そのリーンの言葉を、ライアネルはむっつりと黙り込みながら聞いていた。
ライアネルの屋敷の、ルサカが丹精していたバラの茂み近くの東屋で、リーンと差し向かいでお茶を飲んでいるが、ライアネルはあまり機嫌が良さそうには見えない。
リーンは時々気まぐれに訪れては、世間話のふりをしながらルサカの近況をそれとなく、話していくが、ここ最近はもっぱら竜騎士になろうぜ! の勧誘ばかりだった。
久々にそれ以外の話題だ。
「竜が番人を求める理由なんて絶対理解されてないだろう。綺麗な人間が大好きでハーレムを作りたいだけだと思われてるよな。……まあ、概ね趣旨はあってる」
東屋のティーテーブルには、張り切りすぎたマギーが作った軽食のサンドイッチやらお菓子やらが満載されているが、リーンはあまり食べない。
ただお茶はよく飲む。
いいお茶を用意すればするほど良く飲むので、思わずライアネルも最高級茶葉をマギーに渡しているくらいだ。
「そもそも、そんな生態が知れ渡るほど個体数がないじゃないか」
せっかく作ってくれたマギーに申し訳ない。残すのが申し訳なくてせっせと食べるのは、もっぱらライアネルだ。
せっつけばそれなりにリーンも食べるので、時々は勧める。
そういえば竜は何を食べて生きているのだろう。何を食べてあんな巨大な身体を維持しているのか。ライアネルは頭の片隅で考えていた。
「そう、その通り。……俺も千年生きて、子供は三人しか出来ていない。百歳で巣を持って、それでもこれだ。それくらい、竜は繁殖力が低い。……その代わり、長命でもあるけどな」
そもそも、竜の寿命が分からない。
色々な書物や伝説によれば、想像を絶する長命なようだが、実際はどれくらいなのか。
千年生きたリーンがこの若々しさなら、まだまだあと千年は余裕で生きるだろう。
「俺の巣にいる番人は全部で十九人だな。番人が必要な理由は様々で、基本は三つの仕事があるんだが、その三つは家事を含む巣の管理、財産管理、そして交尾だ。……話せば長くなるが、簡単に言うと交尾は繁殖の為で、番人を必要とする最大の理由は繁殖なんだよ。だから人数がいる」
最初の二つは許容範囲内だ。それはある意味全うな仕事だとも言える。
ルサカを連れ去られているライアネルにとっては、最後のひとつは、考えたくもない惨い仕事だ。
眉をひそめてむっつりと黙り込むライアネルを見て、リーンもやれやれ、という顔をしている。
ここが竜と人の大きな価値観の違いだ。
竜は全員両刀。これが、人間には恐らく、受け入れ難い。
「竜同士だと更に繁殖力は弱い。そしてまず竜は個体数が少ない。……だから、繁殖力が強い上に生息数もめちゃめちゃ多い人間に卵を産んでもらおうというわけだ。無駄にハーレム作ってるわけじゃないんだぜ」
ライアネルは渋々、口を開く。本当はこんな事、考えたくもない惨い現実だ。
我が子のように慈しみ大切に育てたルサカが、どんな目にあっているか、それを考えたくなかった。ライアネルのモラルでは耐え難い事だった。
「……同性の番人を置く理由が分からないんだが」
「そこはやっぱり綺麗なものが大好きだっていう業のせいかな。……男でも女でも、綺麗な人間にはやはり心奪われるものだよ。……あとは巣の防衛もある。俺のところにも騎士だった番人がいるくらいだ」
こいつもやはり両刀か。
差別するつもりはないがなんとも言えない気持ちになってしまう。ルサカを攫われて番人にされていなければ、異文化として受け入れられたかもしれない。
ライアネルのこの複雑な胸のうちは、多分誰にも理解されない。
しいて言えば、ルサカが自分で選んで受け入れた運命なら、こんなにも全てを恨まずにいられたかもしれない。そう思う事は何度もあった。
選ばざるを得ない状況になったから、選んだ。そうとしか思えなかった。
「……繁殖は種の使命で本能だ。どんな生き物も、繁殖の為に必死になる。ライアネル、お前だって自分の子供を持とう、と思う事はあるだろ」
ライアネルもルサカを失い、家督を継ぐ後継者の為に、今まさに、結婚を考えている時だった。
これは本能なのか常識なのか、誰に言われたわけでもないのに、自然にそう考えていた。
「……ここで複雑なのは、実は竜は繁殖の為だけに交尾する訳じゃないって事だ。……長い命を過ごす孤独と不安を解消する意味もある。……精神安定にもなるんだよ。人間にも、心当たりがあるんじゃないか。交尾が繁殖目的だけじゃないのは、一緒じゃないかと思っているんだが」
さすがは十九人の番人を持つ竜だ。
思えば恋愛にしても戦闘にしても世事にしても、何もかもライアネルより遙かにたくさんの経験を積んだ生き物だ。
見た目だけなら年下だが、この男は人ではない。千年を生き抜いた強き竜だ。
「ライアネル、お前が思っているような犠牲者ではないんだよ。……弟は確かに未熟で、浅慮で、短絡で、まだまだ子供かもしれない。けれど、ルサカを大切にしているのは本当なんだ。……ルサカの同意もなく番人にしたかもしれないが、一度だって暴力でルサカを従わせた事はない」
何も言葉を返せない。
ライアネルはただ押し黙って、リーンの話を聞き続ける。
「過ちはもうどんなに詫びたところで変えられない。どんなに後悔したって、取り消せない。……だから前に進むしかない。ルサカも、タキア……弟も、それをよくわかっているんだ。恐らくルサカだって、この人の世に、お前に未練がある。それでも、振り返らず前に進むと決めているんだ。……その気持ちだけでも、分かってやってくれ」
この、異形の生き物は、思ったよりも人に近い。
そしてライアネルよりも、遙かに物事をよく見据えている。
静かに考え込むライアネルを眺めながら、リーンはため息をつく。
もう、めっちゃラブラブだからほっとけよ、と言えたらどれだけ気楽か。
お前が思っているほどルサカは子供で無邪気で無力じゃない、むしろ魔性の力で竜を虜にしているし身体だけならめちゃくちゃ大人だよ、と言ってしまえたらすごく分かりやすいんだが。
さすがに親代わりのライアネルに、そんなふしだらな現実を付き付ける訳にいかない。
そう、ルサカは子供だけれど、ライアネルが思うほど、弱くも、無力でも、ない。
その辺の大人の男なんか目じゃないくらい、潔い男なんだ。
そのルサカの未練が、ライアネルなんだと早く気付け。
ライアネルが全てを注いでルサカを愛し、慈しみ、育てたように、ルサカも世界の全てがお前だけだったんだ。
その閉じられた世界から連れ出され、そして運命を受け入れて、自分で歩きはじめた事を、喜んでやれ。祝福してやれ。
ルサカの未練は、お前の祝福なんだよ。
そう全てを言ってしまえたら、どんなに楽か。
結局、ライアネルがそれに自分で気付かなければ、何の解決にもならない。他人の意見で流されるような男じゃない。
リーンは暮れ始めた空を見上げ、再びため息をつく。
多分、そんな難しい事を、彼らはあまり考えていない。
保護者達の密談なんか知った事じゃなかった。
むしろ今はそれどころじゃなかった。
大変な事を教えてしまった。
ルサカは寝椅子に大きく両足を広げて座らされたまま、呆然としていた。
タキアはこれがすっかり気に入ってしまった。
上手いとは言い難いルサカにされただけでも、ものすごく、気持ちがよかったんだと思われる。だからこそ、ルサカにたくさんしたい! と思ったのだろう。
一回ルサカにされただけで、ノウハウを学んだようだった。竜の学習能力、恐るべしである。
思えばタキアは尽くされるより尽くすのが大好きだった。これが気に入らないはずがなかった。
おまけに繁殖期明けで心に余裕があった。更に、先ほどルサカの魔力補充のお試しでしっかりがっつりと吸い取られていた。
おかげでとてもタキアには余裕があった。ルサカをたっぷり愛でる心と身体の余裕はそれはもう、たくさんあった。
ルサカの膝の間に座り込んだタキアは、それは熱心に、ルサカに奉仕する。
舐め、甘く食み、吸い付き、きつく擦りあげる。ちょっとルサカにされただけで、完全にノウハウを会得した。
どうすれば気持ちいいのか、どうすればルサカが甘い声をあげるのか、すぐに理解したようだった。
ルサカがしたように、丁寧に舐め、時折甘く食み、咥え、きつく吸い上げる。
もうずっとこんな事をされていて、ルサカは息も絶え絶えなくらい、蕩けきっていた。
「……可愛い。……ずっと足が震えてるよ、ルサカ」
ちゅっ、と音を立てて吸い上げ、唇から引き抜き、その唇で、柔らかな足の付け根に口付ける。
思い切り足を広げられているが、もうルサカは抵抗する気力もない。膝を閉じる力もない。もう蕩けきって力なんか入らなかった。
「……気持ちいいよね、これ。……知らなかった、こんなの。人間はこんな事するんだ……」
優しく足の付け根に口付けを繰り返しながら、その奥、ルサカの体液で濡れそぼったそこに、ゆっくりと指を差し入れる。
「あ、あっ…! やめ、タキア、んんぅっ…!」
もうこれ以上出ない、と思っていた甘く高い声がルサカの唇から零れ落ちた。
「すご。……もう指が二本入ってるよ、ルサカ。……蕩けてる」
指を奥まで差し入れたまま、身体を起こしてルサカに覆いかぶさり、上気して汗ばんだ頬に口付ける。
こんなに教えてない。
勝手にもっと上手くやってるしやりたい放題だし、こんなにしつこくもしてないのにしつこくするし。
タキアにこんな事するんじゃなかった、変な事覚えさせちゃったよ。
身勝手ながら、ルサカは激しく後悔していた。
確かにタキアは知らなかった。ちょっと舐めたり、ちょっとキスしたり、ちょっと指を絡めたり、程度だった。
今ではこれだ。
ルサカが『竜と過ごす夜の為に』で読んだ説明よりも激しい。たった一回、ルサカにされただけで、何故こんなテクニックをすぐさま身に付けるのか。
思えばタキアの愛情表現は、とてもしつこかった。しつこいというと語弊があるが、ものすごく濃厚だった。
そんな尽くすのが大好きなタキアに、教えてはいけない事だった。
こんなの余計に執拗になる。
泣いたふりをすれば許してもらえるかな、とルサカが考えて始めたところで、頬や額に口付けていたタキアの唇は、滑り落ちるように胸元を辿り、下腹の紅い花を舐め、食み、それから、再び、硬く張り詰め濡れたルサカのそれに、唇を寄せる。
「……タキア、あっ…! やめ、も、ああっ、くぅ…!」
口付け、舐め、口に含み、咽喉奥まで咥え、きゅっと吸い上げながら、ルサカの柔らかに甘く融けた中を、容赦なく奥まで突き入れた指で擦りあげる。
耐えられるはずがなかった。ルサカはもう何度目か分からない解放を遂げ、ぐったりと身体を投げ出す。
ひどい格好だった。足はもうタキアに思い切り広げられてるし、両手を投げ出してぐったりと無抵抗なルサカは、まさに力尽きた感しかない。
「……ルサカ、好きだよ」
覆いかぶさったタキアに口付けられて、ルサカもやっと気付いた。
「……え? ……おしまい、じゃないの……?」
そんな事を言ってるうちに、指が抜き去られ、そういえばずっとほったらかしだったタキアのそれが、ゆっくりと押し込まれる。
ものすごい硬さと膨れ上がりっぷりだ。これはルサカに奉仕している間に、ものすごく滾っていたんだろう。
あまりの質量に、ルサカの咽喉が仰け反り、細い息が漏れた。
「あ、あ………こ、こんなの、死んじゃう……っ……」
震える唇が、甘く蕩けた細い声でそんな事を呟く。
そんな言葉、タキアを煽り立てるだけだ。
これ以上ない、というくらいに膨れ上がった異形のそれが、容赦なく奥まで突き入れられ、ルサカの細い足が跳ね上がる。
「やめ、あ……! あ、タキア、あぅ、くう…!」
本当に、とんでもない事を教えてしまった。
タキアの生き血にしておけばよかった。痛い思いさせたらかわいそう、なんて思うんじゃなかった。
身勝手な事を考えながら、ルサカはタキアの背中に両手をまわしてしがみついた。
やっと解放されて、寝椅子に寝そべるタキアの胸の上で、ルサカは大きく息をつく。
「……今日のルサカ、すごく可愛かった。……すごかったし、積極的だし、えっちだし。……ルサカは本当に可愛い」
どれもこれも褒められている気がしない。
タキアはとても嬉しそうだし幸せそうだが、ルサカは教えちゃいけない事を教えてしまったと後悔している。
素直に髪を撫でられながら、ルサカは大人しくしているが、内心は色々複雑だ。
「ああ。うん……ぼくも助かったし」
今度は生き血を試してやる。絶対だ。そんな事を考えてから、ふと、気付いた。
疲労感が少ない。
今までなら、あんなにされまくってたら、絶対起き上がれないし、ろくに口も利けなかったはずだ。
今はそれほどでもない。
疲労感はあった。けれど今までの比ではない。
もうちょっとでコツが飲み込めそうだった、身体強化の常時維持に成功している事に、ようやく気付く。
そういえば『こんなにされたら死んじゃう』と、途中から必死だった。
ルサカは自分の掌をじっと見つめながら、思う。
魔法をうまく使いこなすコツがわかった。
必死さだ。
どれだけ必死になれるか、だ。
レオーネが奪った魔力をろくに返さなかったのは、もっと必死になれ、という意味か。
思わぬところでコツを発見してしまった。
「ルサカ、大丈夫かな。……あんまり可愛いから、我慢出来なくて。……無理させちゃったかな」
タキアは心配そうにルサカの頬を撫で、顔色を見ているようだった。
「ちょっと、しんどい……」
くったりと身体を預ける。
「ごめん。……いつもルサカに無理ばかりさせちゃってるな……」
ルサカは目を閉じて、眠たそうなふりをする。
もうちょっと、黙っていよう。それくらいは、許されるはず。
すぐに覚えたなんて、どれだけタキアが大好きなんだよって感じじゃないか。
どれだけタキアと交尾したいんだって思われそうじゃないか。
だから、まだ覚えていないふりをしておく。
そんな言い訳をしながら、ルサカは静かに目を閉じる。