オートマタの棺

砂漠の王と人工生命体の恋

 砂漠の王セデルに仕えるノナ・ルカは、美貌だけでなく、才知にも溢れた優秀な書記官だ。
 セデルが王になる前、まだ子供だった頃から仕えている。
「王が先週気にかけていらしたコナ地方の、盗賊と嵐の被害の調査結果ですが、まとめておきました。コナに属する十七の街、村、全て、調査済みです」
 いつものように淡い茶の髪をまとめたノナ・ルカは、分厚い紙束を抱えて執務室にやってきた。
 飾り紐で結ばれた太い帯には、蛋白石(オパール)の帯留めが飾られている。ノナ・ルカの父親であるガリム博士は、巣立つ息子達に必ずこの石でできた帯留めを贈る。ノナ・ルカだけではなく、息子全員がこの石を肌身離さず持ち歩いていた。
「……ああ、ありがとう。机に置いておいてくれ」
 セデルは椅子の背もたれにぐったりと身を任せていた。ここしばらくは休む暇もなく、地方の見回り、会議、外国からの賓客の接待と忙しく動き回っていた。
「お疲れのようですね。背中や肩をお揉みしますか」
 セデルのすぐ隣までやってきて、抱えてきた紙束を机に置くノナ・ルカの横顔は、何年経っても変わらない。少年と青年の間のような、そんな面差しのままだ。
「いや、いいよ」
 ノナ・ルカの華奢な腰を引き寄せる。彼はいつものように、逆らわない。ノナ・ルカの手を取り、セデルは自分の下腹へ導く。
「舐めてくれ。女を抱く気力もない」
 何を言ってもいつものように、ノナ・ルカは頷くだけだ。
「はい」
 素直に返し、セデルの足の間に座り込み、下衣をはだけさせる。何の躊躇もなく下着から王の男根を引き出し、口をつけた。
 表情は少しも変わらない。王の男根に口づけ、舐め、口に含むが、その間、ノナ・ルカは色っぽい声ひとつ洩らさない。



 セデルが七歳になった時に、ガリム博士がノナ・ルカを初めて王宮に連れてきた。あの時のノナ・ルカも、少年なのか青年なのか、その間のような顔と身体をしていた。
 あれから二十年が過ぎたが、ノナ・ルカは少しも変わらない。
 あの時と変わったのは、髪の長さくらいだ。顔も身体もあの時のまま、変わっていない。
 ガリム博士はあの時、誇らしげにセデルに言っていた。
「いかがですか、セデル殿下。美しいでしょう? 私の最高傑作です。美しく賢く、従順だ。人と同じように作られた、人以上の生き物です。くだらぬ世間の者どもは、私の息子達を『人造人間(ホムンクルス)』と呼びますが、全くくだらない呼び方です。何も分かっていない!」
 セデルはガリム博士の息子達を見るのは、初めてだった。噂には聞いていた。とても美しくよく働き、賢く、不平不満も口にしない。そう大人達が噂しているのを聞いた事はあった。
「従来のつまらぬ|人造人間《ホムンクルス》とは品質も格も違います。どうぞ私の息子達の事は、『自らの意志で動くもの(オートマタ)』と呼んで下さい」
 確かに美しかった。整った目鼻と、陶器のようになめらかな肌と、淡い茶の髪はとても自然で、ガリム博士が作り出した『つくりもの』の命だとは思えなかった。
 目の前のオートマタは、幼いセデルに跪き、頭を垂れた。ガリム博士はそれを見届け、満足げに頷くと、両手を広げた。
「今日からこのオートマタは、殿下のものです。生涯をかけて殿下に尽くし、お守りし、お望みになる全てに従います」
 ガリム博士は誇らしげに『息子』の肩を叩く。
「さあ、殿下。あなたの忠実なるオートマタに、名前をつけて下さい。このオートマタに、命と使命を与えて下さい」



 止めなければ命じられたままに、ノナ・ルカは何時間でも、『奉仕』し続ける。
 ノナ・ルカの舌も唇も、人間以上に人間らしい。人間らしくないのは、いつまでしゃぶり続けても、全く疲労しない事くらいだ。
「……は……っ……」
 詰めた息を吐きながら、足の間のノナ・ルカを見つめる。
 ノナ・ルカは羞恥を感じない。見られていても見られていなくても、同じように丁寧に舐め、食み、咥え、奉仕する。
 一度戯れに『恥じらいながら咥えてみろ』と言ったら、ノナ・ルカは本当に『恥じらいながら』奉仕した。
 演技とは思えないくらい自然に、愛らしく、羞恥に涙を浮かべながら、いつものように舐め、しゃぶった。
 もう二度と『恥じらってみせろ』と言うまいと、セデルはその時思った。
 何を言われてもノナ・ルカは忠実に『王の望み』通りに動くだけだ。空しいくらいに、忠実に命令通りに、主の望むとおりに、従う。
「もういいよ。……出すのはお前の中にしよう」
 ノナ・ルカの頭を撫で、そう告げると、ノナ・ルカは喉奥まで咥えていた王の男根を唇から抜き出し、垂れた体液を拭い、立ち上がった。
 下衣を脱ぎ、下着を下ろし、裾をたくし上げ、ノナ・ルカは躊躇なくなめらかな下腹とその下にある性器を晒す。
「王がお疲れなら、私が動きましょう」
 頷くと、セデルの膝に跨がる。たくし上げた裾を押さえ、硬く膨れ上がり、反り返った王の男根を握り、両足の奥に導く。
「ノナ・ルカ。お前の中に入るところが、見えるように」
「……はい」
 足を開き、机に背中を預けながら、ノナ・ルカは王を迎え入れるそこを見せつけるように、腰を沈めた。
 ガリム博士の息子達(オートマタ)は、精神的にも肉体的にも主に尽くすように作られている。ノナ・ルカだけではなく、彼の兄弟全てがそうだという。
 滾った男根を飲み込む孔は、女のように蜜を滴らせる。主に快楽を与える為に、主を喜ばせる為にそう作られているとも聞く。
 ガリム博士は天才だが、もうとっくに気が触れているのかもしれない。そうでなければ、こんな人によく似た、人でないものを生み出さないだろう。
 美しい顔と美しい身体、高い知能と従順さを持つ、心のない生き物。そんな化け物を生み出し続けるのは何故なのか。正気だとは思えなかった。



 出会った時は兄と弟のようだった。今ではセデルの方が背も高く、身体も逞しくなった。
 ノナ・ルカはあの頃から少しも変わらず、少年のようにしなやかな身体のままだった。昔はノナ・ルカがセデルを抱き上げてくれたが、今ならセデルがノナ・ルカを抱いて歩く事ができる。
 十八歳になった夜、セデルはノナ・ルカに告白した。
 初めて会った七歳の時から、ノナ・ルカが好きだったと告げると、ノナ・ルカはいつもと同じ表情のまま、跪き、頭を垂れた。
「私はセデル殿下のものです」
 ノナ・ルカはそう答えた。
「セデル殿下の望む全ての事に、お応えします。王の望むままに、王の願い通りに従います。どうかご命令を」
 ノナ・ルカはいつもの美しい顔のまま、セデルへの忠誠を口にした。
 オートマタは、主人に逆らわない。命じられるままに従う。
 ノナ・ルカは人の姿をした人でないものだ。心のない人造人間(ホムンクルス)となんら変わりがない。ガリム博士のオートマタは、美しく繊細にできているだけで、心がないのは人造人間(ホムンクルス)と同じだった。
 あの時ほどの絶望は、二十七歳になった今も味わった事はない。

「…あ…、は……」
 ノナ・ルカは淫らに腰を振りセデルの男根を抜き差ししながら、切れ切れに声を洩らす。
 これは喘ぎ声ではなく、自然に洩れる声だ。腹の中を擦り上げられるのは、性的な奉仕もできるよう作られたオートマタでも息苦しく感じるらしい。
「ノナ・ルカ、喘いで。……もっといやらしく腰を振って、雌みたいに喘いでくれ」
 ノナ・ルカは頷き、足を開き、もっと奥までセデルの男根を咥え込む。
「あ、あっ! ん、いい、気持ちいいっ……! セデルさま、あ、ん」
 裾をはだけ、ノナ・ルカの性器を晒す。人間の男と全く変わらない。ノナ・ルカのそれは硬く立ち上がり、割れ目から蜜を滴らせる。
「ふあ、あ! 奥、奥に、セデル様が、あ、はっ……!」
 繋がったそこから、粘った水音が響き、べったりと蜜を溢れさせ、セデルの下腹まで濡らす。
 こんな人形しか愛せないなんて、どうかしている。
 どんな美しい女よりも、この心のない化け物を愛しいと思うなんて、頭がおかしいとしか自分でも思えなかった。
 ノナ・ルカの忠誠は、命じられて生まれたものだ。彼の意思はどこにもない。
 何をもってガリム博士は、『息子達』に『自らの意志で動くもの(オートマタ)』と名付けたのか。
 彼らは主に命じられるままに動く『人形』でしかない。
『愛せ』と命じれば心から愛すふりをする『人形』に恋をするなんて、我ながら頭がおかしい。



 執務机の上に半裸で寝そべるノナ・ルカの、緩く開かれた両足の奥から、溢れ出た精液が滴り落ちる。
 オートマタも生き物だ。激しい性交の後は息が切れるのか、時々こうして身体を投げ出し、息を整えている事があった。
「……申し訳ございません。すぐに片付けます」
 ノナ・ルカはまだ荒い息を吐きながら、身体を起こし、書き損じの紙を取り上げて、両足を濡らす精液を拭い取った。
「ノナ・ルカ。たまには官能小説でも読んで、もっと情事の色っぽさを学んでくれよ。俺に言われずとも、いやらしく喘ぐふりも頼む。セックスする時は、言われなくとも雌みたいに喘いでおけ」
 片手で頬杖をついてノナ・ルカの肢体を眺めていたセデルは、愚痴を漏らす。
「申し訳ございません。不勉強でした。早速書庫で探して読んで参ります」
 表情に乏しいオートマタだが、『申し訳ございません』と口にするノナ・ルカは、本当に申し訳なさそうに見える。心ない人形でも、そういう言葉を口にしているとしおらしい態度になるのだろうか。
 そんな事を考えながら、セデルも身支度を調える。
「……ああ、夜中になってしまったな。適当に片付けたら下がっていいぞ。明日も早い」
 オートマタも夜は眠る。人間よりは睡眠時間が短くて済むが、人形でも生命はある。身体を休める必要はあった。
「はい。セデル王も、無理をなさらずお休みください」
 机や床に飛び散った体液を拭き取り終えると、ノナ・ルカは立ち上がり、下着をつけ、下衣を履き、帯を結び直す。
 蛋白石の帯留めが床に投げ出されていた。それを拾い上げたノナ・ルカの動きが止まった。
「……どうした、ノナ・ルカ」
 ノナ・ルカは素早く壁に立てかけられていた太刀をとりあげ、鞘から解き放った。
「王、窓際へ。もしもの時は、飛び降りてでもお逃げ下さい」
 そうノナ・ルカが言い終えた瞬間、突然扉が開け放たれた。
 部屋の中へなだれ込んできた男達は、皆、顔を覆い隠し、太刀を握りしめていた。
 ノナ・ルカは目にも留まらぬ速さで太刀を振り回す。
 オートマタが戦う姿を、セデルは初めて目にした。
 ノナ・ルカはいつでも物静かだった。争いごとからは無縁のように見えた。身体も華奢でしなやかで、少年のたおやかさのままだった。
 今、太刀を握り立ち回るノナ・ルカは、そんな繊細さはみじんもなかった。速さも力強さも、人間のそれからはかけ離れていた。
 賊は大男ばかり、何人もいた。自分の倍はありそうな体躯の男達を、ノナ・ルカは無造作に切り捨てていく。
 その光景を、セデルは呆然と見守るだけだった。
 予想もしなかった光景を目にし、立ちすくむしかなかった。
「……王!」
 ノナ・ルカの短い叫び声が聞こえた。
 我に返った時、目の前で賊が蛮刀を振り上げていた。壁の太刀には手が届かない。とっさに手許にあった分厚い本で一撃目は防いだが、二撃目を避けられるとは思えなかった。
「王、伏せて!」
 信じられない速さでセデルの前に立ち塞がったノナ・ルカの脇腹を、蛮刀が切り裂いた。
 鮮血が目の前を染め上げる。
 崩れ落ちるノナ・ルカの手から太刀をもぎ取り、セデルは椅子を蹴り上げ、賊に飛びかかった。狂ったように叫びながら、太刀を振り回し、賊を叩き切る。
 ノナ・ルカは床に倒れ込んだまま、動かなかった。セデルは半狂乱だった。目眩がしそうなくらいに頭も身体も熱かった。ここにいる全ての賊を叩き殺す。それ以外、何も考えられなかった。
 騒ぎに気付いた兵士達がようやく到着し、生き残った賊達を取り押さえ、ようやく我に返ったセデルは、太刀を投げ捨てる。
「ノナ!」
 仰向けに倒れたまま動かないノナ・ルカに駆け寄り、抱き起こすと、ノナ・ルカはセデルを見上げ、小さく咳き込んだ。
「……王、ご無事ですか」
「無事だ!」
 ノナ・ルカの切り裂かれた脇腹からは、おびただしい血と臓物が溢れ出ていた。その赤く開いた傷口を、セデルは必死で塞ぎ、押さえつける。
「すぐに医者を呼んでやる! 大丈夫だ、たいした傷じゃない」
 そう励ますしかなかった。あまりにひどい怪我だった。人間なら即死だ。いや、いくらオートマタでも、こんな傷を負ったなら。
 もう助からないかもしれない。そんな考えがセデルの頭をよぎった。
「父上を呼んで下さい。人間の医者では、オートマタを治せません」
「すぐに呼んでやる! だから……!」
 死ぬな、と言いたかった。だがその言葉を口にしようとすると、目頭が熱くなり、喉奥が焼けそうになる。言葉は喉に張り付き、出てこない。
「……王」
 ノナ・ルカの震える手が、セデルの手を掴んだ。
「王」
 もう一度、呼びかける。
「あなたに仕える事ができて、幸せでした。私を手許に置いて下さって、ありがとうございます」
「……しゃべるな。傷が」
 ノナ・ルカはその命令に背いた。今まで一度も逆らった事がなかったノナ・ルカの、初めての命令無視だった。
「オートマタに許されたたったひとつの自由は、自ら主を選ぶ事です。……初めてあなたに会った時から、お傍にいたいと願いました。あなたに一生お仕えすると、決めていました」
 心のない人形が、選ぶ?
 セデルは一瞬頭が真っ白になった。
「あなたに……お仕えできて、幸せでした。大切にして下さって、ありがとうございます。もし私が……生まれ変われたなら。人でも、オートマタでも。また、あなたにお仕えしたいです」
 ノナ・ルカの青い瞳から、涙が溢れ、零れ落ちた。
 それは血の色をしていた。真っ赤な涙が、なめらかな白い頬を伝い落ちる。
 だからガリム博士は、作り上げた『息子達』に『自らの意志で動くもの(オートマタ)』と名付けたのか。
 自ら主を選び、仕える。
 心がないなんて、間違っていた。
 ノナ・ルカは心を持っていた。
 大きく息を吐き、動かなくなったノナ・ルカを抱きしめ、セデルは堪えきれない嗚咽を洩らす。
 つくりものの命でも、魂は宿っている。
 セデルを選び、一生傍にいたいと、願う心を持っていた。






「これはこれは、セデル王。このようなわび住まいにお越し頂き、恐縮でございます」
 ガリム博士は笑顔でセデルを出迎えた。
 この老博士はまだ健在だった。今何歳なのか分からないが、結構な高齢のはずだ。だが今でも元気にオートマタ作りに励んでいる。
「新しいオートマタを作っているのか」
 研究室への扉が開け放たれていた。薄暗くおどろおどろしい雰囲気で直視する気にはなれないが、ここでノナ・ルカも生まれたと思うと、悪くは思えない。
「新作のオートマタも今まで通り、どこに出しても恥ずかしくないできをお約束できますよ。……セデル王もまた新しいオートマタをお持ちになられますか? 王ならば、我が息子達(オートマタ)も争って仕えたがるでしょう」
「……いや、もうオートマタは不要だ。俺のオートマタは、ノナ・ルカだけだ」
「そこまで陛下に愛して頂けたノナ・ルカは、幸せですな……」
 ガリム博士に案内され、居間に通される。座るよう勧められたが、セデルは丁重に断った。
「長居するつもりはない」
「さようでございますか」
「ノナ・ルカに会いに来たんだ……」
 ガリム博士はそう聞くと、満面の笑顔を見せた。
「長らくお待たせ致しました。……少々お待ちください」
 ガリム博士は杖をつきながら、中庭への扉を開け放つ。
「早くこちらへ来なさい」
 そう中庭に呼びかけると、石のタイルを駆ける軽い足音が響いた。
「セデル王、いかがですか。……すっかり元通りです。どうです、私の息子(オートマタ)は。素晴らしい再生能力でしょう。完全に傷が消えるまで時間がかかりましたが、性能は以前より更に向上しました」
 ガリム博士に連れられて部屋の中に入ってきたノナ・ルカは、以前と変わらず美しい身体と顔だ。変わったのは、表情か。
 セデルの顔を見た瞬間に、人間と変わらないような笑顔を見せた。
「ご要望通り、いくつかの機能を停止する事ができました。より自然に、より人間に近くなったノナ・ルカをご覧下さい」
「セデル王」
 ノナ・ルカはセデルに駆け寄り、目の前に跪く。
「どうか、再び私をお傍に」
 セデルはノナ・ルカの手を取り、引き起こす。もう言葉は浮かばなかった。ノナ・ルカの華奢な身体を抱きしめたまま、セデルは溢れそうになる嗚咽を堪える。



2019/02/22 up

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