やっぱり、だらしないんじゃないかな、ともルサカは考えるが、結論はなかなか出ない。
他と比べようにも、他の竜の巣はどうなのかなんて、知る機会はなかなかない。
思えば、番人を一人しか置かないなんて、普通の竜の感覚なら理解しがたい事だ。一般的な竜の巣なら複数の番人がいるのが常識だ。
そう言えば、そもそもタキアが他の番人を作らないきっかけを作ったのはルサカだ。
あの時は、別にタキアの事が好きなわけではなかった。ヤキモチを焼いているわけでもなかった。
当時は自分のような、家族と引き離される不幸な人を増やしたくないという気持ちからだったが、タキアは今も律儀にその約束を守っている。
タキア本人によると『ルサカと約束していなくても、他に作らないというか作れない。ルサカくらい他の誰かを好きになれるなんてないから、ルサカだけでいい。平等に愛せないなら番人にしちゃいけないしね』との事だが、今となっては本当に不思議だ。あの時はこんなにタキアを好きになるとは思ってもみなかったし、タキアがここまで本気だとも思っていなかった。
ルサカはそろそろ帰宅するであろうタキアの為にお茶の準備をしながら、色々と考えをまとめる。
思えば番人がルサカしかいないのだから、タキアの欲求が全部ルサカに向かうのは当然だ。
だから考えられない頻度で交尾する事になる。多分よその巣なら、複数の番人がいるから分散するはずだ。そもそも大人で体力がある番人だって、繁殖期に一人で主の相手をしていたら衰弱死する事もあるという話だ。
複数の番人を持つのはあらゆる意味で合理的だ。番人を衰弱させない為にも、最大の目的である子孫を残す、という目的のためにも、非常に合理的。
その竜の本能をねじ曲げてもルサカだけをタキアは愛してくれている。それを考えれば人間のモラルを押し付けるのも間違っているような気がする。ここはルサカも竜の本能に理解を示すべきだ。
お茶の支度が終わるまでに、ルサカの考えも順調にまとまりそうだった。
仮に他の巣の状況を聞いたところで、自分たちには当てはまりそうにもない。そもそも竜と番人の二人きりの巣なんて、他にあまりない。
ルサカが知る限りでは、迷子のちび竜フェイの父親シメオンと、その妻であるネル村出身の娘くらいか。彼女ももう故人だ。
お湯を沸かしに厨房に向かいながら、ルサカはひとり頷く。
用事がある時や都合が悪い時は断ればいい。あとは特に理由がない限り、タキアの本能を尊重するのが大事だ。それはルサカだけを愛してくれるタキアへの思いやりでもある。
ただ、ちょっぴりは、気になる。
このタキアの繁殖行動が、普通の竜より激しいのか平均的なのかそれ以下なのかは、気になるところだ。
これは純粋な好奇心で知りたい。竜がどんな生き物なのか、これは本当に心から、色々知りたいとルサカは常日頃思っている。
ルサカはキッチンストーブのオーブンを開けて、焼き上がったかぼちゃのパイを取り出す。こんがり鮮やかないい色に焼き上がっていて、見るからにおいしそうだ。
テーブルにパイを置いて、ルサカは椅子に座り、パイから立ち上るほかほかの湯気を眺める。
リーンが以前『若い竜なんて、巣を持ったら繁殖期外でも交尾ばかりしたがるもんだ』と言っていたし、この巣に来たばかりの頃に珊瑚に貰った『竜と暮らす幸せ読本』にも、特に若い竜の場合、繁殖期外の交尾が非常に活発な傾向があります、と書いてあった。
多分、タキアは竜としては普通だ。人間から見たらめちゃめちゃ激しいけれど、竜だったらこれが一般的だろう。
番人がルサカだけなのだから、集中するのは当たり前だし仕方がない。
かぼちゃのパイの甘い香りに釣られたのか、ほうきウサギと追いかけっこをして遊んでいたヨルが厨房に入ってきた。
ヨルは真っ直ぐに寄ってきて、椅子に座ったルサカの爪先に甘えてじゃれつく。ルサカは爪先を揺らして、ヨルを遊ばせながら、思い返す。
タキアはさみしがりやで、甘ったれで、スキンシップが大好きだから、そのつもりがなくても、じゃれあっているうちに、なんだかそんな雰囲気になってしまう事が多いだけな気がしなくもない。
そんな風に甘えられると、タキアがたまらなく可愛く愛しく思えてしまうのだから、そうなってもしょうがない。ルサカもそれは自覚があった。どれだけタキアの事が好きなんだよ、とひとり赤面する。
タキアは最近、ルトリッツ騎士団国に隣接するハーフェンにも足を伸ばしている。
はっきりとタキアから聞いた事はないが、リーンやエルー、レオーネの話から考えると、竜は複数の国に跨がって縄張りを持つ事があるようだ。
恐らくはハーフェンも縄張りにしようとしているのだろう。最近、頻繁に足を伸ばしている。
こうして隣国も手に入れて、その縄張りの国同士が争い始めたらどうするのだろう、とルサカはそんな事を考えたりしながら、もうすぐ帰ってくるであろうタキアのために、お茶の準備を始める。
さっき焼き上がったかぼちゃのパイを居間のテーブルに並べ、その足で厨房に戻り、キッチンストーブにやかんをかける。
先ほどタキアが帰ってきた気配があったのだが、まだ居間に現れない。いつかのように大きな原石を切り出したまま見せたいがために、ルサカを待っているのかと一瞬考えたが、ルサカを呼ぶ鳴き声もなかった。
「ヨル、やかんを見てて。タキアを迎えに行ってくるから、もし沸いても戻らなかったら、教えに来てね」
足下にいたヨルにやかんの見張りを任せ、ルサカは『本物の竜の巣』に向かう。
階段を登り切ると、石張りの屋上の床に馬車の荷台がぽつん、と置かれていた。
「……タキア?」
声をかけると、馬車の荷台から、タキアが慌てて顔を出す。人の姿になって荷台の中身を確かめていたようだ。
「た、ただいま、ルサカ」
タキアは大急ぎで荷台から降りてルサカの傍に歩み寄る。
「なんでそんな慌ててるの。……これ、どうしたの、鉱物採りに行ったんじゃなかったの?」
「鉱物はもうちょっと時間が掛かりそうだったんだ。思ったよりも深いところに鉱脈があった。これはね、帰りがけに通りかかった街道で盗賊団が荷物の積み替えしてたから、ちょっと上前はねた」
綺麗な硝子細工の壺をルサカに手渡しながら、軽く説明をする。
そう言えばタキアとルサカが出会ったのも、タキアが人買いの幌馬車を襲ったからだ。強奪するなら盗賊団が最優先だとタキアが言っていた事を思い出す。確かに一仕事終えた後の盗賊の馬車は、お宝を満載している。
「じゃ、お茶が終わったら手伝うよ、片付け。……帰ってきたばかりだし、休憩したら?」
タキアは何か積み荷にものすごく興味を持ったものがあったのか、目に見えてそわそわと落ち着かない。その子供みたいな仕草に、ルサカは小さく笑ってしまった。
「……お茶の用意してあるから、冷めないうちにおいでよ。待ってるから」
そんな事を話している間に、ヨルがお湯が沸いた事を知らせにルサカを呼びに来ていた。呼びに来たヨルを抱き上げながら、ルサカはタキアにもう一度念を押そうと振り返るが、もうタキアは再び荷台に戻っていて姿はなかった。
どれだけ夢中なんだ、と少々呆れながら、ルサカは『本物の竜の巣』を後にする。
本当にタキアは積み荷が気になって仕方ないようで、お茶もかぼちゃのパイもそこそこに、大慌てでまた積み荷の整頓に戻って行ってしまった。
夕飯もその調子で、一応はいつものようにルサカの食事に付き合ったけれど、また大急ぎで積み荷の整頓に飛んでいってしまって、おかげでルサカもゆっくり夕飯の片付けが出来たが、少々、気になる。
そんなに夢中になるほどのお宝とか、どんなものなのか気になる。
今までこんなに奪ったお宝に夢中だった事はなかった。
ごく稀に、タキアの心をたまらなく甘くくすぐる『美しいもの』を手に入れた時などは、暫くはそれを大事に眺めたり飾ったり心ゆくまで堪能する事はあった。ここまで手に入れた財宝の整理に夢中になっているのは、これが初めての事だ。
竜にとって、手に入れた財宝はとても大事なものだ。財産でもあるし、竜の美意識を満足させる為のものでもあるし、心を満たすものでもある。これがとても大事な事だというのはルサカも分かっているので、邪魔はしない。
特に不満もなく、ルサカは片付けを終えて、ゆっくり風呂に浸かり、ヨルのブラシかけをすませ、ついでに、その辺にいたほうきウサギも何匹か捕まえてブラシをかけて、それから自分の部屋のベッドに寝転がって、のんびり読書に勤しむ。これはこれで、ゆったりと好きな事をして夜を過ごせて悪くない。
のんびりとヨルを懐に抱いて本を読んでいるうちに、うとうとし始める。
「タキアはまだ積み荷の整頓してるのかな。……ヨル、ぼくはそろそろ寝るけど、タキアの邪魔をしちゃだめだよ。こういう時は邪魔せず好きなようにさせてやらないとね」
ヨルは尻尾をぱたぱたさせて、きゅん、と小さな声で答える。今夜はヨルもこのままルサカと一緒に眠るつもりのようだった。ヨルは甘えるようにルサカの手の甲に顎を乗せて、目を閉じる。
「おやすみ、ヨル。また明日ね」
ヨルの柔らかな毛並みに頬を押し付けて、ルサカも目を閉じる。たまにはこうしてのんびりと、静かにヨルと過ごすのもいい。
「……ルサカ」
髪を撫でる優しい手に、ルサカはぼんやりと目を開ける。耳元に触れ囁くタキアの声は、ほんのりと切なげだった。
「……タキア……?」
眦を擦りながら尋ねると、タキアは両手でルサカを抱き締め、のし掛かる。
「ごめん、起こしちゃった。でも……どうしてもルサカにキスしたかったんだ」
タキアの唇が、頬に、こめかみに、額に触れる。寝ているところを起こしてまでこんな事をされるのは、初めてかもしれない。
なんだか今朝も唐突にがつがつと発情していたし、今日のタキアはちょっとおかしい。繁殖期はまだ先なのに、どうしたのか。
タキアはヨルを抱いているルサカを抱き締めて、ルサカのベッドに入り込む。
ルサカの小さな真鍮のベッドに、ルサカとタキアとヨルで寝るのは少々狭い。ぎゅうぎゅうにみっちり密着しつつ、ルサカはうとうと考える。
すごく眠い。眠いけれど、タキアは交尾がしたいんだろうか。今はちょっと眠くて辛いんだけれど。
なんて言って断ろうか、とルサカは考えていたが、タキアはキスだけで満足したようだ。ぎゅっとルサカとヨルを抱いて、大人しく目を閉じている。
「これ以上はしないから。……でも今日は一緒に寝たい」
子供のように頬を擦り寄せるタキアに、ルサカもキスを返す。
なんだか様子がおかしいけれど、まあ、それは明日の朝にでも。
睡魔に勝てないルサカは、ほんの少しの疑問を持ちながらも、素直に再び目を閉じる。
珍しく、タキアと一緒に眠った割に、ルサカはしっかり熟睡できていた。
ルサカは眠りが浅い。それ故に、タキアと夜を過ごす時以外は自分の部屋で、ひとりで寝ているわけだが、今日はしっかり熟睡出来ていた。
朝から階段で立ったままで、なんていうふしだらな真似をしたせいか、多分疲れていたのだと思われる。竜の魔法を覚えた今も、以前ほどではないがやはり交尾の後は疲労感が残る。それでタキアやヨルとぎゅうぎゅう詰めになっていても、熟睡出来たのだと思われる。
ルサカが目を覚ました時には、夜中にベッドに潜り込んできたはずのタキアの姿はもうなかった。
起こされなければいつまでも寝ているようなタキアにしては、とても珍しい。よほど、奪った積み荷がお気に入りで、気になって気になって仕方ないのだろう。
ヨルもいない。タキアについて行ってしまったようだ。
ルサカも朝食の支度のためにベッドから這い出し、着替え始める。
夕べ起こされた時は、てっきり交尾したくなって起こされたのだとばかり思っていたが、違ったようだ。
タキアはずっと積み荷にかかりっきりでルサカの傍にいられなかった。それで寝る前に寂しくなって、ルサカの部屋までやって来たのだと思われる。
タキアのこういうところを、ちょっと可愛いと思ってしまう。
時々しつこくされすぎてしんどくなる事もあるが、それでもこのタキアの幼子のような、さみしがりやで人恋しがりやなところは、ルサカを何とも言えない甘酸っぱい気持ちにさせる。
見た目もルサカより大人で、生きている年数だって上なのに、タキアは子供のように天真爛漫で無邪気だ。そんな年上なのに、時々たまらなく可愛く思えてしまう。
これをなんていうのか、ルサカはよく知っている。
身支度をしっかり調えて部屋の扉を開けて、ルサカは赤く火照った頬を両手で押さえる。
惚れた欲目、って言うんだ。