を振るえるはずがない。
 今のところジーナは遠ざけられていない。おそらく他に適当な代わりの人間がいないのだろう。今まで通りにリュシオンの身の回りの世話をしているが、グレイアスは誤解したまま、リュシオンを許す気がないように見えた。
 主に尽くさないペットが許せない心情は理解できる。どうあがいても、リュシオンはグレイアスの『愛玩用』のペットだ。グレイアスの意のままに動かせる玩具でなければならない。リュシオンは今まで通りジーナを傍に置く為に、グレイアスの要求にはできるだけ逆らわず、従っていた。
 目に見えて媚びれば、怪しまれる。できる事といえば、快楽に流されずにいられないように見せかけるくらいだ。素っ気ない素振りを見せながら、抱かれれば逆らわずに喘いで見せる。
 それは屈辱的でもあったが、これからの未来の為にも、耐えるしかなかった。そうするくらいしか、グレイアスの猜疑心をを解く方法を思いつかなかった。
 グレイアスは時折、昼間もやって来るようになった。それもジーナの学校がない日だ。それを故意に選んでいる。
 クラーツがおらずとも薬を用意し、香を焚き、昼間からリュシオンの身体を貪る。おそらくは多忙であるだろうに、それでもあれから頻繁にやってくるようになった。
 ジーナに知られながらの行為は決して気分のいいものではない。だが、ジーナのいない日に来られるよりはマシだ。あの錆びた扉を開く作業を邪魔されずに済む。今はそれが最優先だ。
「あの菫の絵はどうした」
 明るい日差しの差し込む寝台の上に座り込む半裸のリュシオンの傍らに寝そべったまま、リュシオンの白い下腹を撫でるグレイアスに尋ねられ、素直に答える。
「完成したので、ジーナの部屋に飾られている」
 なめらかな下腹を撫でていた手が滑り落ち、リュシオンのそれに触れた。やんわりと先端を摘まれ、思わず上擦った吐息を洩らしてしまう。
「……ジーナには……世話になっている。他に何も与えられるものがないから、絵を……」
 先端の割れ目を指の腹でやんわりと撫でられ、声が震えてしまう。こんな媚びた声を聞かせるのは悔しいが、仕方がなかった。
 割れ目からじわりと滲み出た雫を、執拗な指先は悪戯に塗り広げる。羞恥を感じても、部屋に立ちこめる香が快楽にすり替えていく。
 今はこの香が救いだともリュシオンには思えていた。心も身体も麻痺させてくれている。この男に触れられて甘い声をあげてしまっても、これは薬のせいだと思い込める。
 色づいた割れ目から溢れる体液を指に絡めながらじっくりと擦り上げられて、リュシオンは小さく乱れた息を吐く。あからさまに喘いで怪しまれないようにしつつ、媚びなければならない。
 まるで娼婦のようだと自嘲せずにいられなかった。いや、立場は同じだ。女のように足を開き犯されて、甘い声をあげ男に媚びて、生き長らえている。
 リュシオンの張り詰めたそれを撫でる手を休めずに、空いた手で膝を開くようにグレイアスに促され、リュシオンはためらうような仕草を見せながら、ゆっくりと膝を開く。
 もう既に朝に一度グレイアスを迎え入れたそこは、赤く充血し小さく口を開き、身体の中に残されたグレイアスの名残を薄く滲ませている。
「まだ蕩けたままだな。これならすぐに入るか」
 無骨で大きな手は、リュシオンの華奢な腰を簡単に掴んで引き寄せ、押さえつける。横倒しに引き倒され、膝裏を掴まれ大きく足を広げられながら、リュシオンはふと思い出していた。
 クレティア郊外で初めて出会った時にグレイアスが持って行ったあのオダマキの茂みで遊ぶ子犬の絵は、今、どこにあるのだろう。
 あの絵を喜ぶ病床の女の子はいなかったはずだ。それなら、あの絵は今どこにあるのだろうか。
 とっくに捨てられてしまったのかもしれない。あれはリュシオンに近付く為のグレイアスの嘘だった。もうあの絵に何の用もないだろう。
 小さく身体を竦ませ、開いた膝の向こうのグレイアスを見上げると、リュシオンの中に、グレイアスの硬く膨れ上がったそれが突き入れられようとしているところが見えた。
 明るい日差しの下で見ると、とても生々しくグロテスクに思える。あの大きく膨れ上がり、脈打つものに何度犯されたか、もう思い出せない。
 ぬぷ、と生々しい音が響いた。まだ朝の名残を残していたそこは、簡単に硬く熱く膨れ上がったそれを飲み込んだ。
「……ああ……簡単に根元まで入った」
 硬く張った先端で柔らかに蕩けた粘膜を擦り上げながら、奥までゆっくりと挿入されて、耐えきれずにリュシオンの唇から淫らな吐息が溢れた。
「あ、あっ……、ん……っ……」
 感じている振りをするまでもない。慣れ始めた身体と薬と香は、簡単に快楽でリュシオンの思考を絡め取る。
 雄の欲望を根元まで貪欲に咥え込んだそこを、明るい陽の下に晒され、見られている。粘った音を立てて脈打つ肉の楔に狭い中を押し広げ擦り上げられる感触に、リュシオンは押し殺したような吐息を洩らす。
「くぅ、ぅ……、ん、んんっ……」
 あれからジーナの名前を出される事はなかった。もしかしたらグレイアスは、あの夜の行動を恥じているのかもしれない。あんなに荒々しく乱暴に抱かれる事も、二度とはなかった。
 ぐっと奥まで突き入れられ、揺すられて、たまらずにリュシオンは小さく叫ぶ。
「あぁあ……! 奥、だめ、あ、あっ! いやだ、そんな、する、な、あぅ、あっ……!」
 最も感じるところを、男は簡単に探り当て、責め立てる。抉られたそこから全身が甘く痺れ、溶け落ちてしまいそうだった。
「……そんなを大声出していると、聞こえる」
 深く押し入り、腰を押しつけたまま激しく突き上げられて、リュシオンは零れ落ちる声を止められなかった。
「くぅ……! あ、あっ……! やめ、ん、んんっ……!」
 雫を滲ませ硬く膨れ上がっていたリュシオンのそれに、グレイアスの手が絡みつき、きつく締め上げ、擦り上げられる。
「やめ、擦られたら、あ、あっ! ふあ、あっ……!」
 淫らに触れるその手を引き剥がそうと手を伸ばすが、力は入らなかった。きつく握り擦り上げる手に添えるだけになったリュシオンの指は、まるでもっと、とねだるように見えるかもしれない。
「だめ、と言いながら、こんなに溢れされて、濡れているな。……すっかり男に慣れた身体になった」
 小さく笑う声が耳元で聞こえた。
 確かに慣れてしまった。もうこの身体は、この男に犯されても嫌悪も、異物感も感じない。こうして男の欲望を受け入れて、当たり前のように感じるようにもなってしまった。
 こうして身も心も滅ぼされていくのだろう。それでも、諦めない。この男の息の根を止めるまで、絶対に、赦される事も諦める事もない。



 グレイアスは当然のように、終わった後にジーナを控えの間から呼び出した。
 おそらく彼女の耳にも届いていたはずだ。ジーナは顔を真っ赤に染めているが、特にそれ以上は何も感じないのか、てきぱきと片付けをし、湯浴みの準備を始めていた。
 ジーナに背く意思がないと分かっていても、リュシオンを信じられないのだろう。まだこの男はリュシオンを疑い、諦めさせようとしている。
 幾らジーナに対してそういう感情がなくとも、男に抱かれた姿を見られるリュシオンは、いたたまれない。こんな性行為の後の片付けも、湯浴みの手伝いもジーナに何度もされているが、それでも慣れる物ではない。当たり前だが羞恥はある。
 忙しく部屋の中を歩き回るジーナを尻目に、寝台の上に寝そべるグレイアスは、シーツの波間に埋もれるリュシオンの、つい先ほどまで雄に貫かれていた狭い場所に指を含ませ弄んでいた。吐き出された精液に満たされ、未だ熱を帯び蕩けたままの肉の襞を悪戯に撫で、擦り、絡みつく淫らな感触を楽しむ。淫靡にグレイアスの指を咥え込んだ場所から、くちくちと小さな水音が零れ落ちていた。こんな恥知らずな音が、ジーナの耳に届かないよう、祈るしかない。
 蕩けた肉の襞を弄ぶ指に耐えながら、リュシオンは殺しきれない乱れた吐息を洩らす。



「大変申し上げにくいのですが、頻度が高過ぎますね」
 数日ぶりにレクセンテール家に現れたクラーツは、無遠慮にリュシオンの身体を診察しながらグレイアスにそう言い放った。
「きちんとペットとして使用なさるのはとてもいい事ですし、王にもそう報告致しますが、少々無理がすぎているようです」
 あまりに香と塗り薬の減りが早すぎる、とクラーツは気付いたようで、リュシオンの身体に異変がないか診ると言い出した。
 確かにあまりに頻繁に、執拗に抱かれているせいで、時折痛みがあった。薬が幾ら負担を軽減しても、限度がある。
 こんなところまで診察されるのはリュシオンにとっては恥辱であるが、クラーツも仕事なので見慣れている。王の女達や身分の高い貴族達の愛玩用ペットの健康管理が彼の仕事で、彼もそう割り切って診ている。
「まだ身体が完成していません。肉も身体も未成熟で、柔らかです。だからこそ非常に楽しめる身体だとも言えますが、その分脆弱です。毎日のように性行為をするのは控えて下さい。最低でも二、三日は開けた方がいいですし、時々は一週間程度休ませてもいいでしょう」
 そうはっきりと言われて、グレイアスも気まずそうだ。
「大分慣れてきたようなので、もう少し身体が成長すれば、激しい性行為をしても問題はないでしょう。ですが今は難しいので、場合により挿入をしない方法で楽しんで下さい」
 やっと解放されてリュシオンは急いで下着をつけ、服を整える。こんな事で身体を壊されるのは不本意だ。辱めだと感じても、きちんと手当してもらわなければならないと、分かっている。
 それでもこんな淫らな話を真顔で真剣に聞かされるのは、いたたまれない。自分が性処理の為のペットだと分かっていても、むしろ分かっているからこそ、耐えがたかった。
「……いつまでクラーツ殿の監視が続くんだ?」
 グレイアスは苦虫をかみつぶしたような顔をしている。他人に見られながらの行為が不満なのは、グレイアスも同じなようだ。
「私も好き好んで監視をしているわけではありません。……そうですね、今日の報告次第でしょうか。こうして時々診察していれば、きちんとペットを『使用している』かどうかは分かりますから、ロデリック王次第でしょうね」
 診察は続くのかと思うと、気が重い。
 性行為を監視されるのも、夕べの交わりの名残を残したそこを他人に見せなければならないのも、あまりに辛く、惨めだ。人として扱われないと、思い知らされる。『ペット』でしかないのだ。
「リュシオン殿にクレティアの王位継承権があるので、ロデリック王は色々と疑わしく思えてしまうのでしょうね。誰が見てもレクセンテール将軍の王への忠誠は疑いようがないものだと思いますが、今まで男性に興味を持つどころか女性にも冷たかった将軍が、急に少年を褒賞に欲しいと言い出したので、王も色々戸惑っておられるのでしょう」
「……興味を持てるほど暇がなかった」
 えらく投げやりな返し方だった。元々寡黙な男だが、この話題を避けたいように見えた。
「そうでしょうね。あまりに将軍は犠牲になさったものが多すぎました……。ああ、そうでした。ユリエル王子が大変気にしておられましたよ」
 リュシオンは黙り込んだままふたりのやりとりを聞いていたが、『将軍が犠牲にしたもの』という言葉が気にかかっていた。
 ロデリック王の目の前で、リュシオンを褒賞として賜りたいとグレイアスが言い出した時に、口添えしたのが今、話にでたユリエル王子だ。
 ユリエルも『グレイアスは先の戦役で多大な犠牲を払った』と言っていた。
 グレイアスの頬から顎、首筋、肩にまで広がる大きな火傷の痕と何か関係があるのではないかとも思う。普段、どんなに暑い日でも首回りのショールを欠かさなかった。頬を覆いきれずとも、顎と首筋、胸元の火傷はそれで覆い隠せる。他人に見せない配慮というよりも、彼自身がその傷跡から目を背けたいようにも思える。
 一体何が彼の身に起こったのか、興味があった。
 もしかしたらこれから先、切り札になり得るような事かもしれない。この男の情報は小さなものでも役に立つ可能性がある。
 探るとしてもジーナかグレイアス本人か、最も口を割りそうにないクラーツくらいしか周りにいないのがもどかしいが、これもまた錆びた扉と同じように、機会を待てばいい。焦っても何も変わりはしない。



2018/05/08 up

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