竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

番外編:#07パンケーキとフクロウと、それから、竜と

 ユーニが生まれて初めて作ったお菓子は、パンケーキだ。
 甘い物が大好きなクアスは、とにかくお菓子を食べたがっていた。だからこの巣で働く事になったユーニに一番期待していたのは、甘いお菓子を添えた午後のお茶だった。
 クーが来たばかりの頃で、クーに料理本に載っていた作り方を何度も読んでもらって、クーとふたりで作ったお菓子がパンケーキだった。
 クアスの為に初めて作ったお菓子も、パンケーキ。
 あの頃は『綺麗に飾る』なんて思いつかなかった。焼いたパンケーキにバターを添えただけの、そっけないものだった。
 それでもクアスはおいしいと、昔父親であるルドガーが作ってくれたパンケーキもこんな味だった、と褒めてくれた。
 レシピの整頓をしている時にこの初めての料理本が出てきて、それで今日の午後のお茶はパンケーキにしようとユーニは思いついた。パンケーキは、ユーニにとって、とても大切な思い出のお菓子だ。
 クーに手伝ってもらいながら、生まれて初めて作ったお菓子で、初めてクアスの為に一生懸命作ったお菓子だ。
「今日はパンケーキを作るよ。クーも手伝ってくれる?」
 真っ白なエプロンをつけながら、キッチンストーブのウォーミングシェルフに留まっているクーに話しかけると、クーは嬉しそうにくぅ! と大きく返事をしてくれた。
「小麦粉と、玉子と、砂糖と、牛乳と、バターと……」
 材料を用意しながら並べていくと、クーは確認するように材料の合間をぽてぽてと歩き回る。パンケーキの材料だけでなく、飾る果物やクリームも忘れてはならない。しっかりと用意しながら、ユーニは次の手順を考える。
 お菓子を作る時、ふわっふわな生地にしたいなら、たくさん粉をふるって空気を含ませるといい、とルドガーが言っていた。
 教えてもらった通りに、ユーニは高い位置から粉をふるって、たっぷり空気を含ませる。
 もっとふわっふわ! にしたいなら、卵白を固く泡立てるといいと、ルサカが言っていた。
 砂糖を入れて泡立て器でしっかり泡立てる。人間だった頃はこれがとてもたいへんな作業だったけれど、番人になった今では軽々だ。
「どう? すごく早く泡立てられるようになったでしょう? 見て見て!」
 パンケーキを飾る果物をつまみ食いしようとしていたクーに、ぴんと立った|角《ツノ》を差し出すと、きゅっ! と驚いたような声をあげた。
「ごめんね、びっくりさせちゃったね。でもすごいでしょ? こんなにしっかりしたメレンゲが作れるようになったんだよ」
 ユーニの手についていたクリームのようなもっちりメレンゲをつついたクーは、まるでおいしい! と言うかのようにくぅくぅ鳴いてユーニを見上げる。
「褒めてくれてる? 嬉しいな」
 綺麗にしっかり泡立てたメレンゲを、ふるった小麦粉と牛乳、卵黄、砂糖、それからバニラオイルをちょっぴり入れて作った生地に混ぜ合わせる。
 ここからが大事なところだ。
 捏ねたりしたら、せっかくのふわふわもったりメレンゲが潰れてしまう。メレンゲを潰さないように、手早く綺麗にかつ、さっくりと均一に混ぜ合わせなければならない。
 真剣に生地を混ぜ合わせるユーニを見上げて、クーはくぅくぅ鳴きながら声援を送る。
 丁寧かつ素早く混ぜ合わせた生地は、焼き上げる前からもうふわふわだ。
 ユーニは熱した鉄のフライパンにバターを入れ、それから生地を流し込む。
 ここまではばっちりだ。ミスなく迅速に進められた。
 ここで綺麗な焼き色に仕上げなければならない。こんがり素敵なきつね色にならなかったら、今までの頑張りが無駄になってしまう。
 真剣にフライパンを見つめるユーニの肩の上で、クーも真剣にふつふつ小さな穴が開き始めた生地を見つめている。
「ユーニ、今忙しい? この間母さんが言ってた歴史の本の事なんだけど」
 このタイミングでクアスがひょっこりと厨房に顔を出した。今ユーニは、真剣勝負の真っ最中だ。
「すすすすすみません、今はちょっと!」
「ああ、ごめん。めちゃめちゃ忙しそうだな」
 クアスも察した。邪魔をしないよう、厨房のテーブルについて、キッチンストーブに張り付くユーニの横顔を眺めているようだ。
 そういえば、前にもこんな事があった。クアスの為にパンケーキを焼いた時だ。
 ちょうどパンケーキを作っている時に、またあの時と同じようにクアスに声をかけられて、ユーニはなんだか無性に懐かしくなっていた。
 ずっと前の事のようにも思えるし、ついこの間の事のようにも思える。
「……きつね色に焼けたかな……? クー、どう思う? 大丈夫かな?」
 クーと相談しながら、そっと焼きたてのパンケーキを皿に移す。
 綺麗なきつね色だった。黄金色の、ふわふわほかほかの、おいしそうなパンケーキだ。今までにない分厚くふんわりな姿に、思わずユーニもにこにこしてしまう。
「今、パンケーキを焼いていたんです。ちょっと待ってて下さいね、クアス様」
 メレンゲが潰れてしまわないうちに、残りの生地も焼き上げてしまわなければならない。
 あの頃よりはぐっと料理の腕を上げて、手際も良くなっている。素早くてきぱきと残りの生地を焼き上げ、皿に取り、いよいよ飾り付けだ。
 お菓子は焼いたそのままでもおいしいけれど、やっぱり見た目も大事だ。
 果物やクリームで綺麗に華やかに飾ってあると、より一層おいしそうに見える。クアスにおいしくて綺麗なパンケーキを食べてもらう為に、ユーニは真剣に飾り付ける。
「クー、ミントを取ってきてくれる? 今日はお茶じゃなくて、パンケーキに飾るから、少しでいいよ」
 クーは窓辺の鉢植えから、ミントの葉をくちばしで器用にむしり、ユーニの作業するテーブルに運ぶ。
「ありがとう、クー。これで素敵なパンケーキになるよ」
 仲良く料理をするユーニとクーを眺めるクアスも、思わず笑みがこぼれてしまう。楽しそうで幸せそうなふたりに、クアスも思わず和まずにいられない。見ているだけで幸せな気持ちに浸れる。
 あらかじめ切っておいた果物をパンケーキの皿に飾り付ける。クーもせっせとチェリーを運んだり、ミントを運んだりとお手伝いをしていた。
 焼きたてのパンケーキにクリームを載せたら、冷えてしまうし、クリームも溶けてしまう。果物と一緒に添えて、それからユーニはパンケーキの皿を、クアスの前に恭しく差し出した。
「今日のおやつは、パンケーキですっ!」
 思わずクアスは笑ってしまった。あまりにもユーニが可愛すぎた。ユーニは満面の笑顔だが、クアスもきらきら目映いばかりの笑顔だ。
 クアスのとろけるような笑顔に気付いたユーニは、思わずかーっと首筋まで赤くなってしまった。
「懐かしいな。ユーニが僕に初めて作ってくれたお菓子も、パンケーキだった」
「覚えていてくれたんですか!?」
「勿論。忘れるはずがない。……あの時もユーニは真剣そのもので、ものすごく頑張って作ってたな。今みたいに」
 クアスはティーポットを手に取る。
「パンケーキのお礼に、お茶は僕が淹れよう。……何がいい? 甘いお菓子なら、さっぱりしたハーブがいいかな」
「じゃあ、菩提樹のお茶を。カミツレと菩提樹のお茶がいいです」
 これはクアスの故郷のお茶で、クアスの好物でもある。そしてクアスは、ユーニはカミツレの匂いがするとよく口にしていた。
 ユーニは全く自分の匂いが分からない。カミツレの匂いは大好きだけれど、自分からこの匂いがすると言われても、ピンとこなかった。竜にだけ分かる匂いなのかもしれない。
 クアスが淹れてくれたお茶の爽やかな香りと、パンケーキの甘い香りが厨房を満たす。
「冷めないうちに、クアス様、食べて下さい」
 そうユーニに急かされて、クアスは早速パンケーキを口にする。ユーニはそのクアスをじっと見つめて、どきどきしていた。
 万が一生焼けだったらどうしよう、おいしくなかったら……。ついそんな風に心配してしまう。
「……すごいな。ふわっふわで文字通りとろける。……おいしい。こんなふわふわなパンケーキ初めてだ」
 よく噛みしめ、味わってから、クアスは口を開いた。
 クアスはよくできた時は、いつでも褒めてくれる。残念な出来映えだった時も、いいところは褒めて、それから、次頑張ればいいと言ってくれる。
「ルドガー様とルサカが、ふわふわに作るコツを教えてくれたんです」
 おいしそうに食べるクアスを見て満足したユーニは、クーに小さく切り分けてから、自分の口にも運ぶ。
 ふわふわ、とろけるような食感だった。口に含むと、しゅわっと空気の音がする。
「おいしい……。本当にとろけるみたい。……おいしく作れるようになって、すごく嬉しいです。またクアス様に、ふわふわパンケーキを作りますね!」
「楽しみにしてる」
 クアスが丁寧に淹れてくれたお茶と、ユーニとクーのふたりで作ったパンケーキで、午後のお茶を楽しむ。
 今では当たり前のように、こうして過ごしている。毎日こうして一緒にお茶を飲み、食事をしているが、ユーニはいつも嬉しくて楽しくて、幸せな時間だ。
 きっと千年を越えても、幸せな時間であり続けるに違いない。
「明日は久しぶりに僕が何か作ろうか。ユーニの好きな桃とカスタードのタルトがいいかな」
「桃のタルト……! 大好きです、わあ、楽しみです! クー、クアス様が桃のタルト作ってくれるって! 嬉しいね、楽しみだね!」
 明日も一緒にいられる。ずっと一緒にいられる。
 当たり前の事になっても、やっぱりユーニは、それがとても大切で、毎日が夢のように幸せなのだ。


2019/03/31 up

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