竜はその巨大な翼を広げ、砂漠にほんのひととき降り注いだ雪と同じように、ふわり、と崖から舞い降りるように飛び立つ。
水場から竜を見上げるカインとアベルの上に、巨大な紅色の陰が落ちる。
竜が薄く纏っていた青白い焔が、一瞬で激しく燃え上がった。その紅く輝く鱗を全て覆い隠すその激しい焔を見上げる二人は、恐れも感じなかった。何も考えられなかった。
その切なくなるほど美しく燃え上がりながら舞い降り姿を、声もなく見守るだけだった。
燃え上がった青白い焔は、次第に細く小さく霞むように消えながら、小さな人影へと変貌を遂げていく。
言葉なんか何も浮かばかった。ただ目の前で起きたこの不思議な変化へんげをただ呆然と、眺めるだけだった。
燃え上がる青白い焔から生まれ落ちたかのように、美しくも禍々しい女が、砂漠の泉に舞い降りる。
子供のように屈託のない明るい笑い声が、砂塵と岩の峡谷に響いた。
「……見つけてくれた!」
両手を広げてカインとアベルに抱きつくように水辺へ飛び降りたエルーもろとも、三人仲良く、水の中にたたき込まれる。
ばしゃん、と派手な水音を立てて水の中に転がされたカインとアベルにのし掛かったまま、ずぶ濡れのエルーは無邪気に笑う。笑って、二人を両手で抱きしめる。
「探してくれて、ありがとう。会いに来てくれて、ありがとう。私は変わらず、あなたたちが大好きだわ。……大好きだわ」
エルーは迷わずに、真っ直ぐに、愛情を口にする。素直に思ったままに、何にも囚われずに、迷わずに、無邪気に言葉にする。
カインやアベルの躊躇いなんて、エルーのこの屈託なさを前にすると、本当に些細な事に感じられてくる。
ずぶ濡れでエルーの丸い額に貼り付く赤褐色の巻き毛を、カインが片手で払うと、エルーはくすぐったげに肩をすくめる。
「エルー……」
自然に言葉が出た。
カインは、あの時どうしても言えなかった言葉を、今、口にしようとしていた。
「エルー。選んでくれ。……俺か、アベルか。きみの意思で、選んで欲しい。……一緒に生きたいんだ」
エルーにもう一度出会えたなら、カインは必ずこう言う。それはアベルも分かっていた事だった。アベルはただ黙って、そのカインの言葉を聞いていた。
しばらくの間、誰もが無言だった。
砂漠の水辺に湧く水音だけが、静かに微かに響いていた。
エルーはしがみついていた二人を、ようやく解放する。身体を起こし、水場に押し倒されていたカインとアベルの二人も助け起こす。
「どこから話したらいいのかな。……ねえ、でも、カイン。それから、アベルも……。ねえ、本当は分かっているんだよね。……分かっているけれど、知りたくなかったのかな」
エルーが何を言っているのか、カインは分からなかった。カインはほんの少し困惑していたが、アベルはただ黙って、エルーの言葉を聞いているだけだった。
その、エルーとアベルを、カインは思わず見つめる。
エルーはその困惑するカインを見つめ、くすっと小さく笑った。
さっきまでの無邪気さからは遠く離れた、あの、禍々しくも美しい、焔の魔女の微笑みだった。
エルーはその妖しく惑わす笑みのまま、カインの唇に、唇を寄せ、軽く触れ、そして当たり前のように、同じようにアベルの頬に手を伸ばし、引き寄せ、口付ける。
「ねえ、カイン。アベルは私を愛してるんじゃないの。……カインを愛する私を愛してるの。カインを愛していない私なんて、アベルは愛せないの」
竜でも、人でも、何者でもない。この異形の娘は、こんな風に魂に絡みつき、惑わす、妖しい生き物だ。神々しくも禍々しい、魔物だ。
こんなにもたやすく、人の魂を、その掌で捕らえる。
「……カイン、あなたもね。……あなたは私ともアベルとも離れられない。選べない。だってどちらも愛しているから。それが本心」
思い知らされる。この女に、もう既に身も心も、魂も抱きしめられ、逃れられない。
人を惑わし身も心も滅ぼそうとする焔の魔女は、再び童女の微笑みを浮かべる。
「そして、私も。……兄を愛さずにいられないアベルと、弟を愛さずにいられないカインが好き。……こんなにも、深く、呪わしく、美しく、禍々しい兄弟を、他に知らないわ。こんなにも綺麗で、無垢で、罪深い兄弟を、他に知らない」
エルーの身体に濡れそぼって貼り付いていた薄絹に、カインの、アベルの指先が伸ばされ、絡む。エルーはそれを当たり前のように見つめ、受け入れ、目を伏せ、微笑みを浮かべたままだった。
「……私を抱いていて。……誰にも咎められない、誰にも責められない。私たちを許さないものなんて、何もない世界に連れて行ってあげるから。……一緒に百年を、千年を越えて、生きて。人の世を捨て去る代わりに、千年の夢を見せてあげる」
それが当たり前だと思える。
背中から抱きしたエルーの、濡れた薄絹の下の柔らかな胸を、カインが両手で軽く掴みあげると、エルーは細い顎を震わせて、甘く喘ぐ。
その華奢な膝に触れ、甘く噛み付いたアベルが小さく笑いを漏らす。
「……なんで笑うの」
こんな時は子供みたいに可愛らしいだなんて、反則だ。エルーは甘さを含んだ声で抗議する。
「初めてなのは、みんな一緒でしょ。……もう、笑わないで」
「初めてなんて、誰も言ってないぞ。そんなの分かるのか」
アベルの手が膝頭をやんわりと撫で、白くなめらかなエルーの腿の内側に滑り落ち、濡れて貼り付いた薄絹を引き剥がす。
エルーの爪先がひくん、と小さく跳ねる。子供のような笑みを浮かべたまま、エルーは甘く細く、切なげな吐息を漏らす。
「ん……。……純潔の人間は、とてもいい匂いがするのよ。……竜にだけ、分かるのかな……」
古来から生贄は純潔でなければいけない、と決まっているが、竜もやはり純潔を重んじるのか。
いつだったか、王女メイアは竜に捧げられる為に育てられたとエルーから聞いた。あの時、竜の妻になるのは幸せな事なのだろうかと考えた事を、カインは思い出す。
ほんのりと上気したエルーの丸い頬に唇を押し当て、片手を下腹へ滑らせる。途端に、アベルの指先に触れ、兄弟は目を合わせ、小さく笑う。
兄弟でこうして同じ女を抱く事が、人の倫理やモラルから外れていたとしても、彼らにとってはこれが儀式だった。
これから三人で生きていくための、三人で愛し合い支え合っていくための、誓いでもあった。千年を超えるために、越えて生きていくために。
「あ、あっ……!」
焔の魔女とは思えない、可愛らしい甘い声だった。
カインの少し無骨な指先が下腹を撫で、両足の奥の隠されたそこに触れ、小さな突起を摘んだ途端に、エルーの唇から止めようがないのか、甘く切なげな声が零れ落ちる。
「カイン、あ、あ、んんぅ……っ…!」
柔らかく摘まみ、撫でるその腕にすがるようにエルーは腕を絡め、唇を震わせる。
あれほどこの兄弟の心を乱した妖しい娘とは思えないくらいに、エルーは可愛らしく、甘く喘ぐ。
「エルー……可愛いな。焔の魔女とは思えないくらいに」
アベルはエルーの耳朶に柔らかく噛み付き、囁く。囁きながら、エルーの小さな突起を柔らかく撫で、擦るカインの手を辿るようにアベルは手を添えて、その下に指先を進める。
アベルのしなやかな指先が、花弁を押し開き、小さく蜜を滴らせるそこに触れ、撫で、ゆっくりと含ませるように、差し入れられる。
「ふあああっ……、あ、アベル、だめ、あ、あっ……!」
指を含まされた途端に、エルーの膝が派手に震える。
「エルー、大丈夫だ。……力を抜いて」
カインはエルーの眦に浮かんだ雫を舌先で舐め、吸い取るように口付ける。
エルーの吐息が甘く震えるようになる頃には、アベルの指をべったりと濡らしたそこに、もう指が三本ほど含まされていた。
「……兄さん」
アベルの指が淫らな透明な糸を引きながら、抜き去られる。促され、カインは片手をエルーに抱かれたまま、脱げかけの服をくつろげる。
アベルの指で柔らかく淫らに馴染まされ、小さく口を開いたそこに、カインの硬く張り詰めたそれが押し当てられる。
「……アベル……アベル」
エルーは切なげにアベルの名を呼び、片手をアベルの頬に添え、引き寄せる。アベルは求められるままに、乱れた吐息を紡ぐエルーの唇に口付ける。
アベルの唇が甘くエルーの唇を捕らえた瞬間に、エルーは硬く張り詰めたカインのそれに貫かれ、小さく悲鳴を漏らした。
「エルー……俺達はお前を愛している。一緒に千年を超えよう。……約束する」
アベルの囁きに、エルーは涙の滲んだ目を薄く開けて、微笑む。
後からエルーを抱きしめ、貫きながら、カインはそのなめらかな首筋に幾度も口付ける。寡黙なカインの唇は、言葉を紡ぐよりも口付けの方が、遥かに多弁だ。
兄弟に抱きしめられながら、エルーは細い咽喉をのけ反らせ、なめらかな肩を震わせ、しなやかな爪先を跳ね上げ、甘く淫らに喘ぐ。
「カイン、あ、あっ……! く、んんぅっ……!」
奥深くを抉られ、エルーは生まれて初めての快楽を知る。身体の奥深くにカインの熱い体液を迎え入れ、エルーは背を震わせながら、声にならない甘い吐息を漏らして、達した。
カインのそれが抜き去られる感触に、エルーは身震いしながら、両手をアベルに伸ばし、抱きしめる。
カインの唇を背中に感じながら、エルーはアベルの膝に抱かれる。
カインの、この兄の残した雫を滴らせながら、エルーはアベルを、弟を迎え入れる為に、薄絹の絡んだ細くなめらかな足を開く。
この背徳が許されない事だとは、思わない。人の世を捨て去る事が罪悪だとも、思わない。
誰が、何が許さずとも、関係がなかった。
千年の夢をこの美しくも禍々しい、切なくも愛おしい竜に抱かれながら、夢見る。
その千年が決して幸いだけではないと分かっている。幸いも苦しみも全て三人で分かち合い、生きていく。
それが望んだ全てだった。