またまた寝椅子に転がって、胸の上にヨルをのせてぼやく。
「あーあ……。言わなきゃ良かった。ルサカが僕と交尾するのが大好きなだけで、別にいう事きかせてるわけじゃないって、言わなきゃ良かったよ」
「……聞こえてるよ、タキア」
「聞こえるように言ってるんだもん」
ここ数日、財宝集めにせずにタキアはふてくされている。
「綺麗なもの集めしなくていいの? ……ここで拗ねてても、綺麗なものは手に入らないよ」
ルサカも気まずいのだ。
今更、あれは別にいう事きかされてる訳じゃないとか、居たたまれない。
「交尾が大好きで何が悪いのかわからないよ。……ルサカ、機嫌なおしてよ」
ヨルのお腹を撫で倒しながら、タキアは口を尖らせている。
「あー……別に、怒ってないよ……。怒ってないけど……」
ルサカは気まずさのあまり、無駄に銀器磨きをして忙しいふりをしていた。
「じゃあ交尾しようよ!」
そこに絶対話が戻る。
ルサカだって断固拒否と言う訳ではない。
ただ気まずいのでしにくいだけなのだ。今は色々複雑な心境なのだ。
「考えようによっては、僕がいう事きかせてるんだよ。きっと。……だってルサカは僕と交尾するのが大好きで、いう事聞いちゃうだけなんだから。だから僕のせい。それでいいじゃないか」
確かに、リーンにいいようにされた時と、タキアと交尾する時は全く違った。
リーンに触られている時は、何も考えられなかった。ただされるがままになるのが当然だと思えていた。
「……別に交尾が嫌なわけじゃなくて……」
人間の恥じらい、という概念を、ゆるゆるモラルな竜に説明するのは非常に難しい。
ルサカだって年頃だ。そういう欲求は当然あるし、タキアとの交尾はぶっちゃけ大好きだ。けれど開き直れない面倒くさい色々な葛藤があるのが人間。
男同士なのに、とか、そもそも人ですらないし、とか、要するに快楽堕ちしてるという事実にプライドが、とか。色々と複雑に思うところがある。
その複雑な人の心の機微を、ゆるゆるモラルで子供のように素直で無邪気なタキアに理解させるのは、多分ザルで水を汲む作業だ。
色々居たたまれないルサカは、磨いた銀器を片付けるふりをして部屋を出ようとしたが、それより早く、タキアに捕まった。
「嫌じゃないなら、する。……目の前にルサカがいるのに触っちゃいけないとか、嫌だ」
掴まれた手を引かれて、ルサカの手から磨かれた銀のカトラリーがばら撒かれて、石の床に音を立てて散らばる。
「ちょ、銀器が……!」
「あとで拾えばいいよ」
そのままさっきまでゴロゴロしていた寝椅子にルサカを投げ出して、圧し掛かる。
ルサカの身体をまたいで押さえつけ、手早く脱ぎ始める。
ルサカは言葉が出てこない。羞恥のあまり目を固く閉じて固まっている。素直になれない複雑なこの気持ちを、タキアは絶対に理解してくれない。
ルサカは羞恥で萎縮していた。
強張ったルサカの身体に気付いたのか、タキアの手が止まった。
「……ルサカ、やっぱり僕の事が嫌いになった?」
はだけさせたルサカの素肌の胸元に顔を埋める。
「絶対にルサカを思い通りに操ったりしない。……だから怖がらないでよ。……嫌いにならないでよ……」
ルサカのシャツを掴むタキアの指先は、小さく震えていた。
ルサカは目を開けて、その震える指を掴む。
「タキア、顔あげて」
恐る恐る顔をあげるタキアの頬を両手で挟んで、ルサカは軽く啄ばむように口付ける。
「タキアはずるいな。……そうやって、ぼくにいう事聞かせてるんだよ。……嫌いになれるわけないじゃないか……」
子供のように素直で、天真爛漫なタキア。
何故そんなに愛してくれるんだろう、ルサカは不思議に思っていた。
ただこの顔と身体だけを愛しているのだとばかり、ずっと思っていた。
邪まなのは、タキアじゃない。タキアを信じないルサカの方だ。
幾らでもルサカを好きに扱えたのに、それをしなかった。
この顔や身体だけを愛したいなら、人形のように操った方が何もかもうまくいく。
竜にとって、これ以上の愛の示し方は他にない。
自然に言葉が出た。ルサカはタキアを抱き寄せて、囁く。
「……タキア、好きだよ」
不思議だった。
見慣れたはずのタキアの不思議なすみれ色の瞳が、胸を締め付けるくらい、綺麗に見えた。
もしもタキアを愛せたら、ただ気持ちいいだけじゃなくなるのかな、と考えていた事を思い出す。
もう一度、目の前のタキアの唇に指先で触れ、確かめて、口付ける。
キスですら、違う。
今まで何度も触れて貪りあった唇なのに、初めて触れたように、甘く切なく思えた。
「……なんか言ってよ、タキア」
呆然としたままのタキアにもう一度、口付ける。
「……だって……何を言っていいか、わからない」
心の底から、タキアを可愛いと思えた。
なんだかおかしくなって、ルサカは小さく声を洩らして笑ってしまった。
「好きだよ、タキア。……大好きだよ。たくさん言ってあげる。……タキアが大好きだよ」
鎧戸を開け放った窓辺から差し込む月明かりが、タキアの柔らかな赤い髪を照らしていた。
ルサカはそのタキアの綺麗な顔を見上げながら、震える吐息を洩らす。
ルサカの中のタキアは、変わらずに狂おしく甘く、ルサカの下腹の紅い花の奥で存在を主張している。
以前ならその事だけで頭が一杯になっていた。ただただ、気持ちよく狂おしく甘く感じるだけだった。
今は、こんなにも胸が痛い。
ルサカに何度も口付けながら荒い息を洩らすタキアを見上げるだけで、こんなにも胸が締め付けられて、切なく思える。
「……タキア……」
甘く融けた声で名前を呼ぶと、タキアは嬉しそうに、微笑む。
「ルサカ、大好きだよ」
タキアのその燃えるような赤い髪に指を梳き入れ、撫でる。
身体だけが熱くなっていたのが嘘のようだった。
今は身体よりも心が融けそうに思えた。
今、身体と心が初めてひとつになって、タキアを迎えている。
一緒に生きていこう。
今初めて、心の底から、そう思えた。
「もう三日張り込んでるが、本当にこの街に竜が来るのか?」
中央広場に面した酒場の窓辺で、ライアネルはつまみのチーズを齧りながらジルドアに尋ねる。
「貢ぎ物を供えて数日は待たないと。この辺りを竜が通りかからないと気付かないでしょうからねえ」
「なんかずっと酒飲んでるだけなんだが」
「果報は寝て待てっていうでしょう、ライアネル様」
ライアネルは休暇を取ってなんとか竜に接触しようと、貢ぎ物を捧げる大き目の都市に滞在しているが、なぜかひょっこりとジルドアもこの街に現れた。
「……ところで、何故お前がついて来たんだ?」
「どうせライアネル様がいないと仕事も進まないですしね。……あとこの街の名物のシュニッテンを食べてみたかったし。まあ正直、ライアネル様だけで問題ないのは分かってるんですけどね」
こんな軽口を叩いているが、実際、ルサカとライアネルを心配してついて来てくれているのは明白だった。
「話が通じるといいんだが。……怒らせて街を焼かれてもなあ」
「あ、お姉さん蜂蜜酒おかわり。二杯ね」
ジルドアは全く聞いちゃいない。勝手に酒を追加している。
「人間を連れ去るくらいだから、人の言葉はわかるでしょうけど……喋れるんですかね?」
「……そういえば、竜がしゃべるとか、そんな話聞いた事がないな」
さっき注文した蜂蜜酒が目の前に目の前に置かれる。
蜂蜜酒とチーズの組み合わせは最悪な気がするが、ジルドアはお気に入りのようだった。
ライアネルはエールを注文しなおす。
「あれから色々調べてみたんですが、もしルサカくんが竜に連れ去られたなら、取り返せないかもしれません……」
「なんだと」
思わず声を荒げてしまい、慌ててライアネルは口元を押さえる。
「……すまない。……それはなぜなんだ?」
「大昔、この地方にいた竜が出て行ったのは、攫ってきた人間を奪い返されたからだという話が残っているんですよね。それで怒り狂った竜はこの地方を吹雪で凍らせ、大暴れして出て行ったそうです。……ルサカくんを取り返したら、大変な事になるかもしれません」
まだ竜にルサカくんが連れて行かれたとは限りませんけどね、とジルドアは付け加える。
そうだ。
ライアネルは冷えたエールをゆっくりと飲み下す。
「……そうだな。俺はルサカの保護者でもあるが、国を守る騎士でもあるし、第六騎士団の副団長でもある。それは忘れてはいけない事だな」
窓の外の広場に視線を移す。
行きかう人々を眺めながら、ライアネルは深いため息をつく。
「諦めるのが難しい。……ルサカはやっぱり俺の家族で、弟みたいなものなんだよ。……せめてルサカの行方だけでも知りたい。竜が連れ去ったとしても、連れ戻せないとしても、せめてルサカの無事だけでも知りたいんだよ」
竜に会ってどうするつもりだったのか。
ただ、聞きたかった。
ルサカを連れ去ったのか。連れ去ったルサカが無事なのか。大切にしてもらえているのか。
それだけでも知りたかった。
さよならさえ言えずにこのまま一生会えないなんて、諦められるはずがない。
「ライアネル様が一番つらいのはよくわかっています。……差し出がましい事を申し上げました」
「いや、いいんだよ、ジルドア。お前が俺やルサカを心配してくれているのは、よくわかっている」
エールのコップを空にし、ライアネルは席を立つ。
そのライアネルについて、ジルドアも店の外にでる。
広場からみえる遠くの空に、巨大な雷雲が広がっていた。
稲妻をはらんだその巨大な雲は、神々しささえ感じる。激しい嵐の前兆だ。
「……嵐が来ますね。嵐では、今夜は竜も空を飛ばないでしょう」
「この時期に珍しいな。……そういえば、あんな雷雲を竜の巣、なんてみんな呼んでいるな。嵐をはらんだ雲をそう呼ぶとは、洒落ている」
クロークを羽織り、ライアネルは宿屋へ向かって歩き出す。
宿屋へ続く南通りの石畳に、ぽつぽつと雨粒が落ちはじめる。
足早に宿屋へと向かいながら、ライアネルは空を振り仰ぐ。