竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

#27 翡翠の花

「あの時クアス様がぼくを番人にしなかったら、ぼくは死んでいた!」
 泣き出したかった。ユーニは夢中で怒鳴るように続ける。
「どうして後悔なんか……! どこの誰か分からなくても、『僕の夜明け(ユーニ)』でいいって言ってくれたのは、クアス様だ!」
 テーブルの上のクーも、いつも大人しく内気なユーニが声を荒げるのに驚き、見上げていた。ユーニはそれにも気付かない。
「ぼくはそれがとても嬉しかった! ……ぼくはそれでいいんだ! あなたの『夜明け』でいられるなら、他の何もいらない!」
 叫んでいるうちに、涙が溢れ出す。
「……どうしてクアス様が、そんな風に苦しまなきゃならないんだ……。ぼくはあなたの傍にいられるなら、何もいらないのに……」
 ユーニの頬に、クアスの指先が触れる。優美な指先は、ユーニの眦から溢れ零れ落ちる涙を拭う。
「……あの明け方の湖で僕に助けられたから、僕の事を好きだと思い込んでるだけかもね」
「例えそうだとしても、それの何が悪いのか、分かりません。クアス様がぼくに、名前も、居場所も、誰かをこんなに好きになる事も教えてくれました」
「……竜なんて、本当に身勝手な生き物だ。……もしかしたら、君以外にも番人を作るかもしれない。欲しいと思ったら後先考えないのが竜だよ。欲しいままに何人も番人を作るような、多情で淫蕩な生き物なんだ」
 クアスの優しい両手が、ユーニの頬を優しく包む。そんな優しく触れられたら、余計に涙が止まらない。
「山吹さんにもらった本で読んだから、知ってます。……ぼくがクアス様を好きなんだから、いいんです」
 よく読んで、知っている。この巣に来たばかりの頃に、山吹がくれた『竜と暮らす幸せ読本』は、竜に飼われた人間が、竜とどう暮らしていけばいいのかを教えてくれる本だった。
 竜は人を攫い、番人にし、心を操る。幾人もの番人を巣に迎え入れ、巨大な巣の管理を任せ、子を成す。それは竜の常識で、当たり前の事だと書かれていた。人間の都合なんて、関係ない。竜は欲しいものを当然のように、手に入れる。それが物でも、人間でも。
 なのにクアスは今もこうして躊躇っている。自分がした事が許されるのか、迷わずにいられない。
 命を救うにはこれしか方法がなかった。その代わり、この未熟な身体で、当然のように得られる幸せも知らずに、千年を超えて生きていかなければならなくなった。
 クアスは、普通の子供達が当たり前のように手に入れている幸せも、当たり前のように与えられる親からの愛情も知らないユーニを、何もかも知らないまま番人にしてしまった事に、苦悩せずにいられない。
 クアスがユーニをとても大切に思ってくれているからこそ、こんな風に苦しんでいるのだと、分からないはずがなかった。
「……どうしてだろう。……こんな風に思い悩むなんて、思ってもみなかったんだ。……欲しかったら奪えばいいと、ずっと思っていた。そういうものだと思っていた」
 ユーニの濡れた頬に、クアスの唇が柔らかに触れる。
「……今まで迷った事なんかなかった。欲しければ躊躇う必要もなかった」
 なめらかな頬を辿った唇は、薄く開かれたユーニの唇に触れ、囁く。
「僕の『夜明け』。……あの時、何も考えられなかった。君がこの世界からいなくなるなんて、耐えられない事だったんだ」



「クーはだめだ。……そんな可愛い顔しても、だめ」
 クアスの小さな笑い声と、クーの拗ねたような、甘えたような鳴き声が聞こえる。追い出されたクーは寝室のドアを閉められて、暫くの間不満げにくぅくぅ鳴いていたが、諦めたようだった。
「いつもお前はユーニと一緒にいるだろ? たまには僕に譲ってくれてもいいじゃないか」
 クアスはとても楽しそうに笑っているが、ユーニはもう心臓が破裂しそうなくらい、ばくばく脈打っている。
 クアスの部屋には何度も入ったけれど、それは掃除や片付けで、こんな風にこの豪華な天蓋付きの寝台に座らされた事なんて、なかった。
 「……番人の三つ目の仕事を初めてする前に、聞いておくけど」
 クアスは緊張のあまり固まっているユーニの隣に座りながら、のんびりと話し掛ける。
「一週間くらい、僕から離れたくなくなると思うよ。……それでもいい?」
 そう囁きながらユーニの額に触れるクアスの吐息は、なんとも甘く切なげで、余計にユーニは落ち着かない。
「……今でも離れたくないです……」
 おずおずとユーニがそう言うと、クアスにしては珍しく、ほんの少し顔を赤くして、照れているようにも見えた。
「僕なしでいられなくなるって意味だよ」
 今でもそうだと素朴にユーニは思う。ずっと一緒にいたいと思っている。後にその本当の意味を嫌と言うほど理解する事になるが、今のユーニにそこまでの知識はなかった。
「ええと……クアス様がずっと一緒にいてくれるなら、それでいいです……」
 目の前の、なめらかな唇が微笑みの形に綻び、ユーニの額に軽く口付ける。触れた唇はこめかみを、頬を辿り、唇に辿り着く。
 甘く唇に噛み付かれて、思わず吐息が零れ落ちた。軽く触れるようなキスは何度かしていたが、こんな風に食まれるのは初めてで、そのあまりに優しく甘い感触に、身体が震えそうになってしまう。
 がちがちに固まっているユーニの耳に、クアスの小さな笑い声が聞こえる。柔らかに抱きしめられながら絹のシーツの上に引き倒され、着ていたシャツのボタンにクアスの指が掛かった。
 相変わらずユーニは緊張で硬直したまま、その白く優美な指先が器用にボタンを外して行くさまを、小さく震えながら見つめるしかなかった。
 ボタンを外し終えたクアスのみどりの瞳と、目が合う。クアスはまた、穏やかな笑みを見せる。
「……そんな怯えないで欲しいな。悪い事してる気持ちになる」
「ち、ちが……だって、その」
 自分が貧相に痩せていて、綺麗な身体ではないとよく分かっている。この屋敷に来てからやっと肉がついてきたのに、この間の大怪我を治す為に、随分消耗して、また骨が少し浮いて見えるようになってしまった。以前の枯れ枝みたいな痩せ細ってカサカサの身体よりはマシではあるが、やはり『綺麗』からは遠い。
「……痩せてて、みっともないから……!」
 泣きそうだった。どこもかしも優雅で綺麗なクアスに見せられるような身体ではない。
「だから、僕の番人の悪口はやめろって言ってるのに。……僕が綺麗だと思ってるんだから、それでいい」
 はだけたシャツの隙間から覗く素肌に、クアスの唇が触れた。その瞬間、その触れられたところに火がついたかのように、火照り始める。
 優しく触れる唇とは裏腹に、触れられた場所から痺れるような甘さが全身にゆっくりと伝播していくような気がする。じわじわと蝕まれるような、急き立てるような、初めて経験する高揚だった。ユーニはますますどうしたらいいのか分からない。
 クアスの指が触れ唇が触れ、音を立てて吸い、食まれるうちに、震える唇から細く甘い声が零れ落ちる。止めようがなかった。
「あ、あ……ん」
 自分の声だとは思えないくらいに、甘く乱れていて、ユーニは戸惑わずにいられない。皮膚を伝う快楽は身体の中にまで染み込むように、ユーニを悪戯に昂ぶらせていく。
「あ、あっ……! クアスさ、ま……」
 ユーニの唇から、甘い声だけが零れ落ちる。羞恥で死にそうなくらいなのに、身体の火照りは増すばかりで、ユーニは泣きそうになっていた。震えたまま硬く目を閉じていると、その閉じた瞼にクアスの唇が触れた。
「ユーニ、目を開けて」
 恐る恐る目を開くと、クアスは緊張でこわばったユーニの右手をとる。その指先を優しく包むように触れ、口付ける。
「緊張してるのは僕も同じだ」
 そのユーニの右手を、クアスは自分の胸に押し当てる。
「……恥ずかしがらないでいい。番人は竜の興奮に釣られるんだ。僕がユーニを欲しいと思えば思うほど、ユーニも僕が欲しいと感じるはずだ。……だから恥ずかしい事じゃない」
 ユーニのこわばった腿に押し当てられたものに、ユーニもやっと気付く。熱く硬く張り詰めているそれが何なのか理解して、ユーニは小さく震える。
「痛みは感じないはずだし、優しくし……まあ、出来るだけ努力する。……ごめん」
 縮こまるように丸まっていたユーニを、クアスは両手で抱きしめ、肩口に甘く噛み付く。クアスの指や唇が触れたところから、熱を帯び甘く痺れていく。
「怖がらせたくはないんだけれど……僕も、そんなに余裕がないんだ」



 確かに、最初は微かな痛みがあった。
 こんな大きく硬いものを押し込まれるなんて、怖くて仕方なかったはずなのに、今、信じられないくらいに、それが甘く狂おしく感じられていた。
「あああ……っ……! く、あ、あっ……!」
 奥深くまで穿たれて、声が震える。あんなに恥ずかしかったはずなのに、今は淫らな声をあげ、クアスを身体の奥まで迎え入れている。
「クアス様、あ、あっ!……や、んんぅ……!」
 自分の声だと思えないくらいに、甘くとろけた声が零れ落ちる。止めようがなかった。ゆっくりと中を擦られ、揺すり上げられると、何も考えられないくらいに、身体中が甘く痺れ、溶け出してしまいそうだった。
「……ユーニ……っ……」
 切なげに乱れたクアスの声が聞こえる。その熱く甘い吐息は耳朶に触れ、ユーニの頭の中まで侵食する。
 ユーニの華奢な腰を抱いていた手が滑るように辿り、下腹に触れる。
「……ユーニ」
 囁きながら優しく下腹を撫でられ、ユーニは閉じていた瞳を開く。
「……『しるし』が刻まれた。……僕の番人だという、しるしだよ」
 繋がったまま抱き起こされ、更に奥深くを穿たれる。その狂おしくも甘い刺激に、ユーニは耐えきれずに高く甘い悲鳴を漏らす。
 ユーニの白くなめらかな下腹に、五つの花弁を持つ鮮やかな翡翠の花が浮かび上がる。
 五枚の花弁は竜の鱗を象る。竜の番人であるという、生涯消える事がない所有のしるしでもある。
 下腹の翡翠の花の奥深くが、燃えるように熱かった。気が狂いそうなくらいに、クアスが欲しかった。頭も、骨も、皮膚も、肉も。身体の全てを支配するように、快楽だけが身体を蝕んでいく。竜との、クアスとの交尾の事しか、考えられなかった。
「や、あ! あ、あぅ、んんぅっ!」
 突き上げられ、揺さぶられて、喘ぐばかりで言葉は何一つ、浮かばなかった。
「クアスさ、ま、……あ、あああっ……!」
 今はもう、何も考えられなかった。ユーニは夢中で両手を伸ばし、クアスの背中を抱きしめる。気が狂いそうだった。身体も心も滅ぼされそうなくらいの快楽に飲み込まれ、溶けて消えてしまいそうさえ、思えた。


2017/12/21 up

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