人外×メイド♂

#02 棺桶のメイド

「これは大変お買い得な掘り出し物でございますよ。中古品になりますが、中古だけに躾も教育も行き届いており、即日お役に立てるお品です」
 撫子色の髪に尖った耳と尻尾の少年は、白い手袋に包まれた手で、居間に置かれた金縁に黒塗りの棺桶の留め金を外した。
「棺桶なんか使わんぞ。そもそも俺のサイズに全くあってない」
 このスーツ姿の少年は撫子という名前の、人外相手専門の百貨店『ダーダネルス百貨店』の外商だ。
 自分のように街などへの外出が少々難しい姿をした魔物にとって大変助かる商人だが、どことなく得体が知れない雰囲気で、付き合いが長いが今でも警戒心を持たずにいられなかった。
 どのみち撫子のような妖魔だけでなく、人にも魔物にも警戒心を解いたことはない。
「いえいえ、棺桶は商品ではございません。ご入り用ならばオプションとしておつけすることもできますが、商品は棺桶の中にございます」
 棺桶の中身。死体しかないじゃないか。
「死肉は喰わない主義だが」
「どうしてもそちらにお話がいってしまいますね」
 全ての留め金を外し終え、撫子は棺桶の蓋を外した。
 天鵞絨を敷き詰められた棺桶に横たわっているのは、紺の詰め襟ワンピースに白いエプロンをつけた、黒髪のメイドだった。
「……メイド? 死んでいるのか?」
「鮮度保持の為、眠っているだけです。お母様がお亡くなりになってからお屋敷の切り盛りに困っているとうかがっておりましたし、大変お買い得で掘り出し物のメイドなので、真っ先にご紹介に参りました」
 撫子は笑顔でにこにこ商品説明をしているが、勧められた本人は戸惑うばかりだ。
「いや、確かに言ったが……」
 まさか妖魔でも魔物でもなく、人間のメイドを斡旋されるとは思わなかった。
「こちらのメイドは幼少の頃からバンパイアに育てられた人間で、魔物にはとても慣れております。おとなしくきれい好きな性格な上、子供の頃から先輩メイドにメイドとしての仕事や心得、作法を仕込まれておりますので、すぐにでもお役に立てるかと思います。そしてなにより、中古品ですので大変お買い得価格になっております!」
 完全に人身売買だが、堂々と言い切っている。
「ダーダネルス百貨店は『なんでも扱うが人間だけはその辺にたくさんいて価値がなく商品にならないので、扱っていない』って言ってたよな?」
 棺桶の中のメイドは昏々と眠り続け、目を覚ます気配はなかった。肌はまるで死人のように青白い。
「それにバンパイアに仕えてたメイドなら、人間でなくバンパイアだろ? バンパイアのメイドか……」
 人型の魔物を自分の屋敷に置きたくはない。無駄にコンプレックスを刺激される。いや、完全な魔物にだって同じように劣等感を刺激される。
 人も魔物もこの屋敷に置きたくない。素直にそう思っていた。
「無駄に誇り高いバンパイアがメイドなんかやるのか? しかも他の種族の」
「いえ、バンパイアではないです。前のご主人は人間のまま手許に置かれていました」
「じゃあなんでバンパイアがこのメイドを手放すんだよ。借金のカタか? バンパイアともあろうものが?」
 自分のような中途半端で貧弱な魔物ならあり得るかもしれないが、バンパイアは魔物の中でも強者だ。富裕層なのは間違いない。
「ああ、それは……」
 常に笑顔で接客のダーダネルス百貨店外商にしては珍しく、撫子は表情を曇らせた。一瞬だったが、はっきりと顔に出ていた。
「一ヶ月以上ご連絡がとれず、ご生存が確認できなかったので、おそらく討伐されてしまったものと思われます」
 撫子はしゃがみ込み、棺桶の中で眠り続けるメイドの青白い頬に、手袋に包まれた指先で触れた。
「この子は幼い頃からずっとバンパイアに育てられていたので、人間の世界を知りません。お屋敷がある深い森からも出たことがありません。いまさらもう、人間にはなれない人間なのですよ」
 人間にはなれない人間。
 その言葉は深く胸に突き刺さった。立場や環境、姿形は違えど、逃れられない現実を突きつけられたような気がしていた。
「それなら竜族に売ればいいじゃないか。あいつらは人間を飼う習性があるんだろ」
「あ、だめです」
 撫子はばっさりと言い切り、手を振った。
「竜族は中古の人間を嫌います。純潔であることが大前提ですから、中古というだけで追い出されてしまいますね」
「処女厨かよ」
「男女問いませんが中古だけはお断りだそうです。なのでこの子をお譲りするなら、竜族以外で人間を捕食しない魔物で、かつ純潔かを問わない方がいいかと思いまして」
 そうなると確かに売り渡せる種族が限られる。大抵の魔物のエサは人間だ。
 その点、確かに自分は人間を捕食しない。口にあわないからだ。言うなれば人間は不味くて食べる気がしない。どうしようもなく飢えて食べる物がないなら食べるか、というくらい、口に合わない生き物だ。鹿や牛、狼や野鳥など動物の方が断然美味い。
「これは……これは私個人の意見で、会社は全く関係ないのですが……」
 撫子は棺桶の中で眠ったままのメイドを見つめながら、ぽつりと呟く。
「幸せになれない子かもしれませんが、それでも幸せになれる可能性があるお屋敷にお譲りしたかったんです……」
 何を言い出すのかと思えば、俺にこのメイドが仕えて、幸せになれると?
 自分のような、人にも魔物にもなれない中途半端で貧弱な魔物に仕えて、幸せになれる?
 確かに不味い人間を食べることは、まずない。
 いや、それよりも。
 常に笑顔で得体が知れないこの外商が、こんな感情らしいものを見せたことが今まで一度でもあっただろうか?
「中古品ですが、中古だけに働きぶりは保証できますから! それにどうしてもダメだった時は、一週間のクーリングオフ制度もございます! 当百貨店は常にお客様の! ニーズと! 幸せを願って! 選りすぐったお品をお勧めしております!」
 がばっと立ち上がり、撫子は詰め寄ってきた。
「今でしたら、替えのメイド服一式と下着類もサービスでおつけいたしますよ! こんな破格のお値段でこのクラスのメイドは、妖魔メイドでもなかなかご紹介できるものではありませんし、ここで! 是非! ご決断ください!」
 やっぱりこいつらは得体が知れない妖魔だな。しんみり話していたのは演技かってくらいに、いつもの商魂を見せつけてきやがる。率直にそう思った。
「眠ったままでお顔がはっきり確かめられませんが、とても美しい顔立ちをしておりますし、美声でもあります。なにしろ竜族の次に美意識が高いといわれるバンパイアが手許において育て上げた一級品の人間です!」
 素早くいつものトランクから売買契約書と羽根ペンを取り出し、押しつけてくる。
「さあ、さあさあこちらにサインを! これで美貌の少年メイドがあなたのものに!」
「え。今なんて?」
「あなたのものに」
「いや、その前」
「美貌の少年メイド?」
「それだよ! 男だったのかこのメイド!」
「少女にしてはシャープな輪郭ですし、この通り胸も真っ平らですから、お気付きかと」
「ちゃんと商品説明しろよ! メイド服なんか着てたら女だと思うだろ!」
「メイドですからメイド服を着ますよ。まあ、性別なんて大した問題ではないですよ。吸血するわけでも食すわけでもありませんし、それに」
 強引にサインをさせると、撫子はいつもの笑顔でいそいそと書類をトランクにしまい込んだ。
「女性よりも男同士の方が、気楽でよろしいんじゃないかと思います」
 色々な意味でしてやられた、としか言いようがない。
 クーリングオフ制度があるといっていた。このメイドが目覚めて、これから仕える主の姿を見て正気でいられないなら、返せばいい。
 だがもしも、この姿を見ても動じなければ。
 そんな淡い期待は持たずにいよう。    


2023/05/07 up

-- --

clap.gif clapres.gif