竜の棲み処

#08 竜の誘惑

「ルサカを着飾らせたい」
 これは本気だ。
 真顔でタキアは珊瑚が持ってきたダーダネルス百貨店の服飾カタログを熟読している。
「これだけ可愛らしい番人を持っていたら、お召し物にも気を使いたくなりますよね。……今シーズンの流行ですと、こちらのクラシカルなタイプのものなど大変おすすめです」
 珊瑚も真剣に見繕っている。
 当のルサカはといえば、『特選キッチンカタログ』を読むので忙しい。
 この手の家事全般のカタログが人間の言葉で書かれているところをみると、番人向けなのだろう。ルサカは夢中で見ている。
 タキアと交尾をしていると、とにかく死にそうに空腹になる。
 その空腹を迅速に満たすためには便利な調理器具。というわけでルサカも必死だ。
 タキアと珊瑚の密談なぞまるで聞いていない。
「今度兄がまた遊びに来るって言ってるんだ。……ルサカを気に入ってて羨ましがってたから、着飾ってみせびらかしたい」
 子供っぽくて無邪気かと思ったら、案外タキアは黒い。
 いやむしろ、自慢の番人を見せびらかしたいとか、子供がおもちゃを見せびらかすようなものか。
「と申しますと、リーン様ですね。当店を大変ご贔屓にして頂いて、巣にも私の実兄の群青がお邪魔させていただいてます」
「珊瑚さんちは兄弟でダーダネルス百貨店にお勤めしてるのかあ」
「兄が十五人ほど勤めておりますね。外商部にいるのは、五人程度です」
「?!」
 思わずルサカも聞き耳を立てる。
 十五人も兄がいるだと……人外恐るべしである。
「他の竜は、番人にどんな服を着せてるのかなあ……。すごく悩む」
 気に入った服があったところに付箋をつけながら、タキアは真剣に考え込んでいるようだった。
「……そうですね、男性の番人を寵愛していらっしゃる方は結構いらっしゃいますよ。ただ、ルサカさんのように子ど…失礼致しました、年若い番人をお持ちの方は、私のお客様にはいらっしゃらないので……」
 珊瑚だって見た目は子供だが、中身は思えば軽く三百年は生きている。
「うーん……ルサカ、服買ってあげる。どんなのが欲しい?」
 振り返ってルサカに声をかけると、ルサカはまた『特選キッチンカタログ』に釘付けになっていた。
「エプロンかな。あと動きやすい服」
「そんなのつまんないよ!!」
「じゃあなんでもいいよ」
 ぞんざいに扱われて、タキアはふてくされている。
「……じゃあ、珊瑚さん。これとこれとこれ」
 タキアは膨れたまま、勝手に注文する事にしたようだ。
「承りました。サイズの在庫はございますので、明日にでもお届け致しますね」
 ルサカはカタログを見ながら注文書を書くのに忙しいようだった。
 珊瑚はちらっとルサカを見る。
「……よろしいんですか?」
「ルサカがなんでもいいって言ったし」
 まだタキアは拗ねている。
「……返品も承りますので……」



「絶対に着ないから!」
 ルサカはそれはもう猛烈に怒っていた。
 だがぞんざいに扱われて拗ねていたタキアも引き下がらない。
「ルサカが何でもいいって言ったんじゃないか! それにちゃんと条件満たしてるよ、エプロンで動きやすいって!」
「人間の男は、女物なんか着ないんだよ!」
 そうです、お察しの通りベタですがメイドさんのエプロンドレスです。
「綺麗だしいいじゃないか。これ、似合うと思うし」
 タキアは別にルサカを辱めようとかそういうプレイがしたい、とかでなく、純粋にルサカの要望の『エプロン』で『動きやすく』てタキアから見て『綺麗』で『似合いそう』なのを選んだつもりなのだ。
 ただ、女物はもしかしたら嫌がるかもしれないとは思っていた。
「い・や・だ。……返品伝票書いておくから、それぐしゃぐしゃにしたり汚したりしないでよ」
 タキアは拗ねて寝椅子に寝転がっている。
「だって男物はちっとも綺麗じゃない。色も地味だし柄も地味だしキラキラしてたりフワフワしてたりしない」
 言われてみればそうだ。
 確かに男物はキラキラもフワフワも綺麗な色もしていない。
「綺麗なのはみんな女物なんだよ……。ルサカには綺麗なの着て欲しい」
 竜の美意識では、番人はキラキラしていて欲しいものなのか。
 とにかく羞恥プレイを強いている訳ではなく、純粋に可愛い綺麗な服を着て欲しいのはルサカも理解した。
「だからと言って女物は着ない。スカートとか無理」
「どうせ見るのは大半僕だし稀に兄さんとか珊瑚さんくらいじゃないか。あとほうきウサギ」
 ルサカはタキアからメイドさんのエプロンドレスを奪い取ってたたみ始める。
「それでも嫌なの。そこまで言うならタキアが着れば?」
「嫌だ、ルサカが綺麗な服で着飾ってるのが見たい」
 駄々っ子と一緒だ。とても大人に見えない。
「……そういえば、タキア幾つなの」
 そういえば具体的に年齢を聞いた事がなかった。
 見た目は二十歳前後だけれど、竜なので多分、見た目よりも年は上じゃないだろうか。
「五十歳だよ。五十歳で独り立ちするようになるけど、百歳くらいまで実家にいる竜もいる」
 人間だったらいいおっさんなのに、竜はこんなに子供っぽいのか。
 それとも成長が遅いんだろうか。
「兄さんは千歳くらい、姉さんは五百歳くらいかな。兄さんは大きいハーレムを持ってるけど、男の番人は、僕が知る限りじゃ四人くらいかなあ。姉さんのところも男は二人くらいかな。みんな大人の番人だから、服は地味だなあ」
「そういえばあまり子供の番人はいないって言ってたもんね……」
 竜の交尾がハードすぎて子供は向かないんだろう、というのはルサカも理解出来る。
「みんな子供を連れてきたら育つまで待つからね」
 育つまで待つ。
 ルサカは何かが引っかかった。
 育つまで待つ。番人は大人ばかり。竜の寿命は長い。急激に上がった体力。下腹の紅い花。
 まさか。
 悪い想像をした。
 そんな事がありえるのか。ルサカは不安をそのまま口にする。
「タキア。……どうして、育つまで待つの?」
「交尾に耐えられる体力と身体にならないと。……しるしがついたら成長が止まっちゃうからね」



 信じられない。
 ルサカは厨房の壁に背中を合わせて立って、印を刻む。
 ここに連れてこられて二ヶ月くらい経っている。
 ライアネルがよく背を測ってくれて、最近ものすごく伸びてきたから、今度服を買い替えようという話をしていた。
 それくらいめきめき背が伸び始めていた。
 今は?
 攫われてから測る事なんかなかった。本当に伸びていないのか。
 壁の印を見つめながら、今からでも確かめるために測ろう、と決める。
 言葉に出来ない焦燥感があった。
『竜は繁殖の為に人と交尾出来るよう、人型にもなれる進化をしたけど、人の寿命は短いし、弱いから。だから多分、しるしをつけて竜と添い遂げられるようにするようになったんじゃないかなあ。詳しい事は僕もわからない。……こういうものだと思って疑問にも思わなかった』
 タキアの言葉通りなら、竜の長い命と添い遂げるために、番人も不老と長寿を与えられる。
 もう、完全に人でなくなってしまったという事か。
 帰れないんだ。
 今、思い知らされる。
 もう、人間として生きられないんだ。
 ライアネルの元に戻っても、同じように年を重ねる事が出来ない。
 立っていられないくらい、眩暈がしていた。
 ルサカはあやうい足取りでテーブルに寄り、椅子に座り込む。
「……はい。お茶」
 ぽん、と手にカップを持たされる。
「ありが……?!」
 あまりに自然に渡されて、ルサカはカップとその人を二度見した。
「探したけどタキアがいない。……また帰ってきていないか?」
 勝手にお茶を淹れて隣に座ったのは、リーンだった。
 ルサカは驚きのあまり言葉が出なかった。呆然とカップとリーンを見比べる。
「……この間はろくに挨拶しないで触っちゃったね。ごめんごめん。良かれと思ったんだけどね」
 この間。
 あの時の事を思い出して、かあっとルサカの顔が赤くなる。
「そんな可愛い顔してると、また触るよ」
 そうは言われても初対面であんな事をして、ルサカはどういう顔をしていいか分からない。
 慌てて下を向くが、言葉が何も出てこない。
「今更だけどはじめまして。……名前覚えてる?」
 タキアに良く似た赤毛にすみれ色の目のリーンは、穏やかに話しかけてくる。
 ルサカの方はもう羞恥で顔があげられなかったし、うまく言葉が出てこない。
 あんな事をしてあんな姿を見られたとか、居たたまれなさ過ぎて混乱するしかなかった。
「タキアのお兄ちゃんのリーンだよ。……そんなに怖がらないで大丈夫。とりあえずお茶でも飲んで落ち着いたらいい」
 竜のゆるゆるなモラルなら、あれくらい大した事ではなく、それこそ番人とスキンシップしたくらいにしか思ってないのかもしれない。
 だがルサカには人のモラルと常識がある。
 あまりの羞恥にルサカはいっそ走って逃げようかとも思い始める。
「俺も君みたいな可愛い番人が欲しくて探してるんだけど、なかなかいないね」
 リーンは何気ない素振りでルサカの頭にぽん、と手を置き、そのココア色の髪を撫でる。
 タキアは長身だけれど細身だった。華奢と言っていいくらい腰も細かったし、手も女性のようにしなやかで美しい指をしていた。
 リーンは見た目は二十代後半くらいに見える。
 タキアと同じように長身だけれど、タキアのように華奢ではなかった。大人の男性、という体格。
 その手もタキアのようにしなやかだったが、大きな手だった。
 そうだ、ライアネル様もこんな感じだった。
 ふとルサカはライアネルもこうして頭を撫でてくれた事を思い出す。
 ルサカの髪を撫でてひこうとしたリーンの手を、思わず取って握ってしまう。
 大きな手に、とても安心感を覚えた。それがとても懐かしくて恋しいライアネルの手のように思えてしまった。
 リーンも少し驚いたようだが、されるがままになっている。
 ルサカはおずおずと顔をあげて、リーンを見上げ、微笑む。
 とても嬉しかった。ライアネルに撫でられたような錯覚を覚えてしまっていた。
 だから、竜を誘惑するつもりなんて、全くなかった。



 よくわからないが、何故こうなってしまったのか。
 リーンの膝に乗せられて、何故、今、こうしてシャツの中に手をいれられているのか。
 ルサカは全く抵抗する気が起きなかった。
 ただ、されるがままに、唇を震わせて甘い声をあげる。
「……感じやすいね。これだけで蕩けちゃうのか」
 シャツの中の大きな手は、気まぐれに下腹の紅い花を撫で、胸の合わせ目を辿り、ルサカの胸の小さな突起を撫でる。
「あ、ふ……っ…」
 少し撫でられただけで、蕩けそうな顔でルサカは目を伏せる。
 大きな手に見合わないくらい、リーンの指先は優しい。撫で、軽く捏ねるように柔らかに擦り、ルサカの甘い声を引き出そうとする。
「やめ、あ、あっ……ん」
 背中から抱きしめる手が、自分の胸の上で動くさまを、ルサカはぼんやりと眺める。
 はだけたシャツの胸元から、リーンの指に摘まれ赤く尖り始めた胸の突起が見えた。
「……そろそろタキアが帰ってくるかもね」
 そう言いながら、リーンはやめるつもりがなさそうだ。
 ルサカの額やこめかみ、耳朶に甘く吸い付きながら、淫らな指先はルサカの快楽を引き出そうと、悪戯をやめない。
「……もっ……」
 ねだるようにその手に指をかける。たまらなくその指先が甘く感じられた。
 下腹の紅い花の奥深くが、痺れるくらいに熱かった。たまらずにルサカはその先をねだる。
「やらしくて素直とか、本当に最高の番人だな。……ルサカ、ほら」
 ルサカの下腹に手を伸ばし、ボタンを外しズボンをくつろげる。
 もう熱く硬く張り詰めているルサカのそれに触れようと下着に手を差し入れ、空いた手でルサカの震える唇に触れる。
 その顎をひいて、口付けようと唇を寄せたその時だった。
「……ほんっとうに、兄さんも懲りないね。ルサカは僕の番人だって何回言ったらわかるの」
 いつの間にか背後に立っていたタキアの掌に、またルサカの唇を塞がれる。
「またかよ。……お前も見てるのかってくらい、いいタイミングで帰ってくるなあ」
 渋々リーンは背後のタキアを振り仰ぐ。
「よその番人みたいに、気安く交尾できると思わないで欲しいね。……ルサカはそういう番人じゃないんだ」
 もぎ取るように蕩けたままのルサカを奪い返し、抱きかかえる。
「番人になりたてで竜に免疫がないんだ。ルサカを弄ぶのはやめてくれ。……幾ら兄さんでも怒るよ」
 タキアは熱を帯びたままのルサカの額に触れ、何か短く呪文のようなものを唱える。
 その額から手を離すと、ルサカはぐっすりと眠り込んでいた。
「いいじゃん、ケチ。番人とか、主が留守なら客人を身体でもてなすもんだろ」
「そういう事はルサカにさせないから」
 弟がこんなに怒るのを、初めて見たかもしれない。
 リーンはちょっと意外に思っていた。
 おっとりのんびりで、甘ったれの末っ子だったタキアが、ちょっと見ないうちにこんな風に自己主張するようになったのか、とリーンは感心していた。
「そういえば他の番人作らないのか、タキア。……そんな小さい番人じゃ、満足するまで交尾出来ないだろ」
 一瞬タキアが詰まる。
 言葉を選んでいるのか少し迷っているようだった。
「……ルサカがいるからいらない。……我慢くらい出来る」
 ますますリーンは驚いてる。
 甘ったれで末っ子気質だったタキアがこんな事を言うとは。
 少々、面白半分にルサカに手を出した事を反省する。
「ちょっとルサカを寝かしつけてくるから。……兄さん悪戯して歩かないでよ」
 ルサカを抱いて厨房を出て行くタキアの背中を見送りながら、リーンは弟の成長と変化に興味津々だった。
 それと、ルサカにちょっかいを出すのはまた別問題だけどね。
 見送りながら、リーンは小さく笑いを洩らす。



2016/01/31 up

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