王子様とぼく

#12 本物の王子様っぽい人

 これはまた堅そうな人が来たものだ。
 セニは目の前の、プラチナのようにひんやりとした印象を与える銀髪の男を見上げる。
『堅そうな人』という印象を与えたこの男は、例によって週末になると家に張り付いて、訪れる軍人をいちいちチェックしていたリュカルドをたたき出すと、セニに向き直った。
「第四軍軍団長のアレクシス・フェリシテ・ブランドールだ。呼び名は常識的な範囲で好きに呼べ。……話は聞いているだろうが、今月からジェイラスに代わって礼法を担当する。教師なぞ初めての事だからな。至らない点もあるかもしれないが、最善を尽くそう」
 喋り方も見た目を裏切らない堅さ。
 これはまたジェイラスとは全く正反対の人が来たものだ、と思わず感心する。
 あのリュカルドをにべもなく叩き出せるあたり、すごい人だ。
 ジェイラスからの前情報では、『くっそ堅いお坊ちゃま』
 爵位は公爵。古くから続く名門貴族で、何人も優秀な将軍を輩出している由緒正しい家系。
『お坊ちゃまで斜に構えた男だけれど、実際優秀だからしょうがない』とはジェイラス談。
 見た目通りにお堅いせいで、冗談も通じないし偏屈だから、窮屈な授業になるだろうとも言っていた。
 年齢はルーヴとそう変わらない。
 ルーヴのように長身だが、骨格は繊細そうだ。ルーヴのような威圧感のある体格ではないが、サーコートに包まれた身体は、しなやかで強靭な筋肉を感じさせる。
 リュカルドもこれくらいの歳になったらこんな感じになるのかな。
 今まで見た事がない優美で気品のあるタイプ。おとぎ話の王子様はこんな感じじゃないか、とか思いながら、セニはうっかり見とれてしまった。
「……ああ、そうだった」
 思い出したように、アレクシスは持参していた大きな包みを取り出す。
「ルーヴ様から、お前に、とお預かりしてきた」
 包みを解くと、細身の銀細工の剣が現れる。
「銘はないが、ルーヴ様がご趣味でお集めになられた刀剣の中でも、切れ味、細工ともに群を抜いて素晴らしいものだ。これほどの名品を下賜されるのは、師団長クラスでもあまりない。……それだけルーヴ様はお前にご期待を寄せられている。そのご期待に副えるように、よく学べ」
 確かに美しい剣だ。
 セニは手にとって鞘から解き放つ。
 片刃で細身の長剣。細工は細かく繊細で、しかも軽い。騎士御用達の剣を初めて扱う初心者のセニでも、軽々と扱える。
 だが、セニは全く刀剣に興味がなかった。
 今ある養父から貰った一対で十分だ。使い慣れた武器に限る。一応、ルーヴに騎士として雇われているからには、いつかはノイマール式の騎士の剣を覚えなければならないかもしれないが、あまりやる気が起きないのは事実だ。
 今ひとつ感動の薄いセニに、アレクシスは眉根を寄せるが、恐らくバートラムかジェイラスあたりに、『セニは恐ろしいほどマイペース』と聞いているのだろう、特に何も言わなかった。
「……丁度いい。礼法の確認になるな。……その剣を儀礼式で装備してみろ」
 今までの庶民派教師から、大転換である。
 そして前評判通り、ものすごい堅物でもある。
 前回までのジェイラスがそんな作法教えているはずがない。それどころか基本的な王宮での挨拶の仕方、謁見の仕方すら教えてもらっていない。
 こんな事もあろうかと、セニは独学で学んでいた。
 アレクシスは剣にあわせてあつらえたと思しき銀糸の下げ緒を手渡して、セニの手順を見守っている。
 思えば本で読んだだけで、正直一回で結べる自信は無かった。
 けれどここでセニがヘマをすれば、またジェイラスは降格や減棒かもしれない。
 慎重に思い出しながら、下げ緒を腰帯に結んで、剣を差す。
 まあまあの及第点だったのか、アレクシスは下げ緒の結び方に少し注意を与える。
 屈みこんでセニの下げ緒を結びなおして説明するアレクシスの、陽に透けるような白銀の睫を見つめながら、セニは誰かに似ている、と考える。
 優美さと醸し出される気品はリュカルドに少し似ている。
 それもよりも、もっと、似ている人がいる。
 誰に似ているんだろうか?



 滞りなく授業を終えて、アレクシスは広げた本や資料を片付けながら、ふと顔を上げる。
「……さっきから、何を見ている」
「ブランドール公爵に会うのは初めてだけれど……誰かに似てると思って」
「あまりじろじろ人を見るものではない。作法としても礼儀としても人としても間違っているぞ」
 本当に堅い人だ。
 でも、嫌いじゃない。
 初めて会ったような気がしないからだろうか、好きな雰囲気だと感じるのは。
 セニは叱られながら頷く。
「ルーヴ様は、お前を自由に奔放に育てるおつもりらしいな。……あまり厳しく締め付けすぎるな、とお達しがあった」
 片付けを終えて、セニに向き直る。
「ルーヴ様のお言葉通り、授業以外ではお前のその無作法もまあ許そう。だが授業はそういかない。ジェイラスのようにいい加減で適当に手ぬるい、という事はないからな」
 アレクシスのお説教を聴いているのかいないのか、セニはあっ、と声をあげる。
「ブランドール公爵はルーヴの血縁なの? ……ルーヴにとてもよく似ているから」
「お前はルーヴ様を呼び捨てにしているのか?」
 心底驚いたのか、アレクシスは眼を見開いている。
 この人知らないのか。
 セニもちょっと驚いている。
 この街を歩けば、嫌でも耳に入るであろう『王子様は追放騎士の養子を、深くご寵愛なさっている』という、王子の愛人呼ばわりの噂を、全く耳にしていないようだ。
 なるほど、これだけ堅い人なら、そんな噂も聞こえないかもしれない。
 セニは思わず納得してしまった。
「好きに呼んでいい事になっているから。だから、ルーヴって呼んでいるよ」
「……まあ、ルーヴ様がお許しにならば、私が口を挟むような事もでもないが……」
 少し考える素振りをしてから、口を開く。
「それから、恐れ多い事を口にするな。……王家と縁の深い家の出身だが、ルーヴ様と血縁関係はない」
 そういえば、ジェイラスやバートラムは平民寄りで、生粋の貴族階級の人間を見慣れないものだから、似て見えたのかもしれない。
「似てるって言われた事は?」
「ないな。お前にはそう見えるのか」
 この喋り方も似ている。
「似ていると思う。……だから、ブランドール公爵の事が、好きなのかもしれない」
 いきなりのセニの好意剥き出しの言葉に、アレクシスは面食らっている。
 変な子供だというのは、ジェイラスやバートラムからも聞いていた。
 だが、ここまで突飛な子供だとは思わなかった。
 正直、相手にしていて返答に困る子供だ。
「何でもいいが、勉強だけは怠るな。ルーヴ様のご期待を裏切らない為にも、努力を惜しむな。……それから」
 少し考えて、それから再び口を開く。
「常識の範囲内で好きに呼べ、と言ったが、『ブランドール公爵』という呼び方はやめておいてもらおうか。
隠居の父上を思い出す」
 呼ばれなれていない、と言いたいようだ。
「……ジェイラスやバートラムを何と呼んでいる?」
「バートラムさんは最近までバートラム士爵、ジェイラスさんはジェイラスさん。……爵位付けで呼ぶのは堅苦しいから、やめましょうか、ってバートラムさんに言われた」
 呼び方を考えさせるなんて、そこもルーヴみたいだ。
 出会ったばかりの頃をセニは思い出す。
「……同じように呼べ。その方が面倒がなさそうだ」
 次の来訪予定を決めると、アレクシスはさっさと帰っていった。
「……もう帰った?」
 奥の部屋からニノンが少しだけドアを開いて、覗いている。
「……帰っちゃったよ。……大丈夫だから、出ておいでよ」
「良かった~……。なんだかとっても怖そうな人で、お茶を出すのも忘れて隠れちゃった」
 ニノンは苦手なタイプなのか。
 そうなると、ルーヴを紹介しにくい。
「そんな怖い人じゃないよ。……ジェイラスさんよりは馴染みにくいかもしれないけれど。……優しいし、授業も分かりやすいよ」
「そうなんだ! ……悪い事しちゃったな。次からはちゃんと、お茶を出さなきゃね。……ジェイラスさんみたいな人の方が、話やすいんだけどね」
 ジェイラスの親しみやすさは桁違いだろう。
「ルーヴもあんな感じだよ。……よく似ているんだ、あの人」
「えー。王子様もあんな感じなの? ……いつかちゃんと、『セニをよろしくお願いします』ってご挨拶したいけれど、ちょっと怖いな……」
「……大丈夫だよ。とても優しいから」
「だって、街の噂じゃ……あ、リュカルドが帰ってきた」
 窓の外に気付いて、ニノンが声をあげる。
「でもさっきの公爵様、すごい人だよね。あのリュカルドを追い出せちゃうんだもん。……リュカルド、きっとすっごく怒ってるだろうなあ……」
 ものすごい形相で走ってくる兄の姿に、セニは思わずため息をつく。
 いっそ、アレクシスさんに全部話して、リュカルドを説得して欲しいくらいだ……。


2016/01/07 up

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