王子様とぼく

異聞録:祈りもなく、言葉もなく -3-

 セニは結局、アレクシスが執務室に帰ってくる前に戻れなかった。
 賊を追って西の離宮まで行っていたせいで、結構な時間が過ぎていた。おかげで先に執務室に戻っていたアレクシスに、あれこれ嗅ぎ回るなと釘を刺されてしまった。
 一人で賊を追った事を知られたら、暫く登城を禁じられるかもしれない。
 それに、あの賊がセニの後を付けていたなら、ルーヴの命を狙っているという訳ではなさそうだ。
 エシルの王子の存在を確かめたいイルトガか、セニたち兄弟を諦めないラーンの密偵か。
 ルーヴの寝首を掻くのはあまり現実的じゃない。
 そんな危険を冒して寝所に忍び込んでも、返り討ちにされる可能性の方が高い。
 ルーヴには隙が無い。王子でありながら成人してからは大半を戦場で過ごしていた。おかげで剣の腕も体力も、尋常でなく高い。食事に毒を盛る方がよほど現実的だ。
 ルーヴも途中までは、そのセニの話を真面目に聞いていた。
 言うまでもなく、途中からはセニの身体を触りながら、だ。
 最初からルーヴは寝所にセニを招き入れていた。当然と言えば当然の流れだが、セニは色々気が気ではない。
 ラーン国境に第一軍を率いて駐留していたルーヴが王都に帰ってきたのは、実に一ヶ月ぶりだ。
 昼間は溜まった政務や重臣たちとの会議で忙殺されている。セニは夜くらいはゆっくり身体を休めて眠った方がいいとルーヴの身体を心配していたが、本人は自重する気は全くないらしい。
 ルーヴの身体も心配だし、未だあの賊の事も解決していない。
 何故ルーヴはこんなにのんきでいられるのか、と一瞬思ったが、思えば彼はずっとこんな生活をしていた。
 賊や内通者なんて、今更珍しい話でもないのだろう。
 呆れるほどルーヴは気にしていない。
「俺の寝首を掻くなら、お前を籠絡してお前にやらせるのが一番、成功率が高いんじゃないのか」
 ルーヴは最初だけは寝椅子に座ってセニの話を聞いていたが、途中からセニの頬や額や項に口付けながら器用にセニのクロップドパンツをくつろげて脱がしにかかっている。
「……籠絡。どうしたってルーヴに返り討ちにされそうだけれど」
 閨でいいようにされているのはセニの方だ。どう考えても寝首を掻くような余裕なんてない。
 ルーヴはさっさと下着も脱がせて、セニのなめらかな下腹に手を伸ばす。下半身だけ脱がされて、足にはまだ革のブーツを履いたままなのに、ルーヴはもうそっちは脱がせるつもりがないらしい。
 靴はまだしも、今着ているこの平服のサーコートを汚したら困る。
 セニは仕方なく自分でサーコートのボタンを外し、脱ぎ始める。
「まず、お前を籠絡させるのが難しそうだがな」
 ルーヴは傍のティーテーブルから小さな小瓶を取り、蓋を開ける。その綺麗な白磁の細身の瓶から、何か粘った液体を掌に垂らす。
 サーコートを脱ぎ終わる前に、めくり上げられたそのなめらかな下腹にその濡れた手が触れた。
「……あ、あっ……!」
 そのぬるりとした感触に、思わず高い声を漏らしてしまう。
「……ルーヴ、待って。まだ服が……」
 身を捩ってその手から逃れようとすると、片手で腰を掴まれ、押さえつけられてしまう。
「ルーヴ……」
 責めるように見上げると、ルーヴは悪びれもせず小さく笑う。
「……この前の夜の続きだ」
 ブーツを履いたままの片足を掴んで寝椅子の背もたれにかける。セニの足を大きく広げさせたままのし掛かると、ルーヴは遠慮無く、セニの晒された性器に手を伸ばす。
「ルーヴ、こんなの……!」
 慌てて腕に引っかかっていたサーコートを脱ぎ捨て、中に着ていた絹のシャツで隠そうとして、手を止める。
 汚したら、この部屋から出る時に着るものがない。
 シャツの裾を握ってたくし上げたまま躊躇するセニを、ルーヴは意地の悪い笑みを見せて見おろす。
 わざとやっているんだと、セニもようやく気付く。
 濡れた大きな手がセニの性器に絡んで、見せつけるように、柔らかく擦りあげる。
 その粘った液体は、ほんのりとゼラニウムの匂いをさせていた。その粘った液体に濡れたルーヴの指が絡みつき淫らに動くたびに、くちくちと濡れた音が耳を打つ。
 シャツを握りしめたまま戸惑う。どうせルーヴは言ったところでやめないし、この体格差では押しのけられない。セニは息を詰め、なすがままになっていた。
 セニの膝が小さく震え始めたのを見て、ルーヴは絡めていた指に力を込める。きゅっと締め上げ、きつく擦りあげながら、白く濁った体液を滲ませる鈴口を撫で、軽く叩くように擦る。
「……ふあ、あ……っ、あ、も、ルーヴ……っ! あ、くぅ……!」
 もう少しで、というところで、絡みついていたルーヴの指が不意に離れた。
「………っ……?」
 荒い息を吐きながら見上げると、ルーヴは再び小瓶を取って、指にたっぷりと中の粘った液体を垂らす。
「膝が震えてるな」
 再び触れてくるとばかり、セニは思っていた。ルーヴの指先は、そのまま両足の奥の、まだ硬く閉じている蕾に柔らかく触れた。
「……ルーヴ、もっ……!」
 これ以上は無いというくらいに硬く膨れ上がったセニのそれには触れもせずに、その閉じた蕾を撫でる。柔らかく撫で、指先に絡めたあの小瓶の中身を塗りつける。
「ルーヴ……っ……!」
 泣きそうになりながら訴えても、ルーヴはその寝椅子の背もたれに掛けられた、セニの震える膝頭に口付けるだけで、ひくひくと限界を訴え震えるセニの性器には触れようともしない。
 柔らかく撫で、擦られていたそこに、ゆっくりと指が押し込まれる。浅く突き入れられたその指先が馴染ませるようにゆっくりと出し入れされて、セニはたまらずに背をのけ反らせて細い悲鳴を上げた。
「ルーヴ、痛い、もう……っ……!」
 泣きそうになりながら、自分の硬く張り詰め下腹につきそうなくらいに立ち上がったそれに触れようと手を伸ばすと、ルーヴは素早くセニのその手を掴んだ。
「……セニ、いやらしいな。俺の目の前で、自分で弄るのか?」
 容赦なくセニの両手首を捕らえ、まとめて寝椅子に押さえつける。
「ルーヴ……!」
 セニの懇願も聞き入れない。セニの未熟な身体の中に沈められていた指は、そのままゆっくりと奥まで押し込まれた。
「あぅ……! く、ルーヴ……もう…っ……!」
 今にも泣き出しそうな震える声で訴えても、ルーヴは聞き入れない。中に沈めた指の腹で、ゆっくりとセニのきつく締め付ける内壁を撫でる。
 痛いくらいに張り詰めているのに、更に中からゆっくりと刺激されて、セニは細い咽喉から悲鳴というには甘すぎる高い声を漏らした。
「……すごい締め付けだな」
 ルーヴの吐息はひどく熱い。寝椅子の背もたれに掛けられた震える膝に甘く噛み付きながら、セニの中に沈めた指を増やす。
「くぅ……っ! ルー……うあ、あっ……!」
 太く長い指に奥まで抉られて、セニの爪先が大きく跳ねる。それでもルーヴは構わずに、きつく締め付ける内壁を撫で、擦る。
 セニの硬く張り詰めた性器から、たらたらと濁った雫が伝い落ち、下腹を濡らす。
 中を擦られただけではいけない。責め苛まれてセニの眦に、薄く涙が滲む。自分で慰めようにも両手を捕らえられたままで、セニの足は小さく震えていた。
 そろそろセニが泣いて許しを請うだろう、とルーヴも踏んでいたが、なかなか頑固だ。
 いや、これはもしかしたら、そんな言葉すら思いつかないくらいに翻弄されているのかもしれない。
 二本の指を淫らに飲み込んでひくひくと収縮する蕾を軽く撫で、奥の、セニがもっとも感じる場所を探り当てる。
「……や、め、あ、ああっ……んんぅ…っ!」
 そこを擦りあげられると、いつものセニからは考えられないような、蕩けきった甘い声を上げる。恐らくここが一番感じる場所だ。
 その柔らかく融け、蕩けた肉の襞を捏ねるように撫で、軽く叩き、擦りあげる。
「ふ、あ……ああぁぁあぁ……!」
 悲鳴のような声だった。びくん、とセニの背中が跳ね、セニの中に沈められていたルーヴの指がぎゅっと締め付けられる。
 硬く張り詰めていた性器に触れられる事なく、セニは下腹をべったりと濡らして、達した。
 無理矢理に中への刺激だけで達したせいで、セニは咽喉をのけ反らせたまま、なかなか息が整わなかった。
「く、は……あ………」
 荒い息をつく震える唇の端から、透明な雫が零れ落ちる。ようやくルーヴは戒めていたセニの両手を離してのし掛かりながら、その零れた雫を舌先で辿る。
 セニは泣き出しそうなのを堪えているのか、硬く目を閉じたままだった。
「……セニ……」
 名を呼ばれ、やっと薄く目を開く。途端に、眦から溢れた涙が頬を伝い落ちた。
 セニは解放された両手をルーヴの背中に回し、しがみつく。
 こんな時くらいしか、セニは甘える仕草を見せない。
 これくらいしつこくしなければ、こんな可愛い仕草を見せないとか、セニはつくづく、素直じゃないのか、プライド高いのか。
 だからルーヴもつい、無茶をしてしまう。
 セニのその甘く蕩けた唇を啄みながら、まだ震えている腰を抱き寄せ、赤く充血し綻んだ蕾に、硬く張り詰め、滾ったそれを押し当てる。
 ひくん、とセニの爪先が跳ねた。
「……セニ、息を詰めるな」
 ゆっくりとその押し当てられていた先端が押し込まれる。
 その硬く膨れ上がった先端で、馴染ませるようにゆっくりと浅く出し入れを繰り返す。
「……ん、あ、あ……ふ……」
 ルーヴの耳元に、セニの甘く融けた吐息が触れる。
 少し前までは、これだけでもセニは痛みを感じるのか、息を詰めて震えていた。今はそれほど痛みを感じないのか、すぐに甘い吐息を漏らすようになっていた。
 セニの吐息が甘くなったのを確かめてから、ゆっくりと、セニの最も感じるところを擦りあげながら、奥まで飲み込ませる。
「……セニ」
 セニの頬を撫で、口付ける。
「痛みは? ……どうだ」
 軽く突くように揺すり上げると、セニの唇から甘い声が零れ落ちた。
「……ふあ、あ……! ……ん……」
 少し恥ずかしげに目を伏せて、小さく頷く。返事の代わりにセニは、ルーヴの唇に甘く歯を立て、舌先で辿る。
 その舌先を捕らえて甘く食みながら、甘く絡みつき締め付けてくる内壁を傷付けないよう、ゆっくりと突き上げる。
 甘く惑わすセニのこの小さな身体を、思うさま突き上げたい欲望は常にあった。
 まだこの未熟なセニの身体は、耐えられない。今はセニの身体が慣れ、そして育つまでは無理は出来ない。
 唇を引き離すと、セニは目を細め、少し恥ずかしげな、蕩けそうな笑みを見せる。
「ルーヴ……好きだよ……」
 甘く震える声で、囁く。
 セニは本当に、こんな時にしか甘えない。素直にならない。
 だからついつい、泣くまで責め苛んでしまうんだ、とルーヴは内心で言い訳しながら、セニの細い腰を抱いて、引き寄せる。



 セニは寝台からそっと足を降ろし、立ち上がってみる。
 今日はちゃんと立てた。
 たまに痛んだり、足が震えて立ち上がれない事があるが、今日はちゃんと立てたようで、ほっと息をつく。
 数歩歩いてふらつかない事を確かめてから、続き部屋の風呂場へ向かう。
 ルシルの別荘と同じように、ここでもやはり、常に湯が満たされ用意されている。セニは感謝しながら、湯に浸かる。
 二人分の体液でべたべたと湿った身体を洗い、身支度を調え終って寝所に戻ってきても、まだルーヴは眠っていた。
 眠るルーヴの瞼に口付けて、セニは寝所を後にする。
 ルーヴの普段使っている居室に入り、用意されていた茶に口を付けたところで、重い樫の扉を叩く音が響いた。
「お、久し振りだな、セニ。相変わらずルーヴ様がいる時はこの部屋で夜明かしか」
 久し振りにこの大らかであけすけなセリフを聞いた。
 樫の扉を開けて入ってきたのは、随分久し振りにあうジェイラスだった。
 これだけ清々しく爽やかにあけすけに言われると、恥ずかしさも感じない。いっそ助かる。
「早起きだね、ジェイラスさん。王城に帰ってたんだ」
「今日はルーヴ様に頼まれていた調査の報告に来た。またあのお堅い寮に戻らなきゃならんとか、本当に窮屈だ。俺よりよほどノーマの方が向いてるってのに。なんで俺にしたかなあ」
 書類の束をテーブルに置いて、ジェイラスは手近な長椅子に座る。
「ルーヴ様はまだ寝てるのか? まあ疲れもするだろうな、働きっぱなしだし。……そういえばこの前の夜、寝所の手前まで賊が入ったんだって?」
「殺気立ってたけど、すぐに気配がなくなった。……気付かれたから逃げちゃったんだろうね」
「お前がルーヴ様の寵愛を受けてる事は、近衛騎士の間でも俺やノーマや、古い奴らしか知らなかったんだが、これでちょっと広まっちまったな。……まあ近衛騎士の間だけなら、そうそう漏れないだろうけど」
 当たり前だがルーヴの側仕えの者は、侍女や女官や侍従、近衛騎士に至るまで、ルーヴの身の回りの情報を漏らさない。
 身元がはっきりしていて秘密を守れるだけの口の硬さと忠誠心を持つ者を、厳選して傍に置いている。
 それでもルーヴはセニの将来を考えてか、この関係を一部の従者にしか知らせていない。
 狭い田舎町のルシルでは噂になっていたが、王城内では、『元将軍の追放騎士ミステル・レトナの養子を王子が重用している』事の方が人々の関心を引き、話題性があった。
 そもそもルーヴが誰かを寵愛し傍に置くという事が今まで無かった。
 面倒を避けて商売の女ばかりだったせいで、誰もが今更王子が誰かを寵愛するなんて思いもよらないのもあるだろう。
 慈悲の心も愛する心も持たないノイマールの大狼。
 そんな噂は、ルーヴに出会う前からセニも耳にしていた。
「……さて、すまんがセニ、ルーヴ様を起こしてくれるか。この後の予定が詰まってるしな」
「……ああ、うん。ちょっと起こしてくる」
 促されて、セニは再び寝所へ向かう。
 そうだ。
 あの日、閨にセニがいた事を知っていた者は、ごく少数しかいない。
 ルーヴではなく、セニが目的ならば、かなり身近なところから漏れているのは確実だ。
 侍女か、女官か、侍従か、近衛騎士か。
 そんな身近な人々から疑わなければならない。
 セニは寝所への続き部屋の扉を開く。

 誰も愛さない、慈悲の心も持たない。

 疑わなければならないなら、最初から愛さない方が、いい。
 それ知っていたからこそ、誰も愛さなかったのか。


2016/07/05 up

-- ムーンライトノベルズにも掲載中です --

clap.gif clapres.gif