わんわん画家物語

犬の獣人画家と人間のちょっぴりアホな王子様の恋

 ブランシュ王子のここ数年のマイブームは、絵画鑑賞だった。
 お気に入りの画家がいて、その画家の作品の追っかけをしていたのだが、病が高じて、とうとうその画家をお抱え画家にするべく、召し上げる事にした。
 お気に入りの画家は、それはそれは繊細で美しい、不思議な魅力のある風景や人物を描く人で、ブランシュはこの繊細な画風の画家に、会ってみたいと常日頃思っていたのだ。
 画家は、コボルト族だった。
 コボルト族は器用な手先をしているので、描けない事はないだろうが、コボルトの画家が珍しいのは間違いない。
 ブランシュの側仕えのメイドにも、コボルト族の娘は何人かいた。
 一番身近にいるコボルト族のメイドは、クリーム色の被毛に、大きな可愛い茶色の垂れ耳で、つぶらな黒い瞳の可愛らしいわんわ……娘だった。
 コボルト族といえばそんな、小さくて可愛いわんわんイメージだった。
 ところが、召し上げた画家は、そんな可愛いコボルト族じゃ、なかった。

 前が見えてるのか? というくらい、もっさりしたモップみたいな、猫でいうとサビ猫みたいな模様の、もっさもっさごっさごっさの被毛をしていて、そのぼうぼうの毛にも、着ている綿のシャツにも、あちこち絵の具がこびりついていて、おまけにものすごく、大きい。
 長身なのに猫背でもっさりしていて、更にもっさりした毛で、なんだかすっごく、小汚い。
 野生化した家畜の羊を数年ぶりくらいに捕獲すると、これくらいもっさもっさになる。そんな話を聞いた事があるな。とか、コボルト族の画家を目の前にしながらブランシュは考えていた。
「まあ色々話はあるのだが、まずその汚いなりを何とかして貰おうか。そんなもっさもっさじゃ僕が気になって仕方ないじゃないか」
 王子様の鶴の一声で、画家はメイド達に取り囲まれて風呂場へと強制連行された。
 ふおおおおああああああああ!! とかすごい絶叫がブランシュの待つ部屋まで聞こえたが、あのもっさりがどうにかなるなら画家の悲鳴なんて些細な事だ。

 メイド達によって手入れされた画家は、ちゃんとコボルト族らしくなって戻ってきた。
 もっさりと絵の具がついて絡まっていた被毛を綺麗に整えられ、梳った結果、サラサラロングわんわんになっていた。
 犬の被毛(コート)って、手入れ怠るとすぐに毛玉になるからね。
 これはコボルト族ならイケメンの部類ではないだろうか。人族から見たら長毛犬だけれど。
 そんな事をブランシュは考えていた。
「……で、やっとゆっくり話せるな。……使いの者に聞いただろうけれど、僕はこの国の王子で、ブランシュという。お前を呼んだのは、僕の為に絵を描いて欲しいからなんだ」
 王子様は尊大だ。
 大きく豪奢な革の肘掛け椅子に優美に足を組んで、下座に座らせた画家を見つめる。
「数年前からお前の絵をよく見ていた。……僕の為に絵を描いてくれるなら、僕のお抱え画家にしてやるぞ」
 さすが王子様、人にものを頼む態度じゃない。
 画家はおとなしく座っていたが、返事をしなかった。
「……お前、名前はなんというの?」
 名前なんかよく知っている。絵にはサインは入っているし、だてに追っかけをしていたわけじゃない。
 画家が独身で、森のアトリエで引きこもり生活をしてるのだって知っている。
 全く喋らない画家に何か喋らせようと問いかけてみたのだ。
「……サヴィ……」
 やっと画家は、ぼそぼそと会話らしい会話を見せた。
「サヴィか。いい名前だな。……で、僕の為に絵を描いてくれるか? 僕の気に入る絵が描ければ、褒美は幾らでも、お前の好きなだけ、くれてやるぞ」
 金でどうとでもなる、と思っている。すっごく世間知らずなのは、まだまだ子供で幼いせいか。
 世継ぎの君なものだから、ちやほや甘やかされて育ったのが悪かったのは、間違いない。
「……綺麗なものじゃないと……描けない」
 さらっさらロングの被毛のおかげで、相変わらずサヴィの顔というか瞳が全く見えない。
 そんなサヴィの返事を聞きながら、そういえばサヴィの絵はみんな、胸が痛くなるくらいに美しいものばかりだった、と思い当たった。
「綺麗なもの。……なるほど。そうだな。お前は綺麗なものばかり描いていたものな」



 風景なら自慢の庭がある。
 離宮の庭園は、四季を通じて美しく映えるように熟考されて作られた、ブランシュお気に入りの場所だ。
 池には睡蓮が、アーチには四季咲きのツルバラが。花壇は常に手入れされ美しく維持され、木々はこまめに枝打ちがなされていて、完全に管理され、美しさを常に維持されていた。
「どうだ。文句なく美しいだろう!」
 この美しい庭を見渡せる離宮の最も豪華な部屋に、サヴィのアトリエを用意させたが、肝心のサヴィに全くやる気が見られなかった。
 ブランシュが用意させた大きなキャンバスの前で、ぼーっと座っているだけだ。
 せっかく集中して作業が出来るように、側仕えの者も厳選した少数の者だけ連れて来て、このアトリエにも近づかないよう言い含めてあるのに、肝心のサヴィにやる気がないのでは意味がない。
「なんだ、これが綺麗じゃないとでもいうのか」
 ブランシュにしてみれば、こんな豪奢で美しい庭、他にはないというくらい自慢のものだ。
 なのに、サヴィの心には全く響いていない。
「……綺麗だけど……描きたくなるほどじゃ……ない……」
 サヴィは素直に理由を語る。
「芸術家はめんどくさいな。これでもダメなのか」
 他に何か美しいものがあっただろうか。ブランシュは真剣に考える。
「……綺麗じゃないものなんか……お金を貰っても、描けない……」
 この言葉に、ブランシュはかちん、と来た。
 まるで僕が金にあかせて言う事聞かせようとしてるみたいじゃないか。
 実際その通りなのだが、王子様はワガママでプライドがお高かった。
「……なんだと。僕が綺麗じゃないとでもいうのか」
 何故そっちにいったのか分からないが、何故かブランシュはそっちにいった。
 王子様はちやほやされているので、自分の容姿に自信を持っていた。
 この綺麗な僕を目の前にして、綺麗なものじゃないと描きたくないだと。
 王子様はいたくプライドを傷付けられていた。
 実際、ちやほやされるだけの容姿はしているのだが、今、何故そっちに話が行ったのかよく分からない。
「よかろう。僕がモデルになってやろう。僕は脱ぐとすごいんだぞ。これでも武術を習っているし、父上や母上はとても綺麗だと言ってくれるんだ」
 まあ武術の腕は正直たいしたことない。
 ブランシュは憤慨しながら手早く服を脱ぎ始める。
 確かにブランシュは綺麗だった。
 王子様らしくよく手入れされていて、髪はつやつやお日様のような金色だし、肌はメイドたちの手によって常に管理維持されているので、まさに美肌。文字通り、白く滑らかでしなやかな美しさ。
 そういえば王族の肖像画で裸体って見た事なかったような。
 ブランシュは潔く全裸になり、羽織っていたショールを腰に巻いた辺りでやっと正気に返った。
「……王族の肖像画が裸体っておかしいかな、サヴィ」
 サヴィの方を振り返ると、サヴィは木炭を握りしめて、身を乗り出していた。
「……座ったポーズがいい……。そこの、長椅子を窓辺にしよう。……うん」
 あれだけぼへーっとしているだけだったサヴィが、突如やる気を見せ始めた。
 熱心に場所と構図を考えながら長椅子を移動し、ブランシュにポーズをつける。
 これでブランシュの裸体も否定されたら、多分ブランシュはマジギレしていた。
 長椅子に座りながらポーズをとりつつ、ブランシュはふと気付く。
 あれほど恋い焦がれた画家が、自分の絵を描いてくれる。
 考えてみたら、ものすごく幸せな事じゃないか。
 描いて貰えるなら、どんな絵でも良かったのに、肖像画を描いて貰えるなんて、思ってもいなかった。
 いつか描いて貰えるかもしれないけれど、よほどの事がない限り、人間なんて、サヴィは描かないと思っていた。
 サヴィの描く人物は、皆、コボルト族の美しい娘や可愛らしい子供達ばかりだった。



「きみは……全体的に、白い……。人族は……みんなこうなのかな……」
 話しかけてるのか独り言なのか、サヴィは絵を描きながらぼそぼそと喋る。
「……白い絵の具ばかり、なくなりそうだ……はは……」
 なんとなく気持ち悪いというか不気味なのはブランシュの気のせいじゃないはずだ。
 なんだろうなあ、芸術家なんてこんなものかな、と考えながら、ブランシュは長椅子に寝そべる。
 疲れてきたので一応サヴィに許可を取って転がっているが、モデルが大変だというのはこの数日で分かってきた。
 ただ服着て座ってるだけの肖像画でいいのに、サヴィにはなにやら深いこだわりがあるようだ。
「……ピンクは……赤と白だけじゃないんだ……」
 無口かと思っていたら、サヴィは結構喋る。
 ぼそぼそもそもそとだが、独り言みたいだけれど、いや実際独り言みたいなものだんだろう。
「オレンジや……具合によっては、黄色を入れるんだよ……」
 喋りながらでも手はよく動く。
 大きなキャンバスの向こうにいるサヴィの頭しか見えないが、その頭はせかせかと揺れている。
「君の乳首は……そうだな……ピンクに……朱色をがかった感じか……」
 乳首の話かよ。
 これだけ聞いてたらすごい変態に聞こえるじゃないか。
 ブランシュも一応は、サヴィに気を遣って黙って聞いているが、なかなかキモい。
 転がりながらサヴィの揺れる頭を眺めていたが、いい加減そろそろ空腹を感じる。
 サヴィが乗っているところに声をかけるのは申し訳なくも思ったが、喉も渇いたし空腹も限界だ。
「サヴィ、そろそろ休憩にして昼食を」
 起き上がって長椅子から足を伸ばし、床に一歩踏み出した時だった。
「ふおおおおおおおおおおおあああああああ!」
 サヴィがとうとう発狂したのかと思った。
「んほおおおおおおおおおおああああああ!」
 何か分からないが、サヴィはあの風呂場の絶叫のような声を上げながら、ざっくざっくとなにやら絵筆で書き殴っている。
 ブランシュも驚いたものの、まあ芸術家なんてみんなちょっとあれなんだろう、とか納得していた。
 何か一芸に秀でた者は、何かを犠牲にしてその才能を得ているのだと、家庭教師のエヴァンスが言っていたな、とブランシュは激しく納得していた。
 大事なものを失っているからこそ、この天才的な溢れんばかりの才能を得られたのだろう。
 サヴィはなんだか錯乱してるし夢中なようだし、まったく気付いていないようだし、その間に昼食を済ませてこよう。
 ブランシュは特に深く考えずに、サヴィを置き去りに部屋を出て行った。



 ブランシュが好物の焼き鯖とタマネギのライ麦パンサンドを囓りつつ、サヴィの分の昼食もバスケットにいれて戻ってきた時、サヴィは椅子から崩れ落ちて床に転がっていた。
「……おい、サヴィどうした! ……大丈夫か!」
 焼き鯖サンドとバスケットを投げ出して、倒れ込むサヴィに駆け寄って抱き起こす。
 抱き起こしてもフッサーな毛のおかげで、顔が全然見えない。
 その長い被毛をかき分けてみると、サヴィは目を閉じ、ぐっすりと熟睡しているようだった。
 顔色が全く、分からない。
 コボルト族は不便だな。こんなもっさりふっさーじゃ、顔色とか全然分からないから具合が悪いのかすら分からんじゃないか。
 あとこんなでかいコボルトとか見た事も聞いた事もない。ベッドに運べないじゃないか。
 仕方ないので、ブランシュはベッドから毛布や駆け布団をはぎとって、床に転がるサヴィにかけてやる。
 せっかくメイド達が綺麗に整えてくれたのに、またサヴィの被毛(コート)は手入れを怠っているせいであちこち絡んだり毛玉になったり、絵の具だらけになってたりしている。
 あんなに綺麗なものにこだわりがあるのに、自分を綺麗に維持は出来ないんだなあ。
 思わず笑ってしまう。
 よく見れば、綺麗なコボルトなのに。
 眠るサヴィの長いつややかな被毛と鼻面を撫でながら、ブランシュはあくびをかみ殺す。
 この熟睡っぷりなら、当分サヴィは起きないだろう。
 ブランシュは伸びをしながら、さっき毛布をはぎ取った部屋の隅のベッドに向かう。
 サヴィが寝ている間に、仮眠を取っておこう。


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 腰にショールを巻いただけで、素肌のままベッドに転がっていたブランシュは、ぼんやりと目を覚まし始めていた。
 なんだか冷えた肌に、柔らかいふさふさしたものが触れている。
「……ん、なんだ……?」
 何か大きいものが、覆い被さっていて、その何かが触れているのだと、やっと気付く。
 剥き出しの胸元や下腹に触れるそのふさふさが、くすぐったくて、思わずブランシュは身を捩る。
 捩って、気付く。
 腰をしっかりと掴まれていて、動けない。
「な……っ……!」
 耳元に、ハァハァという犬の荒い息のようなものが聞こえる。
 犬。ふっさふさ。大きい。
 まさか。
「……サヴィ……?」
 返事はなかった。
 代わりに、滑らかな濡れた何かが下腹に触れた。
「あ、あっ……!」
 そんなところ、舐められたのなんて生まれて初めてだ。
「サヴィ、なにして……ん、んぅっ……!」
 長い濡れた舌先が、下腹を辿り、足の付け根へと滑り落ちていく。
 そこまできて、やっと、足の間にサヴィの身体が入り込んでいて、足が閉じられない事に気付いた。
 長い舌先が両足の間の、固く閉ざされた場所に触れる。
 ブランシュは慌てて身体を捩り、起こしながら、ようやく激しく抵抗を始める。
「やめ、なにして……! サヴィ、やめろ、そんなところ……あ、あぅ……!」
 ブランシュの緩く立ち上がり始めていたそれに、被毛に覆われた指先が触れる。その指のふわふわの毛先は、考えられないくらいに柔らかく、甘美に感じられた。
 その手に軽く握られただけで、ぞくぞくと背筋を何かが這い上がり、抵抗する気力を簡単に奪い去った。
「サヴィ、あ、あ……ふあ、あ……」
 たまらずに、甘く高い声を漏らす。
 握られて硬く張り詰め始めたそれを優しく撫でさすりながら、サヴィは容赦なかった。
 片膝を取って胸に押しつけ、晒されたそのブランシュの誰にも触れられた事がない場所に、長い舌を這わせる。
 恥ずかしくなるくらいに、濡れた音が響く。
 そういえば、母上の飼っている小型犬も、僕の顔をベタベタになるまで舐め倒していたな、とか、ブランシュはそんな事を思い出していた。
 コボルトの長い柔らかな舌先は、身体が震えるくらい、甘く淫らに感じられた。
 その長い舌先が、柔らかく融け始めた蕾にねじ込まれた瞬間に、サヴィに握られて滾っていたそれが、弾けた。
 下腹を濡らした感触と、身体の中にねじ込まれた、濡れた長い舌に、ブランシュは背をしならせて快楽を訴える。
 サヴィの低い、唸り声のような声が、その濡れた音に混じって耳を打つ。
 完全に犬だ。犬の息づかいだ。
 ふと、執拗に舐め、ねじ込まれていた舌先が離れた。
 やっと終わったのか、とブランシュが安堵の息をつく。
 サヴィが胸元に口付けながらのし掛かり、その淫らな舌先が、ブランシュの顎先に触れた。
「……サヴィ、落ち着いて……」
 背中を抱かれて軽く起こされて、ブランシュは素直にサヴィの背中に両手を回す。
 油断していた。
 その、さっきまで散々舐られていた両足の奥に、硬く滾った熱い何かが押し付けられた。
「やめ、なにして」
 しっかりと身体を抱かれて、逃げられるはずがなかった。
 考えられないくらい硬く太いそれが、容赦なく、ブランシュの融けたそこを犯し始める。
 それはブランシュの微かな抵抗をものともせずに、簡単に、奥まで押し込まれた。
「うあ、あっ……! や、やめ、サヴィ、あ、あ……!」
 耳元で、サヴィの興奮しきった荒い息と、低い唸り声が聞こえる。
 奥まで完全にブランシュを刺し貫くと、サヴィは容赦なく、腰を揺すり始めた。
 硬く張り詰めたそれが、淫らに、ブランシュの柔らかな内壁を擦り、突き上げ、出し入れされる。
「いた、あ、あっ……! も、サヴィ、苦し、あ、あ……!」
 そう言いながら、ブランシュの吐息はどこか甘い。その乱れた甘い吐息に誘われるように、サヴィは容赦なく、腰を押し付け、揺すり上げ、容赦なく、突き上げる。
 あまりの激しさに、ブランシュは息がうまくつけない。
 その震える唇に、サヴィの長い舌先が触れた。そのサヴィの舌先は、唇を舐め、頬を舐め、軽く顎先に齧り付く。
 荒く淫らな吐息を漏らしながら、痺れてうまく働かない頭の片隅で、考える。
 コボルトって、こんなに激しいのか。
 性交なんて、本でしか見た事ないけれど、こんなすごいなんて、思ってなかった。
 うまく息が継げない。
 文字通り、獣のようなサヴィに犯されながら、ブランシュは遠のく意識の片隅で、思う。
 いやじゃなかった。
 コボルトに、サヴィに、こんなことをされるのが、いやじゃなかった。
 ただ、サヴィが僕の言葉を聞いてくれたらいいのに。
 それだけが悲しかった。



 目が覚めた時に、サヴィの姿はなかった。
 ブランシュは大きなベッドの上でぼんやりと身体を投げ出していた。
 両足は流れ出たサヴィの精液と、自分の吐き出した精液とでべたべたと濡れていた。
 身体中サヴィに舐め回されて、なんだかぺたぺたに湿っている。
 なんとか身体を起こして、部屋を見渡す。
 どこにもサヴィの姿はなかったし、描き掛けだったあの大きなキャンバスもない。
 絵の道具もなくなっていて、部屋にはぽつん、とイーゼルと倒れた椅子だけがあった。

 これは、あれか。

 一国の王子が、やり逃げされた、という事か。

 なんという屈辱だ。
 僕の身体を美しい、綺麗だと言いながら描いていたのに、一発か二発か三発か覚えていないが、やったら用無し。
 そういうことだと言うのか。
 なんたる屈辱だ。
 綺麗なだけで大した身体じゃなかった、というのか。

 ブランシュは箱入りぼんぼんの上に、なんだか斜め上だった。
 多分怒るところは普通、そこじゃない。
 憤慨しながら、犯されすぎてふらふらする身体で、なんとかベッドから這い出す。
 数歩歩いて、気付く。
 イーゼルの下に、ころん、と何かが転がっていた。
 屈み込んでそれを拾い上げる。
 それは使いかけの、白い絵の具だった。



 王子様を強姦したら、やっぱり縛り首だろうか。
 森の奥深くの、アトリエといえば聞こえがいいが、土に帰りそうな掘っ立て小屋のいつものイーゼルの前に座りながら、サヴィは考える。
 王子様は、とても美しかった。
 今まで被毛のない人間なんて、ちっとも綺麗じゃないしつるつるしてて気持ち悪いし、と思っていたのに、ブランシュ王子はとても美しく、綺麗で、可憐だと思えた。
 これは描きがいがある! 素晴らしい!! と最初は思っていたはずなのに。
 気付けばなんだか股間が激しく漲っていて、コボルトが人間に欲情するなんて……! 異常じゃないか! こんなのおかしい! と思ってたのに。
 なんで強姦しちゃったかな。
 絵の具をしぼり出しながら、ぺたぺたと描きかけの絵に絵筆を走らせる。
 白いシーツの上に、融けそうな滑らかな素肌を晒したまま眠っているブランシュ王子を見たら、何が何だか分からなくなった。
 気がついたら、ブランシュ王子を羽交い締めにして、めっちゃ腰振ってた。考えられないくらいに腰振りまくってた。
 とっても綺麗だけど、なんだかえらそうでアホそうでぼんぼんくさいって思ってたのに。
 めちゃめちゃ犯してた。気付いたら。

 ブランシュ王子は、ベッドの上ではとても可愛くて、綺麗で、淫らで、えっちだった。

 王子様を強姦して縛り首になる前に、もう一発や二発や三発くらい、やりたかった。
 今更もう後悔しても、遅い。
 せめてこの絵を描き上げて、これで抜いてから死のう。自害しよう。そうしよう。

 ブランシュも斜め上だったが、サヴィの大概だった。まさに畜生だった。
 どっちも世間知らずでアホなので、仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
 ブランシュの白く滑らかな素肌を思い出しながら、更に白の絵の具を追加しようとして、気付く。
「ふぇぇ……白の絵の具が……ないよぅ……」
 ない。
 買いだめていた分を、離宮のアトリエに丸ごと忘れてきたんだと、気付く。
 もう警備兵が王子の尊い純潔を穢した獣人を捉える為に街を徘徊しているかもしれないが、なんとしてでもこのブランシュの肖像画というかフルヌードを描き上げなければ、死んでも死にきれない。
 いやこのブランシュ王子の裸体で一発か二発、抜いてからでなければ。
 サヴィは純真すぎて斜め上だった。初めての恋がこんなだとか、どうかしている。
 死を覚悟しながらも欲望には勝てなかった。
 これは純愛なのか変態なのかよくわからない。
 サヴィは愛するブランシュの裸体を描き上げるために、死を覚悟しながら街へ向かう。



 そんな決死の覚悟で街に行ったのに、白の絵の具はどこの店も売り切れだった。
 入荷まで二週間はかかります、とすげなく断られて、サヴィはとぼとぼと泣きながら、森へ帰ってきた。
「……ふぇぇ……買い占めとか……ひどいよぅ……」
 描き上げる前に確実に処刑されるだろう。
 どう考えても王子様を強姦したとか、考えられない大罪だ。
 死は免れないだろう。
 今にして思えば、恥の多い人生だった。
 サヴィは己の半生を振り返る。

 コボルト族の男は、勇猛果敢である事が大事だ。

 なのにサヴィはぼんやりのんびりで、武芸は本当にまったくだめだった。
 せっかく大柄で体格に恵まれていたのに、見かけ倒しだと同族には散々、馬鹿にされていた。
 大好きな絵を描いて暮らせればそれでいい、そう思ってこの森で一人暮らしてきた。
 ひとりぼっちで絵を描いて、ひとりぼっちで死んでいく。
 それでいいと思っていたのに、なぜ、あんな被毛(コート)もない、つるっつるの人間の王子を好きになってしまったんだろう。
 おまけに告白する前にめちゃめちゃ犯しちゃったしな。
 コミュ障なのが悪かったのか。
 他のコボルトみたいに、もっとちゃんと目を見て話せたら、ブランシュ王子も好きになってくれただろうか。
 多分気持ち悪い絵オタク、としか思われていなかっただろう。
 更に今では強姦魔。
 まさに恥の多い人生だった。恥だけで済めば良かったのに、今では立派な犯罪者だ。
 描きかけだけれど、愛する王子の裸体で一発か二発か三発くらい抜いて、自害しよう。そうしよう。
 自害すれば、ブランシュ王子も許してくれるかもしれない。
 傷付けてごめんなさい。怖い思いをさせて、ごめんなさい。
 それすら伝えられずに終わるのか、と思うと、悲しくもあった。

「……どこに行っていた」

 俯いて歩いていたサヴィの耳に、幻聴が聞こえる。
 これは幻聴に違いない。
 こんな森の中のあばら屋の前に、あの華やかで可愛らしい王子様が、いるわけがない。
「おい、聞いているのか。サヴィ、僕が直々にこんなところまで、お前を訪ねてきたんだぞ!」
 幻聴でも尊大なんだな、そんな事を考えながら、サヴィは顔を上げる。
 幻聴でも幻でもなかった。
 サヴィのあばら屋の前に、大きな麻袋を抱えたブランシュが仁王立ちしていた。
「……お前、いい度胸だな。一国の王子をやり捨てとか、普通しないだろう! 腐っても僕は王子だぞ! 王子様なんだぞ!」
 ブランシュもやっぱり斜め上だ。
 これはツンデレってやつかもしれない。もしかしたら。
「僕は慈悲深いから、聞いてやる。……いいか、よく聞いて、答えろ」
 ブランシュは麻袋をサヴィに突き出す。
「お前が欲しいのは、この、白い絵の具か。……それとも、僕のこの、白い」
 最後までいう前に、ブランシュはサヴィにぎゅっと抱きしめられた。
 あまりに強く抱きしめられすぎて、ブランシュは息が詰まった。
「サヴィ、くるし……おま、なに、す……」
 抱きしめられ、べろんべろんに顔を舐め倒される。
「……両方、です。……両方、です。王子様。……大好きです。……綺麗で、つるつるで、毛がなくとも、王子様、あなたが好きです」
「毛がないだと! 失敬な! ささやかだがそれなりにちゃんとある! そこは訂正しろ、サヴィ!」
 どこの毛の事だと思っているのだろう。ブランシュはいい自爆をしていた。
「……まあいい。やり逃げできると思うな。一生、つきまとうからな。覚悟しておけよ、サヴィ」
 王子様はとっても素直じゃない。
 素直じゃないし斜め上で、ぼんぼんで、尊大で、被毛(コート)もないつるっつるの人間だけれど、それでも大好きだ、とサヴィは心から、そう思う。


2016/25 up

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