竜の棲み処 君が僕の永遠(とわ)なる希望

番外編:#10 今日は君の特別な日

「どうしてもリムル茸が食べたいんだ。なんとか取ってきてもらえないかな」
 朝食を食べ終え、お替わりのお茶を注いでいる時に、急にクアスがそんな事を言い出した。
「リムル茸ですか。あれは秋が旬なので、まだ早いです。探してみますけど、なかったらごめんなさい」
 お茶に添えるレモンバームを窓辺の植木鉢からむしり取りながら、ユーニは考え込む。
 確かに茨の森に自生している。ただし秋の話で、今はまだ夏だ。早すぎる。
「なんとか見つけて欲しい。頼んだ」
「はい! じゃあクーとニアと一緒に」
「あ。クーは置いていってくれ。ちょっと調べ物をするからクーに手伝って欲しいんだ」
 テーブルの上でパン屑をつついていたクーを、さっとクアスが摘まみ上げた。
 なんだか色々不自然な言動だが、疑う事を知らないユーニはのんきににこにこしていた。
「クー、お手伝い頑張ってね。 ええと、じゃあクアス様は今日、出掛けないんですね。お昼ご飯は……」
「無理な頼み事してるから、今のうちに軽食のバスケットを作っておくよ。ユーニの分も作るから」
「クアス様がお弁当作ってくれるんですか!? わあ……! すごく嬉しいです! 頑張って茸見つけてきますね!」
 本当にユーニは疑わない。明らかに不自然なクアスの行動にも気付かず、素直に大喜びしていた。



「お弁当まで作ってくれるなんて、クアス様は優しいね。ニア、おいしい?」
 湖を見渡しながら、ユーニはニアと並んでバスケットを開き、昼食を摂っていた。
 クアスが作ってくれたのは、朝焼いたパンにクリームと果物を挟んだフルーツサンドと、揚げた鯖と玉葱をたっぷり挟んだパン。冷たいミルクティも瓶に入れて添えられていた。どれもユーニの大好物だ。
 甘いクリームや玉葱を犬に食べさせてはいけない。クアスはちゃんとニアにも、干した鹿肉をたっぷり用意してくれていた。
 ニアも朝からずっとリムル茸を探して一緒に歩き回り、お腹を空かせていたのだろう。夢中で食べている。
「やっぱり茸は見つからないね。もう少し頑張って見つからなかったら、クアス様には他の物をお土産に持って帰ろうか。……今の時期だとマルベリーなら探せばあるかな」
 疲れたのかお腹がいっぱいだからか、ニアはユーニの膝に顎を乗せて、うとうとしていた。
 ヨルは子犬の姿をしていたが、ニアは順調に普通の犬と同じように成長している。太くて立派な脚をしているので、村で飼っていた猟犬くらいの大きさになるのではないだろうか。もしかしたら、大きなヨルくらいになるかもしれない。犬が大好きなユーニは、わくわく楽しみにしていた。
「ニア、ごめんね。もうちょっと手伝ってね」
 眠そうなニアを起こして、ユーニは再び茸を探して歩き始める。ニアの嗅覚を持ってしても見つからないなら、諦めるしかない。代わりに何か素敵なお土産を見つけたいものだ。



 結局、リムル茸は見つからなかった。まだ夏だ。当たり前だが、ユーニはしょんぼりしていた。
 籠いっぱいにマルベリーを摘んで屋敷に戻ると、クアスは中庭でクーと一緒にユーニを待ち構えていた。
「クアス様、やっぱりリムル茸はありませんでした。ごめんなさい。でも、マルベリーがこんなに」
 見つけられなかったというのに、クアスは輝かんばかりの笑顔だ。
「いいんだ。ないのは分かっていて頼んだ。ごめん」
 ユーニの手を取り、クアスは居間への硝子扉を開く。
「茸が欲しかったんじゃない。ユーニに内緒で準備したかっただけだ」
 硝子扉が開け放たれ、居間に夏の風が爽やかに吹き渡る。真っ白なテーブルクロスが翻った。
「誕生日おめでとう、ユーニ。君が生まれた日を一緒に祝える事を、嬉しく思う」
 花で飾られたテーブルには、色とりどりのリボンをかけられたプレゼントの箱や袋が並び、クリームと果物で飾られた大きなケーキや、動物や花の形をしたクッキーが盛られた籠、色とりどりのゼリー、華やかで綺麗なお菓子が並べられていた。
 誕生日なんて、知らなかった。それどころか、自分が何歳なのかさえ、ユーニは知らずに生きてきた。
 胸いっぱいに様々な感情が溢れ、ユーニは何を言っていいか分からなかった。呆然とクアスを見上げるだけだ。
「なんで知ってるのかって? 女王騎士のギネヴィア殿に聞いておいたんだ。……去年は間に合わなかったから、今年は絶対祝うって決めてたんだよ」
 ユーニの目の前に、クアスはプレゼントの品々を差し出す。
「父さんと母さんから。ごめん。母さん達も一緒に祝いたいって言っていたんだけど、今年はふたりで祝いたかったんだ……」
 少し照れくさそうにしながら、プレゼントに添えられたカードをユーニに見せる。
「フレデリカやエミリアからも、それからタキアとルサカからもプレゼントが届いて……」
 ユーニの顔を覗き込んで、クアスはやっと気付いた。
「な、なんで泣くんだよ……! た、確かに、来たがる皆を勝手に断ったのは、僕が悪かったけど……」
「ち、違います」
 ユーニはたまらずに号泣する。
「こ、こんなの、クアス様がぼくに優しくするから、ぼくはクアス様がいないと、生きていけなくなっちゃう……。クアス様が、優しすぎるから」
 しゃくりあげながら、いつも以上にユーニは要領を得ない事を言っている。だがクアスには十分通じていた。
「ずっと一緒にいるからいいんだ。この長い命を、君と生きていくんだ。だから、いいだろう? ……ずっと傍にいてよ」
 ユーニの大粒の涙を拭いながら、クアスは囁く。
「今までの分も祝おう。これから、何年も、何十年も一緒に。それから、会えなかった小さいユーニの分もね」


2019/06/20 up

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