騎士の贖罪

#23 蝕まれ、朽ち果て

 救われたのは、あの時が最初ではなかった。
 クレティアの王城に忍び込んでいたカルナスの兵士達に捕らえられた時、もしグレイアスが現れなければ、どうなっていたのか。あの下卑た男達に辱められ、どこかに売り飛ばされ、男娼として客を取らされていたかもしれない。
 グレイアスは兵士達に組み伏せられているのがリュシオンだとは、気付いてはいなかったはずだ。あんな暗がりで男達に群がられていては、姿形は見えない。グレイアスはあの時、軍紀を乱す者を咎めただけで、リュシオンを救い出そうと思ったわけではないだろう。言葉通りに、捕虜に拷問まがいの暴行をしようとした兵士達を止めただけだ。
 助けられたというなら、あの時が最初だった。
 身体は変わらずに痺れたままだった。頭の中まで痺れるような感覚があったが、それだけではなかった。
 この不気味な痺れを恐れているはずなのに、何故か高揚を感じる。痺れて動かない身体は、じわじわと熱に蝕まれるように、火照り始めていた。
「……こんな仕事をしているが、私も人間だ。人並みの情けくらいはある」
 クラーツの声が聞こえる。意識は濃い何かに包まれたようにおぼろげだったが、かろうじてリュシオンの耳に届く。
「王に報告しなかった事が、ひとつだけある」
 硝子がぶつかり合うような小さく高い音が響く。それが何なのか確かめようと目を開くが、まるで靄がかかったかのように視界も歪んでいた。
 異常な状態にも、リュシオンは恐怖を感じなかった。あるのは高揚と、興奮だけだ。息が上がり始め、身体の中から溶けてしまいそうな高ぶりを感じていた。
「君を引き取ったばかりの頃、レクセンテール将軍は私の監視がある時だけ、君を抱いていた。監視係である私に、君を性処理用の愛玩物として『使っている』という証拠を見せる時だけだ」
 熱を帯びた皮膚に、何かが触れた。
 クラーツの手だ。そう分かっていても、止められなかった。リュシオンの唇から、蕩けそうに甘い吐息が漏れた。
「レクセンテール将軍の事情を知らないわけではない。妻を亡くし、生き残った娘も、いつ命の火が消えてもおかしくないほどに傷ついた身体になった」
 クラーツの指は何かに濡れていた。粘った蜂蜜のような何かが、リュシオンの皮膚に触れ、塗りつけられている。その何かに濡れた場所が、甘く痺れるように熱を帯びていく。身体が震えそうなくらいに、クラーツの指が甘く感じられていた。
「心も身体も傷を負った将軍が何かに心を寄せているなら、ほんの少し見逃すくらいの情けは私にもある」
 素肌を這っていたクラーツの指先が、リュシオンのなめらかな下腹に触れた。服を剥ぎ取られている事にさえ、リュシオンは気付いていなかった。
 朦朧としたまま無抵抗の身体に触れていた手は、迷いもなく滑り落ちるように、リュシオンのそれに触れた。クラーツの指に掴まれるまで、全く気付いていなかった。リュシオンのそれは、硬く膨れ上がっていた。それだけではなかった。
「あ、あ……っ……!」
 信じられないくらいの快感だった。少し触れられただけで、背中が震えるくらいにリュシオンは感じていた。
「やめ……あ、あぁあ……!」
 クラーツの指がそれに絡みつき、掴まれる。たまらない快楽だった。媚びて甘えたような声が止めようがないくらいに、リュシオンの唇から溢れ出た。
「飼い主以外に触れられて声をあげるのは、本来なら許されない事です」
 それを掴むクラーツの指を濡らすほど、リュシオンのそれの先端の割れ目から、蜜が溢れ出ていた。その濡れた割れ目に、何か冷たい物が触れた。
 咄嗟に手を伸ばそうとして、リュシオンはようやく気付く。両手は革の紐で縛られ、寝台の支柱に繋がれていた。
 ぷつ、と生々しい音が響いた。
 細く冷たい何かが、そこを犯した。尿道をじっくりと擦るように、その細い棒のような何かが挿入されていく。
「ひ、あ、あぁぁあ……!」
 痛みは確かにあった。狭く細いそんなところを犯され、つま先が跳ね上がる。鋭い痛みがあったはずなのに、その細い何かが数度尿道を擦り上げると、そこから信じられないくらいに甘い痺れが走った。
「やめ、あ、あ……! な、何、が……!」
 縛められた両手をほどこうとあがく。あがく度に性器に挿入された何かにつけられた、硝子の珠が触れ合い、ちりちりと小さな音を立てた。
「飼い主の前以外で射精するのは、躾の行き届いているペットとは言えません。粗相をしないように、道具を使いました」
 クラーツは銀色の細い棒のようなものを、リュシオンの目の前に差し出す。
「今、リュシオン殿の中に納められているのは、これより少し細いものです」
 銀色の棒の頭には、小さな宝石のような赤い石がついている。ご婦人の装身具のように華やかで美しい装飾が施されているが、これは性具だ。
 この美しく禍々しいものを挿入されている。恐怖を感じているのに、リュシオンの下腹は熱くなり始めていた。
「これを抜かない限り、射精はできません」
 クラーツの言葉は気味が悪いくらいに、丁寧だった。こんな風にリュシオンに話しかけた事なぞなかった。いつでも『将軍のペット』としての扱いだった。
 塞がれたはずの尿道から、滲み出た精液がたらたらと伝い落ちた。痛みはある。鋭い痛みの中に、確かに甘い痺れがあった。犯されているのは性器のはずなのに、下腹の奥が熱く蕩けそうだった。
 どれだけ堪えようと思っても、唇からは甘く荒い息が零れ落ちる。
「やめ……あ、あ……っ……」
 舌先は変わらずに痺れたままだった。何か言葉を発しようとすると、それは全て甘く蕩けた喘ぎ声にすり替えられた。繋がれた手首を力なく引くが、抵抗にもならない。
「自分がどんな立場か忘れているようなので、言い聞かせなければなりません」
 クラーツの華奢な手がリュシオンの膝頭を掴んだ。幾ら病み衰えても、騎士として訓練したリュシオンの身体はそう弱くはない。それでも今は全く力が入らなかった。軽々とクラーツの手で足を開かされて、リュシオンは小さく息を飲む。そんな微かな刺激さえ、身体は快楽として捉えていた。
「もうクレティアの王族でもなく、騎士でもない。……帝国の庇護を受けて飼われるペットだという事を、ゆめゆめ忘れてはなりません」
 開かされた両足の奥の、甘く熱く疼いて仕方なかった場所に、何かが押し当てられた。
 リュシオンの小指ほどの太さもない。その何かは、ゆっくりと熱くなったリュシオンの中に沈められていった。
「……ふ、あ……あっ……!」
 痛みなどなかった。それどころか、足りないとすら思えた。熱く蕩けた下腹は、そんな細く頼りないものでは満たされなかった。
 もう惨めだとも情けないとも思わなかった。ただこの熱くなった身体を慰めるものを欲し、それ以外何も頭に浮かばなかった。
「……も、あ、あぁあ……っ……!」
 もしも舌が痺れてろくに言葉を発せない状態でなかったら、あられもなく叫んでいただろう。身体の中を暴れ狂う熱は塞き止められ、硬く張り詰めたままの性器は性具を突き入れられたままだ。身体の奥深くを抉って、貫いて欲しかった。激しく犯されたいと、それ以外何も考えられなかった。
「その身体の渇きを癒やせるのは、あなたの飼い主である将軍だけです。……その為に愛され、生かされているのだと、よく覚えておく事です」
 もどかしさに涙が溢れ出た。膝を擦り寄せようと力の入らない足を動かすと、すぐにクラーツに足首を掴まれた。
「飼い慣らせない、躾のできていない獣ではいられませんよ。……今夜はこのまま過ごして頂きましょう」
 掴まれた足首に、素早く革紐が巻き付けられ、天蓋の支柱へと繋がれた。両足を繋がれ、もう足を閉じる事も、膝を擦り寄せる事もできない。
 気が狂いそうな渇望だった。貪欲に犯される事を望まずにいられなかった。
 それがおかしい事だとさえ、リュシオンは思わない。身体の疼きと渇きと熱に、完全に支配されていた。貪欲に求める事しか考えられなかった。
 甘く濃い何かに包まれたような意識の片隅で、もう元に戻れないのだと、おぼろげにリュシオンは思っていた。もう身体も心も蝕まれ、朽ち果て、そして生きたまま死んでいくのだと、頭の片隅のどこかでぼんやりと考えていた。
 ガシャン、と硝子が砕け散るような派手な音が、突然響いた。あまりに激しい音に、一瞬、リュシオンは我に返った。
 再び溶け落ちそうな頭の中に、争うような声が響き渡る。空気まで震えるような怒鳴り声と、何かが壊れ、砕け散る激しい物音が聞こえる。
 大きな手に掴まれ、抱き起こされ、シーツに身体を包まれたところまでは、覚えていた。リュシオンを抱きかかえた誰かは、まだ大声で叫んでいた。
 大きく、無骨な手が頬に触れた。優しく穏やかに、まるで壊れそうな何かに触れるかのように、リュシオンに触れる。
 溢れ、零れ落ちる涙を拭うこの手が誰のものなのか、分かっていた。
 時に荒々しく触れる事もあったが、この手は決してリュシオンを傷付ける事はなかった。
 溢れこみ上げる涙は、止められなかった。
 身体の中を荒れ狂う熱さえ冷めていくほどに、やるせなかった。悲しかった。切なかった。目を閉じ耳を塞いでいた全てが今、目の前に突きつけられているような気がしていた。
 意識は保てなかった。抱きかかえる誰かの背中に爪を立てしがみつきながら、遠のく意識に、身体を苛む熱にあらがおうとしても、逆らえなかった。
 暗闇に堕ちていくように、意識は沈み込んでいく。


2018/06/25 up

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